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#22

「お疲れの様子ですね」


 部屋で作業をしているギルスのそばで、コト、と。陶器の音がしたかと思うと、そんなふうに声をかけられる。

 ギルスが顔を上げてみると、そこにいたのはリゼット。どうやら、紅茶を差し入れに来てくれたらしい。


「まあ、君も知ってのとおり、今はかなり忙しいからな」


 実情としては、ギルスが疲れているのは他の要素によるところが大きかったりもするが。しかし、リゼットへの説明としてはこれで十分に伝わるだろう。これだって、要因のひとつであることは間違いないし。


 リゼットから受け取った紅茶に口をつけながらに少々の受け答えをする。……落ち着いた香りは、心を少しではあるが安らげてくれる。


 ちなみに、ソフィアはどうしたのかと聞くと。どうやらこのあと一緒に出かける用事があったらしいが、仕事に追われてまだ来れていないのだという。


「私でよければ、手伝いますよ?」


「あー……考えておこう」


 ギルスのその煮えきらない答えに、彼女はむうっ、と頬をふくらませる。おそらくは適当にあしらわれたのが気に入らないのだろう。


 とはいえ、それじゃあこれを頼もうか、というように割り振れるほど簡単な事柄を持ち合わせてはいない。

 リゼットは伯爵家の令嬢ではあるし、ついでになぜかソフィアの友人である。そういう事情もあって、どこぞの誰ともしれない相手よりかはまあ彼女のひととなりは知っているつもりではあるが、とはいえ一応の部外者という立場についても相変わらずではあるのだ。


 それにマリーが――いや、これは今はそれほど関係ないか。


「そういえば、あれからマリー嬢とは話せたりしているのか?」


「あら、あまり茶会や昼餐会に私の名前を入れてくださっていないギルス閣下がそれを聞くのですか?」


「……善処する」


 言葉を詰まらせたギルスにリゼットはふふふと小さく笑うと、冗談ですわよ、と。

 とはいえ、あまり茶会や昼餐会といった交流の場にリゼットが参加できていない、というのは事実。……あまり、マリーが希望しないからである。


「その代わりに、別の場所で会う機会は設けているつもりだが」


「ええ。ありがたいことに」


 基本的にリゼットにはソフィアについて回ってもらっているため、その過程で会うことがしばしばあるのだ。マリーからも、その程度であれば、との了承は得られている。

 曰く、リゼットのようなタイプの相手と、腰を据えて、面と向かって話すのがなかなか苦手なのだという。


「けれど、私としてはこうしてギルス閣下とお話することができるのもとても嬉しいことなんですよ?」


「わざわざ世辞を言う必要はない。そんなことをしなくともそれなりには取り計らうし、したところで変に勘案したりしない」


「あら、そんな世辞だなんてことはありませんわよ?」


 ……マリーが苦手という気持ちもわからなくはない。

 会話の調子や本筋、彼女の意志がどうにも掴みどころがないのである。

 それでいながら、表面上の体裁だけはしっかりと見栄えよく作られていて。会話としてはしっかりと成立している。ただ、その話がどうにも本筋に思えてこない。

 彼女と話していると、どうにもチグハグとした感覚を覚えるのだ。


「それで。私になにか手伝えることがありますか?」


「いいや、大丈夫だ」


「……むう、強情ですわね」


 そちらもな、という言葉をもって評価を返す。


「ごっめーん! リゼットちゃん! 遅れちゃった!」


 バタバタと大慌てで部屋に入室してくるソフィア。なんとか人づてに聞いて回ってここまで来たのだろうが、中に入ってやらかしたことに気づいて顔を青褪めさせる。


「……ひとまず、今日のところは不問にするから。はやくにリゼットと出かけてこい」


「ひゃ、ひゃい! ごめんなさい!」


 ギルスの言葉に、ソフィアがちょっとばかしびく付きながらにそう反応をする。……だから、不問にすると言っているだろうに。


 ソフィアは大きく深呼吸をすると、改めてリゼットに対して遅刻を謝る。

 リゼットも事情は把握しているし、彼女自身が遅れたくて遅れたものではないと理解しているため、その謝罪を受け入れて。そのまま、ふたりで連れ立って出かけていく。


 その、直前に。


「ギルス閣下、先程にお伝えした言葉ですが」


 リゼットが、そう、言葉を切り出す。


「私が、ギルス閣下とお話をできて嬉しいというのは、本当ですよ?」


 と。そう、言い残す。


 会話の流れが把握できていないソフィアはというと、どういうことだか当然にわかっておらず「ねえねえリゼットちゃん、今のどういう意味なの?」と、素直に尋ねていた。


「ふふふ、秘密ですよ。ね、ギルス閣下」


「…………まあ、無闇に話すようなものでもないが」


「ギルス閣下とリゼットちゃんが、なんか隠し事してるー!」


 ……ソフィアのゴシップ好きに変な火がつかなければいいが、と。そんなことを思いながらに、ギルスは改めてふたりを見送る。


 そうしてひとり残された部屋の中で、ギルスは作業を再開する。


「しかし、マリー嬢から、急ぎの要請があるとは思わなかったな」


 先程までリゼットがいたために、いちおうは別な資料で隠していた紙を表に取り出す。

 内容としては、話し合いの場を設けてほしい、というもの。

 秘匿性が高い場所で、信頼できるもののみを連れてきて欲しい。共有したい情報がある、というものだった。


 ギルスは、アデルバートから告げられた言葉を思い出す。

 マリーが立ち直れている、ということは。なにかしらの彼女にとっての件の噂――ベアトリスが殺人を行ったというそれに対しての答えを得られたのだろう、ということ。


「こちらにとっても、この話し合いは都合がいい。……が」


 わざわざ、秘匿性が高い場所で、信頼できるもののみを、と。マリーの方から提示してきている。

 普段の茶会や昼餐会などはもとよりその目的がないものではあるものの。しかし、このようにわざわざ注文に言及を加えてくるのはマリーにしてはとても珍しい。


「信頼できるもの、ね」


 ちょうど先程いたということもあり、ふと、顔を思い起こす。

 リゼットは、信頼云々はひとまず置いておくとして、マリーが若干苦手としているので、別枠として除外しておいたほうがいいだろう。

 ソフィアは、信頼はできるが黙っていろ、というのがなかなかに難しいだろう。


 ……ふむ。思ったより、私個人に女性の知り合いがいないものだ。ベアトリス……は当然いないというか、彼女が来るならば、そもそも話の前提が覆るし。


「マリーにとっても、知り合いであるほうが望ましいよな。……と、なるとあいつか」


 便利な使い方をするんじゃない、と。そんな文句を言われそうな気がするが。まあ、いいだろう。






     * * *






「ねえねえリゼットちゃん。さっきのって、どういうことなの?」


 ふたりで街を歩きながら、ソフィアは先程気になったことを尋ねる。


「どういうこともなにも、言葉そのままの意味ですよ?」


「その……まま……」


 そのまま受け取ったから、よくわからないんだけれども、と。ソフィアが首を傾げていると、リゼットは小さく笑う。


「私が、ギルス閣下と一緒にいることができて嬉しい、お近づきになりたい、という。そういうお話ですわ」


「それって……!」


「ふふふ、想像におまかせします」


 そういえば、リゼットが。ソフィアに取次をお願いしたときも、ギルスのことを引き合いに出していたということを思い出す。


 つまるところが、つまるところなのかもしれない。


「私、できることなら協力するからね!」


「ええ、よろしくお願いします。……それは、もう」


 リゼットが、ソフィアに向けてそう言う。

 ソフィアはあまり彼女の表情を気にしていなかったが、きっと声音的にきっと笑顔なのだろう。


 それならばさっそく、このままいろんなところに行かなければならない。


 わくわく気分をそのままに、ソフィアはリゼットの手を取りながらに街の中へと繰り出した。

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