70.揚げメイス
「今年は……」
朝と夕方は少しだけ涼しい日も増えてきた。
もう少し先だが、油断しているとすぐにやってくるであろうイベントに思いを馳せていると、楽しそうな声がシズクに向かって聞こえた。
「今年の収穫祭?」
「うん。今年は何にしようっかなって思ってて」
相変わらずまめに店に足を運んでくれるエドワルドが、優雅に食後のお茶を飲んでいる。
今日のチョイスは枝豆のおにぎり、サルモーのホイル焼き、甘芋のほくほく甘煮、具沢山味噌汁である。
「サルモーのホイル焼きは野菜もキノコも入って結構ボリュームあったでしょ?」
「うんうん。サルモーの油をポルダルムの酸味でさっぱりと食べられるけど、やっぱりお腹いっぱい」
幸せそうに語るエドワルドのカップに、シズクはメイス茶をつぎ足しながら無意識に口角が上がる。
秋の収穫祭。
去年は大盛況で大変だったが、とても楽しい経験だった。お祭りは前世からも大好きだったし、そのお祭りで自分の作ったものがみんなの笑顔につながったのだと思うと、シズクはさらに嬉しか思った。
今年も何か美味しいものでみんなを笑顔にしたい!
そう思うと、シズクは今からメニューを考えずにはいられなかったのだ。
「エドワルドは新しいメニューのものの方がいいと思う?」
去年はシュシュの販売や商品の目新しさもあって凄い列になってしまい、エドワルドに屋台を手伝ってもらった。エドワルド効果もあっての大行列でもあったかもしれない。
「んー。俺、基本的にシズクの作る食べ物なんでも好きだからなー。なんでも美味しいし」
「うちの店の一番の常連さんだもんね」
「へへへ」
何故か照れて頭をかくと、うーんと唸って何か閃いたように目を大きく開いた。
「あ! メイスの焼いたやつはめちゃくちゃ美味しかったから、あれが屋台で並んでたら買っちゃうかも」
「焼きメイスかー」
メイスは最近スープとして飲まれ始めてはいるが、まだまだハードルが高いようでシズクの店以外で使うところはほぼないに等しい。
「人気の食材ではないしね……」
「まぁ、俺も食べるまではこんなの美味しいなんて思ってもみなかったからなー」
さらに前世でももちろん焼きとうもろこしの屋台はあったが、芯の部分のゴミが結構出ていたはずだ。ゴミ箱に結構入れてあったし、なんならポイ捨てもそれなりにあった気もする。
ユリシスの収穫祭ではかなりのゴミ箱が設置されて、祭りの間もかなり綺麗に保たれていたのだがゴミは少ないに越したことはない。
「ゴミかー。確かに芯の部分はかなりの猛者じゃないと食べないよね」
「いや、猛者でも普通食べへんて!」
エドワルドの不意打ち真面目顔からの渾身全力ボケに、シズクも渾身のツッコミをいれる。
「細かくしてスープにしたり出汁としては使えるんだけど、流石に硬過ぎるんだよね」
「そりゃそうか。流石の俺も食べないもん。あ、あれは? 前に食べたハジけるやつ。えっと……、ぽっぷこーん、だっけ?」
そう言えばシャイロが持ってきたメイスの爆裂種。マッシュルーム型で確かにお祭りにはいいかもしれない。メイスの原型はとどめていないし、上が開いた容器では風が強いと飛んでしまって大変だが、袋に入れてもいい。遊園地にあったポップコーンバケットのような蓋つきの容器と一緒に、お土産感を出して売り出すのもいいかもしれない。
「入れ物も一緒に売るってこと?」
「そうそう。あとで物を入れて、例えば宝物入れとかにできるような感じがいいかも」
「宝物って?」
人によって宝物は違うと思うが、例えば大好きな人形や積み木、お気に入りの小物入れにしてもいい。シズクは小物入れの他には文房具を入れたりしもしていた。
「別に用途は決まってないけど、容器を綺麗に洗った後にどこかに飾ってね。今年の収穫祭楽しかったな〜って思い返せるだけでもいいかなって」
「それも良いけど、その容器はどういうので作るつもり?」
「確かに……」
シズクがイメージしたのはプラスチック容器なので蓋をつけることが容易な気がしていたのだが、ここにはプラスティックはない。しかしここユリシスは紙の普及率がことのほか高いので安易に手に入る。そうすると考えられるのは紙の容器か。
「うーん……」
「確かに仲に宝物を入れたりするのは難しいかもしれないけど、なんかこうさ、内側に油を吸いにくい紙を入れて外側はなんかいい感じの絵柄の紙を使ってお祭り感だしたらどうかな」
「……エドワルド、それいいかも!」
えへへと照れるように頭を掻いたエドワルドだったが、本当になかなかいいアイディアだとシズクは感心していると、はたと少し伺うようにしてエドワルドが口を開いた。
「そう言えばさ、全然関係ないんだけどこの間ロイとアッシュ団長が一緒に出勤した時に、ロイがタートルネック着てきたって話したことあったと思うんだけど……」
そう。あの呼び出された翌日、アッシュはロイをともなってご機嫌で城に出勤したと聞いたのだ。体調が悪かったはずのロイだったが、翌日元気になってよかったと思ったのだが……。
「なんかさ、ロイが体調悪いのに後で何かしたみたいな風に思ってないかって団長に急に言われてさ」
「え? あ、あ、大人に感じたってこと?」
「そう、大人の……」
いつものロイとアッシュの仲睦まじい様子からいまいちイメージがつかなかったのだがお付き合いしている大人二人。そういう事があってもおかしくはないのだ、と急に生々しく思ってしまったのだが、実際はそんなことはなかったようだ。
「あの日はロイの体をしっかりと拭いて朝まで寝ているのを見守ったんだって。朝体調は良くなって城に行く仕事があったから念のため体が冷えないようにしっかりと着させて出勤させたんだって自慢してた」
「紳士的!」
「はは。急に俺だけにこっそり話すからなにごとかと思ったよ」
なんだか妙にバツの悪い顔をして話すエドワルドの、謎の報告を受けた時の表情もちょっと見たかったな、などと思いつつふふふと笑う。
「そうそう、ぽっぷこーんは課題をクリアできたとして……、俺やっぱりメイスそのものが食べたいなって思うんだよねー」
「うーん。そう?だったら……あれやってみるかなぁ」
「あれ?」
メイスと片栗粉と油があれば作れる。
とあるものがシズクの頭を横切った。
「ちょっと試食用に作ってみるから明日来れる?」
「いや、今からすぐ市場行って買ってくる!」
「ちょっと、え? 待ってー!!」
「まーてーなーいー!!!」
そう言うとエドワルドはそのまま走って市場の方へ向かって行っていく。
ほどなくして息も切らさず生き生きした顔で戻って来たエドワルドの手には、二本のメイスが握られていた。
「ただいま。メイス二本買ってきた!」
ちょっと待ってとシズクが制止したにもかかわらず爆速でメイスを買ってきたたエドワルドは、作ってくれるはずだと言う期待に満ちたキラキラした目でシズクを見ている。
……。油もあるし、ちょっとぐらいなら。
「今回だけだからね」
決してその目にほだされたわけではない。
そう、だって、折角急いで買ってきてくれたわけだし、目の前のメイスだってなかなかいい大きさのものだし、もったいないから!
そう思うことにして、シズクはエドワルドからメイスを受け取ると、当のエドワルドは嬉しさでいっぱいの笑顔を静かに向けた。
「うん」
「じゃぁ、味は後で考えるとして……」
先に鍋に油を入れて熱しておく。
メイスの皮を剥ぎ横に三等分ぐらいに分ける。さらに縦に四等分した後片栗粉に似た粉をまぶす。メイスにもよるかもしれないが、すんなりと芯に包丁が入ったので簡単に四等分出来た。
そして油はそこまでたっぷり使わなくてもいいので油跳ねだけ気をつけながら数分揚げるだけだ。
油で揚げるので芯まで食べることができ、何よりゴミが出ないのがかなりポイントが高い。
「バターと醤油……。あったあった」
「このまま食べるんじゃないの?」
じゅわじゅわと丁度いい音がしてきたところで上げて、油をしっかりと切る。
塩だけでもいいかと思ったのだが、ここはバター醤油が屋台感も出てよさそうだとシズクは思ったのだ。焼きメイスの時もバター醤油は随分とエドワルドに刺さったようだし。
ジュジュジュッと音がしてメイスにバター醤油が絡まると、三つが絶妙に相俟ってメイスの甘い香りが広がった。
「おぉ、思った通り凄い。エドワルド、食べてみて!」
「もちろん!!」
待っていましたとばかりに、エドワルドはできたてほやほやのメイス揚げを口に入れた。
はふはふと口を開けて熱を逃がしながら、それでも目尻に浮かぶ笑みが美味しいのだと口にしなくても教えてくれる。
何も言わずに満面の笑みで頷いてもう一つを口に入れて、何かを言いたげにしながらも目の前のメイス揚げも食べたいので口にまた入れてシズクにうんうんとたまに頷きながらアイコンタクトを取ろうとする。
とりあえず、美味しいのだと目で訴えかけているようだ。
シズクも少しだけ冷めたものを口に入れたが、かなりの出来だ。
「ふぅ。これはね。本当に良いものだよ」
一本分を丸々と食べたエドワルドが評論家のような神妙な顔つきで可愛らしい一言を呟く。大分ご満悦の様子が分かる。
「メイス以外の他のメニューも考えてみたいんだけど……」
「えー! 絶対これがいいよ! これみんな好きになるって」
物凄く気に入ってくれたようで、隣に立つ並び子供のように無邪気におねだりする姿を見せられたら頷くしかないではないか。
他にも考えてみるとは言ったものの、これだけ期待に満ちた目でお願いされては出さざるを得ない。まぁこれならば、今後のお弁当のおかずにも充分使えそうなので宣伝も兼ねて出してみることにしよう。
「いだっっ!」
シズクがそう考えていると、油の中に残っていたメイスの粒が弾けてシズクの左の眉の上あたりに直撃した。
おかしな声を出してしまったのだが、その声に反応してエドワルドの表情が引き締まる。
「あ……、油が跳ねただけだからだいじょぶ……」
と、自分で額を触ろうとするより先に、大きい手がスローモーションのように自分に向かって伸びてきて、その向こうに目尻が少しだけ下がって心配そうにしている瞳が見えた。
「大丈夫じゃないよ。シズクのおでこにやけどの痕が残ったら……いや、残ったって俺は別に気にしないけど……」
もごもごと何かを言ったかと思うと次の瞬間、エドワルドの親指が眉を数回撫でてやけどしたであろうあたりで止めると、気持ちの良い冷たさがシズクの眉の上を冷やす。
「おぉぉ……。エドワルドの、魔法?」
「そう。ご存じの通り俺氷魔法得意だからね。冷やすのもお手の物だよ」
「手のひらも冷たくなる?」
「出来る出来る……。どう?」
シズクの頬の辺りまでを包み込むエドワルドの大きな手が、冷たすぎずじんわりとひんやり気持ちいい。
無意識のうちにエドワルドの手の上からシズク自身の手を重ねて冷たさを堪能しすぎてしまっていたようで、はっと気が付いたときにはエドワルドは少し遠くの空を見て時間を潰しているようにシズクには見えた。
ついついほんのりと冷たい気持ちよさに重ねていた手に、今さら恥ずかしさがじりじりと上がってきてシズクはほんの少しだけ距離を取った。
それでも頬にあるエドワルドの手は離れない。
「少し堪能しすぎちゃった。ごめんごめん。暇だったよね」
「あ、えっと、別に、気にしないから、大丈夫」
「ほんと申し訳ない。充分やけどのところも冷えたみたいだし、エドワルドの手、気持ちよかったよ。ありがとう」
そう言われて初めてその頬からエドワルドはシズクの頬から自分の手を離した。
別に遠くを見て時間を潰していたのではない。
目の前で自分の手のひらを頬に当て(実際は眉の上のやけどを冷やしつつ、手のひらを少しだけ冷たくしていただけだが)目を瞑り気持ちよさそうにしているシズクを見て、堪らなく湧き上がってきた気持ちを逸らすのに手いっぱいだっただけだ。
「うん」
屈託なくお礼を伝えてくれるシズクの頬にまた触れてしまいそうになるのを我慢して、エドワルドはそう返事を返すのが精一杯だった。
お読みいただきありがとうございました




