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#25

「…………」


 ルシエラは、自身の私室の寝台の上に腰掛けながらに。

 難しい判断を迫られていた。


(ベアトリスの頼りどころは、潰している。彼女は、こちらの陣営にいるしかない、状態にしているはずなのに)


 どうにも、彼女の精神性が未だ潰れていないようにしか見えない。


 それも、ある意味ベアトリスの強みである、というのは理解している。そうでもなければ、婚約者を奪われたという立場ではあったとしても、王太子とその婚約者に向けて啖呵とも取れるような言葉を吐くようなことはしないだろう。


 だが、それと同時に。ベアトリスの評判を全体を総評するならば、よく言えば清廉、悪く言えば潔癖な人間であった。


 正面を切っての行動を好み、悪事の類に対しては嫌悪を示す。

 だからこそ、最初は私たちの組織に接触してきたときは内側からの瓦解を目的としたものだと考えたし、今だってその可能性は捨てていない。


 その可能性を否定するために。そして、彼女自身を裏切れないようにするために。ベアトリスの手を血で染めさせた。

 彼女自身は面倒な進言があった、という理由を添えてはいたものの。しかし、長く世話になっていた上に、諜報の面では優秀である侍女を彼女自身の手で始末させた。


 当然ながら、この手のことを外で相談することもできるわけもなく。彼女は、拠り所を喪うことになる。

 ……侍女殺害の噂がこれほどまでに早く広まるのは想定外だったが。しかし、そのこともあって、よりベアトリスは世間から隔絶されることとなったはずである。


 だからこそ、もう少し、精神的に参ると思っていた。

 そうなって貰えれば、うまくこちらの都合のいいように使えると、そう、思っていたのだけれども。


 少なくとも、ルシエラの目には彼女に問題がないように見える。

 もちろん、気丈に振る舞っているだけなのかもしれないが。


 あるいは、周囲からの噂や評などとは裏腹に、実際のところは裏では黒いことをしていたのか。


 いずれにせよ、優秀な人物は、優秀であるがゆえに。同時に厄介な側面を持ち合わせているものだな、と。つくづく思わされる。強靭な精神を持っているにせよ、様々なことを隠し通す能力にせよ。

 もちろん、それらを持っているということは、ベアトリスは優秀であり、こちらの味方としても強力となりうるということではあるが。同時に、こちらの都合良く動かないという可能性も出てくるわけで。

 だからこそ、慎重にならざるを得ないし、現に慎重に動いているのだが。


「失礼するよ、ルシエラ様」


「……一応の敬意を持っているのなら、もう少し礼節を弁えてもいいと思うのだけれど」


 ルシエラが考え込んでいるところに、ルークが声だけかけて、ノックもせずに入室をしてくる。曲がりなりにも淑女の部屋であるのだが。

 普通ならば咎められる行為ではあるものの、出自が少々厄介である彼には、そのあたりの道理が通らない。


 ルシエラが諦めを孕んだため息をついている一方で、そんなことも微塵も気にしていない様子でルークが口を開く。


「とりあえず、言われたとおりにベアトリスについて行ってたけど」


「そう。それで、報告は?」


「ものすっごい真面目ちゃんってかんじ。本当に侍女を殺したのかと疑っちゃうくらい」


「まあ、その意見については私も同じ」


 やや評価のベクトルは違えども、ルシエラも同様に評価している。だからこそ、侍女殺害で精神に負担がかかると思っていたのだが。


「さすがにプライベートまでは突っ込んでないけど、表で動いてるのを見てる限りだと、今のところはあいさつ回りばっかりやってるって印象だな。ほんと、ご丁寧なこって」


「あいさつ回り、ね」


「なんでも、自身のことを良くも悪くも思っていない人たちに早くに受け入れてもらうためなんだってさ」


 ルークはベアトリスのその行動に丁寧さを感じ取ったらしいが、ルシエラにはそうは思えなかった。

 いや、その可能性も十二分にある。だが、それと同時に、ベアトリスが組織の中を嗅ぎまわっている、という可能性も捨てきれない。


 そう。彼女の行動だけでは、どちらとも取れる。

 中心に回る対象についても。彼女の言葉どおり、現在ベアトリスに対して中庸のスタンツをとっている派閥を味方につけるのは手っ取り早く、かつ効果的である。

 だがしかし、中庸が中庸であるのには、それなりの理由がある。それをわかってのことであれば、厄介な行動だと言える。


 下手をすれば、ベアトリスの派閥を作り上げられかねないし。あるいは、別の可能性としても――、


「とりあえず、監視は続行しなさい。それでいて、なにか気づいたことがあれば、すぐに報告するように」


「ん。了解」


 適当な態度を取りながらに、ルークがそう言う。

 任務の続行を受領したルークは、そのまま部屋から出ていこうとして。


「最後に、ひとつだけいいかしら」


 ふと、気になったことがあって。ルシエラは彼を呼び止める。

 扉の直前で足を止め、振り返った彼に向けて。ルシエラは言葉を続ける。


「ルーク。あなたは、ベアトリスのことをどう感じたの?」


「俺? 俺はまあ、そうだね。なんか、面白そうなやつが来たなーって、そう思ったかな」


「面白そうなやつ、ね。参考までにどのあたりがか聞いてもいいかしら」


「んー、そいつは難しいな。なんとなく、そう思ったって感じだし」


 本音でそう言っているのか、あるいは、なにか隠したいことがあってはぐらかしているのか。

 常に適当な様相で、彼はルシエラに応対をする。


 それ以外に聞きたいことはない? と、改めて確認をとってきたルークに、ルシエラはコクリと頷いた。


 今度こそ退室をしたルークを見送ってから、ルシエラは大きくため息をつく。

 本当に、悩ませてくれるものだ。


「……ベアトリスの案が、ほぼ通った。正式な決定ではないものの、その方針で動くことが決まった」


 案自体はキチンと利があるものな上に、キチンと現実的な策も講じられている。

 そういう意味では、これがに賛同するものが出ること自体は自然なことではあるのだが。


 どうにも、ルシエラにはきな臭く見えてしまう。


 ルークが言っていたあいさつ回りも、見方によっては根回しである。

 そうまでして通したい作戦であった、とも考えられるし。

 それが、彼女が真にこの国を討ちたいからなのか。はたまた、その真逆の目的からくる行動なのか。

 ベアトリスは、その尻尾を全く見せない。


「策自体は有用、なのよね」


 それは、ルシエラとて理解していることである。

 だからこそ、大体的に否定をしづらい。


「……それなら」


 いっそ。うまく使ってやればいい。


 ベアトリスが真の協力者ならば、元より問題はない。

 裏切り者であったとしても、その作戦を逆用してしまえばいい。


 こちら側に身を堕としている以上、ベアトリスには足抜けという選択肢はない。

 自身が提案した作戦なのだから、逆用されていると気づいたところで、その停止を提案することはできない。


 ベアトリスは、少なくとも現状では弱い立場にある。なにせ新参者であり、完全に疑いが晴れたわけではないからだ。

 その点をうまく使えば、誘導することができるだろう。


「そのことを思えば、ベアトリスの今の行動は。少し厄介ね」


 あいさつ回り――受け入れられ、味方を増やす行為は。すなわち、彼女の立場の向上になる。

 とはいえ、理屈が通っているだけに、下手にこれを否定するのはルシエラの立場を危ぶませかねない。


「……本当に、厄介ね」


 ルシエラは、何度目ともわからないため息を付きながら、天井を仰いだ。

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