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#29

 どよめきが場の空気を支配する中に、劈くような声が鳴り響く。


「どういう、どういうことなの!? 裏切ったと、言うの!?」


「ええ、ルシエラ夫人。そのとおりです」


 衛兵に押さえつけられながらにも叫び続けるルシエラに、ベアトリスはそう回答をする。


 無論、裏切った、というよりかは。

 最初から騙すつもりで潜入をしていたのだが。


「けれど、それにしては。それにしては――」


「身を切りすぎだ、と。そう言いたいのですよね? けれど、これに関しては、ルシエラ夫人。貴女の方がよく把握していることでは?」


「――ッ」


 元より、ルシエラは叛乱軍の中でもとりわけ過激派の思考を有している派閥である。

 その思考の中には、当然、目的のためならば犠牲を厭わないという考え方もあり。……だからこそ、国に対する謀反などという思考にも行き着くわけなのだが。


「だからといって、己の身を犠牲にしてまでするだなんて」


 ベアトリスのそれは、まさしく捨て身である。


 現在ベアトリスが自分たちと同じく首を並べているように、このまま進めば彼女も同じくその命はない。

 百歩譲って、立役者としての情状酌量があったとしても。それとは別に、でベアトリスには殺人という罪がその手を汚している。

 どちらにせよ、彼女に未来はない。……少なくとも、こと、革命を達成する他には。


 だからこそ、ルシエラも疑問を持ちつつも、ベアトリスの言葉をいちおう受け入れることに、したというのに。


「ひとつを欺くならば、全てを欺く。ただ、それだけのことです」


 淡々と、それが、必要なことだったから、と。

 そう言わんばかりに、ベアトリスは言葉を並べた。


 ――狂っている。イカれている。


 ルシエラの評価は、ただ、それに尽きた。


 ギリ、と。歯を食いしばりながら。

 しかし、ルシエラはその目の炎を、未だ絶やさない。


 ……有事の際を考慮して、この場にいる人員は多いものの、全員ではない。

 それに、叛乱軍はベアトリスが把握している範疇だけが、全てではない。


 ベアトリスの反逆の可能性は少ないとは思っていた。だがしかし、ないとは決めきっていなかった。

 だからこそ、万が一の場合の策は、弄している。


 そちらが、動き出すまで待つ。

 そうすれば、全てが逆転する。


 ――と、ルシエラが眈々と状況の変化を待っていた、その傍らで。


「それで。そちらの首尾はいかようですか?」


「……本当に。フォルテなどから聞いていた話ではあるが、君という人物は人使いが荒いな」


「必要に応じて、適切な人物に仕事を割り振っているだけです」


 ルシエラのことなど気にしている様子もなく、会話を進めているベアトリスとギルス。

 ルシエラたちはもう、手がないと思われていて、なにもできないと思われている。これならば、なんとか期を見れば、状況はひっくり返る。


 だから――と、思っていたその矢先に。二人の口から、思いもよらない言葉が飛び出してくる。


「こちらの準備も間に合ったよ。なんとかね」


「さすがです、ギルス閣下」


「仕組んだのは君だろう。おかげさまで、全て摘発の準備ができている」


 スッ、と。先程のベアトリスの行動を真似るようにして、ギルスが手を挙げると。その瞬間、再び、人が入り込んでくる。

 状況は、先程と同様。衛兵たちに縛り上げられた、人物たち。


 そして、その人たちは。ルシエラにとって、見覚えしかない人たちで。


「なっ――」


 絶句するルシエラ。動揺が立ち込める広間の中で平然としているベアトリスとギルス。そして、その様子を面白そうに見つめている、アデルバート。


「ギルス、彼らは?」


「王城、もとい行政機関等の中に入り込んでいた、叛乱の芽です」


 まるで打ち合わせていたかのようなタイミングで投げ込まれるアデルバートの問いかけに、ギルスは流暢に回答をする。


 そして、その中には――、


「おかあ、さま。申し訳――」


「リゼット!」


 悲痛な声を掛け合う、リゼットとルシエラ。

 ――リゼット・レーヌ伯爵令嬢とルシエラ・レーヌ伯爵夫人。


「私、気づかれてしまって。でも――」


 どうして気づかれたのか、と。それが、まるでわからないという様子で。リゼットはギルスに対して視線を投げる。


「ああ、君の振る舞い。それ自体は完璧に近かった。それこそ、俺個人の視点からでは、証拠という証拠が一切辿れないくらいにはね」


「でも、なら――」


「あまりにも、完璧すぎた」


 フォルテが覚えた、違和感。

 まるで、姉――ベアトリスのように振る舞うけれども。なにかが違う。

 その、答え。


「随分と、勤勉なのだろうな。想定し、練習し、立ち居振る舞う。まるで、舞台の台本をなぞるように」


「――ッ」


 それだけではない。マリーが覚えた違和感。

 当時は、なんとなく、でしかなかった。

 なんとなく、リゼットとの応対がやりにくかった、というもの。

 最初こそ、ベアトリスと似ているから、というような可能性も考えられたが。途中から、別の可能性が湧き出てきた。


 他の令嬢や夫人なんかは、その建前や派閥こそバラバラであり、それぞれ抱いている野望も全く違うものの。ただのひとつだけ、共通していることがあった。

 それは、マリーのことを見ている。ということ。


 マリーに取り入りたいという感情。あるいは、マリーの座を狙っている、という思惑。

 方向性こそ全く違えども、その視線が、思考が、マリーに向いていた。


「けれど、君のそれは、マリーを向いていなかった。……そうだろう、リゼット。なにせ、君の狙いは」


 俺だったのだから、と。ギルスはそう言う。

 ギルスの行動を制限し、流入してくる情報を統制。

 また、うまくギルスに取り入り、情報を抜き出して叛乱軍に流す。

 それが、リゼットの役割。


「ま、待って! 周りとは違う、だからそれで怪しいって思ったってことでしょう!? ……実際、マリー様に近づいたのはマリー様が目的ではなかった、というのは認めます! でも、それはギルス閣下のことが――」


「ああ、たしかにここまでは証拠にすらならない。あくまで状況からの判断、推測に過ぎないを……でもね、リゼット。君は、最大の過ちをひとつ犯しているんだ」


 まるで、子供を諭すかのような口調で、ギルスは言う。

 その静かな圧に、思わずリゼットが怯む。


「な、なによ。私がどんな過ちを犯したっていうの!」


「自覚が、無いようだね」


 ギルスが小さく息をつくと背後へと振り返り、ひとりの少女に目配せをする。

 彼女は緊張しているのか、おずおずとした様子で中心へと進む。


「……ソフィア、ちゃん」


「あの、その。……リゼットちゃん」


 やってきたのは、ソフィア。リゼットと仲良くし、協力を買って出ていた、ギルスの部下である。


「俺が君に対して、徹底的に重要な情報を流さないことに痺れを切らした君は、少々強引な手段に出た」


 ベアトリスの叛乱軍への参入まではよかったものの、その直後のベアトリスの嫌疑の発生。

 そして、彼女が提案した作戦を実行するにあたり、必要になったのは王城の状況。

 それを抜き出してくるのがリゼットの役目だったのだが。しかし、それが現在芳しくない。


 だからこそ、彼女は動いた。舞台脚本シナリオにはなかった、完全アドリブの行動。


「ソフィアはなんだかんだと危機管理が甘い、ということを君も知っていた。だからこそ、俺から情報を抜き出せないのなら、ソフィアから抜き出そうと、君は考えた」


 持ちうる情報は、たしかにソフィア個人のものは少ない。だが、ソフィアはギルスからの信頼もそこそこに篤い。

 なれば、うまく操ることができれば、情報を手に入れられるだろう。と。


「そして、リゼット。君はソフィアに対して、俺への恋心という偽のキッカケを与えて、うまく取り入った」


 そもそもがギルスのことを籠絡するために動いていたのだ。前提は、十分だった。


 あとは、ギルスの持っている情報を。「彼がなにをしているのか、私も把握していたいの」というような理由をつけて、ソフィアに持ってきてもらうだけ。


「ま、待って。でも、ソフィア、貴女は――」


「うん。私はソフィアちゃんに伝えた。ギルス閣下から、聞いてきたことを。……こんなこと、起こらないなら、いいなあって。思いながら」


「――ッ」


 リゼットはバカではない。ソフィアの言った言葉で、察した。


「私、バカだからね。わかんないときは、とりあえず相談するんだ。……ソフィアちゃんに聞かれたこと、教えていいことかわからなかったから、それも含めて、ギルス閣下に聞いたの」


 そうして、ギルスから伝えられたのは。リゼットが諜報員スパイであるという可能性。

 ソフィアは、信じたくなかった。けれど、それを言うのは、同じくソフィアが信頼している、ギルス。


 だからこそ、ギルスの思い過ごしであると、勘違いであると。そんな可能性に縋るようにして。


 ソフィアはリゼットに、ギルスから伝えられたことを、そのまま伝えた。


 あえて、警備に穴を作った。

 そこに、誘導できるように。


 嘘を混ぜ込んた。

 信じたものが混乱するように。


 そんな、嘘を。


 そして、その結果が、これだった。


「……お前は、ただのひとつ、間違えたんだ」


 ソフィアの、純粋さを見誤ったこと。

 そして。そんな彼女の純粋さを、踏みにじったこと。


 それが、リゼットの過ちだった。

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