75.赤い瞳の旅人
シズクとエドワルドが赤い宝石のようなものを持って教会に入った頃、城では王城の安全を確認した後ドラゴンの鱗と金色に輝く何かの調査に、近衛騎士団とシャイロが乗り出していた。
「鱗はこんなにも輝くものなのですね……」
以前見つけたものとは比べ物にならない程の艶と輝きにシャイロの興奮は高まりっぱなしである。一緒に落ちていた金色に輝く何かだが、砂金と呼ぶには語弊があるほどの大きさだ。そこそこの重さがあるのか風が吹いてもどこかに飛ばされることなく近衛騎士団員に丁寧に拾われていく。
「団長。見た目だけで判断できませんが、恐らく純金かと……」
こそりとアッシュに耳打ちだけして、アレックスがさっとその場を離れた。聞こえないふりをしてくれたのかどうかはわからないが、シャイロの話は他の話題へと移っていく。
「手元にある文献にはあまり詳しい話は書いてないですからね……。もしかしたら教会なんかで残っている記録などがあるかもしれません」
今手元にある文献には城や教会に、とある。
王家や城に残っていた文献があったのだから、教会にもこういった話を伝える逸話や本などが残っていたりしないものだろうかとシャイロは考えたわけである。
「確かに今のままでは手詰まりですし、行ってみてもいいかもしれませんね」
アッシュがそう答えると同時に、近衛騎士団の団員の一人が急ぎ過ぎてアッシュの足元に転がるように飛び込んできた。酷く焦った様子で報告を始めた。
「街外れの教会近くにどうやらドラゴンが現れた模様。この間の親子かと思われます。それからこちらでは見られなかった現象を確認しています」
「現象?」
「はい。現場でドラゴンが何かを落とした後、一か所だけ虹色のような茜色のような何かに覆われ、しばらくののちに霧散。特に何かに影響したかどうかは未確認です。またエドワルドがどうやら街外れの教会に入っていた模様であります」
エドワルドはシズクを追って飛び出していったのだ。一緒にシズクがいたと思って間違いないだろう。
アッシュは考えを巡らせる。
現場近くにエドワルドがいたならばその場で起こった現象を説明できるかもしれない事。元々教会に残っているかもしれない文献を探そうとしていたので文献については空振りに終わったとしても、とりあえず何も情報を得られないと言う最悪の事態だけはなさそうだと、直接街外れの教会に足を運ぶことに決めた。
城の外壁にあるドラゴンの鱗も砂金よりもかなり大きな金の粒もすべて回収できたあと、アッシュはシャイロを残しアレックスと数人を伴って街外れの教会に向かった。
街の中は、警ら隊の活躍のおかげで外に人がいない。
ドラゴンが空を飛んでいるのを見た者はいないだろうと思うほど、びっくりするほどに現在人っ子一人いない。
おかげで街の中を早く移動することが出来てありがたかった。
「すみません。近衛騎士団 団長のアッシュと申します」
教会に到着してすぐ、教会の隣にある牧師館のドアをアッシュはをノックする。
しばらくしてようやく中から少年が出てくると、大きくドアを開けてほっとしたような顔で教会に訪れた近衛騎士団員を出迎えてくれた。
「アッシュ団長、皆さま。ようこそいらっしゃいました。何か急用でも?」
「急用と言うか、特に変わった事はありませんでしたか? この近くでドラゴンが確認されたという情報があってこちらに伺ったのです。それとうちのエドワルドがお邪魔しておりませんでしょうか?」
あぁ、それなら……と少年が言い終わる前に、探していた当人たちが何とも楽しげな様子で子供達とキッチンから出てくるではないか。
「あ! アッシュさんこんにちは」
ドラゴンが出たと言うのに随分と緊張感のない、と思いはするが子供達がいる手前お小言は言えない。
シズクが微笑みかける中、緊張感漂うアッシュとエドワルドの間で、そっと服の裾を引っ張る子供が一人。
「あの、みんなでおやつを作ったのでよかったらいっしょにたべませんか?」
確かにふんわりと甘い香りが漂っていて、アッシュの服の裾を引っ張った子供の鼻の頭にうっすらと白い粉が付いているのが可愛らしい。
「あまいものをたべていっしょにおちゃにしたら、げんきになりますよ?」
へにょりと嬉しそうかな笑う子供の笑顔を見て、アッシュは眉やこめかみの力が緩むのを感じた。今の今までドラゴンのことで緊張していたのだから当たり前ではあるが、この子供達の笑顔で緊張感は保持したまま少しだけ心に隙間ができて余裕を取り戻せた気がする。
「そう……、ですね。ご一緒してもいいでしょうか?」
「はい、もちろんです! やったー」
子供達が入ってきた近衛騎士団員の数を数え、椅子とテーブルを整え始めた。
思ったよりも積極的な行動に驚きを隠せないアッシュだが、促されるまま席に着くとエドワルドがアッシュの隣に座った。
「すみません。俺後先考えず飛び出してきちゃって」
「仕方ありませんね……。次はありませんよ」
「次は次はと言いますが、エドワルドは常習犯すぎますからね……。甘やかしすぎてはいけませんよ」
アレックスの一撃を受け流しつつ、エドワルドは二人に事の顛末を話し始めた。
「キラキラしたのが辺りに漂っている時はなんだか少し暖かいぐらいで、その後体に何か変化があったと言うわけではない、と思います」
「歯切れがあまりよくありませんね」
城を出てからシズクと合流した後の事は何とも謎ばかりである。
体験したことに関しても全く何籠凝ったのか不明だ。
ドラゴンがいったい何をしたかったのか、残していったものはなんだったのか。
あれもこれもどれもそれも……全く分からないのだ。
「あぁ、ただドラゴンが落としていったものに関して神父様が何かで読んだことがあるかもしれないと言うので探していただいているんですよ」
「ドラゴンが何か残していったのですか? 城には鱗と金粉のようなものを残していったのですがこちらにはなにを?」
アッシュがエドワルドに聞くと同時に、子供たちがテーブルに皿を並べ始め食べるおやつを食べる準備を始め、話は一時中断。シズクがおやつを運び入れてくる。
先ほどの甘い香りの正体は、ドーナツのようだ。
丸や三角四角、ハートや良く分からない形のものまでさまざまだ。この国のドーナツと言えば真ん丸で油でしっかり揚がったものが主流だが、目の前にあるもののように真ん中が空洞になっているものをアッシュはあまり見たことがなかった。
「ほそながくして、かたちをつくるの、たのしかったの。アッシュさまはおほしさま!」
ニコリと笑った少女がアッシュの前にある皿の上に星型のドーナツを乗せて満足そうにし、隣のアレックスの横に移動している。アレックスの皿に乗せたのは三角のもののようだ。
祈りの言葉を終えそれぞれが味わうようにゆっくりと食べ始め、半分程食べ終わったころ神父が古い本を片手に食堂に入ってきたのが見えた。
「アッシュ様、いらしていたのですか。お迎えできずに申し訳ございませんでした」
「いえ、こちらこそごちそうになってしまって申し訳ありません。実はこの辺りにドラゴンが現れたと聞いて出向いたのですが何か被害はありませんでしたか?」
ここへ来た理由のである、ドラゴンの被害についての話をしなければとアッシュは神父に聞いてみるとエドワルドとシズクを呼び持っていた本を置く。古文書といってもおかしくないぐらいの古さに見える。
「御心配頂きありがとうございます。こちらには何も被害はありませんでしたのでご安心ください。それからこちらなんですが……」
神父は手に持っていた本のめくり始めた。
「この本は神の御業が書かれているわけではなく、この教会に伝わる日記のようなものなのですが……。その中にこの絵と文章があったのを思い出しまして」
その本によると、この場所がまだユリシスと言う名前でなかった頃からこの教会はあったようだ。
枯れた土地を何年もかけて開墾しようやく人が集まり始めた頃、天候不順が大層続き食糧危機があった。井戸の水も干上がり、田畑には作物が実らず、かなり食糧事情は良くなかったこの場所に一人の旅人がこの場所にやってきた。
その旅人は赤い瞳の大層大柄な男であったが、何かから受けた大きな傷が背中にあり大層弱っていた。
ここにいた人たちも折からの天候不順で作物もあまり育たず、自分達が食べるものもままならぬと言うのに、その赤い瞳の男に食料を与え介抱した。
懸命な看病の末、赤い瞳の男は元気を取り戻してまた旅立っていったと言う。
「この場所を立ち去る前に、丸い赤い宝石のようなものをこの場所の人達に残していったと記してあります」
挿絵には赤い宝石を見つけた時の様子が描かれている。
大勢の人達が笑顔で赤い宝石を掲げ、旅人に感謝している様子がうかがえる。ただ何故こんなにも感謝しているのかは書かれていない。
「描かれていることはおとぎ話のような内容ですが、教会が代々守ってきた書物の中にあったわけですからただのおとぎ話であるとは言い切れません」
「これに関する解釈はあるのでしょうか」
「この書物に関しては、赤い瞳の旅人への感謝を忘れてはいけない事だけ伝えられていますが、詳しいことに関しては不明ですね」
ゆっくりとめくるが、大切に扱ってきたであろう書物の最後のページが剥がれて、その内側に何か文字と何かのマークが書かれているのを丁度片付けに回っていたシズクが見つけた。
「ここ、なんか書いてあるみたいですけれど……」
シズクも覚えている最中ではあるのでこの文字とマークの意味はシズクには全く分からない。しかしこの本の作成や伝来についての手がかりになるようなものが書いてあるかもしれない。これを読むことが出来れば、何故赤い瞳の旅人に感謝しているのかが見る人が見ればわかるのではないかと声をかけると、それを目にしたアレックスの眉間に深い皺が刻まれたのが見えた。
目頭を押さえて口を真一文字にしているのでシズクは自分が何かおかしなことでも言ってしまったのかと思ったがそうではないようである。
「これは、あれですよ、アッシュ団長」
ここだと言うように、指で見て欲しいあたりを指差しアレックスは眉間の皺を指で伸ばしながらもその場所をアッシュに指し示す。
「なんでそんなにはっきりしない物言いなのかな……。どれどれ……」
今度はアッシュの喉から普段は絶対に聞かないような、驚きでヒュッと息を吸い込む音が聞こえるではないか。一体何事かと、アレックスが指差した当たりを見ても全くシズクにはわからない。
「やれやれ、あなた方は一体私達を何度驚かせてくれたら気が済むのやら……」
そういって小さく指を鳴らし銀色にキラキラと光る伝書用の魔法を発動した。
送り主の元へ向かったのだろう。ふわりと目の前で空気に溶けるように見えなくなる。
「さて、私達はそろそろお暇しましょうか。あぁ、アレックスは先に向かっていてください。シャイロン様が城でまだ何かしていたら一緒に連れてきてくれると嬉しいな」
小声でアッシュがアレックスに伝えると、承知しましたと小さく頷いて先に教会を出ていった。
それを見送りながら、エドワルドは先ほどの伝書用魔法について考えていた。
以前国王に支給の連絡を取る際にアッシュが一度だけその伝書用魔法を使用したことを見たことがあった。通常は白い伝書用魔法だが銀色のその伝書用魔法は軍事意外で緊急に王族に知らせるべき案件で使用するものだったはずだ。
さらに王族にしか開封できない。それを送るきっかけになったのは赤い瞳の旅人の話の本の一番後ろにある何かを見てからだった。文字については何が書いてあるのかは全く分からなかったが、一つだけ、この国の国王だけが使える封蝋印に似ていたような……。
ぱっとアッシュを見上げると、笑顔でエドワルドを見ている。
「アッシュさん達はもう帰ります? ドラゴンはもう大丈夫なんでしょうか」
「恐らく問題ありません」
周りにいる子供たちはその文字とマークについては見ていない。
しかし、話の流れから神父は何となく気が付いたかもしれない。そっとその書物をアッシュに託し神妙な面持ちで頷いた。
エドワルドはと言うと、何を送ったのか、どういう事なのかははっきりとは分からないが先ほどの伝書用の魔法の送り先が国王であることとこれからそこに赴くのだという事だけは理解できた。
「ほら、エドワルド、シズク。行きますよ!」
「え?」
仕方のない事ではあるのだが、状況が全く理解できていないのはシズクだけであった。
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