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86.舞踏会の途中に。

 先ほどまでは耳に優しいぐらいBGMだったものが、少しずつ大きくなってきた。そろそろ歓談の為の小休止が終わって、ダンスの時間になるのだろう。ちらちらとこちらをうかがう視線を上手くかわしながら人の波を掻い潜り、クレドはこの舞踏会が始まってからずっと出入り口の扉近くに陣取っているエドワルドに飲み物を渡した。


「少しは落ち着いたらどうだ……」


 グラスは受け取ったが先ほどからどうにも心ここにあらずと言ったエドワルドのかかとの辺りに、クレドは強めの蹴りを食らわせた。


 今日は国王主催の舞踏会だ。若い貴族子女だけでなく幅広い年齢層の集まる年の終わりの恒例行事でもある。由緒正しい家柄で将来有望の美丈夫が二人並んでいるならば、老若男女の視線を集めるのも無理はない。


「え、あ、うん」


 蹴りが足りなかったのだろうか。いや、手加減したつもりなどないので効いていない可能性は低い。考えらえるのは先ほどから落ち着かない理由である。


「シズク殿と、何か約束でもあるのか?」



 ガイルの襲撃を受け三人で撃退した後少しだけ年始の予定を聞いた。本人はあまり自覚していないようだったが、とても嬉しそうに頬を染めて笑いながらエドワルドと日の出を見ると言っていた。


 ほんのわずかだが胸にチクリと棘の刺さるような痛みを感じなくもないが、その痛みがしばらく続くことは予想の範囲内だ。クレドは恋敵であったその男に意地悪な質問を投げかけた。

 

「一緒に年越しして朝日を見ようと約束してる」


 知っている。とクレドは心の中で呟くと同時に先ほどクレドの渡したアルコールの入っていない飲み物をエドワルドは一気に飲み干し、その約束を果たそうとまた外に出れるすきを窺っている。

 

 国王主催の年終わりと年初めの舞踏会に、はっきりとした終了の合図はない。

 ならばいつでもここから離れてもいいはずなのだが、エドワルドにはそうは出来ない事情があるのだ。


 エドワルドがいる場所からは丁度真反対の窓際に出来る人だかりの中央に、大勢の人に囲まれている姉であるベルディエットがいる。当の本人は貴族令嬢として生まれた務めといずれはどこかの貴族に嫁がなければならないと考えているようだが、両親は出来るだけ本人の意向に沿って嫁ぐ先を決めたいし婿に入ってくれるなら尚良しなどとと話しているのをエドワルドは聞いたことがあった。


 そんな姉に無体を働いたりよからぬ虫がつかないようにするためにエドワルドがこの舞踏会に同伴されられている、と言ってもいい。

 

 今日のベルディエットの横には、最近よく一緒にいることを見かけるシャイロの顔があった。

 ベルディエットに加えてリットラビア公国の王子シャイロもいるのであれば、人だかりがさらに増えてもおかしくはない。しかし人だかりは多くとも他国の第四王子であるシャイと仲良くしている様子を見ればおかしな虫がつくこともないだろうと、普段のお目付け役で同伴する他の舞踏会よりは気を張らずにいられるのが今日のエドワルドとしてはありがたかった。

 

 そんなエドワルドの心境も何となく理解しているクレドは、タイミングさえ合えば外に出たいと逸るエドワルドに一声かけた。


「シャイロン殿下がいればベルディエットも安心だろう。万が一何かあればおれが送り届けてもいいぞ」


 先ほど国王陛下からの挨拶も終わり、今は歓談中だ。

 この後またダンスも始まればエドワルドもクレドも色々な人達に声をかけられて、外に出るタイミングを逃してしまう可能性もあった。


「ほんと?」

「嘘など言ってどうする」


 ずっと扉ばかり気にしていたエドワルドが、ぐるりとクレドの方を向いて目を輝かせた。

 聞くや否や手に持っていたグラスをグイッと一気飲みして見せた後、テーブルに置くのも時間がもったいないとばかりにクレドにぐいっと手渡した。


「恩にきる!」

「お前に感じられる恩などないぞ。早くいけ。シズク殿が待っている」


 エドワルドはうんと大きく力強く頷いて、一度クレドの肩を強く叩いて走って出ていった。

 周りにいる人たちは、急いで出ていった誰かにびっくりして見送りはするが舞踏会がこれからまだ続く。エドワルドかどうかを確認する人もいないし、追いかける人もいない。


 どういう事もない、なんてことはない。

 敵に塩を送るなんて、などと思ってみたが敵になれていたかどうかすら怪しいものだ。


 見送ったその背中からは、エドワルドの気合が滲み出るような気がした。

 きっと今夜彼女にちゃんと思いを告げるのだろう。クレドは小さく息をふっと吐いて、念のためアルコール入っていないであろうグラスに手を伸ばして一気に煽るように飲んだ。


「クレド? 走って行ったのはもしかしなくてもうちの愚弟かしら」

「愚弟って……」


 クレドが振り返ると、先ほどまであった人垣をかき分けてベルディエットとシャイロンが近くまで来ていた。

 先ほどまで二人がいた辺りにはもうあの人垣はなくなっていて、代わりに二人の後ろにちらほらと数人がついてきていた。もうベルディエットとシャイロンにダンスを申し込める隙がないとわかった周りを囲んでいた人達で流れてきたワルツに誘い合っているのが見えた。


「そう言えば、朝日を見る約束をしていると言っていたわね」

「それは楽しそうだね。きっとシズクが美味しい朝食も用意してくれていそうだし、私もあとで合流してみようかな?」

「は? 正気でそんなことを言っているの? あの二人がようやく一歩進める一歩がやって来たというのに、あなたに邪魔などされてみなさい! うちのヘタレな愚弟があなたにシズクの隣に座ることを許すかもしれないわ」

 

 事情も知らないのに辛辣すぎる言葉を浴びせられたシャイロンは、若干の困惑を隠さずクレドに助けの視線を向けたが、その後のベルディエットの怒涛の追撃の前に助け船は残念だが出されることはなかった。


「そんなの絶対に許せないから、あなたはこのあと私とフェリスと一緒にこの舞踏会に最後までいてクレドと一緒に帰るのですわ」

「フェリスもいるのか?」


 先ほどまでエドワルドと二人、入口のそばにいたクレドだったがエドワルドとベルディエットの従妹であるフェリスがいるのに気が付かなかった。もちろんうわの空だったエドワルドもそうだろう。そう思っているクレドの横にいつの間にかそのフェリスが立っていた。


「ずっといましたわ。私、シズクと一緒にこの舞踏会に参加できると思っていたのですがそうではなくて肩を落としていたのです……」


 そう言った事はない、事もないかもしれないが……。ドラゴン討伐などで非公式だとは言えシズクが貢献した度合いを考えると、何かの拍子に褒美などの下賜などの為の面会はあるかもしれないが、貴族がパトロンになっているからと言って国王主催のこういった貴族だけが集まるような舞踏会などに平民であるシズクが呼ばれる可能性は限りになく低いと思われる。


「シズクが貴族ではない事はそれはもちろん知っていますけれど、話を聞く限り色々破天荒ですしセリオン家とも親密ですから……いてもおかしくないと思っていたのです」

「それは確かに、だね」


 妙に神妙な面持ちで納得した風にシャイロンが相槌を打ったあと、こらえ切れずに吹き出して言った。

 

「シズクなら……、絶対にないとは言い切れないな」


 こらえきれず、ベルディエットもクレドもフェリスも、シャイロンに釣られる様に笑い出す。


 まだ会場内で響いているワルツの音楽が、急に笑い出した四人の笑い声を悪目立ちさせないようにするかのように大きく響く。


「私達も踊りますか? クレド、一緒に踊りましょう!」

「そう急ぐ事もないだろう。時間はまだある。ほら。お手をどうぞ、フェリス嬢」


 そっとフェリスの前に手を出して、キラキラと輝くホール中央へエスコートする。

 続くようにシャイロンとベルディエットも中央へやってきて、ワルツだと言うのにステップは無視してくるくると回りだした。


 いつもであればちくっと傷んではジンジンと熱を持ってしばらく続く胸の痛みが、今日はそうでもないような気がする。


 音楽に身を任せながら踊れば、穏やかな気持ちが湧き上がってきた。


 クレドは、自身の恋の思い出になるには時間はまだかかりそうだと思いながらも、シズクに元へ向かったエドワルドに心からエールを送ったのであった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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