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#2

「おい」


 会場から早々に立ち去ろうとしたベアトリスに、声をかけてくる存在がひとつ。

 元々先の事柄の都合でベアトリスが注目を浴びていたということもあり、その出来事に周囲は興味の視線を向ける。


「あら、ギルス様。宰相閣下ともあろう方が、こんなところでどうかされましたか?」


「どうしたもこうしたも。それはこちらのセリフだ」


 程々に短く几帳面に整えられた茶髪、精悍な顔つきをした青年。ギルスが、なにやら露骨に不機嫌そうな態度を浮かべながらにベアトリスのことを引き止めていた。


「ベアトリス。……お前はもっと、理知的な人間だと思っていたのだが」


 ベアトリスは、アデルバートとの親交を深める過程で。ギルスとも出会うタイミングがそれなりにあった。だから、ベアトリスはギルスのこと。その性分や能力などをある程度知っているし。ギルスもまた、同様であった。

 そして。そのときの評価として、ギルスはベアトリスに対してそう伝えてきているのだろう。


「あら、ギルス様ともあろう方からそう評していただけるのは光栄ですね。もっとも、過去形でなければの話ではありますが」


「ああ、俺も過去形にはしたくない。……だから聞いている。なぜ、あんなことをした。いや、言ったのか」


 ギルスが尋ねているのは、間違いなく先程のイザベラの発言。アデルバートとマリーへの宣戦布告とも取れる、その言葉であろう。


「お前があんな発言を不用意にするとは思えない。あの言葉の真意はなんだ?」


「真意もなにも、言葉は受け取り手によって解釈されるものです。ギルス様の受け取ったそれを、そのまま考えていただければ好いかと」


「そんなわけがないだろう。言葉には発言者がある限り、本来の意図がある。受け取り手の解釈は、それを勝手に想像しただけのものだ」


 この言葉の理としては、ギルスの方に分がある。事実、理屈の通ったことを言っているのはギルスではある。

 しかし、ベアトリスとしては自身の言葉を噂として波及させたい意図があるため、周囲に人がいるということもあり、あまり好ましいやり取りではない、


「そもそも、お前はあのふたりと――」


「ギルス様、なにか失念しておりませんか?」


 ベアトリスは、ギルスの言葉を遮るようにしてピシャリと言い放つ。


「私、敗北したんですよ? ……ですので、そんな敗者の立場から、おふたりに言葉を伝えた。それだけです」


「だが――」


「敗者が、惨めに表舞台から姿を消すのが当然だとお思いですか?」


 嘘は言わず。しかし、決して核には触れさせぬよう。ベアトリスはそう宣言をする。

 その言葉を受け取ったギルスは「そうか」と、小さくつぶやいて。やや苦い顔をした。


 さて、彼はどう解釈したことだろうか。ベアトリスは少し考える。

 ギルスは優秀な宰相ではある。だが、どうにもその生真面目な性格からか。もしくは、その正義感の強い性分からか。物事を四角四面に捉えてしまう傾向があるのも事実ではあった。


(おそらく、まだこちらの意図には気づいていないでしょうかね)


 ベアトリスは、目の前の彼のことについてを少し考える。

 ギルスは、確実にアデルバートの味方として考えていいだろう。

 宰相という立場であることもあるが。これまでに出会ってきた際のアデルバートとの関わり合い、彼自身の性分などもそうだし。

 そして、こうしてベアトリスを追いかけてきてまで、件の行動の真意を聞こうとして。そして、その回答に対して渋面を浮かべている様子を見ても。やはり、アデルバートのことを優先して考えているのが見て取れる。


 味方であることが確実なのだから、今回の行動の理由についてを伝えても構わないといえば構わないのだが。


(……まあ、言わないほうが都合は好いでしょうか)


 別に気づいたとしても、それを公表しようとしないのであれば問題はないし。アデルバートの味方である彼がそうすることはないだろう。

 だが、気づいていないのならば。それはそれで好都合ではある。


 ベアトリスが敵をかき集める以上、アデルバートには味方をかき集めてもらわなければならない。

 そのための旗をアデルバートに振ってもらわなければならないと、そう思っていたのだが。しかし、アデルバートの性格などを考えると、少々役として重たい。


 だが。良くも悪くも実直であるギルスであれば、その旗印としての役が十分に務まるだろう。

 ちょうど、このやり取りが周囲に見られているということもあり。ベアトリスとギルスの対立構造は顕著に際立つだろうから。


「他になにかないのであれば、私はこれで」


「お、おい。待て――」


 ギルスとしては、ベアトリスがそんなことをするはずがない、という考えがあるから、まだ事情を聞きたいのだろうが。しかし、その話をし続けるのはベアトリスにとってはあまり好ましいことではない。


「それでは」


 噂を噂として、都合良く仕立て上げるためにも。ベアトリスはそう言うと、足早に会場から退散する。

 ギルスはそんな彼女を追いかけようとはしたものの。閉じられた扉を前にして。おそらくはこれ以上の問答は不能であろうということを思い、歯噛みをした。






     * * *






「なるほど。つまりベアトリスにうまくやられた、というわけだな」


「……どういうことですか」


 アデルバートに、ベアトリスについての進言をしにきたギルスだったが。結果として起こったのは、ただただ主君が面白そうに笑っているという、それだけのことであった。


「僕の口から伝えることは出来はするんだけれども。……まあ、それをするとベアトリスのやることを邪魔することになるしね」


「やはり、彼女にはなにか意図がある、ということですね」


「まあね」


 アデルバートはそう言うと、少し遠くを見つめながらに、そうか、と。どこか苦い表情を浮かべながらにつぶやいていた。


「多少はベアトリスからも認めてもらったとは思ってたんだけど。まだまだ僕じゃ実力不足ってことなんだろうね」


「……たしかに、マリー様との婚約を直談判されに行かれたのは、成長したとは思いましたが。まだまだなところは多いですからね」


「手厳しいなあ。……あれ、かなり怖かったんだけども」


「当然でしょう? 国としての威信に関わることですし、王族にとっての強い味方であるナミュール家をある意味敵に回しかねない行為なのですから」


 というか、実際。今日のベアトリスの言動を考えれば、そのような意志が見えなくもないものだったし。……無論、あの言葉だけではそのあたりの確定ができないから、それを元にしてなにがしを。ということはできないが。


「自身の行動の、その影響力を考えてくださいね」


「ああ、わかってるさ。それよりも、僕も、頑張らないとね。少なくとも、ベアトリスに認められるくらいには。……彼女も頑張ってるんだから」


 アデルバートは、噛みしめるようにしながらに、そう言う。


「……ベアトリスの行為について。俺は、どうするべきなんでしょうか」


 ギルスは、迷っていた。

 今日の夜会での問答だけで考えれば、ギルス個人の意見としては有り体に言うならば彼女のしようとしていることを邪魔するべきであると、そう考えていた。

 だが、アデルバートが言っているように、ベアトリスがなんの考えをもなく、そんなことをするはずがない、と。そうも思っているし。それに、現にアデルバートがそれを止めようとしていないことを考えると。ギルスは自身の身の振り方をどうするべきか、と。


「ああ、ギルスは大丈夫だと思うよ。思うように動いて」


「はい?」


「うん。というか、僕からもお願いするよ。ギルスは、自分の思うように動いてほしい。ベアトリスの行動を防ぐべきだと考えるなら、そうしてくれ。それが、僕から伝えられる、ベアトリスの考えの全てだよ」


 ニコリと笑ったアデルバートはそう言うと。さて、と。そう切り替えて「僕も僕の務めをしないとね」とそう言って席を立つ。


 ひとり残されたギルスは、ベアトリスとアデルバート、ふたりから伝えられた言葉を噛み締めながら。思考を逡巡させていた。

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