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72.具沢山サンドイッチ

  収穫祭まであと少しとなった今日、ユリシス上空に大きな影が二つ目撃された。

 それは青い空と白い雲に映える燃えるような赤。


-ドラゴンだ!!!!-


 すぐさま近衛騎士団と魔術師団が集められ、ユリシスを守るための会議が開かれた。


「あまり時間はかけられない。何かあった場合どう防衛するか、どう攻撃するのか、撃退だけにしておくのか……」

「難しい所ですね。実際迎撃したとしても魔法も物理攻撃もどれだけドラゴンにダメージを与えることが出来るのか、未知ですから」

「そうは言っても民の命を守るためには、何かしらを講じなくては!!」


 いくら話をしたからと言って答えなど出るわけもなく、話は堂々巡りだ。

 近衛騎士団長のアッシュは浮足立つこの会議室内を、少しでも落ち着かせようと温かい茶と軽食を持ってくるように指示を出して、周りの意見にひたすら耳を傾ける。


「みなさん、お腹が空いていてはこれからの先が読めない戦いに勝つことなどできませんよ。さあ、少し落ち着きましょう」


 出てきた食事はローストボルス肉が挟まっている、思ったよりも豪勢なバケットサンドだ。


 会議に参加していたエドワルドもなかなか躊躇して手を出せない中、魔術師団団長のフィンドレが重い腰を上げて立ち上がった。


「まぁ、あれだな。時間はないから今のうちに少しぐらいは食べておけよ」


 締まりのない台詞ではあるが、魔術師団長直々のお達しにぞろぞろと人が動き出す。


「シズクのところの弁当買いそびれちゃったんで……、今日はこれで我慢します」

「本当にエドワルドはあの子が好きすぎるね」


 微笑ましいことこの上ない。

 からかったつもりのアッシュだったが、口を真一文字にしながら何やらもごもとと言うエドワルドを見ると、青春だな……と甘酸っぱい気持ちになってつい口元がほころぶ。


「ごほっっ。それはそうと、どうですかね。目撃されてか見張りをしているわけですけれど……。今の所特に何かするわけではなくユリシス上空をしばらく旋回した後一旦南へ。また戻って来ては北へ……。ウロウロと一体何が目的なのでしょうか」

「何がしたい……か。ドラゴンには意思があってそうしていると?」

「子供が攫われて取り戻しに来るぐらいですから、何かしらの意思はあると思うんですよね」

「意思ですか……」


 からかわれているとわかってもそれはそれで恥ずかしいものの、今は仕事なのだと言い聞かせて話を続けていく途中、アッシュが考え込むように黙った。

 

 周りががやがやと雑談しながら食事を取っているのが聞こえる中アッシュはカップを持ったまま、口をつけずにじっと中にあるお茶を見つめたり、急に足を組み替えたりしながら一人考えを巡らせているようだ。


 エドワルドもフィンドレもアッシュが喋り出すのをじっと待つ間、扉が開いて数人人が入ってきた。その中に大量の本や資料と大きな籠のようなものを持ったシャイロの姿が見える。

 エドワルドがシャイロに軽く会釈すると、シャイロも気が付いて眉を寄せて少し困ったような笑みを浮かべ手を軽く振って挨拶を返してくれた。


 シャイロが呼ばれたという事は、ドラゴン絡みであることはもちろんだろう。

 持っている資料が大量なのは何か今回のドラゴン飛来に関する有益な情報を探している途中だが、こちらに呼ばれたのか、それともその中に当てはまる事例が存在したのか、と言ったところだろうか。


 エドワルドはようやくバケットサンドを口に入れると、ジューシーなボルス肉のローストが口いっぱいに広がるのだが……、他に入っている具がほんの少しのみじん切りのケーパのみ。

 ローストされたボルス肉の美味しいし、バケットも十分美味しい。美味しいと美味しいが重なっているのだからもっと美味しいになるはずだ。しかしバケットサンドではないがシズクが作ってくれるサンドイッチも、今日出てきたこのバケットサンドと同じようにシンプルなものもあると言うのに、この物足りなさはいったいなんだ。


 シズクが作るものは、さらに何か美味しくなる秘密がいつも沢山隠されている。単純でシンプルな料理のように見えるものでも、丁寧な下ごしらえや絶妙な味付けで心も豊かにしてくれるのだ。

 

 じっと手元のバケットサンドをもそもそと口に運び入れていると、シャイロがエドワルドのそばにやってきて、先ほど手に持っていた籠を机の上に丁寧な仕草で優しく置く。


「私、偉いのででちゃんとお使いできましたよ。シズク」

「シズク?」

「ふふふ。実はこちらにお邪魔する前にシズクの店で食事を取ったのですが、城に向かうと伝えたらエドワルドがいたら渡して欲しいとお使いを頼まれたのですよ」

「ありがとうございます」


 シズクが自分のためにと持たせてくれたのだと思うと、やり切ったぞと言った感満載のシャイロにエドワルドは形ばかりの礼を告げその籠の蓋を急いであける。


「あ……」


 ふんわりといい匂いが香る。


 立ち上がって中を見ると、唐揚げとポテトサラダがまずエドワルドの目に入った。彩りを気にしているのかブロッコリーやアスパル、ポルダルムも一緒に入っている。

 メインはサンドイッチだ。

 エドワルドも大好きなシズクが作った卵のサンドイッチと、その隣には……。


「凄い具沢山なサンドイッチだけど……」


 小さくいただきますとと呟いて、所見のサンドイッチにエドワルドは手を伸ばす。


 口に入れると、すぐに鳥肉だとわかった。

 唐揚げに使われる部位とは違うのか脂身は少ないのだが、何故かしっとりとした口当たりで少しのパサつきも感じられない。鶏肉の他には薄いチーズ、そしてケーパの薄切りとキャベツの千切りが入っており、辛みのあるソースが食べ進めると癖になってくる逸品である。


「具は多分適当に配置してるんだと思うんですけれど、食べてみると実は計算されてるんじゃないかって思えるほど絶妙に旨いんですよね……。やっぱりシズクはすごい」


 手を伸ばしてきたアッシュからシズクの弁当を死守するように籠ごと抱き込むと、シャイロが何を考えたのか勢いよく立ち上がった。


「もしかしたら……、あ、あぁ、もしかしなくてもそうなのかも……」

「ちょっ、どうしたの急に」

「急にではありません。今回のドラゴンの挙動についてですよ!」


 全然話がつながらないのだが、もしも考えていることが具現化したら頭の上に大きなクエスチョンマークが出ているであろうエドワルドを置いてきぼりにしつつ、シャイロは話し出す。


 今回の件、急にドラゴンがユリシスの上空を旋回しながら飛行し、おもむろに降りたり一か所を旋回し特段何かするわけでもなくどこかに飛び去りまた戻って来ては……を繰り返す謎の行動についてである。


 先ほどまではただ旋回して疲れたから降りたって休んでいた。と思われていたのだが、飛行ルートをエドワルドが目でなぞると……。


「あ……」

「王城、王家歴代の墓、古い教会、ですね」

「その通りです!」


 ユリシスの地図にドラゴンが飛来してから旋回した場所、降り立った場所にシャイロが目印を置いていくと全員の目にはっきりとその場所の名前が明らかになる。

 しかしそれがいったい何だと言うのだろうか。


 するとそれを面白そうに見てからシャイロは持ってきた文献の一つを広げて言う。


「過去の文献を見て見ると、龍の恩返しのような逸話がいくつか見つかりました。その逸話の恩返しをする先は王家や教会でです。そして大体が傷ついたドラゴンを助けた後、友好のしるしとしてドラゴンの鱗と金銀財宝を贈られその後その土地は栄えたとあります」

「しかし、あくまで御伽話のような古い文献の話で信憑性はあまりないのでは? 実際それで栄えたとされる国や宗教に教会などは実在していませんし……」

「確かに。しかし逸話として残っているという事は、ドラゴンが何かを人間に与えその結果得るものがあったのではと、私は思いま……」


 シャイロが話をしているその途中、城がミシミシと音を立てて揺れ、何か落ちてきたような大きな音が鳴り響いた。


「な、何事だ!!」


 今までに聞いたこともないような音を立て、強固で防衛の要とも言える国の象徴たる王城がこんなにも揺れたことなど、アッシュが就任してからは今まで一度もなかった。


 今まで気が付かなかったがこのタイミングで敵国の襲撃であったなら、と嫌な予感が頭をよぎる。


 するとドラゴンの見張りをしていた近衛騎士団員の一人が、この部屋に転がるように飛び込んできた。


「あ、あの!! アッシュだんちょ……、おうじょう……に、あ、ど……」


 かなり焦って何から話していいのかわからないし、喉が張り付いているのかうまく喋ることもできなさそうなので、取り急ぎ落ち着いてと同僚の背中を撫でながらエドワルドは冷たい水を渡す。

 ありがとうと頭を下げ、一気に飲み干す。


「失礼いたしました。数刻前、城の見張り台からドラゴンを確認。同じように旋回を繰り返したかと思うと、おもむろに……」


 城に体当たりしたかと思うと、もう一度飛び上がり何かを落としていった。

 それを確認するために急いでその場に確認に向かうと、体当たりした城の壁面にドラゴンの輝く鱗が数枚挟まっており、その下の辺りが金色に染まっていると言う。


「古い文献、そのまま、ですね」


 信じられないといった風にシャイロは小さくつぶやいた。

 なかなか見つけられなかった超神話級の話が、今目の前にあることに興奮して今にも飛び出して確認しに行きそうなのをアッシュが止めた。


「安全かどうか確認してから、です。あなたは一応他国の王子なのですから、むやみやたらに危険かもしれないところに勇み足で進むことはお勧めしませんよ」


 ぴしゃりと言われると、流石のシャイロもバツが悪そうに頭を掻いて苦笑いしながら椅子に座る。

 大きく揺れはしたが特段大きな被害があったわけではない。これから安全を確保したのち調査すれば問題ない。


「それと団長。ドラゴンなんですけれど……、さらに下街の方に飛んでいって何か光るものをいくつか落とした後東の方角へ飛んでいきました! 報告は、以上であります!」


 下街と聞いて、今度居ても立っても居られなかったのはエドワルドだ。


「ちょ、おい、エドワルド。ダメだって」

「シ……シズクの無事を確認してくる」


 それを聞くや否や小さくつぶやいて、ロッサムが制止するのも振りほどいてエドワルドは城下に向かって走りだした。

お読みいただきありがとうございます。

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