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銭色の花火

挿絵(By みてみん)


 この観察日記を読んで頂く皆様に、私マウ・ロアは三つの約束を捧げる。

 ・この観察日記に記録された全ての物語がバッドエンドである事を約束する。

 ・この観察日記に記録された全ての観察対象に私の存在が露呈していない事を約束する。

 ・この観察日記に記録された全ての物語が終わりまで見届けられている事を約束する。


 ではまず初めに、改めて私について説明しておこう。

 私は人魚のマウ・ロアという。

 この名前は千年も万年も先が視えるという占い師ラニに名付けてもらったもので、「永遠」を意味するが、この名の通り私は不死であり、永遠の活動が可能だ。

 この観察日記は趣味で始めたもので、主に悪い結末を迎えた人々の行動を記録している。

 観察方法については、私はラニの下で修行した十年と、千年の間にいくつかの魔法を習得し、その中でも「岩渡り」という、壁や床に潜り込む魔法を愛用している。

 これは壁や床の材質に関わらず外側の様子をまるで水槽の向こうのように観察する事が出来るようになっていて、これによって海より人間の多い地上での記録観察が可能になった。

 ページがそろそろ無くなりそうなので自慢はこれくらいにしておこう、記録は次のページから始まっている。


 はるか昔から、ある国のすみっこに、森に囲まれた町があり、町のすみっこには有名な崖があった。


 どうして有名だったかと言うと、世を(はかな)んで身を投げる人がその崖を選ぶ事で有名だったからである。


 そんな崖に、今宵もまた一つ、人影が現れた。


 ピン……ピン……と小さな金属音が夜闇に響いていた。

 星の降り出しそうな夜空に向かって、きらきら光る一枚の金貨が、潮風にさらされながら高く高く飛んでいっては、引き戻されるように持ち主のもとへ向かって落ちていく。

 それを取り、また空へ送り出すその人は、町で有名な怠け者のお坊ちゃまだった。


 彼も、かつてその崖に訪れた人々と同じように身を投げに崖へやってきたのだろう。


 しかし、お坊ちゃまは崖のふちに近付き、聞こえる波の音が大きくなってくると、その歩みを止めた。


 その足は、それ以上は半歩ですら頑として動こうとしない。


 すると、彼は満天の星空から星の代わりに降ってきた金貨を、手の甲と手のひらで捕まえた。


 やや痛む手の甲にため息を吐いてから、彼は宣言した。


「表だったら行く、裏だったら帰る!」


 彼がそっと手のひらをどかす。


「そもそもどっちが表でどっちが裏だっけ?」


 そんな事を言うお坊ちゃまだったが、裏だったのだろう、すぐに崖を去り、また金貨を宙へ弾き上げながら町への道を歩き始めた。


 帰ってきた町中では、貧しさのあまり家を失った人々がそこかしこに座り込んでいた。


 中には物陰からお坊ちゃまの金貨を見つめる人々もいたが、彼がいつも持ち歩いている拳銃が怖いのか、彼らが物陰から動く様子はなかった。


 そんな彼らを見て、お坊ちゃまが立ち止まった。


「良い事を思い付いた」


 そう言うとまた歩き出した。


 屋敷への道とは反対の道を進んでいったお坊ちゃまは、噴水広場にやって来た。

 噴水広場と言っても、はるか古代に作られた噴水は、今となっては壊れて止まったまま直し方を知る人もなくただ雨水を貯めるだけのものになっている。

 それを直そうと言い出す人もいなかったらしい。

 噴水を直せるほどのお金があれば、宴会の為の食べ物やお茶会の為の身なりに使った方がよほど良いからだろう。


 しかし、そんな噴水にも水は溜まっているので、鳥や猫や、貧しい人々が集まる。

 金貨を後ろ手に隠したお坊ちゃまは、ちらほらいる人々の背中を見つめながら、おそるおそる噴水へ近付いていく。

 そして、元気な声で挨拶した。


「おはよう、噴水のヌシ」


 もう空は白み始め、星々も姿を隠していた。


 すると、噴水にたむろする人々の中で一人、水底の藻から掘り出したのであろう錆びついた古銭を服の端で磨いていた男が不機嫌に振り向いた。

 彼こそが噴水のヌシである。


 その噴水広場の噴水には、お金を放り込んで願い事をすると、はるか昔に広場に噴水を建てた王様の魂が聞き入れてくれる、という伝説があり、特にその王様の時代の古銭が好んで投げ込まれる。


 そこで、町にやってくる旅人や、お坊ちゃま達のような貴族のお客に伝説を教えて古銭を売りつけ、放り込まれたそれを拾ったり掘り出したりしてまた売りつける、というのを繰り返している事で、彼は町中に数多くいる貧しい人々の中でも有名だった。

 もちろん噴水のヌシだけがそうしている訳ではなかったが、少なくとも最初にそれをやり始め、そして最も儲けているのは間違いなく彼だ。

「王様に贈るお金は失うと少し困るくらいの金額でやっと耳を傾けてもらえる」という噂も、彼の嘘なのか、元からあったお作法なのか、もう誰にも分からなくなっていた。

 一理ある、と納得して手持ちの半分を放り込む律儀なお客や、単に王様への敬礼のつもりで小銭を沈めにやってくる昔気質(かたぎ)な老人達もいるくらいだった。


「商売の調子はどうだい?」


 男は目を丸くしてお坊ちゃまを見た。


「突然どうされた? まさか今更コケにして笑い飛ばしにでもいらっしゃったんですかい、お坊ちゃま? そんなら間に合ってますぜ?」


 と、男は苔や錆を拭き取った緑色が落書きの笑顔のような形になった服の裾を広げて見せた。


「楽しそうだね」


「やってみなさるかい?」


「いや、それよりもっと楽しい事をしようじゃないか」


「と言いますと?」


「今は身投げの崖からの帰りなんだ、しかし命拾いしたおかげでいらなくなったものがあってね」


 お坊ちゃまが隠していた金貨を差し出すと、噴水のヌシは目の色を変えた。


「これをお前が何に使うか見てみたい」


「ははあ、こいつぁなんたる光栄! ありがたい気まぐれだ!」


 敬礼を真似た奇妙な動きと祈りの仕草を真似たぎこちない動きを見せてから、噴水のヌシはうやうやしく金貨を受け取った。


「なんだい坊ちゃま、私にはくれないの?」


 近くで上澄みの水と海の貝を古びた小鍋でぐつぐつ煮込んでいた女が、横から口を挟んだ。

 他の人々も、同じ事を言いたげにお坊ちゃまを見ていた。

 しかし、お坊ちゃまが持っていたお金はあの世での路銀にと持ち出した金貨一枚だけ。

 それを噴水のヌシに渡してしまったので、両手もポケットも空っぽだった。


「彼が金貨を使い切るのを見届けた後、君にもあげたくなったらあげるよ。もしそうならなくても次の誰がしかにはあげるつもりだから、皆、使い方は考えておいてくれ」


 わっ、と噴水周りの人々がどこか嬉しそうにどよめいた。

 面白い事が始まったぞ、と言わんばかりに。


「それじゃあ噴水のヌシ、良い買い物を!」


 それからというもの、噴水のヌシは、まずみすぼらしい住みかを上機嫌ですみずみまで掃除し、一つしかない食卓とわずかな椅子を玄関先に出し、釣具屋へ干し虫を買いに向かった。

 しかし、店に入ってきた彼を見て、店主は眉間にシワを寄せた。


「何の用だ貧乏人、ここは貴族の方々の為の店だぞ」


 しかし噴水のヌシは怯まない。


「そのお貴族がこの金を何にでも使っていいとおっしゃったのさ」


 と、店主に金貨を見せた。


「それは墓から盗んだという事か?」


「まさか!要するに、貧乏人に金貨を一枚与えたらそいつをどう使うのか知りたいってぇのさ」


「ふん、彼ららしいな。それで、何を買いに来たんだ?」


「一番高い干し虫さ」


「分かった、出してこよう」


 と、店の裏から店主が取ってきたのは、とても珍しい魚を釣る為だけの、とても珍しい干し虫だった。

 とても珍しいので、普通の魚は食い付かない。


「こいつがこの店で一番高い干し虫だ」


「よし、それをもらおう」


 そうして、噴水のヌシは珍しい干し虫と釣り糸と竿を買い、意気揚々と海辺へ向かった。


 しかし、釣れるのは奇妙な姿をした魚ばかり、しかもその魚は見た目がダメならば味も酸っぱくてとても食べれたものではない。


「ああ、全く!お貴族の遊びに付き合わされた!」


 噴水のヌシは途方に暮れて、不気味な魚達を海へ逃し、自慢の店になる予定だったみすぼらしくて小綺麗な住みかへとぼとぼと帰って行った。


 しかし本当は、あの奇妙で酸っぱい魚は見た目も味も貴族好みで、とても高く売れる魚だったのだ。


 その日、命拾いをした魚達は珊瑚礁の影で凱旋の宴を開き、噴水のヌシの買い物の結末を知ったお坊ちゃまは、ケラケラと笑ってコーヒーを飲み干していた。


 それに味をしめたお坊ちゃまは、小鍋で貝を煮ていた女にも金貨を一枚与えた。

 女は隣に住む美人で同じく貧しいお針子に金貨を渡して顔を十回殴る権利を買い、お針子を醜女にしてしまった。


 次に街角で彼をじっと見ていた子供にも金貨を与えた。

 子供はそれで賭け事をして負けて奴隷になり、別に貧しい訳ではなかった家族達と引き離されてしまった。


 最後にお坊ちゃまは占い師に声をかけられて、金貨を渡した。

 占い師はそれで買えるだけの花火を買うと、街から去って行った。

 その夜、街に大量の魔物が向かってきて、人々に襲いかかった。

 それは人心を操る魔物で、狙った町の人々の心を貧しくし、町としての機能が落ちた所を狙って襲いに来るたちの悪い魔物だった。

 街に危機が迫る中、お坊ちゃまは街の人々にいつものように挨拶しながら狂ったように笑っていた。

 彼は多分ずっと、この世の終わりのようなものを望んでいたのだろう。


 しかし、そんな彼の背後、街の外の方で、ありったけの金色の花火が上がった。

 順番もへったくれもない、あるだけの花火を同時に撃ち上げたような大量の金色の光が、空を焼いていた。

 その光を見た魔物も、音を聞いた魔物も、人々を襲うのをやめ、一目散に町から逃げ去っていった。


 この事は伝説となり、その町では定期的に花火があげられるようになった。


 そして、お坊ちゃまは、存続した町を運営する為、働きに働く羽目になり、最期は過労死してしまったという。


 しかしそれらの全ては彼の行いの結果なのである。

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