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#14

「まあ、それはひとまず置いておくとして」


 ジイッ、と。ギルスが一度ソフィアの姿を見回す。

 なぜそんなことになっているのか心当たりのないソフィアは思わず首を傾げながらにギルスの様子を伺う。


「少し、個人的な事柄として。ソフィアに手伝ってもらいたいことがあるんだが、構わないだろうか」


「えっ、私にですか? はい、大丈夫です!」


「……つい先程に、いいように使われないように気をつけろ、と。そう言ったばかりだと思うのだが」


 もちろん、あまり断られるとは思ってもいなかったが。しかし、まさかの即断即決どころか、手伝いの内訳すら一切聞いていないのに了承されるとは思ってもみなかった。

 ギルスの言葉に「あっ、そっかあ」と、手をポンと打ち鳴らしながらにソフィアが納得した様子を見せる。


「ええっと、ギルス閣下のことですし。そんな酷いことは言ってこないだうから、大丈夫かなあ……って思ってたことにはなりませんか?」


「そう思われたいのならば、せめて後半の言葉は言うべきではなかっただろうな」


「ですよねぇ」


 ソフィアは落ち込んだ様子を見せながらに、しょぼんと肩を落とす。

 ……まあ、実際。他の文官たちに対して諌めるような物言いをしたという手前もあり、無茶なことを言うつもりは別にないが。


「そういえば、それで私に頼みたいことってなんなんですか?」


「まあ、詳しいことについては後で話すが。少し、相談のようなことと、それに関しての協力を頼みたい、というところではある」


 本来ならば、その相談内容についてをある程度把握した上で、協力への応対を聞くべきなのだが。しかし、なぜかすでに了承が得られてしまっている。

 都合、さすがに聞いた上で、という判断を与えるべきではあるだろうが。


「後で、ですか?」


「ああ、少し事情があってな」


 ベアトリスに関する話については、文官たちの間でもそれなりに熱を持っているトピックスであることは把握している。

 もちろん、それなりに良識がある人物たちなのでそう簡単に誰かに話したり、ということはないだろうから、それらのことをここで話したからといって、即座になにか問題が起きる、とかは少ないだろうが。

 しかし、人の口に関所は作れない。世間の関心ごとでもあることを加味すると、あまり不用意に話したりするべきことではないだろう。


(……まあ、ある意味。このことについてをソフィアに話す、ということはリスクを伴うというのも事実ではあるが)


 先程から幾度となくうっかりをみせているソフィアであるから、そういう意味では少し心配なところがなくはない。

 だがしかし、それゆえに。ある意味では却って適任である、ともいえる。

 それに。抜けているところがあるソフィアではあるが。基本的には軽微なところでのミスが多く、それ以上のことについてはあまり起こらない。そうなる前に素直に周囲に助けを求められるからだ。

 だからこそ、こちらからしっかりと彼女の様子についてを見ておいてやれば、大きな問題は起こらないだろう、と。


 ……どちらかといえば、ベアトリスに対立している立場であるギルスの動作を、ベアトリスのことを尊敬しているらしいソフィアに手伝ってもらう、というのは。彼女にとって思うところはあるかもしれないが。

 そういう意味も含めて。内容についてをしっかり話したあとに、改めて彼女には判断をしてもらおう。






 数日が経って。ソフィアに仰いだ協力の効果が、だんだんと見え始めてきていた。


 彼女に協力してほしい事柄の内容についてを説明したときには随分と驚かれたものではあるが。しかし、内容を聞いた上でも彼女は快諾をしてくれた。


「随分と、噂も広がってきているみたいだな。ソフィアのおかげだ、感謝する」


「……なんか、ものすごーく微妙な気分なんですけど」


 ギルスからの評価に、ソフィアは渋い顔で応じる。


 ギルスがソフィアに頼んだのは、自身に関する噂の流布についての相談と協力。

 噂に対抗するならば、噂で……というほどに意識をしていたわけではないが。しかし、現状のベアトリスが噂という形で広く素早く味方をつけようとしているその現状に対抗するならば、こちらも拡散力が強く、かつ、良くも悪くも真偽があやふやな噂という形で喧伝するのが良いだろう、とそう判断した。


 もちろん、王子に実質的な婚約破棄を突きつけられているであるとか。奪われたのが自身がよく世話をしていた下位貴族令嬢であるとか。そして、そんなふたりに対して、牽制とも宣戦布告とも取れるような言動をしたであるとか。話題性という意味合いからくる速度としてはどうしても劣ってしまうところはあるが。

 そのあたり、ゴシップ好きのソフィアが協力してくれたということもあり。

 出遅れや話題性の違いからくる差は依然としてあるものの、少しずつ噂が伝播しているようだった。

 彼女がギルスに近い立場の人間である、ということに加えて。周囲からのパブリックイメージに、うっかりを思わずしてしまう、という性格があるために。おっちょこちょいなソフィアが、思わず漏らしてしまった噂話、というような要領で、それなりに信用を得ている側面もある。


 結果として、噂話の普及に伴う連絡や報告などがギルスの元に多く舞い込んできていて。

 おかげさまで、ただでさえ通常の業務が増えている現状に、更に個人的な仕事が増えているという現実が目の前にのしかかってきていた。


「あのぅ、私もなにか、手伝いましょうか?」


「いいや、最初にも話したが、これは個人的な仕事だからな。ソフィアに頼むべきことではない」


「でも、私も一枚噛んじゃってる立場なので。なにもしないってのはその、なにかモヤモヤする、というか……」


 なにもしていない、ということがどうにも性分に合わない、と。

 実際のところとしては、彼女が普通に振る舞いながら、ときおり噂を流してくれているだけで、かなり大きな役割を担えているのだが。しかし、それだけでは実際の体感として少ない、というのもまた事実ではあるだろう。


(とは言っても、この作業についてはそう簡単に任せられるものでもないからな……)


 ギルスが行っているのは、おそらくはベアトリスが現在行っているのと同様の、味方作り。

 同じ方向を向いている仲間を探して、味方に引き入れる、というそれ。

 だがしかし、近づいてくる手合の詳細をしっかりと精査しなければ、敵を引き込みかねないため。判断を誰かに任せる、ということは難しい。ソフィアだから、というわけではなく。単純に他の人に任せることのリスクが大きい。


「ソフィアは、今までと同様に。噂についての普及を目指してくれれば、それで十分に役に立っている」


「そう、いうものなんですかね……?」


 どこか完全には納得できていないというような様子を見せながらに、ソフィアがそうつぶやく。

 とはいえ、これ以上に言えることもないし。難しいところではある。


 だが、彼女の心境も理解はできて。

 ふむ、と。ギルスは顎を指で撫でながらに少し考えてから、口を開く。


「……強いて言うならば、通常の業務の方を効率よくこなしてくれれば。俺が自身の仕事に取り組む余裕が生まれるから。そちらに注力してくれると、嬉しいかな」


「はい! わかりました!」


 パアア、と。顔を上げ、明るく輝かせながらにソフィアはそう言った。


 なお、この後。息を巻きながらに意気揚々と業務に従事していたソフィアだが。良くも悪くも空回りをした結果、普段よりも二割増でミスが多かったのは余談である。

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