#18
「連絡がつかなくなった?」
たしかに心配な事柄ではあるが。しかし、フォルテがそこまで懸案するような事柄なのだろうか、とも同時に感じる。
話を聞く限りではベアトリスに従している侍女なのだろうが。だとするならば連絡がつかなくなることにそれほど違和感を覚えないようには思うのだが。
「まあ、正直なところでいうと、なにかこちらから聞いたところで回答が来るってわけじゃあないから、俺たちの側からなにかの手がかりを得られるだとかそういうわけじゃないんですけど」
ただ、主たる主人はたしかにベアトリスではあるものの、いちおうの所属としてはナミュール家ではあるので、そのあたりの仁義は通す人物らしく。件の事件後も連絡を取ればいちおう返信はあったのだとか。
「まあ、ある意味では姉さんの無事を確認するつもりくらいで連絡をしてたんですけど」
「……なんだかんだでお前もなかなかに姉に対して過保護なところがあるな」
「なんですか、悪いんですか」
フォルテからジロリと視線を返されてしまう。まさか、フォルテから逆ギレされるとは思っていなかったが。とはいえ、意外と言えば意外か。
「姉に対する信頼が篤いフォルテのことだから、そのあたりの心配はしていないと思っていた」
「……逆ですよ。なんでもひとりでやっていくから、見ているこっちの心臓が持たないんです」
今回だって、とんでもなく綱渡りをしているのだろう、ということを理解していますから。と、フォルテは大きなため息を付きながらに言う。
当人としてはたしかになんでもないようなことなのかもしれないが、周りからしてみればそんなわけもなく。フォルテなどは憧れの感情を抱いているからこそ、却ってその心配が顕著になっているのだろう。
「しかし、その連絡が途絶えた、ということはベアトリスになにかがあったということだろうか?」
「……それが、微妙なところなんですよね。変に思って、別の侍女に連絡をとったところ、そっちからは普通に返信が来たので」
ただし、相変わらず詳しいベアトリスの実情などは教えてもらえなかったらしく。同時に、その侍女のことについても回答がなかったのだとか。
「俺の考え過ぎかなって気もするんですけど。でも、なんか、嫌な予感がするというか」
「いちおう、その侍女の名前を聞いておいてもいいだろうか」
「ええ。サラ、という侍女……兼、諜報員です」
しれっと添加された情報がとんでもないが。しかし、ベアトリス自身大きな規模で動けない以上、身近なところに置く人員を意図的に選ぶ必要はあったのだろう。
「マリーさんなんかも知ってる人だと思いますよ。姉さんのお世話を小さな頃からずっとやってた人なので、一緒に行動することも多かったでしょうし」
あとは、まあ、と。
「正直なところ、姉さんに対してストップをかけられる、唯一の人であるでしょうか。……これを言うと、他の人間たちはなにをやっていたんだと言われそうですけど」
そもそもベアトリスが止まるイメージが少なかったが。しかし、曰くベアトリスを引き止めようとすると、理詰めで止まる必要性がないことを諭されて引き下がってしまうのだとか。
その議論に勝てる、という意味かと思えば。そもそも、ベアトリスが、踏み込むべきでないところ、に行こうとしたときに引き止める人物、という立ち位置とのこと。なるほど、たしかにそれならばこちらからも引き止めようもあるだろうし。
先の話を聞く限りではナミュール家としては、実質的な離叛状態のベアトリスに与えるには過剰すぎる従者な気もしていたが、その親交の長さに加えてストッパーの役割を担っていた、ということもあるのだろう。
「なるほど。たしかにそうだとすると、心配な側面が大きいな」
言ってしまえば、ベアトリスを制御する存在と連絡が取れなくなった、ということである。
彼女の身の安全を心配しているフォルテからすれば、懸案事項であるだろう。
……まあ、なぜかそんな彼がベアトリスと敵対しているはずのギルスの元にいるのだが。それも、ベアトリスからの指示として。
「まあ、いちおう共有しておくべきかなと思って。それだけといえばそれだけなんですけど」
「いや、ありがとう。覚えておこう」
なによりも、ベアトリスの親族であるフォルテからの嫌な予感である。無論、それが当たらないに越したことはないが。
(根拠のない、他の予感よりは。まだ、信頼性があるだろう)
気をつけておくべきとだろう、と。確実に頭の中に控えておいた。
「どうですか、マリー嬢」
「お、覚えることが。考えることが……」
訪問者が出払ったのを確認してからギルスがそう確認すると、マリーは目をクルクルと回しながら思わず机に倒れかける。
なんとか体勢は維持したものの、その顔や姿勢からは明白な疲れが見て取れる。
「みんな仲良し、おててつないで……なんてうまい話はないんですね」
「それが実現できれば理想でしょうが。皆、思惑と欲がありますからね」
マリーが自身のするべきことをする、と。そんな意気を持つようになってしばらく。最初の頃は元からの知り合いが多かった茶会の場も、次第に婚約者になってから初めて話すような人たちが多くを占めるようになってきていた。
しかし、そのおかげもあってか、マリーの持つ人脈は以前とは比にならないほどになってきている。もちろん、それは相手にとっても利があるからという話でもあるが。
ギルスは、マリーの付きとして会談の場に立ってはいたが。どちらかというと、臨席した人物が変な気を起こさないか、だとか、マリーがまずいことを言わないか、ということを監視する役割ではあった。
いちおう、この場に通しているのは最初にギルスが確認を行ってから問題がないかを確認している人物ではあるが。念の為に、ではある。
それに、別ベクトルの目的ではあるが。どこからベアトリスに関する情報が舞い込んでくるかがわからないから、ということもあった。
ちなみに、リゼットについても既にマリーとの面通しは終わっている。キチンと調べてみたところ、それほど怪しいところは見受けられなかった、というところが大きい。
少し意外だったこととするならば、終わってからマリーからは少し苦手、という言葉が出てきたところだった。
理由を聞けば、なにを考えているのかがわからなくて、対応がすごく疲れた、とのこと。
その言葉には理解するとともに、意外性を感じた。どちらかというとソフィアと同じく、他者とはフィーリングで付き合っているのかと思っていたために、リゼットのようなタイプは普通に身内に引き込むかと思っていたのだが、どうやらギルスが認識していたよりも、マリーは警戒心が高いようだった。
まあ、ソフィアが低すぎるだけではあるが。
ただ、曲がりなりにもリゼットはソフィアの伝手でやってきている、ということもあり、あまりギルスの立場上も無碍にはしにくい。ということで、現在はどちらかというとギルスの近くで手伝ってもらっている。
立ち位置としてはソフィアに近いが、あまり詳しいところまでは説明していない、という微妙な立場になっている。
ひとまず、今日会った人物の中でマリーとして感じた相手の印象などを聞き取りしていると、入り口の扉がコンコンコンとノックされる。
少々困ったギルスだったが、一応この場では一番立場が高いソフィアが応えを返して、入室を許可する。
「ギルス閣下!」
「いちおうマリー嬢の手前だぞ、ソフィア」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
慌てて入室してきたソフィア。彼女が謝ると、マリーは柔らかに笑いながらその謝罪を受け入れる。
入室してきたのはソフィアと、それから先程考えていたばかりではあるが、リゼット。
ソフィアがギルスの名前を呼んでいたということもあるが、やはりギルスに対する要件であったようだ。
「あの、ええっと、その!」
「一度落ち着け。深呼吸をしてから話せ」
完全に動揺しているソフィアを宥める。これでは話を聞くどころではない。
しばらく落ち着かせてから、正常な呼吸になったのを確認してから、改めて要件を聞く。
「それがですね! ベアトリス様が――」
「ベアトリスが、どうかしたのか?」
「ベアトリスお姉様が?」
ソフィアの口から飛び出したその名前に、ギルスとマリーの声が重なる。
そうして、ふたりからジッと注目を受けたソフィアは、一瞬ヒエッと怯みながらも。しかし、そのままなんとか報告を続けるために、言葉を紡ぐ。
「――侍女の方を、殺した、という噂が」