#17
ソフィアとリゼットのふたりを見送って、ギルスがひとり室内に残る。
そうして、先程までの話の内容を振り返りながらに。
「それで、どう思った?」
と、がらんどうの部屋に向けて、ギルスはそう尋ねてみせる。
見目上で言うならば、返答など来るはずもないそれに。
「どう思った、と言われましてもねぇ。閣下と違ってこっちは声しか聞こえてないもんだからなんとも言えませんよ」
と。そんな声が聞こえて。同時、壁の一部が開いて、中からフォルテが姿を表した。
「話の内容と、それから声音の調子などは聞けただろう? それだけからみたリゼットの評価を知りたいんだが」
「なんだかんだで、ギルス閣下も人使いが荒いですよね……」
フォルテは苦い顔をしながらそう言ってくる。まあ、それについては多少自覚しているところはある。
協力者、とはいえ昨日の今日で呼び出されるというのは中々にハードなスケジュールだし。それで呼び出されてなにをするかと思えば、隠れて話を聞いて、そしてその感想を述べろ、と。それも、話題については事前の情報が無い。
まあ、先日のソフィアとの顔合わせがあって、その都合でしばらく王都に滞在していることを知っていての呼び出しではあったし、話の内容についてもいちおうはベアトリスに関係することだろうという推測が立つので、という前提がありはしたが。
「無理を言ったのは理解しているが。ただ、必要なときに、必要なことを、可能な人物に要請した、という話でなある。その点については――」
「大丈夫です、把握してますよ。というか、わかってるからこそ、こんな内容でも引き受けたんですけどね」
苦い笑いを継続したままに、フォルテはそう答える。
ソフィアが誰かを連れてくる。それも、おそらくベアトリス関連で。
そのことがわかった時点で、ギルスはフォルテに連絡をとった。
ギルスにとっても、相手の性分についての判断の協力者がいるに越したことはないし。なにより、フォルテにとっても関係のない話ではない。
「ったく。ギルス閣下も、変なところで似てくれてるなあ、ほんと」
フォルテが視線をそらしながらになにか小さくつぶやいていたが、詳しくは聞き取れない。
「なにか言ったか?」
「いえ、ただの独り言です。それよりも、あの話を聞いた感想、ですよね?」
うーん、と。彼は少しばかり考える。
先述のとおり、フォルテの立場からではいろいろと判断が難しいところがあるだろう。なにせ、ギルスの視点からでも判断に困ることが多かったというのに、フォルテにはそれよりも情報が少ない状態で判断を強いることになる。
だが。ギルスも判断に困っているからこそ、少しでも参考にするための意見がほしい。
「あくまで声と話のみでの判断、ではありますけど。まあ、矛盾とかの類はなかったと思いますよ。話の内容についてはもちろん、声音との齟齬も俺が聞いた限りではなかったかと」
ギルスの視点からでも、それについては同じく感じていた。だが、別の人物の耳で聞いてもそうであった、というのは中々に大きいことではある。
受け取り方、にはどうしても個人の解釈が伴う。それゆえに、当人の受け取り方と実際のところがズレることは往々にしてあり得る。
だが、当然ながら話をする際には基本的には自身の感情等に合わせて言葉を選ぶ。それが複数人に共通して同じくの受け取り方をされるならば、それが当人の恣意である可能性が高い。
また、内容についても同様に。作り話であるがゆえに発生する矛盾点にま、ひとりならば気づかないことが往々にしてあり得る。
だが、多人数であれば、そのうちの誰もが気づかないという可能性はひとりのときのそれよりもずっと低くなる。
たったふたりでも、気づかない可能性は半減するし。あの場にいたソフィアも違和を感じ取っている素振りはなかったために、単純計算でそれも加味するならば、更に減る。まあ、彼女の性格上、参考になるかは審議だが。
「彼女の人となり、みたいな話でいうなら、それこそ現状については閣下とほぼ同じか。むしろ、俺のほうが詳しくないくらいだと思いますよ」
交友も関与もほとんどしていないような貴族相手ともなると、それこそわざわざ調査などをすることもないわけで。ギルスにしてもフォルテにしても、レーヌ家、もといリゼットのことはそれほど詳しくはない。
なんならば、直接に会話をしていたり。あるいは事務仕事などの諸々で関わったり調べたりする都合、彼が言うとおりギルスのほうが詳しいまである。
「その上での、言葉を聞いた所感はどうだった?」
「ううん、そうですね。なんというか、よくできた話し方をする人だな、という感じは」
「よくできた話し方?」
フォルテの言葉に対して首を傾げるギルス。
それを見た彼はコクリと小さく頷くと。顔を上げてから、再び口を開く。
「ええ。質問に対してもほとんど淀むことなくスラスラと、そして、一切の矛盾なく答えてましたし。こういう場に慣れてるのかな、とか。そういうふうには感じましたね」
「なるほど、な」
あの場でのギルスは。どちらかというとリゼットという人物が信用に足るかどうか、ということを中心に伺っていたため、そういう視点については、たしかに抜けていた。
リゼット個人の経歴などはそれほど詳しくないので、調べてみてもいいかもしれない。
「普通は割と言葉が詰まったり、あるいは多少の矛盾が起こるもんなんですけどね」
会話というものはどうしても流動的に起こるために、それこそ原稿があったり元々の練習があるでもなければ、その場その場での臨機応変な応対を要求される都合、そうそう詰まりも些細な矛盾もなく話せるものではない。
もちろん、作り話であるがゆえのそれらとは切り分けて判断する必要があるが。とはいえ、それらが彼女――リゼットとの応対の過程では発生しなかった。
これは、たしかにフォルテの言うとおり、リゼットがよくできた話し方をするという評価になるだろう。
「そういう話し方をする人物は中々いないからな。……私も、すぐの心当たりとなると、君の姉であるベアトリスしか思いつかない」
「ああ、たしかに姉さんもそうですね。……ただ、なんとなく似てるようで違う性質なような気もするんですけど」
「ほう、具体的には?」
フォルテの反応に、ギルスは意欲的な反応を示す。
この場で、フォルテの感じる直感というものは、非常に有用だ。なにせ彼は、この世界で最もベアトリスに詳しい人物のひとりである。そんな彼が差異を感じたところがあるとするならば、それはリゼットの持ちうる性格だと言えるだろう。
「うーん、俺自身うまく言語化できてるわけじゃないんですけど。こう、リゼットさんのやつは、ものすごく型にはまった言葉取りをするな、と。……もう少し言葉を開くならば、こういった場に慣れた経緯が、場数を踏んだから、というよりかは、そのために練習を積み上げたから、というような気がするんですよね」
「……なるほどな」
ベアトリスなどはこれまでの経験値と彼女自身の能力とをもってして、その場で適切な判断を下し、よくできた話し方を行う。
が、フォルテの感じ取ったリゼットのよくできた話し方は、どちらかというと練習と対策による産物であるように彼には感ぜられたということだ。
「つまり、リゼットの性格として勤勉がある、ということだろうか」
「……いやあ、それはどうなんでしょうね。これだけでそこまで断ずるのはちょっと性急な気がしますけど」
ギルスの推測に対してフォルテがそう注釈を入れる。
たしかに、対策を万全に期して先程の会話を行っていた、という側面が見えただけである。
「……しかし、あれやこれやと考えるべきことが増えてくるな。ただでさえ、ベアトリスのことでも中々手一杯だというのに」
「ああ、そういえば姉さんのことで少し。……厳密には、姉さんに近しい人のことなんですけど」
思い出したようにして、フォルテがそう切り出す。
ギルスは彼の顔へと視線をやって、少し、渋い反応をする。
どうにも、あまり顔が明るくない。少なくとも、良い話ではなさそうだ。
「実は、ひとり。本家の方からの連絡が全くつかなくなった侍女がいまして」