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95.テオドランとクラーケン

「エドワルド……」

「…………」

「あのさ、」

「え? ごめん、なに?」

「えっと……、なんでもないなんでもない! 早く終わらせて帰ろうぜ」

「……うん」


 何回目かのため息を聞いたロッサムが、どうにも我慢できずにその理由を聞こうと声をかけた。溶けかけの氷の中から無言で数匹テトラアドンを掘り出しながらエドワルドから力無く帰ってきたその声に、それ以上言葉をかけることができなかった。理由は分からないがとにかく早く終わらせてやりたくてロッサムは急いで作業に戻った。



――愛情をこめて料理をすればきっと伝わる。


 その言葉を信じてエドワルドはシズクにオリンジデーで贈り物を一つと、自作の弁当をプレゼントしようと考えていた。

 野営で簡単な料理はするし出来ないというわけでもないが、相手は料理のプロ。ちゃんとしたものを贈りたい。


 無限の可能性を秘めた弁当箱に、いったいどう好きという思いを詰めてシズクに自分の気持ちを伝えるか。出来る限りシズクの店に通いながら、好き嫌いを本人から地道に聞き出した。色々知っているつもりだったが、意外に知らない事があって新しい発見に頬が緩む。知らない事を新たに知ることが出来るのは純粋に嬉しい。


 シズクの為にとメニューを決めて料理人に作り方を教わったり、弁当とは別のもう一つのプレゼントを作ったりすることがこんなに心躍るものなのだなと、時間がなく忙しい中でも充実した毎日にエドワルドの頬に自然と笑みがこぼれる。


 そしてオリンジデーを明日に控えて、警ら隊の仕事を夕方には終え、家に帰り食事をした後にこれから下準備を始めようと厨房に向かおうと思った矢先、何故か近衛騎士団の団員であり友人でもあるロッサムが家にやってきた。まだまだ寒い時期だと言うのに、かなり急いできたのか玉のような汗がぽたりぽたりと零れ落ちている。


「ボクも、この後、家に帰って、準備してから、戻らなくちゃ、いけないから……」


 息も絶え絶えでなんとかそれだけ言い切ってはみたがどうにも息が続かなかったようで、ロッサムは一旦言葉を切った。嫌な予感にエドワルドは眉をひそめてロッサムの言葉を待った。

 数回深呼吸を繰り返した後、ようやく呼吸が落ち着いてきて言葉を続ける。


「今日到着した行商人の情報で、リエインから少し東側の漁村の海にテトラオドンが大量発生してて。しかも結構な量らしいし、毒の危険があるからって近寄れないみたい。明日の夕刻までには国王陛下が直々に足を運ばれるから、アッシュ団長がボクとエドワルドとあと数名で先発隊として事前偵察のためにすぐに出発するようにって。エドワルドには着いたら安全のために広範囲を氷漬けをするようにって伝言預かってきた」

「明日の昼過ぎ……」


 広範囲の氷漬け、というパワーワードよりも、今のエドワルドは時間の方が気になった。


 嫌な予感が的中した。


 漁村まではリエインに移動門(マイグレーション)で移動して、そこから東にさらに馬を走らせて三時間程。今の時間であれば氷漬けにしてすぐに帰れれば、明日の朝までには戻れる。帰ってから準備すれば昼食にと渡せるだろう。しかし国王陛下がくるのは明日の夕刻だ。時間も明確ではない。国王陛下が来る時間が遅くなればなるほど、オリンジデー当日にユリシスに戻ってシズクに会うことは絶望的だ。


 当日渡せない可能性が濃厚になってきたが、仕事であればもちろん否やはない。国王陛下が足を運ばれるのであれば当然近衛騎士団がそばに仕えるのが騎士団の仕事である。

 分かっている。分かっているが、今日じゃなくてもいいじゃないかと言う気持ちがどうしても出てきてしまう。


 渡そうと思っていたもう一つのプレゼントは不器用ながらもすでに出来上がっている。

 紅白のピンポンマムの刺繍を一か所に施した、弁当箱も包めるぐらい大判のハンカチだ。

 この国では貴族も男女問わず学生時代に必ず刺繍を学ぶ。数年ぶりだったので上手くできたかは、なんとも言い難いが、気持ちがしっかり伝わるようにと、ひと針ひと針に想いを込めた。


 刺繍入りのハンカチをオリンジデーに渡すということは、大事な人であるとストレートに伝える術でもある。さらに手作りの食事を作って思いを伝えて……。


「はぁ…………」


 何も作ることが出来なかったキッチンから自室に戻り、遠征の準備を始める。

 悪あがきだが、用意していたハンカチを綺麗にたたみさらに洗い立ての自分のハンカチで丁寧にくるんで遠征用のバックパックに入れた。

 昨日までは全然平気だったと言うのに、なんで今日に限ってそのような事態になってしまったのか、恨むわけではないがタイミングの悪さにエドワルドは苦笑することしかできなかった。




「みな待たせてしまったすまなかった」


 昨日からどうしても城を離れることが出来なかった国王が漁村にやってきたのは、日が傾いて空の色が夜の色に変わり始める、夕方ももうすぐ終わり夜になる直前と言ってもいい時刻であった。

 それでも忙しい間を縫って国王自ら漁村に足を運び、その手腕を振るってくれるのだから感謝しなくてはならない。


「見事に氷漬けされておるな。エドワルド。よくやった」

「お褒めにあずかり、恐悦至極に存じます」


 テオドランは通常深海の方にいて、たまに漁師が釣り上げたあと毒のある部分とない部分を適切に処置。ひれの部分や皮、さらに内臓にも毒性が認めらえるので安全の為解毒魔法か浄化魔法を使ってその毒性を取り除き、皮は滑り止めにも使えるため魔法技師や武器や防具を扱う職人に売られていく。


 普段であれば吊り上げあれるのは多くても一日十匹程度だが、今回はさすがに規模が違う。

 漁港でテオドランを扱っている百戦錬磨の漁師たちも、解毒魔法と浄化魔法を使う者たちも、海面を埋め尽くすほどのテオドランを毎日も処理したとして何日かかる事か。


 そこで国王の魔法だ。

 国王の得意魔法は解毒と浄化だ。

 解毒も浄化も比較的一般的に使われている魔法だが、毒の種類によっては術者それぞれ得て不得意があり、浄化もまた個人の能力により完全でない場合もある。しかし国王はどんな毒も解毒、どんな穢れも浄化し、さらに広範囲にその魔法を展開できる唯一無二の力を持っているのだ。


 テオドランの毒は触ったものを死に至らしめるほどだ。

 今回はテオドランの扱いを知っている漁港であったこと、国王が忙しい中すぐに動いてくれたこともが幸いし、被害者が出なかった事は幸いだった。

 

「お前の氷魔法あってこそ、被害なしであった。さて、そろそろ行かねばならん。アッシュ」

「はっ。あとの陣頭指揮はアレックスに任せる」

「委細承知」


 忙しい国王はアッシュを伴いすぐに漁村を去り城に戻っていった。


「よし。氷漬けされて毒もないとはいえ量が多いからな。ある程度火魔法で氷を溶かしつつテオドランを引き上げるぞ。ちゃんと売り物になる様に気をつけろっ」

「はいっ!!」


 アレックスの声に近衛騎士団の面々も凍った海に向かう。足取りは重たいがエドワルドもそれに続いた。

 火魔法の使い手がテオドランを焦がしたり辺に火が入らないように加減しながら氷を溶かすのを見て安心した漁村住人も、総出でテオドランを氷から掘り起こす作業のために氷の上を歩いてくる。


 光魔法で手元を照らしなしながらの作業だったが思ったよりも早く終わったが、すでに夜も更けて、ユリシスに帰るのは明日の朝となってしまった。


「こんな小さな漁村の為に夜遅くまで本当にありがてぇ事でした。漁師料理でもうしわけねぇですけど、テオドランの料理で体温めてくだせぇ」

「都会の人達の口にあうかわからねぇですけど。テオドランもクラーケンも皮以外は商品にならねえって基本的には食材としては出回らねぇんですけど実はハチャメチャ旨いんっすよ。んで、うちのかぁちゃんが作ったんで味は折り紙付きっす!」


 漁村に帰れば少し前に戻った住人が準備をしてくれていたのか、温かい料理が準備されており若い漁師が自信満々に渡してくる。

 自分で凍らせたとはいえまだ寒い時期に氷の上での作業は存外に堪えるものだったのだと、炊き出しで受け取った器を受け取った時の温かさでエドワルドはようやく気がつけた。


「エドワルド、これ凄くうまい!!」


 ずっと一緒に作業をしていたロッサムが早々に炊き出しで出された料理を口にしたようで、美味しくて温かいものが腹に入ってとても安心したような笑顔をエドワルドに向けていった。


 この数年でエドワルドが慣れ親しんだ味噌の香りと温かな湯気の立つその器に目を凝らせば、沢山の野菜と共に白身の肉が入っているのが分かる。

 これがテオドランの身だろうか。


 あっさりとしたほこほことした身に、野菜の旨味が溶け込んだ味噌のつゆと絡んで絶品だ。


「騎士様、こちらも旨いんで是非食ってみてくださいよ!」


 出されたのは茶色い謎の何かだ。

 何なのかわからず、よく観察してみれば中に米のような粒が入っているのが見えた。


「クラーケンにオリザを入れて作るんっす。この甘辛いタレと絡んでもちもちしたクラーケンとオリザが最高でね」

「オリザ?」

「もちもちした米ですね」

「米!?」


 説明してくれた漁師は陽気に笑いながら別の団員に同じように料理を勧めに向かって行ってしまった。


 クラーケンも白身だが、面白い触感で弾力があるのにサクッと歯で噛み切ることが出来る。そのクラーケンの中からこれでもかと言うほどに蓄えたオリザが旨味と共に口いっぱいに広がる。


――シズクと一緒に食べたかったな――


 美味しいものを食べれば、エドワルドの頭に浮かぶのはシズクの顔だ。


『そうだ……』


 元来食材として出回ることがないと若い漁師が言っていたから、持ち帰ればシズクの驚く顔が見えるかもしれない。


「あの、これは持ち帰っても大丈夫なもの、ですか?」


 先ほどの若い漁師を捕まえてエドワルドは聞いた。


「もちろんっすよ。正直皮以外は正直全然売れねぇんですよ。もったいねぇんで村では昔から解毒したものを普通に食ってるっすから、解毒さえ出来てれば全然問題ねぇですね。テオドランは解毒すれば身も食べれるのにそれがあまり広まってなくって。淡白な白身でうまいんっすよ! まぁ単純に漁獲量が少ないんっすけどね、あはは……、ってうわっ」

「作業終わり次第いくつか譲ってください! いや、買います!!」

 

 手作り弁当を渡しての交際申し込みはまた日を改めるしかないが、この珍しい食材をシズクに届けたら、きっとキラキラの笑みで迎えてくれるだろう。


 シズクが喜んでくれるのが、一番だ。


 沈み澱んでいた自分の気持ちが急激に浮かんでくるのを感じながら、聞き終わるよりも前に、あははと笑う若い漁師の肩をがっと掴んで必死に願い出たエドワルドであった。

お読みいただきありがとうございます。

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