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#16

 数日が経ったある日。


「ギルス閣下!」


「どうかしたか? ソフィア」


 ドタドタドタッ、と。慌ただしい様子で、ギルスの元にソフィアが訪れてきていた。


「あの、ですね。ええっと、そのぅ……」


 ギルスからの問いかけに、ソフィアはどこか言いにくそうな様相を見せる。

 傍から見ればなにやら仕事かなにかで失態でもやらかしたのだろうかと、そう見えてしまいそうなソフィアの態度ではあったが。ギルスの立場からであれば、その様子の理由にも想像がつく。


「わかった。後で場所を用意しよう」


「あ、ありがとうございます!」


 ソフィアはペコリと頭を下げると、そのまま仕事へと戻っていった。

 周りの人たちから「大丈夫?」とそう尋ねられていたり、彼女自身の人望、というか愛嬌の良さがよくわかる。

 まあ、同時にうまく使われてしまっているという側面もありはするが、ああやってかわいがられてもいるのだな、と。ソフィアのもつその性格を再認識する。……それを無意識で行っているのだから、なかなかな人たらしの性格だ。


(まあ、それはさておき。ソフィアから俺に話しに来て。それでいて、この場では言いにくそうな素振りを見せた)


 ということは、おそらくベアトリスに関するあれこれについてのことではあろう。

 他の文官たちはソフィアがなにかをやらかして、それが言いにくいだけに見えているようだが。ソフィアの性格ならば、なにかやらかしてそれを自覚しているのならば、そんなまどろっこしいことはしない。

 最速最短で周りの目も気にせずに誤りに来るだろう。


「それで、ですね。ギルス閣下。よかったら、なんですけど。そのときに、ひとり、連れてきてもいいですか?」


「……ほう」


 その申し出については、少し意外だった。

 とはいえ、特段これといって断る理由も無い。そもそも、今回の場を提案してきたソフィアからの申し出であることもあるし。


「わかった。場所は前回と同じでいいだろうか」


「はい!」






 ソフィアが連れてくる相手方の都合があるだろうということでタイミング合わせに時間がかかるかと思ったが、思いの外、すんなりと予定がつき。翌日の夕刻にソフィアがサロンに件の人物を連れてきてくれる段取りとなった。


 そうしてギルスがサロンへと入室すると。その中の様子に思わず目を見張る。


「あら、お初にお目にかかります。ギルス宰相閣下」


「……こちらこそ、こうしてしっかりと挨拶するのは始めて、だろうか。リゼット伯爵令嬢」


「あら、リゼット、で大丈夫ですのよ?」


 ふふふ、と。金色の柔らかな髪を揺らしながらにリゼットはそう笑いかけてくる。


 想定外も想定外。目の前にいるのは、リゼット・レーヌ。レーヌ伯爵家の、紛うことなき貴族令嬢。

 ソフィアの伝手での紹介で出てくるとは微塵も思っていなかった、まさか、という人物である。


「……しかし、リゼットがどうしてここに?」


「あら、それはもちろんソフィアさんから呼んでいただいたからですわよ?」


 それは、ギルスとて理解している。でもなければ、このサロンにいるわけもないだろう。

 だが、ギルスが疑問に思っているのは。ここにリゼットがいる、ということは、つまりソフィアとリゼットが知り合いである、ということ。そして、ベアトリスに関する事案として、ソフィアが彼女を連れてきている、ということである。

 とはいえ、事が事である――王太子とその婚約者の立場にも関係してくるような事柄であるということもあり。リゼットがそれについてどれくらい状況を把握しているのかがわからない現状、下手に話すことができない。


 できれば、こちらから話を切り出すではなく、リゼットの方から話してくれれば助かるのだが――、


 ギルスがそんなふうに考えていると。そのタイミングでぴょこっとソフィアが頭を上げながらに口を開く。


「その、ですね? 先日帰る途中でリゼットさんから少し相談があるから、と話しかけられまして。それで、いろいろと話してみると、閣下の噂について興味があるらしくって」


 それで、ソフィアがリゼットから話を聞いてみると、どうやら、ギルスが現在、アデルバートとマリーの味方となり、その様々な事柄についての表に立っているという様子を見て、ぜひとも話してみたい、とのことだったらしい。


「……なるほど」


「急なことでしたのに、好い返事をいただけてよかったです」


 ニコリと笑顔を浮かべながらに、リゼットはそう言葉を差し向けてくる。

 ギルスは表情をしっかりと伺ってみるが、さすがは伯爵家の御令嬢というだけはあって、なかなかその真意を探れない。

 ……まあ、これについては彼女の隣にいるソフィアがあまりにもわかりやすい、という話でもあるが。


 とはいえ、リゼットの思惑について、ある程度の想像ができないわけではない。

 一番可能性の大きなところでいうと、やはり、変動する権力への対応というところであろう。


「いちおう、念の為に。リゼット、君の立場を聞いておいてもいいだろうか」


「件の夜会には、私もいました。ベアトリス様の言動については、その場で見聞きしています。……無論、ベアトリス様とアデルバート殿下の噂については元々知っていましたし、それらを加味しての結果とするならば彼女のその言動にも共感できないわけではないですが。とはいえ、噂で聞くような反逆の意思、などのことについては手立てとしてよくないように思っております」


 流れるように真っ直ぐに、リゼットはそう答えた。

 現状味方集めをしているギルスとしては、よく似たような言葉をしばしば聞いている。……というか、ギルスの元にやってくる人たちは、たいていこの立場ではあるから、同じになるのも妥当ではある。


 もちろん、真にそう思っている、という人物たちもいるだろうし。別の考えを持って近づいてきているような人物たちもいる。

 たとえば、次期王妃となることがほぼ確実であろうマリーに対して、近づいておきたいという感情。

 特に、直近のマリーについては。自発的にお茶会を開くなどして、繋がりを広げようという素振りが見える。

 とはいえ、現状では彼女と元々繋がりがあったような人たちや、その人たちからの紹介で、というケースが多い。

 リゼット、もといレーヌ伯爵家は、マリー個人や彼女の家とは元々別の派閥に属していたということもあり、繋がりを作るための伝手が少ない。


 マリーが王妃となると、彼女に親しい人物たちやそちらの派閥に属している人たちは、少なからず恩恵を受けられる。

 だからこそ、今のこのタイミングで彼女との繋がりを作っておきたい、という感情がある。だけれども、直接に近づくことも困難。

 ならば、現状表に立ち、諸々を引き受けているギルスに近づいていこう、という考えなのだろう。


 もちろん、あくまで想像でしかないといえばそのとおりではある。

 なにせ、目の前のリゼットは、その所作や言動、表情の端に至るまで。自身の思惑を乗せないような立ち居振る舞いをしている。


(とはいえ、素直に裡を見せてこないあたりは、なにかしらの思惑はあるのだろう)


 無論、互いにそう疑われることは前提。

 実際のところは、思惑の内訳が――今回でいうならば、王太子の婚約者であるマリーに近づくという恩恵がほしいという、欲求を見せることを控えている、というマナーに近いものではある。


(……まあ、マリー嬢に繋ぐかどうかは、まだいささか判断はしかねるが)


 とはいえ、現状みえている範囲では、そこまで疑わしい、というほどでもない。

 少々調べる必要はあるだろうが、と。


 ニコニコと笑いかけてきているリゼットを前に、ギルスは少し、顎を撫でた。

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