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#23

「それで、また俺が呼び出されたわけですか」


 小さくため息を吐きながらにそうぼやくのはフォルテ。相変わらず、ギルスによって便利な使われ方をしていた。

 例によってサロンに呼び出されており。現在、今回の場の設定者であるマリーの到着を待っているところである。


「……悪い。できるなら、他のやつを連れてこようと思ったんだが」


「まあ、いいですよ。マリーさんからのお呼び出しってことは姉さん関連でしょうし。その上で信頼ができる人間を、となるとかなり選択肢を削られますからね」


 ギルス自身、宰相という立場もあって伝手だけでいうのならばかなり多くはあったのだが。しかし、ベアトリスのこととなると安易に話せることでない都合、状況の共有ができている人間はかなり狭まる。

 ついでに、マリーに会わせる、となると同性である女性が推奨されるだろう。男性を会わせるなら、元からの知り合いである必要がある。

 ……まあ、女性の知り合いが少なかったことについての理由は、ギルス自身の交流が思ったよりも少なかった、という背景もあるのだが。


 その結果、ベアトリスのことについて、ギルスに協力してくれていて、かつ、ベアトリスの弟ということでマリーとも昔からの知り合いであるフォルテに白羽の矢が立った。


 フォルテからしてみれば、また都合良く呼び出されている、というお話ではあるが。


「しかし、マリーさんが話って、なんなんでしょうね」


「わからん。……が、俺たちが把握できていないなにかを掴んでいる、という可能性は高い」


 アデルバートからのアドバイスを思い起こす。

 マリーは自分から動こうとする強さを身につけはしたものの、しかし、まだその性分が大きく変わっているわけではない。

 たった一晩で取り乱した精神を落ち着けられるほど、彼女はまだ強くはない。


「フォルテは……あの噂を聞いたか」


「ああ、姉さんが侍女を殺したってやつでしょう? ……馬鹿げた話、だとは思ってるんですけど」


 ただ、フォルテの言葉はどこか歯切れが悪い。

 その理由は明白である。


 ギルスがどうしても、ベアトリスの疑いを晴らすことができない、その一因。

 ベアトリスが()()を殺したという、その状況に対する、偶然というには一致しすぎている状況。


 ナミュール家の外にはほとんど伝わっていない話、伝わる理由もない話だが。現在、ナミュール家の所属であり、現在ベアトリスに付き従っているサラという侍女との連絡が途絶している。

 そのような話が出てきたしばらくあとに、ベアトリスが侍女を殺したという、その噂。


 タイミングと状況が、あまりにも合致している。


 だからこそ、ギルスもフォルテも。自身の感情では否定したくとも、否定し切ることができていない。


 そして。それはマリーにとっても、同じことではあった。……のだが、


「彼女は、その状態から持ち直した。――つまり、自身の感情を納得付けるなにかを見つけたか。あるいは」


「姉さんが殺しをしていないという証拠を見つけたか。というわけですね。俺たちとしては後者であってほしいところですけれど」


 ただ、立場上大きく動くことができないマリーが、はたしてそんな都合よくベアトリスの無実の証拠を見つけることができるかというと、なかなか厳しいところはあるだろう。


「前者であったとしても、今の俺やフォルテにとっては大きな転換点とはなりうるだろう」


「まあ、それはそうですね」


 そんな覚悟を決めながらに、ギルスとフォルテが話していると。

 ちょうど、そのタイミングでサロンの扉がガチャリと開く。


「お待たせしました、ギルス閣下。それから、連れてきてくださったのは……」


「久しぶりだな、マリーさん」


「あら、フォルテくんだったんですね。なるほど。……想定外ではありますが。少し待ってくださいね」


 彼女はそう言うと、少し虚空に向けて視線のやり取りをする。不思議な様子を眺めていると、彼女は「わかりました」と、そう頷いて。


「大丈夫みたいです。それでは、お話を始めさせていただいてもいいでしょうか」


「ああ、こちらからも頼む」


 ギルスからの了承が得られたところで。しっかりとサロンの扉が閉じられており、外部に情報がもれないことを確認してから。

 マリーは改めてふたりの方へと向き直る。


「……早速、にはなりますが。ひとり、ご紹介したい方がいらっしゃいまして」


 マリーな、そんなことを切り出す。


「今回のような大仰な場を用意していただいたのは、少々、立場がややこしい方でして」


「……ふむ。わざわざここまでして私たちと引き合わせる、ということは重要な人物なのだろうな」


「ええ。とても大切な情報を握ってらっしゃる方です」


 確信を持った表情で、マリーはそう言う。

 ……そう。その表情は、取り乱していたはずのマリーが、その翌日に持ち直し。

 そして、以前よりもより活発に動くようになった、その表情と同一。


 以前の彼女からでは感じ取ることがなかったであろう、その威を孕んだ雰囲気に。思わずギルスもフォルテも、息を呑む。


「ならば、その人に出てきてもらってもいいだろうか」


「はい。……それでは、よろしくお願いします」


 ぺこりとマリーが頭を下げると、彼女の背後から、いつの間にやらひとつの人影が現れる。

 マリーがさっと横にそれると、その女性の姿が顕になる。


「……は?」


 隣にいた、フォルテが。意味がわからないと言いたげな表情で、その口をまんまるに開く。


「お初にお目にかかります、ギルス閣下。そして、ご無沙汰をしております。フォルテ様」


 彼女の容姿、所作。そして、言動と、フォルテの反応。

 それらから鑑みるに、考えられる可能性が、ひとつ。


「いや、まさか。そんなことは――」


 ありえない、と。そう言葉を続けようとしたが。

 しかし、そうだと仮定するとここまでのマリーの様子の変化に、全て納得がいく。ベアトリスの噂話についての、最強の解決札だ。

 更に言えば。絶句しているフォルテの様子が、その可能性についての、なによりの証左である。






 マリーとその協力者が帰って。部屋の中に、ギルスとフォルテが残される。


 マリーの持ち込んできた情報、及び、連れてきた人員は、あまりにも大きすぎる存在であった。

 これまでの前提がすべてひっくり返りかねない。そんな威力をも秘めた、奥の手。

 同時に、彼女の存在を公にできない、というのも重々理解できる。それは、あらゆる犠牲や目論見を水泡と帰しかねない。


 というか、むしろ。うまくここまで隠し通せたものである、と。


「……とりあえず、やるべきことはわかった、か」


 どうにも、うまく誘導されているような気がしないでもないが。しかし、ギルスたちにとって、大きな一歩が踏み出せたことには間違いがない。


 ついでに、こちらの仕事も。倍量というレベルでは比較的ないほどに増えてしまったが。……明日からのソフィアが泣いている様子が容易に想像できる。


「相変わらず、ではあるけどさ。姉さんは、とんでもないことをするね」


「フォルテ、お前弟だろ。どうにかできないのか」


「できてたらこんなことにはなってないんですよ」


 苦笑いとともに、フォルテはそう言ってくる。まあ、そうだろうな。

 決断力と思考力。そしてそれに伴う行動力がある。優秀であると同時に、手がつけられないときは本当に厄介な人材である。


「しかし、敵の内情を知ることができたと同時に。本当に嫌な事実が透けて見えてきているな」


 協力者が持ち込んできてくれたのは、叛乱を引き起こそうとしている組織の、その内部情報。

 そして、その内部情報には、こちら側の公開していない情報を知らねばできないであろうことが見受けられる。


 つまり、なんらかの手段で調べられているか。あるいは――、


「スパイ……国の中枢に関わっている人物の中に、裏切り者がいるか、か」


 フォルテがつぶやいたその言葉に、ギルスはコクリと頷く。

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