81.披露宴
「本日は多忙のところすまないな」
お昼前のパーティーでまだ食事の準備が出来ていないというのに、会場外に人が集まり始めてしまったという事で急遽早く会場を開けることになってしまった。
食事の準備はまだだったが食器類や簡単な軽食類、飲み物の準備は昨日のうちに終わらせていたので、ウエルカムドリンクとして提供し場を繋いでいる。
「アッシュとロイから連名で招待状が届いたときは茶会の招待かと思ったのだがね」
「えぇ。このような会は初めてでとても楽しみにしていたのよ」
クレメントは招待客の夫婦からの祝いの言葉と共に贈り物を受け取った。
「今までのお披露目は時間もかかるからな。元々報告に行かねばならぬ家人達を一堂に集め、披露宴というものを開く方法もあるととある人物に教えてもらったのだ」
「クレメント様にそのように教えることのできる人間がいるなんて、さぞ高名な貴族の方なのでしょうね」
違いますー。
一介の弁当屋です。
シズクはそう言いたい気持ちを押さえ、受付の横を早歩きで横切る。
先日面白そうだという理由なのか楽しそうだと言う理由なのか、結局必要な人のところにはいくのだから全員集めた方が合理的だと言う結論に至ったクレメントは、やや暴走気味にアッシュとロイを丸め込みこの披露宴を行う運びとなったのだ。
そのアッシュとロイはと言えば朝一番で教会に向かい、正式に誓いを立てた後お披露目しながらこちらの会場へ。そのまま披露宴を開催することになっている。
「結婚式見たかったのになぁ……」
テーブルの上に立食用のメニューを置きながらシズクが呟く。
結婚式用に誂えたものではなく、仕事用の礼服を着て誓いを立てるのが普通だと言う。そして二人だけで誓いを立てると言うのも素敵だとは思うのだが、それでも二人を見守りたかったのになと思うのは前世での結婚式へのイメージがあるからなのだと思う。
「そうは言うけれど、神父様と誓いを立てる二人で少しだけ会話を交わすだけで終わっちゃうよ?」
足りなくなった飲み物を運びながら、手伝ってくれているエドワルドが言う。
話を聞くと確かに十五分もしないうちに終わってしまうらしいことは分かっているのだが……。
「けどさ、保証人の時は名前を書いて、はいおしまいってかなりお役所仕事だったから……。厳かな雰囲気の中で誓い合う二人を見て、私も幸せになるぞーってちょっとは力を分けてもらいたいって思うんだもん」
「あのさ、シズクは誰かと……」
真横で、いつもとは少しだけ低く、何故かお腹に響く声でエドワルドがシズクに話しかけた時、タイミングがいいと言うべきかタイミングが悪いと言うべきか、会場全体で大きな歓声が沸き上がった。
「アッシュ様とロイ様が到着しました」
給仕の一人がシズクに報告に来てくれ、この状況が理解できた。
「わかりました。ありがとうございます」
そう言ってシズクはエドワルドの顔をようやく見たのだが、苦笑いのような何とも表現しにくいような表情をしてアッシュとロイが歩いてくるのを見ている。
「ふぅ……。よし! 行くか」
「おう!」
そう言うと何事もなかったかのような笑顔でエドワルドはシズクの手を取った。
先ほどの苦笑いの理由はシズクには分からなかったが、今はとりあえず、このユリシス初と言ってもいい披露宴の準備を急いだ。
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「ではお二人に入場していただきましょう」
司会がロイルドであったことに招待客のほぼ全員が驚いたところで、視界の後ろに控えていたカルテットが穏やかな音楽を奏でだす。そのカルテットの一人はフロースだ。
軽やかでアップテンポのメロディーに乗せてにこやかなアッシュと硬い表情のロイが、上品なシャンパンゴールドとベージュのお揃いのタキシードに身を包み招待客の待つホールに入ってきた。
わっと歓声が上がるのも無理はない。
このような式そのものが今までになかったのだから。
今まではお世話になった方々の家に直接ご挨拶に向かう際、もちろん身綺麗にしていてもこのように着飾ったりなどはしないし、音楽などが流れたりもしない。しかし二人は今、普段夜会や舞踏会でも着ないようなタキシードに身を包み、キラキラと光るように招待客からのお祝いの言葉が会場を包むこの感覚は、この場にいる招待客にとって初めての体験なのだ。
「そのお衣装はどちらであつらえたのかしら」
「えぇ、本当に。夜会や舞踏会出来る衣装とはまた違って、とても素敵ですわ」
今日二人が来ている服は、会場にいるほとんどの貴族がイメージする舞踏会で着るようなものとは違う。前世の日本で見たことのあるタキシードをデザイナーへシズクが説明し、こちらの世界のテイストも入った特注デザインで、さらにお針子達が心に心を込めて作った逸品なのだ。
「色も濃い色でないのに、キラキラとしてとても綺麗だわ」
どこで作ったのかが分かったならば、もしかしたらしばらくはお休み返上で働かなくてはならないぐらいの仕事が舞いこむかもしれないぐらいには……。それを見る貴族たちの目はギラギラとしているように見える。
そんなことを考えながらも、ただでさえ不愛想だと言うのにこのような華やかな場所であたふたするかと思っていたロイが硬い表情ながらも立派にアッシュの隣に並び立っているのを見て、シズクは一人ニヤニヤとしながら追加の食事を置くふりをしてロイの姿を見る。
「おばちゃん、感無量だわ」
「シズクの方が年下でしょ?」
「いやぁ、なんかみんなお祝いしてくれるから、なんだか嬉しくなっちゃって」
結婚披露宴で、皆がアッシュとロイのお祝いするために集まっているのだから当たり前だと言えばそうなのだが、目の当たりにするとやはりこみ上げてくる嬉しさは、考えていたものの比ではないのだ。
「あ、二人からの挨拶始まるよ」
ステージが見えるようにエドワルドが誘導してくれた場所から、並んで二人を見守る。
「本日はお忙しい中、私達の披露宴へ足をお運びくださいましてありがとうございます。先日信頼する方々に保証人になってもらい、本日晴れて二人で誓いを立ててまいりました。こちらの会場に向かう道すがら、通り過ぎる人たちからも温かいお言葉をかけていただきとても嬉しい気持ちが湧き上がるとともに、市民の安全をさらに守っていかねばならないと強く心に誓いました」
「世間の通例に従えば、誓いを立てた後皆様のお宅へ一軒一軒足を運び、日頃のお礼をお伝えするところでございますが、今回はこのように新しい披露宴という形をとることといたしました」
「この披露宴については、私達がお礼をお伝えに伺う皆様に足を運んでいただくこととなりましたが、心の限りのおもてなしをさせていただきたく、我が師であり父とも慕うクレメントの発案により開催する運びとなりました」
新しいことをいの一番に試したいのだと、かなり積極的にこの披露宴について考えていたのはシズクの話を聞いたクレメントだ。
新しいことを試したいと言う欲求も大いにあったと思うが、新しいことで大々的に演出することでそれが成功した場合の名声を得て世論を味方に付けたいのだと打ち合わせの時にクレメントがシズクに教えてくれた。
どんなに有名人でも、どんなにその人の周りが理解してくれたとしても、世間の目というのは本当に厄介なものである事ない事尾ひれがついて拡散されてしまう。
ならばいっその事新しいことをしてさらに良い方向に噂されれば世論を味方につけることはたやすいのではないか。
息子同然のロイと師匠と呼んで慕ってくれるアッシュの為に、良さそうだと思ったシズクの案を全力で成功させると息巻いたクレメントの宣言通り、始まりから大盛況である。
「お食事は立食となりますが、何か足りないものなどがございましたら給仕にお声がけください」
「限られた時間ではございますが、皆様へ心の限りのおもてなしをさせていただきますので、ごゆるりとお楽しみください」
それを合図として、歓談の邪魔をしないように静かすぎず騒がしすぎず、しかしユリシスの人々が知るような曲のアレンジが流れ出し、アッシュとロイは招待客に挨拶するために高砂エリアからゆっくりと会場へ降る。
まずは今日集まった中で一番高位貴族だが今日の視界を受けてくれたセリオン家当主のロイルドへ真っすぐ向かい話をし始め、後は順不同で色々な人のところに足を運ぶ予定である。
間延びしてしまいそうな歓談の時間の後には余興などを挟んで場を締めたり緩めたるする事が効果的だと話し合いを重ねたが、さすがに頼める人達へのハードもが高く余興については見合わせることとなっていた。
準備段階では、確かにアッシュもロイもそう言った余興の類はないものとし、自分たちが招待客をおもてなしするつもりでいたのだが……。
丁度数組の招待客と話をし終わったその時、会場を穏やかに包んでいた音楽がピタリとやみ、照明が少しだけ落とされた。
何が起こったのかわからず隣にいるであろうエドワルドに声をかけようと振り向くも、そこに姿はなかった。
「なにごと?」
いったい何が起こったのかと会場がざわめき始め、ホストであるアッシュとロイが心配そうにクレメントに視線を投げたがクレメントが自信ありげに頷きぱちんと指を鳴らすと、会場は暗転したのであった。
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