90.食後のプリン
「今冷蔵庫にあるものだけで、アッシュの為に甘い物を作ってくれ」
「来たばっかなのに、無茶振りが過ぎるじゃん!!!」
シズク達一行が到着早々、玄関で腕組み仁王立の鼻息荒く待っていたロイにそう宣言された。
お昼にはまだ早いのでさすがのアッシュも工房には来ていないようだ。
「いつもうまい飯を持ってきてくれるし、料理を教えてくれるお前には感謝している。感謝するついでに今日は甘い物も作ってくれという新婚さんからの可愛いおねだりなんだがな」
どう考えても可愛らしくおねだりされている気に全くならない表情とその言葉と態度に、シズクは口をへの字に曲げて何とか反抗を試みる。
するとロイはようやく組んでいた腕を解いてのっぴきならない理由があるのだと、とにかく来てくれと手を引っ張られてキッチンに連れて行かれてしまう。
「あ、リグとエリスはくつろいでて」
「頼まれなくてもそうしとくよ。シズク。ご愁傷様」
「本当に仲のいい兄弟みたいね」
リグとエリスはそのやり取りが一通り終わるのを見終わってから、特に何事もなかったかのようにおじゃましますと家の中に入っていく。
「おい! 三人とも私に対する扱いが雑過ぎやしないか!?」
だんだんっと地団駄を踏む隙を与えられることなく引きずられる様にキッチンに立たされる。
冷蔵庫には、肉や野菜などもしっかり入っていたがご所望のスイーツをなれば使えそうなのは卵と牛乳に少し硬くなりかけのパンのみである。
「っていうかなんで甘い物なの? 最近教えた手料理振る舞ってるんでしょ?」
忙しいアッシュの体調を慮って健康に良く滋養強壮もあり簡単に作れる肉料理を作りたいとのロイたっての希望で伝授した簡単レシピのそれらの料理は、パートナーであるアッシュに大好評だと自信満々に、そして照れくさそうに笑って返してきた。
「店で食べるものよりもずっとおいしいとそれはそれは大好評だ」
「それはそれは、ごちそうさまだよ」
やれやれと肩を上げて答えるシズクに、ちゃんと最後まで聞けと頭を軽く叩かれる。
叩かれるいわれなど全くないのに、と言いたいのをぐっと我慢してもう一度その理由をシズクは聞いた。
ロイも忙しいと言えば忙しいが、魔法技師だ。言ってしまえば自営業だし、納期までに仕上げなくてはいけないと言う責任はもちろんあるが、あまり他人の意見に左右されたりする事なく納得のいくまで仕事に集中することが出来る。
片やアッシュは近衛騎士団の団長だ。やらなくてはいけない仕事は星の数ほどあるだろう。すべて自分で背負うことはないにしても、報告を受ければ解決に導かねばならない。さらに騎士としての鍛錬、貴族としての付き合いに、さらに今はロイとの時間を捻出してくれて忙しさに輪がかかったのだと。
「それはあれだよ。二人共仕事忙しいし協力し合うのはいいことなのでは?」
「しかし忙しいはずのアッシュは気がつけば夕食の後に食器を洗ってくれたり、仕事の前にゴミ出ししてくれたり、気が付くと掃除までしてくれて……。最近は夕食後に飲む旨いワインを選んできてくれたり。茶を入れたりもしてくれるんだ!」
「スパダリじゃんかよ!」
「すぱ? すぱ??」
それは置いておいて……だ。
こいつはただの惚気で間違いないのだが、本人にその自覚がないのでは致し方ない。
「忙しいアッシュに食後もっとリラックスして過ごしてもらうために、甘味はどうかと思ってな。アッシュは甘い物も好きなんだ」
えへん、と声が聞こえてきそうなドヤ顔である。いつものように爆速でツッコミを入れた方がいいのか?と一拍置いたその次の瞬間。
ロイとしては片思いこじらせてきた相手であり、長年過ごしてきた友人でもある。そんなアッシュとパートナーとしてすでに国から認められて、すでに一緒に住んでいて、おそらくそれなりに大人の関係もあるはずなのに、ドヤ顔しながらもシズクに対して惚気てしまったのではと気が付いて、じわじわと耳と首の辺りをほんのり赤くさせて、照れを隠し切れない恋する乙女みたいに可愛らしくふいっと視線を逸らすしぐさを見せた。
「普段は凶悪なくせに、アッシュさんへの好きが過ぎて可愛いじゃん……」
「は??」
思わず口にをついた言葉に瞬時にいつも通りの不愛想なロイに戻ってしまった。
残念ながら可愛らしい瞬間は瞬時に霧散してしまったのだが、働いて帰ってきた大好きなアッシュをいたわりたいと言う気持ちは十分にシズクに伝わった。
練習する時間がないから今日はとりあえずシズクに作ってもらって、あとで練習していこうという事らしい。
「お前が作った物なら間違いないからな」
「それは嬉しい誉め言葉ではあるけどさー。不格好でも愛するロイが作った物を食べた方が力が湧くんじゃないのかなぁ」
普段のアッシュを見ればロイにべた惚れなのは良く分かる。
ロイがアッシュを好きなことは話を聞いて知っていたが、アッシュがどんな経緯でロイを受け入れ好きになったのかをシズクは知らない。だが二人を見ていればアッシュから溢れんばかりの愛情が注がれているのが分かる。
「そう、なのか? いやしかし……。だが喜んでもらえるならば……」
口元に手を当てて、シズクの言葉にその瞳を揺らし思案している。
普段は頭の回転も良く理路整然と、ともすれば強い口調の物言いのロイからはあまり想像できない、自信なくつぶやかれるその独り言にシズクは背中を押してやりたくなってしまう。
「ご飯作ったら残さず食べてくれてるんでしょ?」
「とても美味しいと言ってくれる」
「多少焦げていても?」
「もちろんだ。申し訳ないから焦げた部分は俺が食べようとするのだが、頑として自分で食べると譲らん」
またもや惚気が爆発しそうなのを、ほら、やっぱりロイが作ってくれた方が絶対喜ぶんだって!と結論を突き付け、今度は一緒に作るメニューを考えることにする。
今はお昼前。聞けばシズクの時間感覚的にアッシュがこちらに来るのは一時間後ぐらいだと言う。一時間ぐらいでできるデザートか……。そして材料は卵と牛乳と少し硬くなったパンだけだ。ぱっと思い浮かぶのは二つ。
「ぷるぷるの冷たいやつと、ふわふわのあったかいやつ、どっちがいい?」
「二つ、だと??」
何故かぎろりと睨まれ、凄い勢いで詰め寄られキッチンのシンクとまで追いやられてしまった。
「どっちも作ったら、きっと喜んでもらえる……」
睨まれたと言うのに口から出てくる言葉は希望に満ちていて、ロイの表情と言葉の温度差に風邪でも引きかねないギャップがあって、シズクはつい声を出して笑ってしまった。
「じゃぁどっちも作ろうか。プルプル冷たいやつは今から作って準備するよ。ふわふわのあったかいやつも準備だけしておいて食後に焼こう」
「食後に? 一発でうまく行くと言うのか?」
「そうそう。焦げちゃうかもしれないけど、アッシュさんなら美味しいって食べてくれるんだもんね」
「……。それは間違いない」
またわずかに目を伏せて恥じらうレアなロイを見て、荒くれ物の傍若無人俺様ロイがこんなにも……、と感極まるシズクが、好きな人のために美味しいものを作ってあげたい気持ち、プライスレス!!
と、ここで声を大にして叫ばなかったシズクは自分自身を褒めていると、恥ずかしさを隠すためなのかニヤニヤしてんじゃねぇとロイに軽く頭をこつんと叩かれた。
**************************
「ロイ、これ、本当にロイが作ってくれたの?」
お昼を少し回ったころ、アッシュがエドワルドと共にやってきた。
昼食はシズクが用意したちらし寿司とロイがあらかじめ準備していたスペアリブにサラダである。
大人六人が食べるに十分な量を準備したつもりだった。恐らく来るであろうわんぱく食べ盛りのエドワルドの食欲を舐めていたわけではなかったが、それでも少し物足りないような腹具合である。
そこに出てきたロイお手製の食後の冷たいデザートに、誰もが嬉しさを隠せないでいる中、アッシュは仕事中では絶対に見せないような花がほころぶような笑顔で、その喜びを隠さない。
「あぁ。こいつに手伝ってもらいながらだが、上手くできたと思う」
「これはこのまま食べるのか?」
リグがカップに入った何かに直接スプーンを入れようとしたのをロイが止めて、細い串のようなものでカップをぐるりと一周してから皿をカップに乗せ、カップを数回叩く。ぱかっとカップを取ると、茶色い液体とぷるぷるの乳白色に輝く、シズク以外は見たことのない食べ物がお目見えする。
「プリンって言うらしい。このちょっと黒いのがカラメルって言って砂糖を煮詰めたもので、砂糖と牛乳と卵を混ぜて蒸して作った」
「凄く美味しい。ありがとう。ロイ」
ぱくりと口に入れると、既に笑顔だったアッシュの顔がより一層ほころぶ。
その笑顔を見てえっへんと言う声が聞こえそうな表情をアッシュに向けるロイは、誰が何と言おうと可愛いとシズクは改めて思った。
普段は傍若無人の仕事人間でかなりとっつきにくい悪魔のような男だが。
元々お腹が空いていたのかもしれないが、横でぺろりとエドワルドがプリンを食べ終わったのがシズクから見えた。少し物足りなそうな表情を隠さないのがエドワルドらしいなと笑みがこぼれた。
「え? なんかおかしかった??」
シズクがくすくすと笑っているのに気が付いたエドワルドが、見つかっちゃったな、みたいな顔をしているのが逆に面白くなってしまう。
「物足りないエドワルドに朗報。もう少し食後のデザートがあります」
「本当!? やったー!」
「少し待て。おい」
本当にうれしそうな笑顔に、シズクの胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じて、ん? と思ったがロイが立ち上がってシズクを呼んだそれに続いてキッチンに向かった。
冷蔵庫から卵液に漬け込んでいたパンの入ったバットを取り出す。
漬け込み時間は三時間程度。元々少し硬いパンだったが、取り出して見て見ればいい感じに漬かっているように思える。
「熱したフライパンにバターを入れて……、そう。ゆっくりパンを入れて……」
「これは、っ……、かなりパンが柔らかいな」
バターのいい香りの後に、さらに甘い香りがキッチンを通り越してリビングまで充満する。
「もうねこれだけ焼くだけでも十分美味しいけど、愛情を持って美味しくなれーって思いながら焼けば物凄く美味しくなるし、アッシュさんに大好きが伝わるから!」
「そ、そんなことあるか?」
「あるんだって。好きな人が愛情込めて作ってくれたものが美味しくないわけないし、その愛情は自然と伝わっちゃうんだから……、あれ?」
キッチンの入りでアイリッシュブルーが揺れているのが目に入った。
どうしたの?とシズクが声をかけると、どうしても待ちきれなくて、とバツの悪さを隠すように頭をかきながらエドワルドがひょっこりと顔を出したのであった。
お読みいただきありがとうごさいます。




