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85.新しいおせちの形

「ふぅ。おわりー!」


 年の終わりの日。

 屋台に乗せていた貴族の方々へのおせちを大方配り終えたシズクは、街中にあるオープンカフェでひと休みしている。

 昨年シズクのおせちで随分と縁起を担いで何かがうまくいった人達も、その話を聞いて今年こそはと申し込んだ人達も、何となく噂を聞いて気になっていた人達も……。昨年よりも大量の申し込みが殺到したが、厳正なる抽選の結果手にした方々はほくほく顔でそれを持ち帰ってくれた。


 今回は何とか頑張って四十セットを準備した。

 前回の三十セットを大きく上回り準備できたのは、ユリシスの人好みの味に少し変えた品もあったが前回のおしながきとほとんど変えずに作ったからである。


 たたきごぼう、黒豆、伊達巻、錦玉子、栗きんとん、イキュア、大根とキャロッテの酢の物、菊花かぶ、キャナールのロース、牛肉か鴨肉のローストビーフ、コロとユリシスで取れる野菜の煮物、クリームチーズの生ハム包み、ヤム芋とゴボウの豚肉巻き、そしてみんな大好き焼き鳥だ。


 勝手が分かっているので丁寧にしかも早く作ることが出来るだろうと全部同じメニューにて、余裕ができたその時間でサルモーとイキュアの手毬寿司を作って、今年はさらに豪華版と相成ったのである。


 貴族の方々の分は執事が取りに来たり本人直々に馬車で乗り付けてきたりと、それはそれで大変だった。

 惜しくも抽選漏れしてしまったセリオン家とサライアス家にはいつもお世話になっているよしみで、手毬寿司の具にプラスしてちらし寿司を作った。

 サルモーとイキュア、あとアボカドに桜でんぶと錦糸卵。

 レンコンに似たルートという野菜をビネガーで一晩漬けたものを飾りつけにした。

 ちなみにロイのところにも年初めに遊びに行く時に持っていく約束をしている。


「シズク!」


 遠くまで響く澄んだその澄んだ声の持ち主はベルディエットだ。

 今日はおせちを配ったりしていつも店を出している場所から動いたりして居場所が定まらない可能性もあるから家で待っていてくれてよかったのに、ありがたいことにわざわざ迎えに来てくれたようだった。


「待ちきれなくて来てしまいましたわ」


 うふふと嬉しそうに笑いながらシズクが一休みしている席の向かいに座った。


「おせちが抽選漏れしてしまったのはとても残念ですけれど、違うメニューを準備してくれたのでしょう? あまり大きな声では言えませんけれど、本当に良いのかしら?」

「日頃のお礼だし、別注のお弁当だと思えば大丈夫……」

「シズク! あまり大きな声を出してはダメ! 今日はおせちが当たらなかった人たちも沢山いるのよ? いつ誰に奪われるかわかったものではないわ……。それでサライアス家にはもう持って行ったのかしら?」


 周りを一旦うかがうように見渡し、大丈夫だと思って居ても気になるのか若干小声でもう一つの届け先についてベルディエットが聞いた。


「セリオン家に行く途中で行こうと思ってた」

「なら手間が省けるわ。さっきシズクの事探していたからそろそろ姿を現すんじゃないかし……あ、来たわ!」


 姿勢正しく立ち上がり大きく手を振った方向にいたのは、この前一緒に一番星の話をしたクレドだ。

 近づいてくるクレドにベルディエットが大きく手を振る。

 街行く人たちも優雅に手を振るベルディエットのその姿に見とれるほどであったが、近づいてきたクレドには少しはしゃぎ過ぎではないかとたしなめられていた。


「シズク殿、元気そうで何よりだ」

「クレドさんも。年末で忙しいんじゃないですか?」

「まぁ、忙しくしていた方があまり考えなくてもいいから楽だな」


 いつもと変わらぬ優しいクレドの笑顔の後ろに、シズクの視界にひょっこりと入ってくるだけで絵面のうるさい人物とその供が物理的に花びらを撒きながらこちらに向かってくるのが見えた。クレドと話がしたいのに、先にその人物がシズク達に声をかけてきてしまった。


「やぁやぁ。お三方、お元気でしたでしょうか?」


 胸焼けするようなその濃い存在感と声。

 かなり久しぶりに見るその顔は、ゴトフリー商会のガイル・ゴトフリーだ。


 ガイルがいる時、何故かいつもベルディエットとクレドの二人がいるのも不思議なのだが今回も二人が近くにいてくれて何とも心強い。とても心強いのだが、圧は凄い。その圧がどんどんと近寄ってきたのだが急にシズクの目の前でストンと膝をつき土下座をするようにして地面を叩き始めるではないか。

 正直、物凄く面倒くさい人物がやってきてしまった。


 それをおいたわしやとばかりにユニが肩をそっと支える。


「今年は、外れてしまったのだよ」


 震える声でガイルが呟いたが、馬車が通る音でシズクやベルディエット、クレドに耳には届かなかった。


「え? なんて??」

「君のおせち、今年は外れてしまったのだ!!! この世の終わりだ!」


 ガイルは叫ぶように大きな声をあげると、さらにダンダンと道を叩いたあと大きく手を広げながら空を仰ぎ見た……。そう言う人なのだと知っている。フェロモンダダ洩れ胸焼け男なだけなのだが、どうにも胡散臭すぎる……。


「厳正なる抽選ということだが、一体どういう抽選方法をとっているのか! 物申したい!」

「……。抽選方法は、くじ引き」


 木箱の中に申込書を同じように小さく畳んで入れて、それをリグとエリスに順番に引いてもらうのだ。

 中身を見ることなく、シズクは木箱には一切触らない。

 予定数を二人に引いてもらった後の開封の儀で初めて当選者がわかるのだ。アナログこの上ないが厳正なる抽選である。


「ぐっっ! ならば、仕方あるまい」


 涙を流すガイルにそっとハンカチを渡すユニが、じっとシズクの方を見る。ハンカチが出てきた同じポケットから白い分厚い封筒が出てきてシズクに渡そうと伸ばした腕を、シズクに届く前にクレドが掴んだ。


「貴様……。一体何のつもりだ」

「ガイル様はおせちが外れた時も同じように涙されておりました。シズク•シノノメノにを何とかガイル様におせちを作っていただきたく。これはその為の賄賂です」

「隠すつもりないんかい!」


 涼しい顔して渡そうとしていたその白い封筒の中身については受け取るつもりはないので申し訳ないが知る機会は今後もないが、やり口が清々しいほどに悪代官過ぎて笑いが込み上げてくるほどだ。


 ユニからその手を離したクレドだったが、警戒してシズクを後ろに隠すように押しやると入れ替わるようにベルディエットがバッと扇子を広げながら前に出た。


「これまた悪役令嬢っぽい……」


 シズクのつぶやきは誰にも拾われることはなかったが、別に誰かに聞いて欲しいからではないので問題はない。ついつい声に出してしまっただけである。


「今年は! 我が家も抽選漏れだったのですのよ!」

「しかしあれでしょう? 友人枠かなにかでお二方ともいただくことが可能なのでは? もしくはもうそのお約束もしているのでは?」


 と聞かれると、体はびくりともしなかったが若干の後ろめたさがあったのかすっと目を逸らしてしまったベルディエットにガイルがたたみかける。


「それは本当に厳選なる抽選の結果と言えるのでしょうか。私にはシズク・シノノメとは友人関係ではありませんので、そういった友人枠的ものに縋る事も出来ないわけですよ」


 じりじりとベルディエットに詰め寄るガイルとユニ。

 確かに色々縁起を担ぎに担ぎまくった結果、いい方向に向かったのであれば欲しいと思う気持ちは分からなくもない。

 この世界にお節はないが、昨年からシズクが作り始めたのだ。

 始めたのがシズクが初めてだと言うだけでおせちは専売特許というわけではない。まぁ同じような商売をされたなら今後のメニュー開発を頑張ればいいだけだし、売れる商売に商機を見出すのは商売人としては当たり前の考え方だ。

 それに自宅用に教えて欲しいと言うならば作り方はいくらでも教える。


「というか、今のお節は私の故郷のものだけどユリシスにだって縁起物になるものは沢山あるんだし、自分で好きなものをおせちにしたらいいじゃないですか」

「……。は?」

「だから、自分で作ればいいって話ですよ。うちの故郷も自宅で作る人、買う人もそれぞれでしたよ。基本的には買うけど、これだけは自分ちで作るって人もいましたからね」


 もちろんおせち作りにおける最低限のお作法はあるのだろうけれど、この世界におけるおせちの定義はないのだ。好きなものをお重に入れて大事な人達とそれを囲み、楽しく食べることが大事なのだから。


「確かにおせちは験担ぎで一年の始まりに食べたりしますけれど……。誰が作ったっていいんですよ。きっかけが私だっただけで、ご自宅の料理人の方に作ってもらってもいいだろうし、パートナーの皆さんと一緒に作ったり、お子さんと一緒に何か形を作って飾りに入れたり……。そう楽しい時間を過ごせたーって験担ぎになりえますからね」


 食べることは楽しい。

 一人で食べるご飯が好きな人もいるし、大勢で食べることが好きな人もいる。好きなものは毎日食べてもずっと飽きない人もいれば、毎日違うものを食べたいという人もいる。食に見出す幸せは人それぞれだ。

 

 シズクにとっては異世界であるこの世界特有の食文化に一石を投じて、氷も食べても良いという事やこの世界でひとが食べることに忌避感があったものも美味しいのだと知ってもらう事も出来た。

 このユリシスの食文化を否定することはせずに、もっと色々な人に食を楽しんでもらえるならば自分の知っていることは率先して伝えていきたい。


「皆で作り上げるとは、なかなかに良い考えだな」

「そういう考え方もあるのね」

「そうそう! 年初めに各家庭で作るって言う秘伝のスープみたいに、そのおうちだけの特別おせちメニューがあっても楽しいんじゃない?」


 感慨深く聞いていたベルディエットとクレドがふむふむと唸る。

 全部セットじゃなくてもいいのだ。例えば伊達巻はシズクのボーノ・ボックスから。例えばローストビーフはどこか肉屋から……。扱う店舗が増えれば増えるほど競争も激しくなるが楽しくなりそうだなと腕も鳴る。


「そしたらさ、ベルディエットがセリオン家を出て嫁いだ先でも作っていけるでしょ!」


 幼い頃は深く根付いていたおせちのラインナップも、シズクが大きくなっても文化は失われる事なくそれでもお重に入れる品は和洋折衷のものも多く販売されていた。ユリシス風のおせち文化が花開くかはまだ分からないが、これから始まるならば何でもありでいいじゃないか。


「でも、まぁ、うちから少し買ってもらえると商売上大いに助かりますけれど」


 シズクの言葉に少しだけ目のうるんでいたベルディエットに、てへ、とシズクが照れ笑いしながらもご愛敬とばかりに抱きついた。


「別にまだどこにも嫁ぐつもりなどありませんけど?」

「それはそう! ずっと私と一緒に遊んでくれないと困るー」


 どこへ嫁いだとしても、遠く離れたとしても……あなたと袂を分かつなどありえませんわ、と抱きついてきたシズクの頭をベルディエットは口の端が嬉しさで上がってしまうのを我慢しながらぐりぐりと強めに撫でた。


「では、シズク・シノノメ! 今から我が家に来ておせちのメニューの伝授を乞おうではないか!」

「それは、出来ない!」

「何故だ!!!」

「用事があるからだよっ!!!」

「我がゴトフリー家よりも優先すべきことなどあるはずはないだろう!」


 オーバーリアクションでシズクにしがみついてきそうなのをクレドが素早く阻止したが、勢い余ってクレドにしがみついたままになってしまっている。迷惑そうなことこの上ないクレドだがシズクを守るために仕方ないとばかりの表情に、申し訳ない気持ちにもなる。あとで大きな声で感謝を伝えて、年が明けてからでも美味しいものでも差し入れしようと心に決めた。


「ガイル。シズクに無体を働いたらどうなるかわかっているな」

「そうですわ。今夜は舞踏会に赴かねばなりませんけれど、万が一シズクを拉致しようものなら、地の果てまで追いかけてどうにかして差し上げますから覚悟しておきなさい」


 今日はこの後、エドワルドが舞踏会から帰ってきたら初日の出を見る約束をしているのだ。

 おせちではないけれど、エドワルドの好きなものをお弁当にでもして夜を明かすつもりだからシズクとしてもこれからお弁当作りに励まねばならぬのだ。ガイルに付き合っている暇はない。


「皆さんの好物をみんなで作ったりして楽しいおせちを作ってくださいよ。また来年にでも忘れていなければシェフに伝授しますから」

「絶対だからな! ではな。ユニ、急いで帰って家族皆でおせち会議だ。今夜は忙しくなるぞ!!」


 来年のおせちの約束を取り付けることに成功したとガイルは、意気揚々として帰って行った。


 何度もこちらをうかがうように振り返りながら帰路に就くガイルとユニを見送り、ようやく三人で一息ついたのだが、ガイルの登場で思いのほか時間を食ってしまった。クレドとベルディエットの舞踏会の準備のために流石にもう家に帰って準備しなくてはならない。シズクも今夜はエドワルドと年越しをして初日の出を見るのだとほんの少しだけ世間話だけしてから、ちらし寿司は直接二人に渡して解散となった。


「さて、私も準備するぞー!」


 時間はまだあるが、一緒に食べたいものが色々ある。

 あれにしようか、これにしようか。きっと何を持って行っても喜んでくれるだろうけれどエドワルドの喜ぶ顔が見たいから、沢山好きなものを持っていくことにしよう。


 シズクも一旦家に戻る。屋台を引く足取りはいつもの何倍も軽かった。

お読みいただきありがとうございます。

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