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07.救出

「っっ……、ぐっ」


 ドラゴンの腕が勢いよく振り落とされたが、その腕はシズクには当たることなく地面に大きな穴をあけた。潰されなかったのは不幸中の幸いと言わざるを得ないが、穴が開いた衝撃で生まれた爆風で吹き飛ばされたシズクに、ドラゴンの爪が脇腹を掠め、そのまま井戸の中に転がるように落ちた。


「がっっ、はっっ……」

「シズクっっ!」

「大丈夫っ……だか……ら……」


 ドラゴンはグルグルと喉を鳴らしてシズクの落ちた井戸の中をしばらく見ていたが、急に興味を無くしたのか遠くの方をじっと見つめて、ふいとその場から見えなくなった。


 バサリ。と羽ばたく音が聞こえた。

 嫌な汗はまだ背中を濡らしていたが威圧感もなくなり、本当にこの場からいなくなったのだと、本能的に安心できた。


「離れたようですわ……」

「う、ん……」


 脅威が去ってようやく、浅かった呼吸を整えるためにシズクはゆっくりと大きく深呼吸を繰り返しながら、ドラゴンの爪が掠めた脇腹の位置を確認してシズクはぞくりとした。


 あの時と同じ辺り……。


 恐る恐る脇腹に目をやると、破けた服の辺りがすでに血で真っ赤に染まっていた。

 なるべくゆっくりとした仕草で鞄の中に入れていたタオルを取り出し、シズクは上から傷口付近を強く押さえながら何回か深呼吸をする。傷口から出る血の量は正直確認したくはない。


 焼けるように熱いし痛い……。


 あの時のようにぼたぼたと血が体から抜け落ちていくような感覚は今の所はないし、意識はまだなんとかあるから大丈夫だと、シズクは自分自身に言い聞かせる。


 痛いと思えるうちは……生きている。大丈夫だ。


 とにかくしっかりしろと自分自身に活を入れる。

 

 傷口を押さえながらシズクは井戸の中を見渡した。使わなくなった古井戸は、聞いていた通り農具の保管に使われているようだ。さすがに水や食料はないが横穴が掘られ、ありがたいことに横になって休めるようなスペースがあった。

 

 シズクとベルディエットの二人は先ほどまでの緊張感から解放されて、そこに座りようやくひと心地つく。

 まだ警戒するに越したことはないとは思うが、先ほどの状態よりはずっとましで、とにかく早くシズクを休めなければとベルディエットは思う。


「シズク。横になった方がいいと思うわ」

「うん。さすがにちょっと、しんどいよね。横に、なれるところがあるのは、嬉し」


 普通に話をするのもしんどいほど、脇腹からジンジンと痛みが広がって全身が酷く熱く感じ始めた。

 大丈夫だ、大丈夫だと言い聞かせるように自分自身で口に出してみるも、それとは裏腹にシズクの意識は少しずつ白んでくる。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ……」

「えぇ、大丈夫よ。シズク。私が必ず助けます……」


 その会話を最後にシズクの身体がから力が抜け、呼吸が浅くなってきた。

 急がなければといけないと、顔色が白くなってきたシズクにベルディエットが自分にできうる最大級の治癒の詠唱を紡ぐ。


《偉大なる風の王 切に切に願い奉る 彼の者我が友なり 傷ついた彼の者をあなたの慈悲の風を持って癒し救いたもう》


 そっと耳元で囁くような、祈りにも似た治癒の詠唱がシズクに届くと薄暗い井戸の中でシズクの体が緑色に淡く光った。

 緑の光は長くシズクの体を包んでいたが、顔色に少しだけ変化があったぐらいであまり良くなっている気配はない。一度の呪文詠唱では効果の程は見て取れなかった。


《偉大なる風の王 ふたたび 切に願い奉る 彼の者我が友なり 傷ついた彼の者をあなたの慈悲の風を持って癒し救いたもう》


 二度目の詠唱を終えベルディエットが、助けられないかもしれない恐怖に震える手でシズクの頬を撫でると、ほんの少しだが呼吸が落ち着き、さらに顔色も若干戻ったようだ。

 

 安心してようやく震えがおさまった手で、止血の為に当ていた真っ赤に染まったタオルを捨てる。清潔な自分のタオルをあてるために傷を見たが、なんとか出血は止まったようだ。

 時折苦しそうに息を吐き出すのが痛々しいが急ぎもう治癒の魔法詠唱は不要そうである。


 シズクとは教会の慈善活動で会う程度だったが、貴族だからといって変に畏まることもなく、会うたびに忖度なく言い合いができるこの娘は、身分は違えどきっとよき友になれるとベルディエットは思っている。


 風の王でも他の誰にすがるでもない。心底生きて欲しいとベルディエット本人の願いを強く込めてシズクの手を強く握る。


「死んでしまうなんて、嫌ですからね……」


 ぽつりと口から出た言葉はなんとも幼稚なものだったが、間違いなくベルディエットの本心。


 弱く手を握り返す反応があって、シズクを見ると目を開けることは出来なさそうだが弱々しくも口元に笑みを浮かべて、


「私だって……、死ぬなんて、まっぴら、ごめん、だよ」


 片言だが、反応が戻って来た。

 呼吸が安定してきたとはいえ、治癒の詠唱では抜けていった血は戻ってこない。しっかり安心して休める場所で彼女を寝かさなくてはと思い、外の様子を確認するために井戸を出ようと梯子に手をかけた時、沢山の馬が走り寄ってくる音がベルディエットの耳に聞こえてきた。


 馬がいるのであれば軍の可能性がある。


 -早くシズクを……-


 助けを求めようと急いで古井戸の梯子を上ろうとするが、疲れからか気がせいているだけなのか、足がもつれてなかなかうまく上がることが出来ない。ベルディエットがもたもたとしていると上からひょこりと誰かが覗いているのが見えた。


 ただただ目を凝らしてじっとそちらを見ていると、鼻から大きく息を吸って、長い長い息をゆっくり吐きだした。

 そこに見えている顔が、最大級の驚きを持った顔をして覗いていたからである。


「え……、ベルディエット姉様。もしかして俺、凄くタイミングよかった?」

「冗談は抜きにして、早く助けなさい。エドワルド。」

「ここにドラゴン来たの? 上凄いことになってたし。良く助かったね」

「私は、問題ありません。しかし一緒に作業していた友人がドラゴンの爪で怪我をして、出血がひどく急いで治癒院に運びたいなです」

 

 ドラゴンが来た事実と怪我人がいるという事を聞くとエドワルドは梯子を使わず、そのまま古井戸の中に飛び降りてきた。


「姉様の詠唱がうまく行かなかったんのですか?」


 ベルディエットの治癒の魔法詠唱はかなりの腕前で一度の詠唱だけでかなり効果があるというのに、予断を許さないという事は大変な重傷を負ったか血が流れすぎたのだと考えられた。

 

 エドワルドはベルディエットに促されるままその場所に向かうと、薄暗い中でもそれがシズクだと即座に分かる。

 すぐそばに捨てられていたタオルの赤が目に入り、背筋が凍るような感覚を覚えたエドワルドはすぐさまシズクに駆け寄った。


「シズク!!」

「エドワルド、あなたシズクとは面識があったの?」

「ある、大有りだよ! それよりも、出血は!?」

「傷が物凄く深かったのです……。私もドラゴンに襲われた者を治癒した事はありませんでしたが、二度掛けでようやく血が止まりました。タオルにも滲んでいませんし出血についてはもう大丈夫でしょう」


 大きく息を吐きだしてホッとしたエドワルドだが、運ぶ際にまた出血しないとも限らないからと、止血されているタオルの上からさらに持っていた救急用のさらしをきつくシズクの身体に巻いてからゆっくりと背負う。

 さらにするすると体にロープのようなものをまいて、エドワルド自身とシズクの身体が離れないように固定する。


「姉様、先に登って貰えますか? 大丈夫です。上には人もいますから近くまで行けば引き上げてもらえます」


 こくりと頷きシズクを頼みますと伝えると、ベルディエットは先ほどは同じ人物とは思えない程しっかりとした足取りで梯子を上っていく。登り切った辺りで誰かが手を差し伸べるのを確認してから、エドワルドも梯子に足をかける。


「シズク、頑張って」

「え、ど、わる、ど?」

「そう、俺だよ。エドワルドだよ」

「たすけ、て、くれた、の……にどめ、だ、ね」


 とても小さくシズクがありがとうと言うと、安心したように規則的な寝息がエドワルドの耳元でし始めた。

 落ちないようにと自分の体の前に回したシズクの手を、安心させるように数回撫で梯子を登っていく。登り終えると近衛隊長のアッシュが緊張した面持ちで待っていた。


「シズク・シノノメが怪我を?」

「はい。姉が治癒の詠唱をかけたので今は止まっていますが、血がかなり抜けたようです。急ぎ治療院で見てもらった方がよさそうです。あの! 俺、一緒に付いて行っていいですか?」

「そうですね。周りを捜索しましたが避難し遅れたのはシズク・シノノメとベルディエット嬢だけのようです。幸いドラゴンもどこかに行ったようですし、エドは二人を護衛しながら街へ。治療院には僕の方で先ぶれを飛ばしておきましょう」


 アッシュはそう言うと、小さく指を鳴らし白い鳥の伝書用の魔法で治療院に先ぶれを送った。


「治療班はこの娘さんの容態を見ながら至急治療院へ。必要ならあなたの力も使いなさい。残ったものはドラゴンの被害を確認」

「はっ!!」


 エドワルドは散り散りになる近衛騎士達を見送ると、シズクが寝ることが出来るように荷台に柔らかな絨毯を敷き詰めた。

 また振動で体が転がらないようにエドワルドがその横に座り、心配していたベルディエットも一緒に荷台に乗ると馬車は城下町へ向けて走り始めた。


「シズクに、助けてもらったも同然です。あの時蹴られていなかったらドラゴンの爪に引き裂かれていたのは私でした……」

「蹴られた? 姉様が?」

「ふふふ。えぇ」


 古井戸に逃げるまでの過程をベルディエットが話し始めると、それをエドワルドは静かに聞きながら思った。


 姉のベルディエットの事を助けてくれたことには感謝してもしきれない。しかしその代わりにドラゴンの爪で脇腹に傷を受けてこんな大怪我を負うなんて。


 本当に目が離せないな……。

 そうだ、リグとエリスにこのことを何て言おう……。

 いや、そんなことよりもシズクが生きていて本当に良かった。とエドワルドは心から思っていた。


 その横でベルディエットは不思議なものを見ていた。

 少しだけ赤味の戻ったシズクの頬を、あまりにも愛おしそうにエドワルドが撫でているのだ。

 これは!!合点がいったとばかりにベルディエットはエドワルドに聞いた。

 

「エドワルド。あのお弁当シズクの店のものなの?」

「そうだけど? 普通に屋台で弁当買うぐらいおかしくないだろ?」

「おかしくなんてないわ。でもあなた達そういう間柄だったのね?」

「え? そういう間柄??」

「いわゆる、恋仲というか……」


 エドワルドは、シズクの顔をじっと見つめて考えた。


「違う違う! 友達だよ! 仲はいい、と思う」

「は??」


 返事までにエドワルドに微妙な間が開いたのは、シズクとの関係が言葉ではうまく表現できなかったからだ。


 自分が店によく通うから仲良くしてくれてるのかもしれないが、外で会った時も変わらず接してくれる。シズクとそう言う話をしたことがなかったが、友人かと言われたら胸を張ってそう答えたい。

 元気になったら友人の盃でも交わそうと、頬をそっと撫で続けながらエドワルドは思った。

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