96.オリンジデー再び
「ありがとうございましたー」
「ありがとうございました」
フェリスとクレドが声をかけると、最後の女性二人組の客が振り向きこちらに頭を下げた。大事そうに袋を胸に抱いて、ギリギリだったけど間に合って良かったねと本当に嬉しそうだ。意中の方に想いが伝われー!と、シズクも気持ちを込めてありがとうございましたと声をかけた。
今日シズクが準備したオリンジデーのお菓子はありがたいことにすべて夕方前には売り切れとなった。
今年のメニューカップケーキ、一品だけである。
何故ならば、今回は手作り要素を取り入れたからだ。
メニューを考えている時に思ったのだ。もちろん誰かが作った美味しい市販品を贈るのだって間違いではないのだが、自分の手が入った方がより一層イベントとしてのオリンジデーも楽しめるのでは、と。希望者にだけだがすでに出来上がったカップケーキに簡単だけれどもデコレーションが出来るように準備をした。もちろん完成品でいいという人のためにすでに出来上がっているものを買えるように用意した。
デコレーションはチョコレートを少し垂らしドライフルーツを飾るだけだったが、それでも自分の手が入ったものを贈ることが出来るのは嬉しいものだ。なかなか上手くデコレーションできた人の中には今度はカップケーキから作りたいと言う客もいて、自分が思っていたよりも好評だったことにシズクはなんだかじわっと嬉しさが込み上げた。
さて、今日はエドワルドは残念ながらやってこない。さらに今年はシュシュリカマリルエルも別件で忙しくしており、一人で切り盛りするぞと気合を入れていたところに、ベルディエットが王妃主催の茶会の出席の為来れないと、本当に涙で文字が濡れた綺麗な便箋の手紙を携えてやってきたフェリスと、たまたま通りかかったクレドが手伝いをかって出てくれたのはありがたかった。
「エドワルドは今日来ないつもりなのでしょうか?」
売り切れたことを知らずに店の周りを囲んでいた人達もようやくいなくなった後、片づけをしながらフェリスがシズクに聞いた。
「ふむ。警ら隊から聞いたところによれば東の海岸で任務だと言っていたから、場合によっては今日中にユリシスに戻ってくることが出来ないかもしれないな」
「そうそう。夜の内からそこに行かなくちゃいけなくて、多分今日は店を手伝えない、ごめんっ、てバリアントさんから伝言貰ったし」
東の海岸とはいったいどのあたりに当たるのかシズクには皆目見当がつかなかったが、クレドに聞いたところによるとユリシスから東に真っすぐ向かって行った辺りだろうと言う。直線距離としては大したことはないのだが、途中に険しい山があり直接向かうことが難しいので通常は移動門を使ってリエインへ行ってから馬でさらに二時間ほど走らねばならないようだ。
「毎回毎回頼ってばかりで、みんなには感謝しかないよ」
エドワルドも手伝ってくれる常連だが、クレドもいつも手伝ってくれてありがたいばかりだ。
あまり手伝ってもらうばかりで申し訳ない気持ちはあるのだが、あまりにも皆自然に店を手伝ってくれるので、気が付いたときには溶け込みすぎて逆に断りづらくなってしまうである。
「まぁ友人だからな。遠慮することはない」
「そうですよ。私はユリシスの市井の勉強にもなります! なによりシズクと一緒にいることはとても楽しいですから」
「そう言われるとなんか照れるぅ……」
片付けが終わり、他愛もない話をしながらフェリスとクレドが家まで送ってくれる。
別に一人でも帰れるのにと言ってみたところでまったく効果はないようだ。二人共危ないからの一点張りで家の玄関まで一緒に帰って来てしまった。
「ちょっと待っててー」
クレドはもしかしたら店に立ち寄ってくれるかもと思っていた。が、フェリスは直接会えると思っていなかったのでこれこそベルディエットに託して渡してもらおうと思っていたオリンジデーのプレゼントを、玄関で待ってもらってもらおうと部屋から持ってくる。
今年は鍵編みで作ったコースターだ。
この国は冷たい飲み物があると言うのにコースターという文化があまりないようだった。少しだけ高級な店でもほとんど出てこず何となくずっと不思議に思っていたのだ。
どこにいってもあまりにも出てこないと思っていたので、シズクは冬に毛糸が出回る頃を見計らってかぎ針で簡単なコースターを作ってみることにした。布の切れ端を使っても良かったのだが、久しぶりに少し編み物をしたかったのも手伝って、比較的簡単に出来るかぎ針で作ることにしたのである。
「これは……?」
「コースターって言って、コップとかカップの……」
「カップなどのソーサーと同じようなイメージか。水滴で書類が濡れにくくなるし、カップを誤って強く置いてしまった時でも音を吸収する、か」
「そうそう、そういう事」
白をベースにして、ベルディエットとフェリスの分はセリオン家特有のアッシュブルーに近い青を使って縁取りし、四隅をボンボンのようにして可愛らしさを演出した。
クレドの分は同じく白をベースに、周りの縁取りはボンボンはなしでシンプルに囲い、色はシックな濃いめのグレーである。これなら仕事で使っても邪魔にはなるまいとシンプルに徹した一品である。
「こんな素敵なものを頂いていいのでしょうか」
「あぁ。使うのが楽しみだ」
「準備してたし貰ってもらえない方が困っちゃうかも」
クレドはと言えば、少しはにかんだように笑ってそっと大事に胸ポケットにいれるのが見えた。さらに目に見えて喜びを表すフェリスを前に、喜んでもらえたことに単純ではあるがシズクも何となく嬉しくなる。
「私、お茶会があれば持って行って見せびらかしたい気分ですわ」
「いやいや、素人の手習いだし、そんな大それたところで使われたら場違いだよー。おうちで普段使いして欲しいっていうか」
うふふ、とフェリスに上手く微笑みでかわされる。
本当は家でお茶でもと言いたいところだったが、二人共この後は夜会に参加しなくてはいけないのだそうで名残惜しそうに帰って行ってしまった。
窓の外から手を振って、二人が帰っていくのを見送っていたのだが、いつまでもエスコートの為の手を差し出さないクレドの脇腹に、フェリスの鉄拳が刺さるのを見てしまい笑ってしまった。
「なんか最近いい感じなんだよねー、あの二人……。さてと……」
オリンジデーのプレゼントのコースターはもちろんリグとエリスのものも、もちろんロイとアッシュの分も準備しており、お揃いでそれぞれの瞳の色を縁取った。交換するかは、まぁ本人達にお任せだ。
エドワルドのものと言えば……。
「へへ。かなり上手くできちゃったんだよねー。早く渡せるといいなぁ」
前世で週半ばがバレンタインデーの場合は、当日プレゼントが渡せないこともあるので、恋人同士ならばゆっくりとお互いの休みのあう日に渡してそのままデート……とネットのバレンタイン特集に書いてあるのをみたことがある。実際シズクは友チョコぐらいしか渡したことがないのでその真偽の程は定かではないが……。オリンジデー当日に渡さなくともあまり気にしない。
コースターにしようと思った時、四角いコースターを作るのはすぐに思いついて、色違いの毛糸で縁取ることを思いついた。ベルディエットとフェリス、クレドについては思いついた色にして、リグとエリス、アッシュとロイはパートナーだからそれぞれの瞳の色の縁取りとかちょっといいなと毛糸を探していたところで、上品な紫色の毛糸を見つけたのだ。
『エドワルドの瞳の色と同じ感じだなー』
品の良い穏やかな紫色で縁取ったらさぞ綺麗だろうとエドワルドの分は自分の瞳の色になってしまうが、シズクは気に入ったその色に決めたのだった。色のイメージも手伝ってか他の人たちの分は四角だが、エドワルドの分だけ丸いコースターにしてしまったのはご愛敬である。
ちなみにたくさん毛糸を買ったおまけにと、落ち着いた赤色の毛糸を少しだけ無料でいただいた。エドワルドのコースターは丸にしようと思っていたので、おまけでいただいた赤い毛糸で試し編みをしていたのだが、途中で赤い毛糸がなくなってしまったのでエドワルドの分にと買った毛糸を拝借して、赤と紫の二色のコースターを自分用に作ってもみた。
お試しに作ったにしてはなかなかに良い出来だったのでそちらは自分用に使っている。
勢いで作ってしまったので紫が少し多めの、ちょっと楕円っぽい丸だが、かなりお気に入りだ。
今夜はリグもエリスも、会合で遅くなるらしいので家には一人。
コースターのもこもことした見た目と手触り、そして優しい風合いがとてもいい。
シズクはカップのお茶を飲みながら、コースターをさらりと撫でると、急にエドワルドの笑顔を思い出して、シズクはなんだか心の奥がくすぐったくなった。
「早くあいたいな」
ポロリと出た言葉はあまりにも自然に口から出てきて、シズクは渡したいなの間違いじゃん、と一人で自分の言動にツッコミを入れたのであった。
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