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84.約束

 クリスマスのないユリシスで何となくでもそれっぽいことがしたいシズクだが、なかなかに難しいので勝手に年末直前のメニューをそれっぽい感じにする事にして気分を味わっている。


 絞り出してツリーに見立てたマッシュポテトで作るカナッペ。

 ミニトマトに切り込みを入れてチーズを入れた簡単カプレーゼ。

 南瓜とベーコンのサラダ。

 鶏むね肉のザクザクフライドチキン。

 サルモーを使ったキッシュ。

 こっくり濃厚コーンポタージュ……。


「おにぎりはないの?」


 色とりどりのメニューを前にして目の前にいるシズクに、エドワルドは尋ねる。

 

「あります、そう言われるかもしれないと思って準備してありますけどー。けど折角のクリスマスメニューだから!!」

「ありがと。あ、今年も白い髭つけてる! えっと、くりすますのこぷぷれ? だっけ?」

「コスプレですぅー」


 昨年同様白い髭を揺らしながら、頬を膨らますシズクに思わず笑みが溢れる。


 メインで白ご飯を食べるのが好きなだけなので、目の前のごちそうをないがしろにしているわけでは決してない。

 そんな気持ちをわかってもらえているのかわからないが、エドワルドは実は自分の為だけに準備されていたかもしれないおにぎりを、可愛らしく頬を膨らませているシズクからホクホクとした笑顔で受け取った。


「今日は?」

「今日はこれから夕方まで仕事。あと終わってから行かなくちゃいけない夜会が一つ」

「そっかぁ。じゃぁ、せめてうちのご飯食べて仕事はしっかり、夜会はそこそこ頑張れ!」


 シズクが肩をパシパシと小気味よく叩く。気合を入れてくれたつもりなのか、鼻息荒く拳を握る。

 そんな愛らしいシズクの行動にエドワルドは笑って頷き、出てきたおにぎりと合わせて昼の弁当に持っていくおかずと、今食べるためのおかずを選び始めた。


「年の終わりはやっぱり今年も国王様の舞踏会?」

「そうなんだよね。夜会も舞踏会も正直あまり行きたくないんだけど……。シズクは今年の年初めもまた屋台はお休みするの?」

「そうするつもり。いっぱいだらだらするんだー!」

「ふーん」


 昨年と違い今のところどこかに行く予定はないし、本当に家でだらだらするつもりしかないシズクは首を大きく縦にぶんっと振って頷いた。


「力強い!」

「ふふふ。特にすることないんだけど……、あれかな、初日の出は見るかな」

「はつひので?」


 この国の人達に年末年始何かするわけではない。

 貴族であれば国王主催の舞踏会に招かれている者以外も自宅などで夜会などを開催するようだが、一般の市民は特に大きなイベントがあるわけでもないので年初めも普通に仕事をする人たちが多い。市民としてはどちらかと言わなくとも派手な祭りを開催する収穫祭が一番大事な行事なわけだ。


「その年に一番初めに登るお日様が初日の出。一番初めに登るお日様を見るから縁起がいい、って言う感じ」


 初日の出を拝むのは、確か初日の出と共に年神様がやってきてその年神様に豊作や幸せを願う意味があったと思う。

 何となく元旦の日の朝寒い手をこすりながらチェックしていた日の出の時間に庭に出て、太陽が昇る方を向き健康を祈願してすぐに布団に戻るのが定番ではあった。何というかそれだけで晴れやかな気持ちになったものだ。


 別に初日の出に祈願したからといって絶対に大丈夫だなんて思ったりはしないけれど、今年も健康でいるぞという自分への叱咤も含まれている。


「出た! 縁起がいいやつ。おせちと同じだ」

「そうそう。縁起がいいもの食べて縁起がいいことして今年も一年気合入れていくぞーって言う感じだよ」


 この世界で初日の出を理解するには難しい所ではあるが一通りシズクの説明を聞いて、最終的に『初日の出もシズクにとって縁起がいい事である』ということでエドワルドは理解をしたようであった。

 まぁ、すぐに布団に戻るのでその後小一時間ほど二度寝を決め込むのだが。


「昔は家族と見てたし、何回かエリとは泊りがけで海から登る初日の出を見に行ったこともあるよ。すっごい寒かったけど、すっごい楽しかったなー」


 海から初日の出を望める場所や初日の出バスツアー、富士山と初日の出が見えるところにも行った事がある。かなりアグレッシブに色々な場所に行ったなと思い出していると、先ほどまで楽しそうにしていたエドワルドの眉間に少ししわが寄った。


「その初日の出はどこで誰と見てもいいって事?」

「ん? 決まり事とかはないよ」


 厳密にいえば何かお作法のようなものがあるのかもしれないが、日の出を見るツアーなんかもいっぱいあったし前世の日本においてそれを気にする人なんて誰もいなかったように思える。見たい人達と新年を一緒に祝うと言う楽しいイベントの一環でもあるのだから。


「シズクはどこで見る予定?」

「決まってないけど……。逆にエドワルドがおすすめできるユリシスの街から日の出が見えるところとかどこ?」

「俺の、おすすめ?」


 うーん、うーんと何回か唸ってからエドワルドは一旦決めた朝食を口にし始める。

 ザクザクフライドチキンを目一杯頬張りながらまだまだうんうん唸りながら、初日の出にいい場所をひねり出そうとしている様子である。


 この街で一番高いのはお城だから、そこから見る初日の出は凄そう!

 あとは畑で初日の出を見るのも感慨深いな……。

 露天風呂に入りながら何てのも大人っぽくてやってみたいかもー。


 この世界の初日の出でしてみたい事、見て見たい場所などをあれこれと言葉に出しているのを、ずっと聞いてくれているエドワルドの食事は、いつもよりも会話が少ない分さほど時間もかからず終わった。


「エドワルド氏がおすすめを教えてくれないから自分ばっかり行きたい場所とか話しまくっちゃったじゃない」

「うん……」


 話に乗って来てくれないエドワルドに、シズクが理不尽な不満を述べつつリクエストのあったおかずを弁当箱に詰め終わる。

 ここまであまり質問に答えてくれないエドワルドも珍しいので、いつもよりもじっくりと真剣に考えてくれているのかもしれない。


 そう思うことにしてシズクガ弁当箱をエドワルドに渡そうとしたのだが、伸びた手は弁当箱ではなくシズクの手首をそっと掴んだ。


「ご、ごめん」


 とある場所が急に頭に浮かんで、エドワルドは咄嗟にシズクの手を掴んだ。

 急に手首を掴まれたのでシズクもびっくりはしたものの別に手荒くされたわけではないので、謝られることはない。


「別に痛くないし大丈夫だよ。でも急にどうしたの?」

「あ、はつひので、いいところ、ある」

「なに急に片言??」


 バツが悪くてカラ咳を何回かした後、エドワルドも小さな反撃をしかけるが、今日それを伝えるつもりはない。


「じゃぁ教えない」

「ごめんごめんって。教えてください! 何かいいところ思いついてくれたんだよね?」

「……いくから」

「ん? なんて?」


 珍しく近くのシズクの耳にも届かない程に小さな声を出すエドワルド。

 聞き返されて今度はしっかりと目を見た。

 絶対、一緒に居たいと願うから今を逃してはダメだと、緊張気味にエドワルドはシズクに答えた。


「年が終わる前に絶対に迎えに行くから。俺のおすすめ、案内する。一緒にはつひので見よう」

「ほんと!? うっわ! 嬉しい! 楽しみー。え、どこに見に行くの?」


 エドワルドもこうやって何くれとなくシズクを誘ってくれたので、二つ返事で了承してみたものの仕事や貴族の付き合いなどで年末年始忙しくないのだろうかという疑問が大いにある。が、別に家に居ても朝方はリグもエリスも誘ってみたが乗り気ではなかったので、誰かと一緒に年越しできる楽しみが勝ってしまう。


「到着するまでの秘密」

「エドワルド氏がそこまで言うならば期待大だなー。そうだそうだ。長く待つならばおせちじゃなくってお弁当持っていく! でも、本当に舞踏会とか仕事とかおうちの行事とか大丈夫?」

「そこは、ほら、まぁ何とかするよ」


 堂々落ち着けとばかりに頭をぽんぽんと柔らかく撫でるように叩き、鼻息は荒いままだが一旦引き下がったシズクであったが興奮は冷めやらない。


「おせちの構成は前回と基本的には同じにするつもりだから、早めに配達終わらせておかないと! 漲って来たー!」

「え? ずっとやる気満々風だったけどさらにやる気が溢れてきちゃったの?」

「うんうん。エドワルドにもおすそ分けしてあげよっか?」


 どうおすそ分けしてもらえるのかとても気になりはするが、分けてもらったなら今日この後仕事には行きたくなくなってしまいそうで、エドワルドは丁寧に遠慮しておくことにした。


「そんな遠慮なさらず、だよー!」


 誰かと一緒に初日の出を見るのが楽しみなのだとは思うが、まだ当日でもないと言うのにこんなに気分が盛り上がってもらえるとは、エドワルドに他の目的があるとはいえ嬉しいものだ。


「おすそ分けされなくても、俺もやる気が出てきたからさ」

「お、いいねいいね。やる気がしぼむ前に行ってらっしゃい!」

「ふふっ、うん。行ってきます」

 

 シズクが言う縁起のいい初日の出を、一緒に見る約束を取り付けた。

 二人でその日の出を見る場所は先ほど思いついた場所。

 そこで、ずっと考えていたその答えを伝えたえよう。

 今年も気合を入れて仕事を終わらせて、舞踏会からも早く帰ってシズクを迎えに行くのだ。


 白髭が可愛らしく揺れるシズクから弁当箱を受け取り、エドワルドはやる気を充分に身にまとい仕事に向かうのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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