82.フラーグムといちごのケーキ
薄暗くて周りがあまりよく見えない中、コツコツと規則正しいいくつもの足音が会場に向かってきているのが分かる。
数人というわけでもなく、大人数と言うわけでもないその足音がどんどん近づきその全貌が明らかになってくると解消の至る所から、戸惑いと驚きと黄色い悲鳴が聞こえ始め、ようやく足音が止む。
「近衛騎士団じゃない!」
誰かが呟くような言葉に反応したかのように、ようやく会場の明かりが元に戻った。
すると先ほどまでアッシュとロイがいた高砂前に、近衛騎士団十人ほどが整列しているではないか。その中に先ほどまで一緒にいたのに急にいなくなってしまったエドワルドの姿もある。その姿を見て婦女子の黄色い声が上がりざわめきも大きくなる中、全員がアッシュとロイの方向に向かって一糸乱れぬ一礼の後エドワルドが代表して声を上げた。
「アッシュ団長、ロイ様。お二人の末永い幸せを願い、我らユリシス近衛騎士団有志が心を込めてお贈りいたします」
シズクが人数を数えると八人。
知っている顔もいくつかあるが、もちろん近衛騎士団員を全員知っているわけではないので見知らぬ顔もある。しかし全員がアッシュとロイを心から祝いたい気持ちが滲み出ているのが分かる。
挨拶も早々、会場の照明が落ち高砂だけが浮かび上がる様に照明が当たり、シャンと言う鈴のような音が会場の高い天井のせいかとてもよく響く。
部隊の右一番後ろにいる団員が持っているのはクリスマス時期にサンタクロースがやってくる時に鳴らしているイメージのシャンシャンと言うあの音を奏でる楽器、スレイベルだ。
しかしその音は楽器のイメージとは違い神社などで聞く神楽鈴のようにまろやかに響き渡る。
そしてスイベルとは反対側にいる団員二人のその手には厳かにまろやかに響くスイベルの音色とはあまり合わない、少し高い梯子を手にしているのが見えた。
いったい何をするのかと思ってみていると、そこにはシズクが前世正月明けに見たことのある光景が広がりつつあった。
「出初式じゃん……」
太鼓の演奏ではなく、スレイベルの音色と言うのがまた不思議ではあるのだが意外にいい具合ではあるのがとても不思議だが、シャンシャンと響く音に合わせて梯子のぼりを披露しているのだ。
丁度隣にいたクレメントによると、ユリシス近衛騎士団に受け継がれている伝統技能の一種だそうだ。近衛騎士団の中で脈々と受け継がれているもので、城壁の一番高い所にある見張り小屋に団員が安全に登るための技能向上から生まれたものらしい。
その見張り小屋は今はないのだが、安全祈願の為に受け継がれていると言う。
見事な梯子のぼりを披露するユリシス近衛騎士団の精鋭たちの演目も、そろそろ終わりのようだ。
シャンシャンシャンシャンと、たたみかけるようにスレイベルが鳴り響き、シャン、シャンと静かに二回長く音が響いた。
スレイベルが静かに鳴りやみ、息も乱れず一礼をして高砂から降りていく。
あっという間の出来事だったが、かなり凄いものを見せてもらえたことに感謝したくなるほど感動する演舞であった。
しかし今日はこの演舞が主役ではなく、アッシュとロイの披露宴である。
この後さらにカルテットからの演奏や、お祝いの言葉などが続き用意していた立食用のパーティーメニューも大好評。さらにネタでアッシュとロイの前でだけ披露したはずのシズクの親指を消すびっくりマジックが異様にウケたりしながら、あっという間に終わりの時間が近づいてきてしまった。
「本日は二人の為に足をお運びいただきありがとうございました。新しい披露宴という形で、きちんと皆様へご挨拶が出来るか心配ではありましたがお楽しみいただけたようで幸いでした」
「本日足をお運びいただきました皆様へ贈呈品を準備いたしました。ささやかではございますが私達の感謝の気持ちとさせていただきたく存じます」
「「みなさま、本日は誠にありがとうございました。今後ともご指導ご鞭撻のほど何卒宜しくお願いもうしあげます」」
アッシュとロイの二人がそろって挨拶をして、披露宴のお開きとなったのであった。
二人と今日この場にいる招待客、携わった侍女や侍従が知る由もないが、ユリシスで行われる披露宴の始まりはこのアッシュとロイの披露宴とされ後世に語り継がれていくことになる……。
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「それにしてもあれは傑作だったな!」
「ちょっと、俺達にも見せて見ろって」
「もうやだよー。もうロイがやってあげてよー」
「おぉ、ならば刮目してみよ!!!」
アッシュとロイが教会で誓いを立て、その足で披露宴を開いた翌日の夕方。
昨日は基本的にお披露目で足を運ぶであろう貴族の家に向けての披露宴を開いた。全員を呼ぶことは難しく、古いしきたりを重んじる家人宅には日を改めて足を運ぶこととし、今日はロイたっての希望でリグとエリス、そしてシズクの三人をロイの家に招き食事会をすることにしたのだ。
家の中には本当に気心の知れた人間しかいないロイは、昨日の借りてきた猫状態とは打って変わりいつもの通りの傍若無人ぶりを発揮している。
「なんだそれ、凄いな!!」
「だろう? 昨日の結婚披露宴でシズクが披露した芸だったのだが、それはもう会場中が固唾を飲んで見守ったものだ」
「もう三人共遊んでないで、ちゃんとご飯の準備して」
エリスに怒られてしぶしぶ腰を上げて、ロイとリグがテーブルに運ぶ。
百日芋とチーズのキッシュや、ポルダルムとスキュラのパスタ。百日芋を揚げたフライドポテトに彩り豊かなサラダ。鶏肉の照り焼き。そしてみんな大好き卵たっぷりシズク特製のサンドイッチ。なんちゃってピザも作って、このテーブルの上には好きなものしか並んでいない。
「貴族の人達のお披露目には遠く及ばないかもしれないけど、おめでとうの気持ちを込めてシズクと作ったのよ」
「欲を言えばイキュアを使った何かがあればよかったがな」
「ほーん。あとで吠え面かくなよ?」
なんちゃってピザの最後にイキュアを乗せてシラスとイキュアのピザにするつもりだったのを先回りされて少しだけ面白くなかったが、ここは今日の主役に花を持たせてやるぞとシズクも突っかかるのはこれ以上やめておく。
「この後アッシュさん来るんだっけ?」
「仕事を片付けてからくるとは言っていた。先日の休みを取るのに随分無茶をしたからな……。たまっている仕事を片付けるのにどれぐらいの時間になるかはわからん。とりあえず腹も減ったし先にはじめてしまおう」
温かいものは温かいうちに食べるのが一番のごちそうである。
食事の間はリグとエリスが、披露宴の詳細をさらに聞き出しながら穏やかな時間が流れる。
いつもの軽口と、いつもの小気味よいノリとツッコミが、煌びやかだった披露宴とは違うが家族だけの食事会のような、とてもとても大事なもののように思える。
面白くない時には面白くないといい、楽しい時は大声で笑える。
特段取り繕って毎日を生活しているわけではないが、コミュ障なロイはロイなりに気を使っているつもりではあるのだ。しかしこの二人といるときは昔からそんなことを考えたこともなかったし、さらにシズクに至っては兄弟のようにも感じているぐらい遠慮もない。
「こんな幸せなら、いつ何があっても悔いはないな……」
ぽつりとつぶやいたロイに、シズクがごつんと痛くもないげんこつを落とした。
「何言ってんの! これからアッシュさんと一緒になってもっともっと毎日幸せ更新していくんだから、この程度の幸せなんてまだまだ序の口だよ!」
そう言われればその通りだ。
人生最大の幸せを毎日更新している。
アッシュと出会って、想いが募って、食事をしたりただ話すだけでも楽しいと言うのに、一緒に夜を超え、朝を迎えて……、確かにこれから何年も続くであろう二人の生活は楽しいことばかりではないかもしれないが、楽しいことが沢山訪れるように歩いていくのだ。
ぷんぷんと怒りで頭から音が鳴っているように見えるシズクには、本当に頭が上がらないなと思う。
まだ出会って一年ほどだと言うのにこんなにも心から応援してくれる彼女の事も、アッシュよりは格下になるが大事にしていきたいなと表情には出さずに仏頂面のままロイは考える。
カラン……。
誰かが来た音が、家の中に響く。
恐らくアッシュが来たのだろう。
ゆっくりと立つ振りをしながらロイは嬉しくて飛び出しそうな体を押さえて椅子から立ち上がる。
それでも何となく浮足立った表情でもしていたのだろう。シズクのニヤニヤと口元が緩みっぱなしの表情でロイを見送ろうとしているのが丸わかりだ。
「お前、顔がうるさい」
「ちょっと、その言い方失礼じゃない!?」
「本当のこと言ったまでだろう」
「アッシュさんに言いつけてやるっ」
やれるものならやってみろと言わんばかりに、ふんっと鼻を鳴らして勝ち誇ったように立ち上がるロイの頭を、背の高いシルエットが優しくぽんと叩いた。
アッシュだ。
「アッシュ」
「ただいま。ロイ。みんなもいらっしゃい」
じわじわっとなんとも嬉しそうな表情になっていくロイに、先ほどまでの傍若無人我儘大王の顔は見えない。結構可愛い所だけを見ているのかもしれないのがシズクとしては心配だったが、それはどうやら杞憂のようだ。
「シズクの事いじめてばっかりはよくないよ?」
「節度はわきまえているつもりだ」
「本気で怒られたらしょんぼりしちゃうくせに」
「なっ! 変なことを言うなアッシュ!!」
以前はアッシュの前では随分と猫をかぶっていたが、今は二人で過ごした時間だけ素を見せることが出来始めているようであった。
「ふふ。今日は来てくれてありがとう。ロイ、披露宴の後は絶対に三人に来て祝ってもらいたいって言ってたから」
「ちょっ、やめろっ……」
顔を真っ赤にして抵抗を試みているが、今さら隠したとてバレバレなのがなんとも可愛らしいことである。
「いいよいいよ。その暴言は常に愛情の裏返しだと思っておくぜ」
「嬉しい限りだわ。ほんと、多少の強気の言動ぐらいは許してあげるわよ?」
「そうそう。本当は私達の事大好きだって、元々知ってたから多少の事じゃ本気で怒ったりしないから安心して」
さらに顔を真っ赤にして、怒っているのか照れているのか、はたまた嬉しいのか……。
ロイは何か反論しようとしたのかそれとも言葉にできなかったのか、口がハクハクと動かしていまま耳を通り越して首まで真っ赤である。
いじりすぎちゃったかなとリグとエリス、そしてシズクがほんの少しだけ反省してから気を取り直すように二人へのプレゼントを持ってテーブルに置いた。
大きなウエディングケーキはシズクも作った事がなく、あくまでイメージで作った二段重ねのショートケーキだ。
「披露宴とかで本当は作りたかったんだけど、流石に大きいのは作れないから……。これウエディングケーキって言うんだよ」
「結婚のケーキとはどういう??」
こんなに鮮やかに返されるとは思わなかったが、そう受け止められるのはシズクも折り込み済みである。
「私の故郷ではでみんなに幸せのおすそ分けで、披露宴で大きなケーキを皆で分けて食べるんだよ。あとは繁栄とか魔よけの意味合いもあったり……。色々な思いが詰め込まれてる感じ」
諸説あるがシズクの中で一番しっくりする説明がこれなのだ。
「では俺達が本当は作らなくてはいけないのではないか?」
「確かにそうだね……」
そう思うと、それはそうだなと思うのだが、そうじゃなくって……。
「それはそうなんだけど、まぁこれも二人の門出に私からのプレゼントって事で。ささ、この真ん中の部分にフラーグムとイチゴを二人で乗せてよ」
フラーグムとはドラゴンフルーツに似た果物である。ドラゴンフルーツの花言葉は永遠の星。イチゴは尊重と愛情。
二人にぴったりの果物だ。
「お前がやってくれるんじゃないのかよ」
美的センスは仕事にしか発揮されないので、こういう事には壊滅的なロイがなんとか飾り付けを回避しようと不貞腐れ始めたが、これは綺麗に飾るのが大事なのではないのだ。
「これはね、力を合わせて完成させる二人の手作業ってことに意味があるの」
「そうだよロイ。ほら、一緒にやろう」
アッシュに促されながら、ようやく飾り付けを始める。
その花言葉を持つ果実を、今日という日に二人で丁寧に盛り付けて思い出にしてもらうのだ。忘れられない大事な日になるように……。
ロイとアッシュを横から挟み込むように、先輩夫婦のリグとエリスが優しい眼差しでその作業を見守る。
「こんな素敵なセレモニーがあるのを知ってたら、私達もしたかったわね」
「今度の記念日に……、頼めるか? シズク」
「いいよ! もちろんだよ!」
リグのお願いにすぐさま返事を返すと、二人の共同作業の全貌がお見えした。
「こんな感じでいいかな?」
「うわぁ、なんていうか二人の性格を表してるみたいで凄いね」
「皆まで言うなっっ!」
丁寧に、そしてとても綺麗にアッシュが並べたその上下に、びっくりするほど不器用に、だけれどもとてもとても丁寧にロイの盛り付けが並んでいる。
とても素敵だ。
私がエドワルドと並べたら、どんな感じになるのかな……。
ふふっと想像して、なんで?と、盛り付けを自画自賛しながらさらにロイの部分をベタ褒めするアッシュに、恥ずかしさで暴れ出しそうなロイを止めながらシズクは自問自答するのであった。
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