79.ぽっぷこぉん
「ひぁ!! え? クレメント……さま」
「うむ」
クレメント・ヴァン・フィッツエラルド。
このユリシスにいる魔法技師の中でもかなりの腕を持ち、大学教授も務めさらには下町の学校でも勉強を教える、一般の市民にも知れ渡るなかなかの有名人である。
長い間並んだ客が、祭りを心底楽しんで満面の笑顔のエドワルドと、真剣に仕事に勤しむむクレドを眺めながら、老若男女大人気のベルディエットとその従妹であるフェリスが愛想よく会計をしてくれると言うのに、最後の最後の商品を受け取るその瞬間、そんなクレメントのその姿が現れたら確かにそんな悲鳴にも似た声が出るのも致し方ない。
さらに味わって食べるように、家に持って帰るならば少し温めなおす方が良い、もしゴミが出たならこの店の横にゴミ箱も設置してある、などなど受け渡しの際に一人一人に何かしらコメントしている律義でとても優しい紳士なのである。
「しかしフェリスまでもがこのシズク・シノノメの作るものに夢中か……。セリオン家はもう陥落したと言ってもいいな」
「ちょっと、クレメント先生! 変ないい方しないでくださいよ」
「変な言い方ではないだろう、エドワルド。聞けばお前とベルディエットだけではなくロイルドとマリエットとも面識があると言うではないか。さらに他国の従妹であるフェリスさえも店を手伝うほど仲が良いなどとは普通は誰も思うまいよ」
エドワルドとベルディエットの従妹でもあるリットラビアの貴族フェリスも、わざわざユリシスの収穫祭に合わせてやってきてシズクの屋台を手伝っているのである。
確かに一族揃ってシズクの事が大好きであることは間違いない事実ではあるが、客観的に言われるとなかなか不思議な縁ではある。
「それに、クレドも一緒とはな」
エドワルドがクレメントと話しているその先で、シズクとクレドが何やら楽しそうに話しているのを見ると、じくりと胸の奥が痛くなる、ような気がする。
別にあいつの思いをシズクが受けれたわけではないし、俺と一緒にいる方がもっと楽しそうにしてるし!
「そうおかしな対抗心を燃やすでない。余裕のない態度ではシズクにも笑われてしまうぞ」
「クレメント先生、何言ってるんですか………」
「私でも気が付くぐらいこんなに分かりやすいと言うのに、何故シズクが気が付かないのか逆に教えて欲しいぐらいだ」
「……」
「お前もアッシュぐらいの押しの強さが必要だ」
収穫祭前のとある日。
クレメントが国に戻って来たその日に、アッシュとロイはクレメントに教会で保証人になって欲しいと言う話をするためにベルタ家で話し合いをするつもりだったと言うのに、紆余曲折と言うか電光石火の勢いでその日のうちに教会で誓いを立てることとなったのだ。
その場に居合わせた、というよりもクレメントによって強引にその場にいた全員が教会に連れて行かれ、アッシュとロイの保証人となったのである。
「収穫祭が終わったら、一応お披露目はするんですよね」
「あぁ、ライト家もそれなりに大きな家だからな。近衛騎士団団長として国でも有名人のアッシュが伴侶を得るならば、最低限の披露は必要だ」
あの時のアッシュは、教会で誓いを立てた後すぐに自分の家にロイを連れて行き、家長である実の父にロイと共に歩むからライト家から独立すると直談判したのだ。アッシュはずいぶん前から実家には独立する話はしていたようで、伴侶に選んだ人物がロイであることは驚かれはしても反対はされなかったという。
「急なことだから、私抜きでも良いと言ったのだが、ロイが頑固でな」
そう面倒くさそうに言っている割に、クレメントの嬉しそうに口角があがる。
クレメントは長期の留学のために収穫祭が終わって一月後にはまた一年ほどは国を出てしまうと以前から決まっていたそうだ。息子同然のロイが、自分の教え子であるアッシュと人生を共に生きていくためのお披露目会にはやはり自分も出席したいのだろう。
「ロイの頑固なところはクレメントさん譲りなんですね。ふふふ。その口角の上がり具合そっくりです」
エドワルドとクレメントが話していると、屋台後ろに準備したポップコーンを作るために準備したコンロ前にシズクが立ちながら、クレメントに笑いかけた。
「似ているか? 血は繋がっていない」
「血の繋がりは、こう言うのは関係ないんじゃないですよ。日々の積み重ねです」
そうニコニコ顔のシズクが、熱した鍋にメイスを一粒入れて蓋を閉じながらそう言う。
「そうか……」
「そうですよ」
「あ、あのお披露目会ってどんな事するんですか?」
そんな質問をしたそばから景気よく弾ける音がして、質問はその音に上書きされてなかった事にされてしまった。
「おぉ。この音だな」
「です」
十分に鍋が温まったという合図である。今回作る分のメイスを大きめの鍋に一挙に入れシズクは再び蓋を閉じる。
「本当にこの量でいいのか?」
クレメントが来る前に数回作っていたのだが、来てからは初めてポップコーンを作る。
膨らむ前は粒が小さいし、鍋に入れて出来上がりは丁度いい量なのだがクレメントには大した量を入れた風には見えなかったのかもしれない。
しかし、聞いた傍からポンポンポンポンっと景気のいい音が響き始め、クレメントの瞳が爛々と輝く。
「ほぅ。小さな粒だが弾けて大きくなるのか……。これはまた面白い」
「この種類は焼いて食べたりしても美味しくないんですよ。弾けさせてポップコーンにして食べるのが一番美味しいです」
「私も作ることは出来るか?」
「大丈夫ですよ。これ作り終わったら一緒にやってみましょうか」
「え、クレメント先生が作るの?」
私が作ることに何か不満があるか?という言葉にはしないが、そんな声が聞こえてきそうな視線にエドワルドは引くことなく言いたいことをクレメントに伝えた。
「不満があると言うわけではありませんが、シズクの仕事を邪魔しないように気を付けてください」
すると、またもやクレメントは口角をやや持ち上げた。
クレメントに対してはいつも優等生なエドワルドがこのような発言をするとは思ってもみなかったからだ。
「まだ混み始める前だから、心配しなくても大丈夫だよ。エドワルド」
「いかにも」
さて、シズクはと言えば今回は手伝ってくれる人数がかなり多いので今はかなり余裕の心持ちである。
初参戦だった去年は友人のシュシュリカマリルエルのシュシュの売れ行きやヘアアレンジの列が凄くなりすぎて、自分の店が回せなくなってしまい……。最終的にエドワルドに手伝ってもらったのだった。
それに引き換え今回は別に始めから手伝ってとお願いする隙を与えられることなく、朝店の位置に来てみたら手伝う気満々で全員が仁王立ちで待ち構えていたのである。
さすがのシズクも手伝ってもらわなくても大丈夫だ、とも、誰かだけに手伝ってもらうと言う取捨選択などしては暴動がおこりそうな三人のやる気満々に押されて断り切れず……。
クレメントは開店してからある程度時間が経った頃、たまたま通りかかったその足で面白そうだからと強引に手伝いに参加してきて、今に至る。
なので、店が始まってから時間が経っているのでクレメントはポップコーンを作るのを見るのは今が初めてなのである。
「ぽっぷこぉん急ぎ追加お願いしますわ!」
「はーい。では一旦出来上がったポップコーンを別の容器移して……。クレドさん、これ新しい分です。よろしくお願いします」
鍋の蓋に当たる音が止み出来上がったポップコーンの入った大きいボウルをクレドに渡すと、後は手際よく販売用の入れ物に詰めていってくれる。ありがたいことだ。
「では、クレメントさん、ポップコーンを作っていきたいと思います」
「手順は先ほどのようにすればいいか?」
「覚えてるんですか?」
「うむ」
手順をしっかり見て覚えていたようで、温めた鍋に一粒落とし蓋を閉じて弾ける音を聞いた後、これぐらいか?と一応シズクに聞いてから鍋に景気よく入れ蓋を閉じた。
「待つ時間は長いものだ」
「その時間も楽しみましょう!」
「いい考え方だな」
えへへと照れ笑いのシズクに、クレメントはふとセリオン家がシズクに陥落しているといったのをふと思い出した。
何となくぼんやりとだが、その訳が分かり始めてきたような気がしてきた。
レクチャーを受けていると、少しずつ中で破裂音が聞こえてきた。
ポポポポンっ!とかなり軽快な音が鳴り始め、蓋で鍋の中が見えない故に、香ばしい香りとその音で、並んでいる客もクレメントもさらに期待値が上がっているのが見てとれる。
この世界にはガラスはあるが強化ガラスのような割れにくいガラスがないので、蓋は木製のものを使っているのだが、中で破裂して木の蓋に当たる高低差が音楽を奏でるように中々に小気味良い。
「これまた軽快な! 香りと音で楽しめるとはなかなかの演出だな」
まだまだ楽しげに奏でるポップコーンの破裂音にクレメントは耳を傾けていたとばかり思っていたのだが、その目は中を見たくて仕方ない探究者の目をしていたのをシズクが見つけた時にはもう遅かった。
木の蓋に手が伸びて……。
「ダメです! 今開けちゃったら!」
中でメイスの粒がポンポンと破裂して、それがポップコーンの形状になる瞬間を見たいと言う欲求には抗うことが出来なかったようだ。
あっけなくもその蓋を開けてしまったのだ。
「シ、シズク!!」
シズクの顔を掠めたのを見たエドワルドはとっさにシズクのそばまで駆け寄ってきたが、丁度その時、メイスの実が沢山破裂をはじめクレメントの目の前を通過しながら外へ飛び出し始めた。本人は見たかった光景を目の前に大変満足のようだったがそうは問屋が卸さない。
「圧巻である!」
鍋の中で天井に当たるしかなかったメイスの粒たちが、その天井がなくなったことによって自由を得て空中に飛び出ていく。
そこまで高く飛び上がるものはないが、その多くが鍋から飛び出て下に落ちてしまいそうなところを、エドワルドが風魔法で包むようにして違う容器にそっと入れた。
「いやはや、なかなかに派手なものであったな!」
「私も、ポップコーンワゴンで弾けるのを見たことあるけど、こんなに外に出ちゃうの見たことないですよ。凄い!! でも食べ物で遊んではいけませんよ。クレメント先生」
この国でいくつもの肩書を持ちとても有名でもあるクレメントの肩を叩き大笑いしながらも注意をしたシズクに全員が注目していた。
「そうであるな。すまなかった」
「私もちゃんと蓋は音が鳴り終わるまでってお伝えしませんでしたからね。おあいこですかね」
「うむ」
謝罪も軽く受け入れられると言うその光景に、その場にいる全員が信じられないものを見たという表情で立ち尽くしていたが、その中でエドワルドとクレドだけはやれやれと言った表情を浮かべていた。
「シズク殿は、本当に人たらしが過ぎるな……。あのクレメント先生までも手のひらの上で転がされてしまっている」
「これじゃぁ、この光景を見た人たちの口コミでまた収穫祭の間店が忙しくなっちゃうな」
「この後も出来る限り手伝うと約束しよう」
「俺も」
少しざわつき始めた周辺の声を察知して、急ぎ準備を始める二人なのであった。
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