晴天
「何か、歌ってよ。ジュンリル。」
そうやっていつも一番に声を描けてくるのは3ヶ月ほど先に生まれた異母兄ルキリオ。
真っ黒に輝く鱗が全身を包んでいる。黒い鱗の間から見える瞳は淡いブルーシルバー。感情が見えにくいって誰かが言ってたけど、今のルキリオは悲しんでいる。
腰にぶら下がるように引っ付いているのは赤い鱗に全身を包まれたルキリオの実弟タクリオだ。ぐずぐずとグズっているが涙は浮かべていない。淡い赤と桃色の瞳が恨めしげにボクを見上げている。
「何の歌がいいの?」
ルキリオがタクリオの背中を軽く叩く。
「サラマンダーの歌がいい。」
魔界に伝わる童歌。ルキリオとタクリオの母様であるアヤ母様に教えてもらった童謡。
この歌を歌うとタクリオは元気になるって言ってた。
本当はアヤ母様に歌って欲しいんだろうけど、母様は忙しいからな。
「いいよ、歌ってあげる。だから、元気になるんだよ?」
ボク達が暮らすラーネポリア王国には、父である国王と四人の王妃がいる。第一王妃であるミライア母様は、時空門を通して交流のある妖精界からラーネポリアにお嫁に来た。母様には三人の息子がいて、一番上のショーン兄上は父上とミライヤ母様によく似た姿をしている。ボクの異母弟に当たるショーヤとショーセも妖精族然とした姿をしている。ボク、ジュンリルは、妖精界とは違う時空門で交流のある魔界からラーネポリアにお嫁にきた魔界の有力貴族出身の母様の息子だ。サヤカ母様(サヤ母様)は、アヤ母様とは双子で、二人して嫁いできたんだと聞いた。
で、サヤ母様の子供なのが、第二王子であるレンリル兄上とボクと一個下のケイリルだ。魔界にいる魔族の血が濃いボクらには、他種族とは決定的に違う幼少期が存在する。それが変成期。体内に存在する魔力の大きさに抗えず、コントロールの不備から魔力暴走を起こしやすいボク達。その暴走を食い止めるため何代も前の魔界王様が成し遂げた究極魔法の後遺症。それが変成期だ。魔族は皆、何らかの魔獣、幻獣、神獣の因子を体内に宿していて、その因子に影響を受けた魔力で魔法を使う。魔王様の究極魔法は、その因子に暴走しそうな魔力を体の組成が魔力に耐えられるようになるまで一端貯蓄してもらうってやつらしい。だから、貯蓄期間中は、ボク達の容姿は因子に引っ張られて人型を保てない。
レン兄(レンリル兄上)は真っ黒な毛玉だし。ケイリルは見た目は人型だけど、頭に大きな角があって歩くのにバランスを取らないと大変なことになる。サヤ母様が言うには、レン兄は母様と同じ妖狐の因子を持っていて、ケイリルは鬼族の因子を持っているらしい。
じゃあ、ボクは?何の因子を持っているのかって訪ねられたら、答えは簡単、分からないってことになる。
ボク達魔族の血が濃い者達は生まれ落ちた瞬間から五秒くらいは人型らしいけど、あっと言う間に因子に引っ張られた姿になる。ボクが生まれた時、母様はボクの顔や腕が魔道具のような金属に覆われていく様を見て驚いたんだって。だって、こんな姿をした魔族見たことないから。
ボクの姿を見て、キャッキャしてたのは、ショー兄だけだったって聞いた。
「しゃいぼーぐ、かっちょいい!」
って何かよく分からない言葉を発していたんだって。
改めて言葉をハッキリ喋るようになった兄上に母様達はもう一度聞いたみたいだけど、兄上もよく分かってなかったみたい。
因子が分からないと魔力コントロール方法が上手く掴めなくて、ボクは魔力酔いを起こして病弱な王子となってしまった。
因子が分かってもコントロールが難しいと言われている因子がある。それが異母兄弟ルキリオとタクリオだ。
二人はアヤ母様から受け継いだ龍の因子を持って生まれた。ルキリオは氷龍、タクリオは炎龍の因子を持っているらしい。ドラコン因子ではなく、龍の因子って言うのは本当に珍しいんだって。
母様達の一族にはポコポコいるけどね。
アヤ母様が生まれた時は魔界が大騒ぎになって大変だったらしい。でも、因子の殆どは父親に因ると言われているから母様はサヤ母様と一緒に此方に来られたって言ってた。2つ下の双子の叔父上達も龍の因子を持っていたことも大きいそうだ。母様の実家は二人の内のどっちかを魔界に寄越せってうるさいみたいだけど、アヤ母様は無視している。因みにアヤ母様の因子は光龍って言うレア因子らしい。
そんなある日、ルキリオがタクリオを連れて近づいてきた。ボクは珍しく調子の良い日だったから、嬉しくて歌いながら母様に渡された絵本を読んでいた。その文字を拍子を付けて読むのがマイブームで今日もそんな感じに歌ってたんだ。煩かったかなって思ったら、ルキリオが言ったんだ。
「サラマンダーの歌、」
「えっ?」
「この前、アヤ母様が歌っていたのを聞いて後追いで歌っていただろう?」
初めて聞いたアヤ母様の歌。魔界の童謡だと聞いた。
「あの時、母様の歌声よりもジュンリルの歌声の方が心地よかった。特にタクリオの魔力が安定した。だから、歌って欲しい。」
ボクは歌うのが好きだ。でも体力を使うからってお医者さんに止められてる。
「ちゃんと歌うと怒られる。」
「この部屋の中だけならいいって御殿医から許可を貰った。」
えっ、いいの?!
実は歌を歌うと魔力が安定するんだけど、お医者さんはボクの歌で周囲の魔素が震えて狂うって言ってた。
よく見るとルキリオとタクリオだけじゃなくショーン兄上やレン兄、他の異母弟達が勢揃いしていた。
「いいの?」
「ジュンリルの歌声は、僕ら兄弟には癒しみたいだ。」
兄上達が言うから嬉しくなった。ボクは自由に歌った。回りでは兄弟達が好きなことをしながら過ごす。途中でショーくんがハモってくれた。
そんな時間はとても心地よくて悩みなんか吹っ飛んでしまうんだ。