#27
「むむむ……」
ソフィアは、珍しくも考え込んでいた。
自分で言うのもなんではあるが、本当に珍しく、真面目に考え込んでいた。
そんなことを言うと普段からしっかり考えろ、とギルスに言われそうなものではあるが。しかし、ソフィア自身、自分がなにかいろいろ考えるのには向いていないということは自覚していた。
だが、そんなソフィアが性にも合わずに考え込んでいるのは、ひとえに友人のため。
「ギルス閣下ったら、どうすればリゼットちゃんの気持ちに気づくの……!」
身分の差など気にせぬ様子でソフィアに仲良くしてくれている伯爵令嬢のリゼット。彼女が見せた乙女な表情に、単純ながらに、しかし、友人として協力をしたいと感じたソフィア。
なんと都合のいいことか、ソフィアはギルスの直下の部下である。
だからこそ、ギルスの動向などを探ってソフィアに伝えてあげることができる。
……まあ、その結果。ソフィアがなにやら猪突猛進にやっているのが伺えたりはするのだけれども。うん、これくらいなら誤差誤差。
そもそも、ソフィアは自身がバカであることを自覚している。下手な手を打つよりかは、愚直に真っ直ぐにやるほうが結果に繋がるだろう。……たまにそれで問題ごと引き起こしたりすることもあるけど。
ちなみに、現在リゼットはギルスとともに午後の休息を兼ねてお茶をしている。遠巻きから様子をうかがってみるけど、なかなか遠すぎて状況が把握できない。
「でも、でも、でもー!」
そんなソフィアが、珍しく考え込んでいる。動くより先に、考えている。
その理由は、リゼットがあれこれ動いてみているというのに、ギルスがこれといった反応を見せていないからだ。
それはもう、直接に事情を知っているソフィアに限らず、他の文官たちからもリゼットの動向には察されているところがあるというくらいなのに。
だがしかし、ギルスはその行動や態度を変えようとしないのである。
当のリゼットについては「大丈夫だから気にしないで」とソフィアに言ってはくれるものの。しかし、気にしないことなんてできそうにない。
ソフィアも、文官たちも、あんなリゼットの姿を見せられていて、協力をしないという選択肢はすぐに頭から外れているのである。
だからこそ、なにかしてあげられるのならば、してあげたいのだけれども。
「むむむむむ……」
その、方法がわからない。
結局のところ、リゼットから聞かれたことについてをソフィアが可能な限りで答えてあげるくらいが限界なのだろうか。
……いいや、それだって立派な役目であろう。特に、ソフィアはバカである。下手に自らの判断で行動をしてやらかしてリゼットに迷惑をかけるよりかは、そっちのほうが地味ではあるが、確実ではあるだろう。
「ただいま、ソフィアちゃん!」
先程までギルスと会っていたリゼットがやってきて、いろいろと話してくれる。
女子としては、やはりこういう話は楽しい。だからこそ、リゼットにも良い未来が待ち受けてくれているようにと願うばかりなのだが。
「それでね、ソフィアちゃんに聞きたいことがあるんだけど。いいかな?」
「うん! 私にわかることだったら、なんでも聞いてね!」
「ギルス閣下って、最近どんなお仕事をされてるのかしら。主には、マリー様やベアトリス様の関連だということはわかっているのですけれど」
頬にそっと指を当てながらに、リゼットがそう尋ねてくる。
彼女が聞いているのは、より具体的にはどういうことをしているのか、ということである。
「最近ギルス閣下のお夜食をお持ちしたりはしてるんですけれど。でも、私が訪れると仕事を一部片付けられていて」
簡単なものならば机上に残されていたりすることはあるのですが、と。リゼットがそうつぶやいていた。
たぶん、ちゃんと来客であるリゼットに応対しよう、ということなのだろう。ソフィアはそう解釈しながらに。けれど、
「やっぱり、私ではあまりお力になれていないのではないかと、そう思ったりしますの」
憂いを孕んだ表情でリゼットがそう言葉を続けた。その表情に、ソフィアは思わず息を呑まされる。
そっか。そうだよね。やっぱりなにをしているのか、とかも気になるし、それがマリーやベアトリスといった別の女性に関わることとなると、気になることもある。まあ、マリーはアデルバートと婚約しているから、そういう可能性は考えにくいだろうし、ベアトリスは立場が立場だから、ということも考えられるが。
それでいて、やはり、頼りにされないということは不安を生み出すものである。ソフィアだって、ギルスから頼りにされないときはちょっぴり不安になるし。こうしてリゼットから頼られているのを感じると、嬉しく思う。
……まあ、ギルスから頼られていないのは、半ば自分のせいではあったりするのだけれども。
「うーん、私もわかんないことがあるから。ギルス閣下に聞いてみるね!」
「ありがとうございます、ソフィアちゃん!」
ペコリと頭を下げるリゼット。
こうしてとても仲良くさせてもらっているし、いちおうソフィアの立場もただの平民というよりかは高いのだけれども。しかし、こうしているとリゼットが伯爵令嬢であるということを忘れそうになる。
ただまあ、ソフィアの知っている貴族という存在から、リゼットが離れているような気もしなくはないけれど。
これを表でいうと怒られそうな気もするけれど、ちょっぴり憧れているベアトリスなんかは、もっと権謀術数蔓延る中でバッサバッサと立ち回っているようなイメージがあるが。しかしソフィアの隣にいるリゼットは、どちらかというと草原でお花を眺めながらに愛でている、というような方がよく似合う。
物腰も柔らかだし、こうしてソフィアに対しても柔軟にお礼を言ったりしてくるし。
しばらくリゼットとあれこれ喋っていると、そのうちに、時間がたって。そろそろ、ソフィアも仕事に戻らないといけない時間になってしまう。
「それじゃあね、リゼットちゃん! また、聞いておくから!」
「よろしくお願いしますね」
手を小さく振ってくれているリゼット。そんな彼女に見送られながら、ソフィアは廊下を歩いて。
その途中で、少し考える。……今日は、よく考える日だなあ、なんて。そんなことを思いながら。
「ソフィアちゃんも、貴族なんだよねぇ」
思い出す、と言うには少し仰々しいが。しかし、改めて再認識したことではある。
いろいろと態度なんかを考えたりするべきなのだろうか、なんて。そんなことを思ったりするけれど、今となってしまってからそんなことをしたら、むしろリゼットを変に困惑させるだけだろう。
実際、ソフィアの同僚である他の文官たちも、かなりラフ気味に関わっているような印象を受ける。……もちろん、ソフィアよりかはちゃんと礼節をわきまえているし、それなりの立ち居振る舞いをしてはいるが。
「ううーん。でも、な。でもなあ……」
リゼットから聞かれた、最近のギルスの仕事の内容。
ソフィアは、知っている。いちおう、ではあるが関わっているから。
細かいところまでは知らない、というのもそうなのだけれども。
「私、頭よくないからなあ」
難しいことを考えると、頭が痛くなりそうになる。
「……まあ、こういうときは下手に考えたりせずに、思ったように動くほうがいい、かな?」
そもそも考えたところで悪くなったりすることも往々にしてあるソフィアなのだ。ならば、考えなかったところで大差はない。
どちらもよくなることもあれば、悪くなることもあるのだ。
「よーし、そうと決まれば、ギルス閣下のところに聞きに行くぞー!」




