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76.玉座の間にて

 てっきり自分の家に帰るのだとばかり思っていたシズクは、連れてこられた場所に立つと開いた口が塞がらなかった。


「えっと、何故城に??」

「先ほどの書物のですね、一番最後にあったものが王家が関係していそうだと思ったのでね。直接確認していただこうと思ったからですかね」

「始めに言って!!!」


 塞がらない口から言いたいことが次々とあふれ出してくるシズクだが、目の前に出されたエドワルドのエスコートの手を無意識に取ってしまうと、ぐちぐち言いつつも手を引かれるがまま城に足を踏み入れ、あれよあれよという間に大きな扉の前に立たされていた。


「ねぇ、エドワルド、ちゃんと聞いてる??」

「ちゃんと聞いてるよ」


 ぽんぽんとエドワルドが頭を優しく撫でると、ここにきてようやくシズクの溜飲も下がってきたのだが時すでに遅しである。


 扉の前にいた近衛兵とアッシュと手短に言葉を交わすと、ギギっと扉を開ける。


 ここが一体どこで、どこに連れられてきてしまったのか……。言われなくても分かる。

 今度はパクパクと口を動かすだけで、驚きで声が出ない。


 白を基調とした壁が目に眩しい。

 豪華絢爛とまではいかないが、とても綺麗に手入れされ長い歴史を感じさせるシャンデリアが荘厳な光を携えて室内を優しく照らす。

 その向こう、玉座に鎮座するのはこの国の国王だ。

 国王の前にはすでにシャイロがいて、皆が到着するのを待っていたようだ。


 ゆっくりとアッシュが前を歩き、その後ろにアレックス。さらに後ろをエドワルドとシズクが続き、エドワルドはこんな緊張する場面だと言うのに何故かご機嫌な表情でシズクの手を引いて歩く。


 シズクとしては一緒にこのような場所に来る必要などなかったはずだと主張したい気持ちもあるのだが、すでに足を踏み入れてしまった今となっては駄々をこねることも出来きない。

 しかも何故か物凄くご機嫌なエドワルドを見ると……、国王の前だというのに、先ほどまで感じていたシズクの緊張感が薄らいだ。


 国王の前までくると、片膝を立てて頭を低く垂れる。

 緊張が薄らいだとは言え、以前給仕係できた時とは違う。このような場所で国王と顔を合わせるなど初めてな経験だ。シズクもどうしていいのかわからなかったので、三人に習って片膝をつき同じように頭を軽く垂れつつもちらりちらりとエドワルドとアッシュ、アレックスの出方を待っているしかない。


「アッシュ、ご苦労であった。堅苦しい挨拶は不要だ。報告にあったものをこちらへ。皆も顔を上げよ」

「はっ」


 国王の一言で顔を上げていいものかどうかシズクが窺っていると、隣にいるエドワルドがシズクの肩をポンと叩いた。エドワルドを見ると大丈夫だよとシズクに微笑みかけ顔を上げた。シズクもそれに習って顔を上げる。

 全員の顔を一人ずつみる国王が、シズクと目が合うと暖かく微笑んだので、シズクはほっとした。


 アッシュはその間に国王の前まで進み出て、教会で借りてきた本を国王に手渡した。

 

「王城で保管されていた文献と内容は大きく差はないかと存じます。ただしそのまま伝承するために難しい言葉などは使わず、事実とその結果だけが受け継がれているようでした」

「そうか」


 国王は協会に受け継がれてきたその本を丁寧にめくりながら目を通し、報告のあった最後のページの辺りに差し掛かるとアッシュを近くに呼び寄せた。


「これか?」

「その通りでございます」


 国王が最後のページに目を落とすと、そっと最後のページの文字の部分を撫でた。

 すると文字がぼんやりと光る。

 国王が驚いたように目を見開き、そして食い入るようにその光に目を落とす。


「結構光ってるのに、国王様は眩しくないのかな……」

「確かに。あ、でもなんか読んでるみたいに見えるし……」

「なんかたまに微笑んだりしてるね。魔法で何かが伝わるものなのかな」

「そう言う伝承魔法みたいなのがあったら凄くかっこいいな


 シズクとエドワルドが気の抜けるような会話をしばらくしている間光っていたのだが、やがて力を無くしたかのように数回点滅してその光は消えた。


「これは、随分と面白いものを残してくださったものだ……」


 消えたと同時に意味深な言葉をぽつりとつぶやき愛おしそうにその本を撫でる国王だったが、しばらくしてその本を置いた。その後さらに黙って目を伏せ、しばらく動かず喋らず。

 

「さて……」


 充分すぎるほどの時間をかけてようやく声を出した国王の表情は、被害はなくともドラゴンが出ていたというのにかなり穏やかだ。


「まずはこの本をここまで運んでくれたことに礼を言おう。心から感謝する。この本にはユリシスが国になる前にあった出来事が描かれ、その際に出会った赤い瞳の旅人の話が書かれていた。最後のページにあった紋章は……さらに詳しい内容を紡ぐための魔法であった」


 その昔、飢饉に襲われたまだユリシスと言う名がなかったこの場所に、傷ついたドラゴンがやってきたのだ。村のものは恐れを抱きながらも懸命に食料を集め、必死に治療にあったと言う。

 今ほど魔法が使える人間が少なかったことから、治療のための魔法はほぼ使えなかったようだが、必死の治療によりそのドラゴンは回復することが出来た。


 去り際、ドラゴンはこの地に恵みをもたらしてくれたのだとそこには書かれているらしい。


「事実が伝わっていなかったばかりに恐怖の対象にしかなっていなかったのかと思うと残念でならんな……」


 飢饉に見舞われることがないように、万が一飢饉が訪れたとしても何とか自給自足でしのぐことが出来るようにな豊かな土地の土壌と、生活に困らないように小さな魔法の力を授けてくれたと言う。

 

 その際に発生したのがドラゴンの色のような夕焼けの茜色のようなキラキラした粒子だったようだ。

 さらに力の源として赤い宝石を残した。


 ちなみにその伝承魔法はユリシスと名がつく前からこの土地に住み、その飢饉を乗り越え国王となったものが施した、事実を知らせるための魔法だという。

 

 恩賜された金貨にはめられている宝石は、王家に伝わっていたいくつかあるとても小さな赤い宝石を加工して造られた紅玉で、悪用されれると色が変わるのはそう言ったドラゴンの力の一端だったようだ。


 王という肩書きなどない自分の先祖からの手紙にも似た光がそう言っている、と現国王は真顔でそういう。


「これを長きにわたり保管していてくれた教会には感謝しても仕切れんな……。ドラゴンなどただのおとぎ話だと思って居たと言うのに、この国の成り立ちに深く関わり合いがあったとは……。それなのにあのように子を害するようなことなどに発展してしまった。無知を恥じねばならぬな。して、そこの二人がドラゴンの赤を浴びたのか?」

 

 赤を浴びるとは、あの温かい感じがした粒子のようなものの事だろうか。

 浴びる、という表現が正しいかと言われると否である。いつの間にか漂っていたあの温かく綺麗な色の粒子にしばし包まれ、赤い宝石が目に入ったと同時にそれがいつのまにかどこかに消え去っていたように思う。

 隣にいるエドワルドを見て見ると、恐らく同じようなことを考えていたのだろう。


「浴びた、というよりは包まれた、と言った方が正しいような気がします。その後気がついたら赤い宝石のようなものが足元に落ちてきたので……」

「ほう、そうであったか。あれは赤い瞳の旅人からの祝福で、ドラゴンの力を分けてもらい自身の魔力をより高めるといったものとこの文献にはあるな」

 

 ユリシスにおけるドラゴンの伝承が何故途絶えてしまったのか。各国においてもあまり文献などに残っていない理由は分からないままだが、長い歴史の中で魔法が一般的になっていくうちにドラゴン自身も人々の前に現れることをしなくなって、その祝福の恩恵があった事すら忘れ去られてしまったのかもしれない。

 大事なことをしっかりと後世に伝える術を残してくれた遠い遠い先祖に、国王は心の中でさらにまた感謝した。


「ならば、シズクも魔法が使えるようになるかもしれないって事かな……」

「どうだろうね。なくても別に不自由ないよ?」

「でも移動門とか大変じゃない?」


 国王は目を閉じ自分の先祖に感謝の意を込めていたのだが、不意にそのような会話が聞こえてきた。

 シズクという者は、確か何かの席でロイルドがいずれエドワルドと並び挨拶に訪れることになる人物だと自慢げに話をしていた気がする。


「別に誰かと一緒ならちょっと痛くても通れるし、大体エドワルドが一緒にいてくれるから別に平気」 

「そ、そっか」


 何故か物凄く嬉しそうに照れるエドワルドを見るに、なんというか甘酸っぱい何かを感じてしまったのは国王だけの心に留めておくことにするとして……。


 この国に再びドラゴンがやってきてくれた。

 一番初め、報告によればシズク以外に怪我などをした者はいなかったという。

 そして子供のドラゴンの捜索にも助力し、しっかりと親のドラゴンに子供を返した。さらに今回はドラゴンからの直接赤い宝石を手にする機会まで与えられたとなれば、シズクとドラゴンの間に何かの縁があったのか、はたまた出会うべき理由があったのか。

 

 アッシュやアレックス、シャイロとも臆することなく笑い合っている。

 この国では知らない者はいないと言われる名門セリオン家のエドワルド相手にも自然体だ。

 ロイルドに聞くところによると他にも魔法技師のロイとも仲も良く、セリオン家のベルディエットとの友情も強固。他にも色々癖がある大物とも何故か交流があると言う。


 その理由はわからないが、いずれにしてもドラゴンをも引き付ける何かがシズクと言う人物にあるのかもしれない。


「陛下?」


 ぼーっとしていると思われてしまったのだろうか。

 そう言うわけではないのだが、とりあえず誤魔化すように咳ばらいをして何でもないとアレックスに告げる。


「何というか、シズクという人物は何とも不思議だな」

「えぇ、不思議ですが……、シズクの屋台で食べる食事と弁当は絶品ですよ」

「ほぅ。それは足を運んでみなくてはいけないな」

「大変申し上げにくいのですが、市場が混乱しますので自重ください」


 アッシュと話をしている間も、国王である自分の前でも自然体でエドワルドとシズクはまだ二人で何かの会話で盛り上がっている。

 初めはそれなりに緊張の面持ちでいたはずだが、今はかなり自然体に思える。


 かなり肝が据わった人物か……。


 聞こえてくるエドワルドとシズクの屈託のない笑顔と楽し気な笑い声。さらにドラゴンの恩恵まで受けたのであれば悪い人物ではない事だけは間違いなさそうだと、国王が一人思っていると、置いていた本のが風もないのに、何かを訴えるようにはらりはらりとめくれた。


『あぁ、悪い人物では絶対にない』


 遥か昔の自分の先祖が、笑いながらそう言っているように国王には思えたのであった。


お読みいただきありがとうございます。

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