#24
「ギルス閣下! 閣下って、好きな食べ物とかあるんですか?」
「唐突にどうした、ソフィア」
ぺかーっとした、相変わらずの好い笑顔を浮かべながらに、ソフィアはそう聞いてくる。
執務室。現在は業務中、なのだが。まあ、この程度の雑談ならば別に咎めることもない。
と、いうか。増えてしまった仕事ゆえに、本来の彼女の拘束時間をゆうに超えてしまった状態で彼女を働かせているため、これくらいは許してやらなければ非道であろう。
しばらく前までは仕事が終わらないと泣きを見ていたソフィアだったことだしな。……この様子を見るに、吹っ切れたか。
「まあまあ、なんというか。こういうお話を閣下としたことなかったなあって、そう思いまして」
「たしかに、それはそうだが」
基本的にはソフィアとは仕事上の付き合いであるために、プライベートに踏み込むことなんかは全くと言っていいほどに知らない。
事実、ソフィアがこうしてギルスの好みを知らないように、ギルスもソフィアの好きな食べ物は知らない。
まあ、現状仕事に追われて精神が参りかけているソフィアにしてみれば、この手の話はいい息抜きになるのかもしれない。
「ちなみに私はグラタンが好きです! アツアツのチーズがびよーんってのびて楽しいです!」
そらで、スプーンを持ち上げる真似を見せるソフィア。……そのまま口の中に運んで火傷しそうになっている姿までの想像が難くない。
「しかし、好きな食べ物か」
「はい!」
改めて考えてみると、少し難しい質問である。などというと、ソフィアからは「そんなことないでしょうに!」と返ってきそうなものだが、そこまで食事に対して頓着がない、というか。おいしければそれでいいという考えのギルスからすると難しい問題である。
……まあ、そういう注文が作り手にとっては一番難しい、というのを調理人から伝えられたことがある。なれば、ここで同様に答えるのもおそらくは不適格であろう。
「好き、かどうかはわからないが、よく食べるのはサンドイッチだな」
「あー、たしかによく食べてらっしゃる印象はありますね。好きなんです?」
「好きかどうかはわからないが、と言っただろう」
数瞬前のことだぞ、とは思いながらも。まあ、ソフィアらしいといえばソフィアらしい。
「間に挟むものを変えればバリエーションを持たせられるし、片手で食べられるから作業しながらの食事に都合がいい」
「それ、好きな食べ物なんですか?」
「だから、好きな食べ物というよりかはよく食べるものだと言っただろう」
まあ、ある意味では好んで食べているものだから、あながち質問の意図からは外れていない、と思う。
「むむむむむむ……思ったよりも、手強いですね……」
「なんの話だ」
難しい顔をしながらに、ソフィアはそんなことを言っていた。いや、本当になんの話なのだ。
しかし、こうして延長で手伝ってもらっている最中に、このようなことを聞いてくるあたり。なにか理由がある、というのは自然な考えてある。
……この会話の流れを考えるならば。
「ある程度の仕事の見切りがついたら、なにか食べに行くか。こうして仕事に付き合ってくれているしな、私の奢りだ」
「えっ、いいんですか!?」
ソフィアは、そんなこと想定していなかった、といわんばかりの表情で。ぱああっと顔を明るくさせる。
これが他の人物であれば、建前上そのように演技をしている、というように見えるのだが。……ソフィアだし、違うな、これは。
ということは、別の意図があったのだろう。読み違えたな。
わーい、わーい、と。子供のように喜んでいるソフィアを片目で見やりつつ。小さく息をつく。
「そのためにも、早くに手を動かしてくれ」
「了解しましたぁ!」
ビシッ、と。元気の良い返事を見せるソフィア。
……そのあと、仕事の速度は三割増しになったソフィアは、二割増のミスをして。修正時間も含めて、差し引きマイナスになった。
やはり、ソフィアには下手に餌をちらつかせないほうがいいのかもしれない。
* * *
「それで、いつまでついてくるつもりですか?」
「そうは言われてもなあ」
ベアトリスの質問に、男は困った様子で頬をポリポリと掻く。
「俺の仕事は、お前さんの護衛兼手伝いってことになってるしさ。変に離れるわけにもいかないんだよ」
さすがに私室などには入らないけどな、と。軽口を叩きながらに彼はそう答える。
彼の名前はルーク。叛乱を起こそうとしている集団の一員であり、彼が言うように、現在のベアトリスの護衛兼手伝いをしている。
まあ、その理由付けも名目上の話であり、おそらくの本命は監視なのであろうが。
ルシエラからの信用が絶対でない時点でこうなるのはわかっていたが。しかし、サラの犠牲があった上でもなおこうなってしまうか、という気持ちが起きないでもない。
……ただ、ベアトリスの行動が全般的に制限されていたり、あるいは直接に排そうとしている様子が見えないあたり、ベアトリスの目的の方もまだ割れてはいないのだろう。
「しっかし、噂には聞いていたが。真面目なもんなんだなあ」
「そうですか?」
「ん? ああ、少なくとも俺はそう思うぜ。可能な限り全員と、直で会って話しておきたい、なんてな」
もちろん、無理がある、というのは理解している。そのくらいに、この集団の規模は大きい。
それこそ、商会丸々一団体が、であるとか、とある貴族が丸ごと、という場合なんかになると、商会員や貴族家に仕えている人員などまで手を広げるのは現実的でなない。
だからこそ、せめて重要人物だけでも面通しをしておきたい。
「私は新参者なので。あいさつ回りは重要かと」
「まあ、そりゃそうかもしれないが。お前さんなんて、わざわざそんなことをしなくても全員に顔がしれているくらいに有名だろう?」
そう言いながらルークが語るのは、彼が聞いたであろう噂話。
虐げていた下位令嬢に婚約者を奪われ、復讐をするために王太子と婚約者に宣戦布告をした。と。
なかなかに豪華な尾ひれがついたものである。まあ、この際別に構わないし、むしろ都合が良くはあるが。
「ベアトリスが俺たちに接触してきた、って話が来たときなんか、大喜びしてる奴らもいたもんだぜ? まあ、そうじゃないやつらもいたがよ」
「ほう。どんな方々ですか?」
「気になるのそっちかよ。まあ、いいけどよ」
不思議そうな顔をしながらにルークは言葉を続ける。
「一番わかりやすいのはルシエラ様だろうな。あの人はかなりの慎重派だから、今もそうだけど、ベアトリスの扱いに慎重になってる」
だからあんまり喜んでいなかった、と。そう語る。まあ、それについては道理だろう。
「それ以外にも、体制に対する保守的な考え方を持ってるようなやつらもいたみたいでさ。……革新を起こそうとしてるやつらの保守派ってなんだよって話だが」
ルシエラにも少し近い考え方だが、やや違う。
現状の体制でうまく行っているのに異分子を含めたくない。という派閥だ。
「あとはまあ、理由はふんわりしてるけど、あんまり喜んではいなさそうなやつらもいたな。まあ、そいつらに関しては拒絶もしてなかったが」
「……なるほど。ルーク、できればそういう方々を紹介していただけませんか?」
「えっ? まあ、いいけど。なんで?」
「先程も言ったように、私は新参者なのでいろいろな方に受け入れてもらうべきでしょう。歓迎してくださる方々はいいとして、そうでない方々からも」
とはいえ、拒絶している方々に取り入るのは難しい。ならば、歓迎も拒絶もしていないところに、受け入れてもらうのがひとまずの行動だ、と。ベアトリスはルークに説明をした。
「なるほどなあ。わかった。なら、昼から今ここにいるやつのところに案内してやるよ」
「ありがとうございます」
「まあ、その前に昼飯にしよう。なにが食べたい? なんでもってわけにはいかないが」
それなりのものなら用意はできるぞ、と。
曰く、商会が介入しているので、そのあたりの融通がそれなりに効くのだとか。
つまるところが、行動を起こす際の兵糧の供給ラインがある、という意味でもあるが。とりあえず、今はそれはいい。
「では、サンドイッチを」
「了解」