表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/35

#11

「……ふう。しかし、どうしたものかな」


 ギルスは執務室で、そう、小さくつぶやいていた。

 ただのひとりごとではあったのだけれども、どうやら他の文官にも聞こえてしまっていたようで。ギルス自身の立場の高さなどもあり。加えて、丁度彼ら彼女らが雑談をしていたということも相まってか、ビクリと驚いた様子を見せていた。


 これは、少し悪いことをした。別に脅かすつもりはなかったのだが。無論、業務中に私語に興じ続けることを好いとは言わないが。


 ギルスは彼らに、なんでもない、気にしなくていい、と。そうとだけ伝えて。思案に戻る。


 噂というものは、本来は次々に移り変わるもので。件の夜会が行われてからしばらく経った現状、ベアトリスへとまつわる噂についてはかなり下火になってもおかしくはない頃合いではあった。

 だが、しかし――、


「でね、貴女はどう思う?」


「えー、私はベアトリス様が――」


 こうしてギルスのいる場所にもその噂話が舞い込んでくるほどには、依然としてベアトリスの話題は過熱したものではあった。以前にギルスに対して直接に話を聞きに来た女性文官のソフィアなんかもその話に混じりに行ったりしている。

 なにせ、ここは曲がりなりも宰相であるギルスが執務を行っている場所ではあり。そこで、現状反旗を翻すだよなんだの噂されているようなベアトリスの話題がこうも話されている、というのは相当なことではある。


 ギルスがフォルテと話した限りでは、おそらく、夜会での一件、もといそれに伴う噂の類については、ベアトリスが意図的に巻き起こしたことであり。そうであれば、これらの噂に乗じてなにかを仕掛けてくるのではないだろうかと思っていたが。しかし、目立ってそういう素振りがあるわけではなかった。


 だが、目立って表立ってなにかをしている素振りこそないものの、こうして噂が長続きしている、ということは。おそらくは未だにベアトリスが行動を続けている、ということであろう。


 では、彼女がなにをしているのか、ということについては。現状のギルスには知る余地がなかった。

 推定ではあるもののひとまず仲間と判断していいであろうフォルテも、ベアトリスから具体的になにをするつもりなのかということは共有されていないらしくて。……まあ、そこを共有しているのならば、そもそもこうしてギルスがフォルテに接触をできていなかっただろうから、それについては予測の範疇ではあったのだが。

 加えて、先日ベアトリスと秘密裏に会ってきたというマリーからも、彼女がなにをしようとしているのか、ということまでもは知ることはできなかったらしい。


 正直、ギルスとしてはマリーがベアトリスと会うという行為については非常にリスクのある行為ではあり、ギルスの個人的感情としてはできれば辞めてほしいことではあった。

 だが、彼女の熱意と、そしてアデルバートからの後押しもあって、ギルスが折れる形で彼女を送り出した。

 結果として、アデルバートが言ったようにマリーはベアトリスと会うことができたうえで、特になにかの問題が起こるわけでもなく。また、誰にこのことがバレるでもなく、マリーは無事に帰ってきて。


 しかしながら、先述のとおりマリーはベアトリスの動向については知ることはできなかった。……ギルスとしてはリスクを鑑みてまでも送り出したその一端の感情としては、なんらかの手掛かりを掴んできてくれるのではないか、と。そう思っていただけに、少し残念ではあった。


 だが、一切の成果無し、というわけではないらしかった。

 マリーは依然として、ベアトリスと会いたい、という言葉を口にしている。先日会ってきたばかり、ではあるが。

 これについては、おそらくマリーなりの配慮の結果であろう。要は、マリーがベアトリスと会ってきた、ということをバラさないためである。

 実際、アデルバートからは周囲の人物にはバレないように、と。そう言われていた。だが、マリーは既にベアトリスと会いたいと周囲の人たちにいくらか相談していたために、その素振りがぱったりと消えてしまっては、たしかに会ってきたのではないかと疑われてしまう可能性はある。

 それを防ぐために、マリーは依然としてベアトリスと会いたいと公言しているのだけれども。


(どうやら、この公言。自発的に行っている、らしい)


 最初はアデルバートから指示されたものかと思っていた。あるいは、ベアトリスからか。

 元々、ベアトリスと会うことを秘密にするようにと指示していたのがアデルバートだったため、最初はそうだと思っていたのだが。どうやら話を聞く限りでは、アデルバートからは一切言っておらず、マリーが自らの考えでに行っている、とのことらしい。

 もちろん、ベアトリスから直接に話を聞けないために彼女からの支持である可能性自体は否定できないのだけれども。しかし、マリーの変化はこれだけではない。


「それにしても、マリー様がお茶会を開いて、いろんな方々との交流を広げようとなされてるって話は聞いた?」


「聞いた聞いた。やっぱり、ベアトリス様の動きが影響してるのかしら」


「まあ、あんな宣戦布告っぽいことされたら、怖いっちゃ怖いもんね。味方が欲しいって気持ちもわかるかも」


 マリーは、その性格もあってか、自力で交友関係を広げよう、という動きを取ることが少なかった。

 それが、ベアトリスのところに会いに行ったことを境にしてから、自らの行動で交友関係……すなわち、味方を増やそうとする動きを見せていたりする。


 だが、文官たちの言っているところについては、おそらくではあるが、いくつか違うところがある。

 味方を増やそうとしている、というのはあながち間違いではないとは思うが。どちらかというと、彼女は自分の責務を全うしよう、としているという方が正確であろう、と。ギルスはそう感じている。


 なにせ、ベアトリスと会ってきてもなお。マリーは、ベアトリスのことを信頼しているし、相変わらず、好意を抱いているのであろう、ということはなんとなく察することができた。


 それから、別な理由としては。

 ベアトリスと会ってきてからのマリーは、少し、雰囲気が変わったように感ぜられた。ということもある。


 その原因が。マリーがベアトリスに会ってきたからなのか。あるいは、ギルスがそれを知っているからこそ、そう思ってしまっているだけなのか。そのどちらなのかはわからない。……実際、アデルバート以外の人物からは、同様の意見を聞いたりすることはない。

 しかし、例えば今回の、交流を広げようとしている、というその行為についても。いずれ、彼女が王妃となった際に、味方となる人がいなくては立場が危うくなる、ということを鑑みれば。いつかは成さねばならないことではあった。

 そのあたり、ベアトリスであれば、彼女自身、そうなるべくして教育されてきたこともあり。自身の立場についてを自覚はしていることだろうし。反抗してくる相手に対してもしっかりと対処ができるだろうから、ということもあり。正直、ギルスとしては、アデルバートが婚約者をマリーに決めたときには、少々心配に思ったりしていた側面ではあったのだが。

 しかし、今のマリーには。そのあたりの覚悟が。まだ未熟ながらに、備わってきているような。そんな、雰囲気を持っていた。


 ただ、正直なところ。現状の彼女の行動として、それがきちんとした成果を生んでいるか、というと少々判断は難しいところではある。

 良くも悪くも、そういう場にはベアトリスにくっついてまわっていた、というマリーの経歴なんかが災いして、早い話が、彼女はその手の腹芸の類に関する力量が全くと言っていいほどにできていない。


 それこそ。今のうちは、かつてベアトリスと交流していた頃合いから知り合いであったような。いわば、友達の友達という立場を中心に声をかけたりしているために、そこまで甚大な事柄が起こっている、ということはないと思うが。

 しかし、そのうちにマリーのことを利用してやろう、というような手合が彼女に近づいてくることは想像に難くない。それだけ、王太子の婚約者という立場は、利益を生む。


 だから、そういう手合が近づいてくる前にマリーが対処法を身に着けられればいいのだが。彼女の性格などもあり、すぐに、というのは難しいだろう。


「全く。……やることが、考えることが、多い」


 唯一盤面が見えているのであろう、アデルバートが。面白そうに笑っている姿が思い浮かんで。ギルスは小さくため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ