80.お披露目とひろうえん
「今年はっ、なんでっ、手伝ってくれなかったの!!」
「なんでって、頼まれてなかったし……そもそもシュシュ別のところでお店だしてたじゃん……。私もお店あるし」
収穫祭最終日、品切れしないように仕入れをしていたつもりだったのだが夕方を前についに最後のメイス揚げを手渡したところで、シズクの元にシュシュリカマリルエルが怒っているのか泣いているのか、どちらとも取れる面持ちでやってきた。そして開口一番手伝ってくれなかったシズクに対して大層ご立腹のご様子で詰め寄る。
「むーっ!」
「そんな可愛い顔して怒ってもダメ」
仕方のないことだと思っても、シュシュリカマリルエルは怒りたくもなる。
今年は昨年よりも色々なものを販売するために今年はお針子仲間と一緒に別の場所で店を出していたのだが……。
「エドワルド様、ベルディエット様、クレド様、そしてフェリス様、さらにクレメント様までいるなんて知ってたら! こっちの端っこにでも座らせてもらって! ユリシスの美を愛でながら! 稼がせてもらったって言うのに……」
「何言ってんのかわからないけれど、その中に私が入っていない事に憤りを感じます!!」
「うわーん!!」
そんなやりとりを微笑ましいなと微笑んでいるエドワルドに、あわあわと髪を整えながら今更ながらの挨拶をすると、シズクのそばまでやって来て脇を突く。
「もう! 笑われちゃったじゃない」
「怒られるよりマシじゃない?」
「確かに!」
なんとなく楽しくなって来た二人は、込み上げてくる笑いが止まらなくなって大笑いだ。
それを興味深く観察する人物が一人。
クレメントである。
「そちらのお嬢さんは?」
「あ、あの、シュシュリカマリルエルです。クレメント様、初めまして」
「こちらこそ初めまして」
自分はこの国で一年ほどしか暮らしていないし、数か月は家にこもりっきりだった。さらに言えばクレメントはシズクと入れ替わりで留学に出てしまったと言うから知らないのも仕方ない。
しかしシュシュリカマリルエルは南の国から移住してきたので、この国で学校などには通っていない。それでも顔を知ってこんなに緊張しているということはクレメントはやはり有名人なのだろう。
「あの、うわさで聞いたのですが、アッシュ様とロイ様がご婚約されたと……」
「あぁ、すでに色々なところで話が出ているのか。その通りである。先日保証人として同席した。後日二人で正式に誓いを立てる予定だ」
「本当ですか! うわ〜、お披露目、どれぐらいの人出になるか楽しみですね!」
どれぐらいの、人出???
会話を普通に聞いていたシズクだったが、最後の一言がいったい何なのか全くわからなかった。
参列者が多くて大変だという事なのだろうか。
「アッシュの人望がすごいからな。かなりの人数になるやもしれん。花は多めに準備しておかねばならん事だけは確かだな」
沢山花を準備して、人出も沢山???
全く分からん、とシズクの頭が混乱しているところでようやくベルディエットが発した言葉でなんとなくイメージできた。
「道の真ん中を通れるようにみんなでアーチを描いて両サイドから花を贈れば大丈夫じゃないでしょうか」
「ほぉ、そうであるな。一列ではなく両サイドからと言うのはなかなかの名案だ」
多分あれだ。結婚式とかでやるフラワーシャワーのようなやつのすごく人が多いバージョン!
でも花を贈るのに沢山準備するとはどう言うことか。練り歩く二人に渡されるす花を結婚する二人が待っている人達にあらかじめして渡しておくのだろうか。話を聞く限り自分の知っているものとは大きく違うのだろうなと思いはするが、シズクには気になる点もあった。
そう、披露宴だ。
「でもそんなに参列の人がたくさんの人達がいたら、呼ばれていない人たちも披露宴に来ちゃいません?」
「ひろうえん?」
「はい。披露宴」
クレメントとシュシュリカマリルエルは、はてと言った顔を向ける。
釣られてシズクもぽかんとしてしまう。
「ひろうえんとは、なにかをひろうするということか?」
「え? そうですけど……。え?? 結婚したことを報告するために親戚とかお友達とかを呼んでする宴会のことですね……。じゃぁ逆にお披露目って何ですか?」
「一般的にだが、教会で誓いを立てた後その二人が新郎側の家に向かって歩いていくだろう? それがお披露目だ」
思っていること自体が全く違うのだろうとは思っていたのだが、大きく違いすぎである。
「教会には家族やお友達は……」
「いないな」
「披露宴で余興とか……」
「ひろうえんでよきょう?」
「えっと、教会で誓いを立てた後、歩いて新郎の実家にむかってぶらぶら帰る途中の帰り道の事を?」
「お披露目という。だから先ほどそう説明したであろう」
いや。そんなの知らない。
何それ、凱旋パレードの徒歩版!?
「というか、君の故郷ではそのような謎のセレモニーがあるのか?」
結婚式をしたことは、独身で死んでしまったシズクにはもちろんない。なんなら将来を誓い合った相手もいなかった。
ただ、世間一般に行われているであろう結婚式のイメージはある。
教会式、神前式、人前式……。式は色々あったと思う。式自体を挙げない人もいた。
何度も言うがシズクは一度も体験したことはない。あくまで知り得る情報のみだが披露宴の形も様々だ。
「むしろユリシスではそう言った習慣がないんですね」
結婚式を挙げるとなれば、貴族がこぞって煌びやかな結婚式の後にさらに豪華な披露宴を催すと思っていたのだが、そうではないらしい。一大イベントと言ってもいいぐらいのイベントだと思えるのに。
「ゆかりのある教会で二人で誓いを立てるのが通常だな。高位の貴族であればその後に晩餐会を開きはするが基本的には主役の二人はその場にはおらん」
「え? なんでです??」
隣にいるシュシュリカマリルエルがちらっと顔を見た後、こつりと肘を当てた。
さらにいつの間にか隣にいたエドワルドとクレドも、なんともバツの悪そうな表情でクレメントを睨んでいる。
察するにまぁ大人の夜のむふふなあれかな?
と、深く突っ込まず違う質問をしようとしたその時、ユリシスの習慣と全く違う文化であろうことに興味津々とばかりのクレメントが質問してきた。
「ユリシスでは……と言ったか。シズク、では君の故郷では違う習慣があるという事だな」
クレメントに爛々と輝く視線を向けられずいっと近寄られると、さすが魔法技師の他に学校の先生、さらには自らの知識をさらに増やすための留学までする、好奇心の塊のような人なのだとようやく実感する。
「習慣って言うほどでもないですけど、人それぞれじゃないですかね。もちろん式を挙げない人とかもいましたし、家族だけで食事会だけの人もいれば、家族の他に職場や友人をたくさん招いて派手にやる人も。自分たちで食べてもらう食事のメニューを決めたり作ったり、余興を考えたりお願いしたり。初めての共同作業ですなんていって大きなケーキを切ってみたり……」
「それを自分たちで!?」
エドワルドだけではなく、そこで話を聞いていたシズク以外の全員がカルチャーショックを受けたかのような驚いた顔をしている。
ユリシスのある大陸では、先ほどクレメントが言っていたように教会で二人だけで誓いを立てた後、二人で新郎側の家に挨拶に向かいそこで一杯だけ静かに杯を交わして終了だそうだ。本当に一杯だけ飲んで解散らしい。
夜会や晩餐会などを開いて人脈を広げたり情報戦を繰り広げる貴族であれば、財力の誇示や人脈を広げるためや自分の家の財力を誇示するために結婚式や披露宴もまたしかりかと思ったがそうではないようだ。
「その一杯に家族への愛と感謝を込めてなんて、それも素敵ですね」
シズクは心からそう思ったので、言葉に出してみたのだが……。
皆なんだか微妙な顔である。
「実はさ、新郎側の家で一杯飲んで、その足で新婦側の家に向かうんだよ。そこでまた一杯。で、その後お世話になってる方々の家に向かって……、終わったらまた今度は仕事関係、友人関係、と数日かけてずっとしばらく続けるんだ。仕事もあるし相手の都合もあるから、予定をうかがいながら全部終わるまで顔の広い貴族だと一年ぐらいかかることもあるんだって。手土産も持って行かなくちゃいけないし、相手からもお祝いを頂くこともあるみたいなんだけど、どれぐらいしてからくるのかわからないから選ぶの大変だったって兄さん言ってた」
「は???」
「待っていたのにいつまでたっても来ないと言うトラブルもあるそうだぞ」
「あれだよね。こっちはいくつもりなかったけれど相手から見たら来てくれるはずだっていう……」
エドワルドとクレドから聞く衝撃の事実に、シズクの目もまんまるに見開くというものである。
「だから少しでも早く終わらせるために、誓いもそこそこすぐにその足で出かけるんだよ」
「私、想像するだけでぞっとしますわ」
「お披露目は教会から新郎側の家に着くまでの間だけと決められているからな。アッシュ団長のように人気のある方であれば、人出も多くなるというものだ」
「ちなみにリットラビアの貴族は教会から新郎側の家まで馬車移動が基本で、贈り物はお菓子などを従者が駆けつけてくれた方々に渡す感じですわね」
ちょっと待ってくれとシズクは言いたい。
お世話になった方々に挨拶に行くのは全然いい事だと思うのだが、それを一軒一軒回るとなると本当に大変すぎる。仕事をしながら夜や休みの日に何件もの家に通い、該当者がいなければまた出直さなければならないなんて、さすがに労力がかかりすぎている。
ただお披露目と言う名の練り歩きは、市民からのお祝いなども聞けていい所もあるなとは思いはするので悪いものではないと思いつつも、やはりカルチャーショックである。
「でもなんでそんな面倒くさいことしてるのかな。確かに一人一人にご挨拶に行くのは大事なことだと思うけれどさすがに大変じゃない? 一斉に集まってもらった方がお祭り感もあって良さそうなのに……」
前世の友人だけを呼ぶようなアットホームなパーティーでも良いし、やはり由緒正しき貴族だからと厳かな披露宴でもいいだろう。時間をかけることも美徳だとは思うが、さすがに長すぎる。
シズクとしては思った事をただ口にしてみただけだったのだが……。
「そうか……。そうだな……」
クレメントが一人、目を輝かせ、口元に面白いものを考えたとばかりに悪戯な笑みを浮かべ、シズクの手首を急に掴んで歩き出したではないか。
「え?? え????」
「ちょっとクレメント先生!! シズクの手をそんなに乱暴に掴まないでください!!」
クレメントが急な提案に困惑するシズクの手首を引っ張り、それを怒る様にエドワルドが続き、さらに心配するクレド、ベルディエット、フェリス。さらに面白そうだなとシュシュリカマリルエルが笑う。
「先ほど言っていたように時間をかけることも大事ではあるが、どうしても時間を取られ過ぎてしまうからな。アッシュとロイにはこの新しい形のひろうえんとやらを行うように進言しようではないか」
「店の片付けもあるし、みんなで収穫祭の打ち上げも……」
「何を言っている。祭りはこれからだぞ! 善は急げだ。さぁ! これから案を練ろうではないか」
「クレメント先生、合流は後ほど。片付けはオレとエドワルドでやっておきます」
「俺はシズクについて行くっ!」
クレメントはクレドの言葉に満足そうに頷きいつもよりも少しだけ興奮気味に、そして大変楽しそうに大きな声で、エドワルドの叫びを聞きながら足取りも軽やかにずいずいと歩き出したのであった。
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