71.花飾り
市場の朝は早い。
そこで働くもの達の朝はさらに早い。
花屋のヒューイが朝詰みの花をワゴンに華やかに飾るように置き、今年の収穫祭で売る押し花のしおりを作る準備を始めたのを横目に、シュシュリカマリルエルが鼻息荒く靴を慣らして道の真ん中を歩いてくるのがシズクから見えた。
そして、脇目もふらず一直線にやってやってきて何も言わずに椅子に座る。
「お水をちょうだいっ!」
と口を尖らせてシズクに水を要求すると、鞄からネタ帳を取り出すだけ取り出して屋台の上に置いた。
「収穫祭のネタ?」
「ネタとか言わないでよー」
コップに水を入れて渡すと、シュシュリカマリルエルは一気に煽る様に飲み干す。
「去年、凄く売り上げが良くってさ、その後もぼちぼち売れてはいるんだけれどね。さすがに他の人も作り始めるじゃない……」
昨年の収穫祭の時に劇的に売れたシュシュの事である。
さすがに一年ほど経てば著作権のようなもののないこの世界では、そりゃ売れるとわかれば他の人も作って売り始める。シュシュリカマリルエルの作るものは綺麗目の生地を使いながらも普段使いできるものが多いが、最近はリボンだけでは飽き足りず高級な布で作られるもの、かなり派手な宝石をつけているものなども売られているらしい。
「そっか。まぁ、流行ったら流行ったで大変だよね」
「真面目に考えてよ……」
「そんな無茶振り困りますけどー」
あーんとわざとらしくウソ泣きをしながら、屋台に並んでいる総菜をちらちら見ながら選び始めたようだ。
「シュシュはやめて違うの考えたらいいんじゃない?」
「そんな簡単に言わないでよ。デザイン考えたり作る時間だって必要でしょ?」
「去年はぱっと閃いてすぐ作ったし、何なら足りなくてその場で作ったりしたでしょうよ」
「それは、そうだけどー」
腑に落ちないのだろう。口を尖らせながらもお腹もすいているのか、これとこれと……とシュシュリカマリルエルは朝食を選んでいく。
今日シュシュリカマリルエルが選んだ朝食は、ぺスカのおにぎり二つとサルモーの味噌漬け、卵焼き。そしてシュシュリカマリルエルの大のお気に入り、アポの実とポルダルムとチーズをワサビと醤油であえたものである。
準備するとすぐにおにぎりに手を伸ばし、腹を満たしにかかる。
やはりお腹が空いていてはまとまる考えもまとまらないというものだ。
ここでシズクは先日エドワルドと考えた、シズクの屋台で出す予定の一品をシュシュリカマリルエルに食べてもらおうとメイスの準備に取り掛かる。
もうすぐ秋だとは言えまだまだ熱く、この前油を使った時に随分と熱かったので今日は秘密兵器を使う事にしている。
少し邪魔になりそうな髪の毛を一本にまとめ数回ねじり、持ってきた棒を挿しぐるりと回して……。
チリン、チリン……。
シズクが持っていたのは、リグの工房にあった丁度いい長さの要らない棒である。
それをかんざしに見立てて顔の両サイドの髪の毛をスッキリまとめただけである。
その棒の先に穴を開けてもらい、鞄の中でも行方不明にならないよう音が鳴るように鈴と、小さなリボンを付けた。
「シズク……、それ……」
「これ? 『かんざし』っていうんだよ。故郷では簪を男性から女性に贈るとね、一緒にいたいです、とか、一生守りますって言うプロポーズになるとかないとか」
「何それ、ロマンチック!」
「まぁ残念ながら自分用のしか買ったことことないけどねー」
残念ながらなかなかそう言った対象として簪を贈られたりするような人生を送っていなかったのだが、旅行に行った時に髪も短いのにノリと勢いだけで買った事があったなぁと、シズクはエリとの思い出がよみがえってきた。
別に嫌な思い出ではないのだが、会えないとなるとセンチメンタルな気分になってしまうものだ……。
「ユリシスにはこういった髪飾り、確かに見ないね」
「シュシュが流行った時に、一瞬ヘッドドレスとかカチューシャも再流行になるかもーって思ったけど、結局シュシュの方が売れちゃったからなー」
「貴族の人とかは?」
ベルディエットと会う時は、と思い出してみたのだがそう言えば特に髪飾りなどは付いていないイメージだ。舞踏会などでどういう髪型をしているかはほとんど知らないが、自分と一緒にいる時は小綺麗にまとめているな……、という感想になるぐらい質素で飾り気はないが清潔感のある髪型をしている。
「ユリシスの貴族は髪を結ってヘッドドレスとかティアラは付けるぐらいかな。アタシの故郷だとお祭りの時とかだと……、ちょっと待って、アタシ、凄いいい案を思いついたかもしれない!」
何かピンと来たのか、シュシュリカマリルエルは急にデザイン画のようなものを書き始めた。
おにぎりにかぶりついて、書き続ける。
お行儀が悪い、なんていうのがはばかれるほど目は輝き集中しているようだ。
シズクはそのまま書き終わるのをじっと待っていると、シュシュリカマリルエルの後ろをたまたま通ったヒューイがそのデザイン画を覗き見た。
「ヒューイ! ダメだよ。邪魔しちゃ」
「邪魔なんてしてないって。ちらっと目に入っちゃっただけ……なんだけど、おいおいこれは……」
いくつか書き終わったのか、シュシュリカマリルエルはパッと顔を上げてそのデザイン画をシズクに見せる。
「えっと、アタシの故郷のお祭りでつけてる花飾りがあるんだけど、ユリシスだとなかなかハードル高そうだから、お花を編み込みできるヘッドドレスが作れたらと思ったんだよね。このあみあみのところにフラワーアレンジみたいに花を飾るのとか良さそうかなって思った!」
あれだ、生花の髪飾りだ。
結婚式なんかで見るものと少し似ている気もするが、どちらかといえば南インドの花飾りの方が近いだろうか。どちらにしても新しい形のヘッドドレスだ。
「で、こっちがさっきシズクが言ってたかんざし? の先にね、こういう色々な飾りをつけたら良さそうだなって思って!」
毛糸で作った花をつけたり、布で造花を作ったり、シンプルにも豪華にも出来るのがいい所だと思うとご満悦な顔のシュシュリカマリルエルの肩を、ヒューイがぐっとつかんだ。
「お嬢ちゃん。この頭に付ける飾りに使う花はうちの屋台でアレンジするって言うのはどうだい? 自慢じゃないが花束を作るのは得意なんだ」
これが商機と思ったのか、ヒューイの売り込みが始まった。
「自分の好きな花で、可憐に自分を彩るなんて……最高じゃないか!」
「そう! 可愛いは正義!」
絶対にこのユリシスでは聞くことなどないと思っていた台詞が、自分の友人の口から発せられてびっくりしたシズクであったが、ノリノリの二人は留まるところを知らない。
「こっちのは生花でも出来るけれど、こういうデザインにして布で作ったりしても豪華になるかもしれないな……」
「それはいいですね!! 生花っぽく見せるのも良いし、逆にサイケな柄で思いっきり大きい飾りを作っても良さそうです」
シュシュリカマリルエルとヒューイが話を詰めているので、先ほど中断した料理の再会をするべくシズクはそっと熱された油にこの間作った手順通りにメイスを沈ませると、小気味よい音と共に甘い香りが辺りを包んだ。
その匂いに集中が切れてしまったのかシュシュリカマリルエルとヒューイの会話が途切れ、屋台の中で美味しくなるためにパチパチと音を立て、ほんのりと甘い香りを放つそれに目が向いた。
「シズク、そのちょっと良く分からない感じだけど美味しそうな匂いのそれはなにかな?」
特にシュシュリカマリルエルの嗅覚は、その揚がっている何かは絶対に美味しいはずだと直感で感じているようで、持っていたペンを一旦置き、じっと油の中を見ている。
「メイスを揚げてるんだよ」
「メイス!!?」
「最近貴族の中で流行ってるっていう噂の、眉唾のスープだろ?」
貴族で流行っているのは知っているが、あくまで上流階級での話で本当か嘘かもわからない。ひとも食べることが出来るとわかってはいても、一般的にはまだまだ家畜用の飼料穀物のイメージから抜け出せていないのが分かる二人の反応ではある。が、この美味しそうな香りからは逃げることが出来ないようだ。
カラリと上がったメイスに、エドワルドが食べた時と同じようにバター醤油で軽く味付けをして二人に出す。
一度メイス揚げをじっと見つめた後駄目押しでバター醤油と甘い香りが鼻先を直撃したのか、まっすぐに手を伸ばして口に入れる。
今日の分は、混雑した収穫祭でも食べやすいようにと思って気持ち小さく切って揚げている。
揚げても多少の芯の固さが気になる人もいるだろうからと、色々と改良を重ねてた結果小さく切ったら芯ももう少し食べやすくなったのでそれを試してみることにしたのだ。
続いてヒューイも口にぽいっと入れ、数回咀嚼した後すぐにまた口の中に入れる。
沢山揚げたわけではないにしても、実際に出そうと思っている二人分ぐらいを出したつもりだったのだが瞬殺で無くなってしまったのにはシズクもびっくりである。
「これはね、去年と同じことになるよ。メイスっていうとなんかほらちょっとあれだけど、それを超えて美味しい」
「本当にメイスかって言うほど旨いな。って言ってもちゃんとメイスを食べたことなかったから、こんなに旨いってわかってればもっと広まるんじゃないか?」
去年は甘芋や百日芋を使って大盛況だったし、かき氷もかなりいい感触だった。
同じようにポテトチップスとかき氷を求めてまた来てくれる人もいるかもしれないが……。
今年の収穫祭も、新しい美味しいを食らわせてやるぜ!お見舞いしてやるー!!
エドワルドのみならずこの二人の好感触に、気持ちも新たにそんなことをシズクは思った。
おかわりがない代わりに、食後にメイス茶を出してあげるとシュシュリカマリルエルとヒューイの二人は、がっかりしながらもまた収穫祭に向けてお互いの意見をぶつけ合いながら話を続けるのであった。
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