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#19

「……は? いま、なんと?」


「ベアトリスお姉さまが……侍女を殺した……?」


 ギルスも、そしてマリーも。聞こえてきたその言葉に耳を疑わずにはいられなかった。


「冗談で言うにしても、タチが悪いぞ」


「冗談じゃないんですよお! いや、私だって冗談だと思っていたんですけど」


 ギルスに詰められたことで、ひぃん! と涙をその目に浮かべながら。しかし、なんとか報告をこなすソフィア。


「も、もちろん噂ではありますよ!? でも、私だけじゃなくって、リゼットちゃんもそれを聞いたって」


 ソフィアのその訴えかけに、リゼットも首肯を答える。

 伯爵令嬢相手にちゃん付けをするとは、随分と仲良くなったな、なんて。まあ、かなりともに行動することも多いから、道理ではあるが。

 ……と、そんなことを気にしている場合ではない。


「私の方でも独自に調べてみたのですが。主なところで言うと、過激な行動に移ろうとしたベアトリス様に対して進言をした侍女に、邪魔をするなということで殺したとかなんとか」


「お姉様がそんなことするはずありません!」


 リゼットからの報告に対して、マリーが珍しく、声を荒らげ、立ち上がりながらにそう答える。

 その勢いに、ソフィアやリゼットだけでなく、ギルスまでもを含めたこの場の全員が驚いていたが。ハッと我に返ったマリーがごめんなさい、と。その場に改めて座り直す。


「マリー嬢の言わんとする気持ちもわからなくはない。俺自身、多少なりとも彼女と直接の関わりがある都合、そういうことをするような人間ではない、とも思える」


 そもそも、現段階ではまだ噂というレベルの確度でしか無い。

 それを鵜呑みにする、というのはどうにも危ういような気はする。……が、


「種がなければ草木は生えぬ、とも言う。そこに噂があるのであれば、そうなるに至った事由がそこにはあるはずでもある」


「お姉様がなにかしたと、そう言うのですか?」


 噂どおりに殺人を行った、というわけでなくとも。そう誤解されかねないなにがしかがあり、そこから波及していったという可能性なんかも否定はできないだろう。


「ともかく、俺はこのことについての調査を行います。中座することにはなりますが――」


「え、ええ。私は大丈夫です」


「申し訳ありません。代わりのものをすぐに向かわせますので。……それじゃあ、ソフィア、行くぞ。リゼットも手伝ってくれるか?」


「もちろん! 私、頑張りますよ閣下!」


「ええ、私のできる範囲であれば」


 ソフィアとリゼットがそう言ってくれて、ふたりを伴いながらに応接室から出る。


 その間際。


「お姉様が、そんなこと。あるはずが、ありません……」


 そんなマリーのつぶやきに。ギルスは小さく歯を噛んだ。






 少し、冷静に状況を整理しよう。


 執務室についてから、各文官などに様々な指示を飛ばして。情報の収集や精査などを頼みつつ。ギルスもギルスでしっかりと思考を回していく。


 ベアトリスがそんなことをするはずがない、というマリーのその意見。それ自体は、ギルスとて同じく思っている。

 だがしかし、その一方で。ベアトリスは必要なことであると判断すれば、その歩みが止まることはなく。障害すらも正面から突き破るような人物である。


 そして、今回のこと――侍女を殺した、というその噂について。それが仮に真であるとするならば。いちおう、筋の通るシナリオが書けないわけではない。


「……サラ、だったか」


 フォルテから聞かされていた、ベアトリスにとってもっとも身近な従者であり、そして、彼女のことを唯一止めることができるであろう人物。

 民衆たちが噂しているその内容にも近いものにはなるが。

 過剰な行動を取るようになったベアトリスに対して、それを止めようとしたサラを殺した、というようなシナリオは想定できないわけではない。


(まあ、可能性としては、薄い筋にはなるのだろうが)


 ベアトリスにとって、たしかにサラは唯一自身の行動を止めてくるという存在であり、計画の遂行の上では実質的には邪魔になりかねない人物ではある。

 だがしかし、それと当時に。サラはベアトリスにとっても有用な人物、ではある。

 従者であり、かつ、諜報員でもある。と、フォルテは言っていた。

 であるならば、それを切り捨てる、という判断はかなり諸刃になるだろう。


 彼女自身の理性的な判断なども加味して考えるならば、薄い可能性でしかない、とは思うが。


(しかし、噂として出てきている以上。どうにも、嫌な予感がする)


 なにより、タイミングとして嫌なものがある、


 そもそも、ギルスがサラという従者についてを知ることになったきっかけ。

 フォルテから聞かされた、サラとの音信が不通になったというその知らせである。


 つまり、現在サラの生存を証明する要素がない。なんならば、身動きが自由に取れない可能性が高い間である。


 そのうえで、この噂が流れてきているのであれば、ひとつの懸念が出てくる。


 本当に、サラが殺されてしまっているのではないか。

 噂が、本当なのではないか。


 だとすると、ベアトリスは、本当に――、


 ギルスの中でのベアトリスという人物像が大きく揺らぎながら、しかし、ここでとどまるわけにはいかない。

 こちらを不安そうな様子で見つめてきているソフィアとリゼットのふたりに大丈夫だ、とそう告げて、執務を再開する。


「……ベアトリス・ナミュール」


 お前は、本当に。


 なにをする、つもりなのだ。






     ◇ ◇ ◇






 生温かい感触が、手のひらにべトリとくっついていた。

 鼻の中を支配する腥い臭いに吐き気を催しそうになりながら、しかし、なんとかその場に立ち続ける。


「……あら、本当にやったのね」


「やれと言ったのは貴女でしょう」


 興味深そうな声で話しかけてくる女性に対して、ベアトリスはそう答える。

 顔は仮面で隠しており、顔の判断はつかない。まだ、こちらのことを信用していない、ということだろう。


「それはそうだけど。もう少し躊躇すると思っていたから」


「まあ、手札として非常に優秀な侍女であったことは認めますが。同時に、私の行動にいくつか進言をしてくる者でもあったので」


「ふうん、ある意味では都合が良かった、と。そういうわけね。まあいいわ」


 女はスタスタと歩いてくると、そのままベアトリスの横を通り過ぎ、目の前に横たわる侍女――サラの姿を確認する。


「まあ、私たちにとっても。彼女の存在は厄介だったからね。万が一、あなたが私たちのことを裏切る前提でここに来ていたとしたならば」


「サラの潜入で、情報を抜かれかねない、と。……まあ、警戒としては妥当でしょう。気になるのであれば、手首の脈でも確認してみてください」


 そう言いながら、ベアトリスは血で塗れた手でサラの腕を持つと、そのまま女性の方に向ける。

 まだ温かさの残るそれをではあったものの、彼女が手首に指を当ててしばらく。小さくコクリと頷く。


「ええ、たしかに脈は止まってるわね」


「これで、問題ないかしら」


「ええ。私たちの本拠地に案内する条件。私たちのことを突き止めた侍女であるサラを殺害すること、それは達成でいいわ」


 そうして。女は悍ましさを伴う、上気した声音で、言葉を続ける。


「これで、貴女の手は汚れた。決して消えることのない枷がはめられ、そしてそれらを私たちに握られた状態。加えて、重要な手札を失った状態でもある」


 頼れるものが、無くなってしまった、と。


「貴女が助かる道は、もはや革命を成し遂げるしかない。我々の同士となるほかなくなったわけだ」


 彼女は、丁寧にベアトリスにそう説明する。


「ここまでの覚悟を見せてくれたのだから、我々としても貴女のことを信じよう」


 立ち上がった彼女は、そのままベアトリスに向けてその手を差し出してくる。

 ベアトリスと同じく、赤黒く染まった、その手を。


「歓迎するよ、ベアトリス・ナミュール。私たちとともに、今の腑抜けた王政を打ち倒そうじゃないか」

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