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#21

「……全く、どこから漏れたのかしら」


 ルシエラはゆっくりと唇を撫でながらにそうつぶやく。

 彼女が現在悩んでいるのは、ベアトリスについての噂――侍女を殺した、という噂が広がりつつあるということである。


「完全に秘密で留めておけるとは思ってなかった。けれど、こんなにも確信度を持ち合わせた状態に、早期になるのは想定外ね」


 サラはたしかに侍女ではあるが。しかし、それと同時に、ナミュール家での立ち位置はかなり重要なところにいる。

 こうしてベアトリスについてきてくれているものの、都合、所属としてはナミュールであるがために、ナミュール家から送れられてくる文などについては可能な範囲でキチンと返していたし、そのことについてをルシエラも把握している。

 そんな人物を殺す、ということは。すなわちナミュール家への連絡が途絶するということ。そうなれば、サラかベアトリスのどちらかになにかがあったと推測するのは難しい話ではない。


 だが、推測で行き着くのはそこまで。そこから一歩踏み込んで、イザベラがサラを殺した、というところまで行き着くには、合間に深い崖が挟まることとなる。


「……まあ、曲がりなりにも侯爵家相手ってわけね。少々不本意ではあるけれど、予定を少し変更する必要がありそう」


「私の立ち位置については?」


「とりあえずは、そのままよ。余程噂が深刻に信じられることになれば考慮するけれど、現状ならば諸刃の剣として機能してるから」


 元よりルシエラが完全に噂を封殺できるとは思っていなかったように、それっぽく情報を流し、操作して。うまく活用するつもりではあった。

 無論、殺人については喩え叛乱を起こそうかと考えている陣営についても醜聞であるためにそのままでは聞こえは悪いが。たがしかし、ものは言いよう。恣意の報道は認識を歪ませる。

 書きぶりによっては、王家に反旗を翻す者たちにとっての英雄的な像として映るだろう。


 今回は、そうしようとしていたルシエラの動きよりも先に、噂が立ってしまっている、という話である。

 だが、まだ本当にベアトリスがやったのか、情報が正確なのか、というところが曖昧で。真に信用されている状態ではない。


 ならば、ここからでも逆転をすることはできるだろう、と。ルシエラはそう考えていた。


「しかし、この書かれ方をしていれば。噂の事実確認も含めベアトリスの処遇を決めるために王城に呼ばれるのは必至ね……」


「事実ですので、突き詰められると否定の仕様がありませんね」


 そうなると、ベアトリスを伝手に下手な探りが入れられると困る。知識、能力。そして現状の世論での知名度や支持の関係で有用であるためにあまりそうはしたくはないが、最悪の場合は切り捨てることも考えるが、と。

 どうするべきかルシエラが考えていたとき。では、と。ベアトリスがひとつの提案を切り出す。


「いっそのこと。このような手はどうでしょうか」


 そうしてベアトリスが語った手法に。ルシエラはなるほど、と。少し納得する。

 確かに効果的ではあるし。かつ、ある意味では不意打ちの形をつける。

 合理的なやり方ではあるだろう、と。そう思える手段。


「……少し、上とも相談しつつ、考えるわ」


 だからこそ、ルシエラは少々警戒した。

 曲がりなりにも、まだ仲間になったばかりの相手。


 彼女が犯した罪についての噂が急速に波及したということにも、少々疑問が残る。


 裏切れないように血の枷を嵌めてはいるものの。しかし、ベアトリス自身が優秀なだけに、だからこそ、警戒を解けない。

 

「好い返事を期待しています」


「……ええ」


 合理的だからこそ、誘導されているのではないかと、そう、勘繰ってしまうのは。

 はたして、ルシエラが気にし過ぎなだけなのだろうか。






     ◇ ◇ ◇






「随分と不思議そうな顔をしているな、ギルス」


 アデルバートから指摘をされ、ギルスは慌てて気を引き締め直して、頭を下げる。


「別に指摘をしたわけではないんだが。……まあいい。なにか、気になることでもあったか?」


「ええ。ここ最近は特に事が起こりましたから」


 ベアトリスの噂が立ち昇り、それに関する事実確認を要したり。

 あるいは、それに伴ってギルスの知る人物たちの様相も、人によって程度は違えども、やはりいくらかは動揺をしている様子を見せていたし。


「しかし、それはギルスが事を不思議がるのには直結しないのではないか?」


 仕事に忙殺されて疲れた様子を見せる、というのならば納得はいくが。しかし、疑問に思うというには少々道理が通らない。


 もちろん、ベアトリスがそんなことをするのか、とか。なぜこんな噂が立っているのか、とか。そういう疑問はありはするだろうが。しかし、それは現在取り組む課題であって、不思議そうにしている理由としては弱い。


「マリー嬢の立ち居振る舞いが、少々……いや、かなり不思議でして」


 ギルスと同じタイミングでベアトリスの噂についてを知ったマリー。その当時では、それこそギルス以上に驚き、そして、取り乱していたはずのマリーであったのだが。


 しかし、その翌日の彼女は、どうにも様子が元通りになっているというか。

 なんなら、むしろなにか、より強い決意を抱いているような、そんな意気を感じる様相で。


「マリー嬢がお茶会に出席する際、彼女がまだ慣れていないこともあり、ある程度のサポートをしていたのですが」


「ああ、把握しているよ。感謝している」


 それこそ、例えば彼女が初めて顔を突き合わせる相手については、ある程度の前情報を共有したりしていた。

 だがしかし、先日からの――件の噂を知った翌日からのマリーは、ギルスが共有していたような情報を……いや、それよりも詳しいものを、あらかじめ知っている状態から、茶会に臨んでいた。

 もちろん、それ以前に、ギルスが彼女に面通しをするかどうかを判断するということは依然として必要ではあるが。しかし、それ以降のサポートが不要になった、ということではある。


「ふむ。いいことではないか? その分、ギルスは自分の仕事をやれるわけだし」


「それは、そうですが」


 ……実際、ベアトリスの一件があったこともあり。より仕事が多くなっているので、少しでも減るのであればありがたい、が。

 しかし、それで納得できるほどギルスは単純な性格ではない。

 もちろん、心境の変化があったのだろう、などと言われてしまってはそれまでではあるのだが。しかし、あれほど動転していて、あわや、直近の茶会については日を改めるべきだろうかと考えていたようなところに、翌日から即座に立ち直っている姿を見ると、なにがそうさせたのか、と気になるところではある。


「まあ、そんなに気になるのなら聞けばいいじゃないか」


「……簡単に言ってくれますね」


「はははっ、まあ、こうして僕に愚痴っているよりかはよっぽど確実な方法だろう?」


 そう言ってくるアデルバートの顔はまさしく楽しげで。聞きにくいことであろう、ということを彼が重々に承知していることは理解できる。


「まあ、大方ギルスはマリーが件の噂についてを気にしていると思っているのなら、それは少々認識がズレているだろうね」


「……そう、なのですか?」


「うん。もし本当に気にしているのならば、それこそまだ立ち直ってはいないだろう」


 いくらか気の持ちようが変わったとはいえ、人間の性根はそこまで簡単には変わらない。

 マリーという人物が、未だにひとりで立ち続けるのが苦手なのは依然として変わっていない。

 それこそ、噂を聞いて直後にひどく取り乱していたように。


「つまり、マリーにとって。噂に対するなんらかの回答を得たのだろうね。それが、なんなのかは僕にはわからないけど」


 もしかしたら、それを知ることが大きな進歩になるかもしれないよ、と。

 小さく笑いながらに、アデルバートはそう、まるでなにかを把握しているような風体で、ギルスに助言をした。

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