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#12

「やあ、ギルス。随分と悩んでいる様子だね」


「……殿下。こんな時間に、どうかされましたか?」


 既に日が沈んで。星が高くに輝いている時刻。

 燭台の光を頼りに作業をしていたギルスの元に、アデルバートが尋ねてくる。


「なにか用事があったのであれば、呼びつけてくだされば向かいましたが」


「いいや、ギルスが頑張っているらしいから、様子を見に来ただけだよ」


 邪魔だったら帰るけれど、と。アデルバートがいたずらっぽい笑みを浮かべながらにいう。

 正直、作業をするという意味合いでは邪魔かもしれない。

 相手が王太子であるという大前提もあるため。どのみち、邪魔だなんて言葉はそんなことは口が裂けても言えない。……まあ、それをわかっているからこそ、アデルバートは楽しげな顔でギルスの表情を伺っているのだろうが。

 ただ。なんだかんだと長時間集中していたこともあって、少し気が散り始めた頃合いでもあったので。ある意味では丁度よくもあった。


「まあ、ただ邪魔をしてしまうのは忍びないからね。少し手伝おうかなと思ってるんだけれども」


「……殿下も殿下で、ご自身の仕事があるのでは?」


 具体的になにをしているのか、ということまでは知りはしないが。個人用のサロンに閉じこもってなにやらされていたり。法務卿なんかといろいろな談義をしている姿をよく見かける。

 前者についてはただサボっている、という見方もできなくはないが。いろいろな資料や本などを持ち込んでいる姿も見かけられているため、単純にサボっている、というわけではないらしい。

 まあ、推測でしかない、といえばそうではあるが。


「まあ、そっちについては個人的な側面も大きいからね。間に合えば、どうにかなるし」


「……それで間に合いそうになくて泣きついてきた過去が何度あったことか」


「まあまあ、それも昔の話じゃないか」


 ハハハ、と。爽やかな笑顔で流してくるアデルバート。

 自身の顔の良さを理解してやっているだけに、非常に絵にはなる。状況が状況でなければ、手放しで褒めるのだが。


「それで。通常の業務に加えて、ベアトリスのこと。そして、マリーが動き出したことによる影響も発生するだろうから、と。いろいろやることが増えてきて、って感じかな?」


「……まあ、そうなりますね」


「加えて、フォルテが味方にはなったものの。果たしてどこまで信用していいものかと。そういう側面でのあれこれについてもあるみたいだね」


 一体どこまで見えているのだろうか、と。アデルバートがつらつらと語る言葉を聞きながらに、ギルスは彼の顔を見る。

 その顔は真剣な様相で。……少し前までは、成長こそしたものの、まだまだ頼りのない人物だろうと思っていたのだけれども。


「とまあ、こんな感じだろうか」


 いつからだろうか。随分と、好い顔をなさるようになっていた。


「なんだい、ギルス。唖然として」


「……いえ、なんでもありません」


 ギルスのその反応に。アデルバートは「ふうん」とだけ返して。そして、少し笑ってみせる。


「まあ、僕の方からできるアドバイスとするなら。ひとまず、ベアトリスの方は気にしなくていいんじゃないかなってことかな」


「気にしなくて、いい?」


 むしろ、最大の課題ではないだろうか、と。そう思いながらにギルスが首を傾げる。


「まあ、全く気にしなくていいってわけじゃあないけども。少なくとも、優先度は低いかなって僕は思うよ」


「……理由を、聞いてもよいでしょうか」


「うん。もちろん」


 アデルバートはそう言うと、くるりと一度背を向けてから、そうだねぇ、と。少しの間、楽しげに考えてから。

 そうして、ギルスの方へと振り向く。


「たとえば、ギルスがイザベラの立場になって僕やマリーに向かって攻撃を仕向ける、となると。まず、どうする?」


「そんなこと、する予定はないですが」


「堅いなあ。そうじゃなくて、もしも、の話だよ」


 たとえばって言ったでしょ? と、アデルバートが苦い顔をしながらに補足をしてくる。


「状況を整理するならば、相手の立場を想定してみる、というのはいい参考になると思うよ」


 なるほど、仮定の話、か。

 ならばと、ギルスは少しの間、顎の指を当てながらに思案をする。

 そうして、ゆっくりと考えをまとめてみながらに。


「……まず、味方を探しますね」


 と、そう結論付けた。


 そもそも、相手が大きい。アデルバートはまごうことなき王太子であり。マリーも子爵令嬢である。

 もちろん、ベアトリスの立場から考えて見るならば子爵令嬢というマリーの立場自体は決して大きなものではないが、王太子の庇護化にある、というマリーの現状が生み出す影響は大きい。


 それゆえ、アデルバートはもちろん、マリーに対して敵対をする、という行為自体、非常に危うい行為である。


「だからこそ、対抗しうるだけの力を用意する必要がある。そのための、仲間を探す」


「うん、そうだね。……そして、その仲間は、当然ながら同じく国を斃さんとする思想理念を持っている、というわけだ」


 アデルバートから、意見への賛同をもらいつつ。ギルスは思案を伸ばす。


 そういった手合は、基本的には自身の主義や利益が優先。様々な思想が混濁しているであろう。

 だからこそ、味方は十二分に精査する必要がある。誰も彼もをそのまま引き入れていい、というわけではない。


「……なるほど。たしかに、時間はかかるでしょうね」


「うん。それも間違いなく、理由のひとつだね」


 どうやら、アデルバートの反応を見る限りでは、他にも理由があるらしい。


「まあ、ひとまずはそこまでたどり着ければ、一旦ベアトリスから目を離していい理由は理解してもらえただろう」


「……いちおうは」


 あのベアトリスのことだから、そのあたりについても早いスピードで処理をしていそうなもので。気を抜くのは少々怖いところではあるが。


「と、なると。俺が目を向けるべくはマリー様のこと、だというわけですか?」


「うーん、あたらずとも遠からず、って感じかな」


「なんですか、その微妙な反応は」


 ギルスが眉をひそめながらにそう言うと、アデルバートは少し困った表情で苦笑いをする。


「既にマリーの件で結構踏み込んじゃったから。これ以上にあんまり口を挟みすぎるとベアトリスから怒られそうで嫌なんだけど。……まあ、これくらいなら大丈夫かな」


 彼はそう言うと、目を伏せて。ピンと人差し指を立てながらに、言葉を続けた。


「さっき、僕はベアトリスの方を気にしなくていい、と言った。その理由として、向こうには準備が必要だから、とも」


「ええ。そう、ですね」


 ベアトリスには、味方が必要。しかし、その味方については、十二分に精査が必要。

 だから、準備に時間がかかる、と。


「……似たような話を。最近、ギルス自身も考えたんじゃないかな?」


「俺自身が?」


「うん。まあ、正確にはギルス自身にまつわる話というよりかは、他人についての話をギルスが考えていた、という感じだろうけど」


 いや、仕事が忙しかっただけに。そんな話について、考えていたりは――、


「……しま、したね。そう、いえば」


「ちゃんと、心当たりがあったようで安心だよ。……それじゃあ、僕が帰る前に。これが最後の助言」


 アデルバートはそう言うと、コンコンと足で地面を軽く叩いて、靴を整えながらに。

 振り向き気味で、ギルスに向けて言葉を投げる。


「君は、ベアトリスから選ばれた。もう少し正確に言うならば、指名された、ということを忘れないようにするといい。ある意味、いいように使われて押し付けられただけでもあるが」


「以前にも、似たような言葉を投げかけられたような気はしますが」


 ギルスがやや困惑気味でいるところに。アデルバートは、真剣な表情で。告げる。


「たとえ、無理やりに引き上げられた舞台であろうとも。衆目が集まっている限りは演者なんだ。ならば、期待された立ち居振る舞いをするのが、役目だろうと、僕は思うよ」


 意味深長に、アデルバートはそう言うと。それじゃあ、と。満足そうにしながら、彼はそのまま退室していった。


「演者、か」


 どこか引っかかるような思いを逡巡させながら、ギルスはそう、ぽつりとつぶやいた。

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