91.フレンチトースト
「もうねこれだけ焼くだけでも十分美味しいけど、愛情を持って美味しくなれーって思えば凄く美味しくなるし、アッシュさんに大好きが伝わるから!」
いい匂いにつられてキッチンにやってきていたエドワルドは、キッチンに入る手前で何となくシズクとロイの会話を聞いてしまい足を止めた。
もし嫌悪感を持たれているならばそもそも一緒に出掛けたり、一緒に出掛けて笑顔で隣を歩いたりするはずもないし、どんなに友好的なシズクと言えどたまに訪れる親密な距離感を許してくれるはずもない。好意を持ってくれているとは思う。しかしそれはあくまで友愛の情で、シズクから恋情や愛情を向けられているか問われたなら、今のエドワルドには頷けるほどの自信はなかった。
ただ自信がなくとも、初日の出と共に実は胸にずっと灯っていた思いを完全に自覚したエドワルドは、シズクに自分の気持ちをどう伝えたらいいのか考えていたところだった。そこに来てこのチャンスである。
「そ、そんなことあるか?」
「あるんだって。好きな人が愛情込めて作ってくれたものが美味しくないわけないし、その愛情は自然と伝わっちゃうんだから……、あれ?」
もちろん作った物を食べてもらっただけで自分の気持ちが伝わるなんて虫のいい話があるわけないことは分かっているが、これが一歩踏み出すいいきっかけにはなる。と、二人の会話を聞きながら握りこぶしを握ったエドワルドが顔を上げた瞬間、シズクが見つけたようで声がかかる。
どうしたの?とシズクに声をかけられ、どうしても待ちきれなくて、とバツの悪さを隠すように頭をかきながらエドワルドは自分自身に活を入れてキッチンに入った。
「なんか凄く美味しい匂いがしたから、我慢できなくて」
苦笑いしつつ進んでいけば、甘い香りがより強くなった。
じゅぅっと音を立てているフライパンの中を見れば、先ほど食事を終えプリンを食べたとはいえまだ食べたりないエドワルドに香ばしい香りが胃袋を掴みにかかる。
だが、これを食べていいのは俺じゃない。アッシュ団長だと掴みかけられた自分の胃袋をエドワルドは叱咤する。
「そろそろひっくりかえそっか」
集中していたはずの焼きの作業中にやってきた来訪者に気を取られ、危うくひっくり返すタイミングを逃してしまいそうなところをすんでのところでぎこちないながらパンを、いつもは器用なロイのその手が不器用にひっくり返して、ふぅーっと長い息を一つついた。
「危ない所だった……」
「ちょっとこげつくぐらい大丈夫だって。料理は愛情、だよ」
「見栄えは良い方がいいだろう?」
「別にお店で出すわけじゃないし、あんまり気にしすぎない方がいいよ」
ひっくり返したその面もじゅうじゅうっといい音を立てた。蓋をしてしばし待てばちょうどいい具合に焼きあがった。
ロイはなるべく綺麗に見える面を上にしようと裏返そうとしていたが、それを見ていたシズクが止めに入る。
「あんまりやるともっとぐちゃぐちゃになっちゃう。大丈夫。味付けは絶対に間違いないし焼き加減もいい感じだよ」
「いや、出来るだけ綺麗な方が……」
「だーかーらー! ロイがアッシュさんの為丁寧に心を込めて焼いたって事が大事なのって何回言ったらわかるの?」
お互い譲らない押し問答に、折角皿の上に大事に大事に盛り付けされた出来立ての甘くて美味しそうなパンが、今か今かとアッシュの元に運ばれるのを待っている。
「冷めないうちに団長に食べてもらった方がいいんじゃない? 温かい方が絶対に美味しいと思うし」
「!! その通りだな。恩に着るぞ。エドワルド」
粉砂糖を上からさらりとかけた後、あらかじめ準備していたであろう白いクリームを乗せてロイはいそいそと持ってキッチンを出ていった。
入れ替わるようにシズクがアッシュ以外のパンを焼き始める。それを見ていたエドワルドは、考えていたことを実践するためにシズクに声をかけた。
「あのさ、俺も焼いてみてもいい?」
「チャレンジ精神旺盛なの、いいね!」
シズクはそう言うとエドワルドにエプロンを渡して、てきぱきと焼く準備を始めた。ロイはアッシュの分しか作っていかなかったので残り五人分だ。エドワルドが渡されたエプロンをつけている間にすでに一人分のパンが半分焼かれてきて、またしてもいい香りが充満して鼻腔をくすぐる。
「さっきロイが作ってたものよりも、焼き目つけるんだ」
「好みの問題もあるけど、このお焦げ一歩手前ぐらいが美味しいんだよねー」
ホクホクとした顔で三人分をあっという間に焼き上げると、手早く盛り付けたシズクはリグとエリスとロイに出来立てを出しにリビングに向かう。エドワルドがリビングを覗くといつも穏やかで優しいのだが、団員にはあまり見せることのないアッシュの姿がそこにあった。
ぴったりとロイに寄り添い、自分の為に作ってくれたフレンチトーストをゆっくりと幸せごと噛み締めるみたいに、一口食べるごとにロイに微笑みかけ称賛を送っている。それを受けるのはいつも無愛想でキツい物言いではなく、ほんのりと優しく口元を綻ばせて笑っているロイだ。
冗談交じりの言葉かと思っていたのだが、これは間違いなく料理から好きが、愛しているが本当に伝わっているのだと確信できるほどの二人の空気感に、ぐっとエドワルドの握るこぶしと腹に気合と気合で力が入る。
次はエドワルドの番だ。
エドワルドが練習だからといってシズクが食べる分も一緒に焼きたいと申し出れば、否とは言わない。特に訝しる様子もなく、じゃぁ頑張って焼いてみようかとシズクは楽し気に笑った。
何とかシズクの分も焼けることになってほっと胸を撫で下ろして、エドワルドはフライパンに向き合う。
「えっと、さっきも見てたから何となくわかるかもしれないけど、フライパンにバターを入れて、溶けて来たらこのパンを入れるよ」
「うん、分かった」
エドワルドが思ったよりも柔らかいパンをそっとフライパンに入るとじゅっといい音が鳴った。それと同時に早くも甘くいい香りがたちはじめる。思ったよりも早く焼けるものなのだとエドワルドは若干焦ってしまう。
「焦げ目はどれぐらいが好き?」
「私はもうちょっとついてる方が好みかなー」
「わかった」
シズク。
「そろそろひっくり返しても大丈夫かな」
「了解。……、よっとっ!!」
「うわ! 上手上手! そしてこの焼き具合、エドワルド天才なのでは?」
褒められば悪い気はしない。にこりとシズクに微笑み返すが、一瞬で真顔に戻る。何故なら今エドワルドは目の前にあるフライパンの上に乗ったパンに愛情を注ぎ込まなくてはいけないからだ。
君が好きだ。
一生懸命に働くその姿勢も尊敬してる。
「もうそろそろかな……」
もう? 料理に愛情を込めるには時間が足りなさすぎやしないか?
しかしそろそろ美味しく食べれるようになっているならばしかたない。フライパンから皿に乗せて蜂蜜をかけながら、最後の最後に込めた気持ちともう一つ、一番最後に自分のわがままかもしれない気持ちもそっと忍ばせる。
出来れば君のすべてに触れていいと許されるのは、俺だけがいい。
一番強く願ってしまったかもしれないが、初めてにしては良くできた方ではないかエドワルドは満足して出来上がりをシズクに見てもらう。
「上手に出来ました! 美味しそう!」
「それはよかった」
自分自身でも満足のいく出来であったが、シズクが太鼓判を押してくれるならば間違いなく美味しく気持ちを込めて焼けたに違いないと安心して胸を撫で下ろしながら、一緒にダイニングに戻る。
戻ったダイニングではリグとエリスがニコニコしながらロイとアッシュの二人を温かな眼差しでみていた。
「聞いてくれ。エドワルド! ロイがね、私の為にこれを焼いてくれたんだよ。普段から食事を作ってくれることもあるんだけれど、幸せってこんな味がするんだって再確認していたところなんだ」
「一口食べてから、食べるごとにずっとこんな感じで……」
そのリグの言葉に温かいというよりも、生温かい眼差しと言う方が正解だったのかと苦笑する。
仕事中はそこまでではないが、アッシュはロイが絡むと大体こんな感じなのでエドワルドはもう慣れっこになっていたが初めて見るであろうリグとエリスは若干びっくりしているようだ。
「大体最近はこんな感じなんで、ちょっと浮かれちゃってるけど……、全然実害はないから安心して大丈夫」
「ちょっと、酷いんじゃない!?」
それよりも、先ほど見た時よりもアッシュに対するロイの思いがぐっと気持ちが伝わっているような気がして少しだけ投げやりな返答を返してしまったエドワルドに、仮にも君の上司に対してその言い方はどうだろうかとアッシュが抗議にも似た声を上げたが、最近よくあるやり取りなので特に気にすることなく、今はこれが大事なのだと言わんばかりにしっかりとシズクの隣に陣取って座った。
アッシュが食べているのはロイが作った物で、ロイとリグとエリスが食べているのはシズクが作ったものである。ちらりとシズクを見れば、エドワルドは自分で作ってみたかったのだから当然自分が作った物を食べるのだろうと疑うこともなくシズクは自分自身が作った物を目の前に置いている。
「外はカリカリで中はふわふわで甘くて美味しいわ!」
「こいつは朝食で食べても良さそうだな!」
リグとエリスが美味しいと言いながら夢中になって食べているのを、満面の笑みで見つめるシズクも自分の目の前にある皿にフォークを伸ばしかけたのをみてエドワルドは声をかけた。
「俺が作ったの、食べてみてよ」
「え? 自分で作ったのを食べたいかなって思ったんだけど、本当に私が食べていいの?」
もちろんいいよ、という意味を込めてエドワルドはシズクの前にその皿を差し出すと、嬉しそうにいただきますと声に出して一口その口に入れた。見る見る頬が上がって、大きく目は開かれる。
「うわ! これはいい焼き加減!!」
「美味しい?」
伝わって欲しい。
「すっごく美味しいよ! あ、私が焼いたの食べる? はい、どうぞ」
伝われ。伝われ。
「エドワルド?」
伝われ……。君の事が好きだと、シズクに。
「エドワルド、近い、近い」
「え、あ」
伝わって欲しすぎて、気がつけば少し動けばシズクに触れることが出来るほどに近づいていた。
「あ、ごめ……」
やってしまったと思いながらも、後ろ髪を引かれる思い出その頬から視線を外しエドワルドが周りを見ると、今まで普通に食べていたリグとエリスが面白いものが見れたと言ったような、何となく穏やかに笑っているような表情でエドワルドを見ている。ロイとアッシュも同様に面白いものを見たと言わんばかりに口元が笑っている。
シズクもかなり面白かったのか声を出して笑いはしているが。エドワルドとの距離が近かったことに対して若干の恥ずかしさもあったのだろうか。ほんの少しだけ耳が赤い。それが拒否されているわけではないと思えて、少しだけ嬉しかった。
食事は全て美味しく食べ終えて、後片付けを志願したエドワルドが最後の皿を拭き終わる。
元々シズクが準備してくれていたものを焼いただけだから美味しくて当たり前ではあるのだが、愛情を持って美味しく食べて欲しい気持ちを込めて、大好きだと言う気持ちを込めて焼いたのだからもっと美味しくなってくれたのだと信じたい。
先ほど焼いたフレンチトーストの甘い香り漂うキッチンで、エドワルドにご機嫌で満面の笑みを向けてくれているのが答えなのだろうか。
気持ちを込めてそれが伝わるなんて、そりゃぁ半分ぐらい信じてなかったけれど……。
「俺の気持ち、伝わった?」
「シズク―、そろそろお暇するぞー!」
恐る恐る、シズクに尋ねる。
悪い返事は出来るだけ欲しくない。が、嫌われているわけではないがそう言う対象として見られない可能性はもちろんあって芳しくない返答がある可能性も否めない。
しかしそれを聞いたのと同時にエドワルドの声をかき消す勢いの大きな声でリグがシズクを呼んだがちゃんとシズクには聞こえていた。はーい、ちょっと待っててと大きな声でリグに答えながら手を拭いてエドワルドに向き合う。
「もちろん! 料理は愛情! ばっちり美味しくいただいたよ! ごちそうさまでした」
拳をぐっとエドワルドに突き出して二カリと笑い、エドワルドからの反応を待っている。
「おそまつさまでした」
シズクから突き出された拳エドワルドが優しくこつんと答えると、何故か得意げに鼻を鳴らしたシズクを見る限り、全く伝わっている気がしない。
こりゃ伝わってないな、そりゃそうか、とエドワルドは必死になっていた自分自身に妙が妙におかしくてぷっと吹き出してしまった。
「え? ちょっとなに? 急に笑い出したりして」
決して自分を蔑んだり卑下して笑いが止まらないわけではない。
作った料理を食べただけで好きな気持ちが伝わるなんてことはないと充分わかっていたはずなのに、最終的に猛烈に必死になってしまった自分自身の謎の行動に笑いが込み上げてきただけである。
そんなエドワルドを興味津々な瞳で見上げるシズクが、愛おしいと心の底から思う。
「おーい! 帰るぞー!」
「え、あ、うん。じゃぁ、またね。エドワルド」
込み上げてきていた笑いはようやく治まり、かなり訝し気に挨拶するシズクに向かってまたねとエドワルドは笑顔で挨拶を返した。
リグとエリス、そしてシズクの帰った後一応上官であるアッシュの様子をリビングに見に行けば、まだここにいてもいいかもしれないが何となく遠慮した方がいいだろう察し、エドワルドも早々にロイの家を後にする。
--いつ言葉にして伝えようかな
どう転ぶかは分からないが、今度はちゃんと言葉にして想いを伝えようと白い息を吐きながらエドワルドは一人帰路についた。
お読みいただきありがとうございます。




