69.お粥
アッシュとロイのお話です。
BLチックですので嫌いな方はお気を付けください。
内容はアッシュが作ったお粥をロイが食べるお話です。今後シズクとエドワルドの話のネタには出てくるかもしれませんが読まなくても今後のお話は繋がります。
「何故、君がここに?」
その声と共にシズクの腕に痛みが走る。
今朝休みだったところにロイの工房の弟子がやってきて、手紙を一通渡された。
《食べやすいものを持ってこい。出来れば温まるもの。すぐにだ》
仰々しい紋章の入ったシーリングスタンプが押されてありいったい何事かと思ったが、中を開けてみればそう書かれた紙の切れ端を使ったメモのようなものが一枚だけ入っているだけ。
ぺらりと一枚だけ入っているその手紙のような切れ端に、何かの間違いではないかと届けてくれた弟子に聞いてみても、これをお渡しするように言われただけで要件は分からず、むしろ切れ端が入っていたこともそうだがそんなことだけか書かれているだなんて逆に申し訳ないと平謝りされるばかり。
懸命に謝る弟子に申し訳なくて、ロイに対して腹は立つが結局シズクは工房に出向くことにしたのだ。
食べやすくて温かいもの……とは?
まだまだ熱い最中だと言うのに、温まるものだなんていったい何だろうか。
ポイントは辛い物ではなく、温まるもの、である。
いったいなんのこっちゃと思いながらもなんとかやってきたと言うのに、玄関のドアを開けようとしたその瞬間、後ろから鋭く射抜かれるようか視線を感じ振り返ろうとしたところに腕を掴まれた。そして真上からこの人物から出てくるとは思えないような、氷よりも冷たい声が降り注ぐ。
「アッシュ団長! 落ち着いてください!」
それを止めるように今度は聞きなれた声がそれを制止した。
エドワルドだ。
エドワルドがアッシュの肩を掴むと、我に返ったようにぱっとシズクの腕から手を離した。が、表情は硬いまま口を真一文字にきつく結んでいた。
「あの、どうしたんですか? アッシュ団長」
「っ、それは、僕の台詞だよ。シズク。君はどうしてここに?」
「えっと、ロイから呼び出しを受けて……」
シズクはとりあえず事のあらましを説明すると、アッシュは奥歯をぎりっと噛み眉間にしわを寄せ、物凄く寂しそうな顔をした。その表情が何を意味するのかがまったく分からず若干困惑していると、エドワルドがそっと教えてくれたのだ。
「今日ね、ロイと団長、出掛ける約束をしてたんだけど、お弟子さんが手紙を持ってきたんだ。今日は会えない。次会える時はこちらから連絡するって事と急にすまないって言う謝罪の言葉が丁寧に書いてあってさ……。それ見た瞬間走ってここまで来ちゃったってわけ」
見せてもらった手紙は自分のところに来たものよりも何倍もちゃんとしてる……。
自分に来たどうしようもないメモ書きとは比べようがないのはわかるが、確かにアッシュとロイの関係を考えればちゃんと書かれた手紙を送られるのも当然ではある。
「理由が書いてないから、何かあったのかと思って居てもたっても居られなくて急いできてみれば、シズクがドアの前にいるじゃないか。しかも僕には来るなと言いながら、君には来て欲しいだなんて……」
目の前のアッシュの狼狽っぷりを見る限り、ロイの言いたいとこは微塵も届いていないのかもしれない。そう、圧倒的に言葉が足りていないのだ。そして、シズクに向けたあのどうしようもないメモの内容は、来て欲しいだなんてそんな懇願するような可愛い物言いでは決してない。
「とりあえず中に入ってみましょうよ。話はそれからだ!」
「……」
来いというぐらいだったのでドアは開いているだろうと思ったのだが、がちゃりと音を立てたがドアは開くことはなかった。
するとアッシュが肩を叩いてシズクをドアの前からどかせると、ポケットから大事そうに鍵を取り出しロイの家のドアを開けた。
合鍵持ってるんだ……。というエドワルドのつぶやきはアッシュの耳に拾われることなく扉が開くと、シズクにはいつもと変わらないように見える玄関が見えた。しかしアッシュは何か感じたのか、ガツガツとそのまま家の中を進んでいく。
「アッシュさん!??」
「ちょっと、なんというか……おかしい感じが……」
玄関を進み、居間に向かうとコップがいくつかシンクに置いてある以外は何もない。
きょろきょろと周りを見渡しても、シズクもエドワルドも留守なのかなと思うぐらいしんとしたその居間をアッシュは一瞥し、作業用の個室、トイレ、浴室を軽く確認して奥へ向かって歩き出す。
「隊長、どこに?」
「寝室」
珍しくぶっきらぼうにそう一言だけ言うと、迷いなど一辺もないような足取りで寝室らしき場所に向けて歩き、到着するとそっとアッシュは扉を開ける。すると、ゴホゴホッという咳きこむロイの声が聞こえるではないか。
アッシュは余り音を立てないようにベッドの横に移動して念のためその顔を覗き込んだ。逃げずにその場に寝ているロイを見て、吊り上がっていた眉を下げ眉間のしわがなくなる。
「ロイ?」
ぼんやりとした顔で声のした方を見上げるロイが、その顔を確認すると大きく目を見開いた後にぼふっと頭から布団をかぶりくぐもった声でアッシュに告げる。
「アッシュは出て行ってくれ」
「どうしてそんなこと言うの?」
「どうしてって、どうしてもだ」
折角なくなった眉間のしわが、また深く刻まれる。
布団の中からゴホゴホという咳きこむロイの声が聞こえて、出ていけと言われた手前背中をさするために伸ばした手をアッシュがひっこめると、シズクが呆れたような声を上げた。
「ばっかじゃないの? うつしたくないから近寄らないで欲しいって言えばいいのにさ。ほんと馬鹿。私にはうつしてもいいから来いって言ったんでしょ……」
「……そんなこと、ない」
「早く体調を戻したくて私に食事を作らせて、アッシュさんには気付かれないように治したかったってオチでしょ」
「………」
図星だ、というようなその沈黙に呆れて声も出ない。
シズクもその考えがわからないと言うわけではない。
アッシュはこの国の近衛騎士団団長で、有事があれば先頭に立ってその有事に立ち向かわなくてはいけない存在なのだ。自分の病を万が一うつしてしまわないようにという配慮なのだとは思うのだが、いかんせんやり方が駄目だ。全然なってないと思う。
「しっかりと説明すればいいじゃん」
「説明して余計な心配などさせたくない」
シズクの質問に答えるロイのその声は、いつもとは違うかすれてしんどそうで、アッシュが今度は躊躇せず背中を撫でた。
そして距離を取ろうとロイがぐっと押しのけようとするその手をアッシュはやんわりと取った。
「僕は、病にかかりにくいんだ。心配しなくて大丈夫だよ。それよりもロイの事が心配で……」
「いや、しかしお前にうつしてしまっては……」
押し問答を見せつけられたシズクは堪えきれずに声を上げた。
「もうっ、堂々巡りだからね、ロイもお腹空いてるんでしょ。なら元気になるもの作るからちょっと待ってて。アッシュさんとエドワルドも一緒にこっち来てください!」
「おい、シズク!!」
いつもとは少し違う弱いロイの声を振り切って、シズクは部屋のドアを力強く締めた。
後を追ってこないという事は結構体はしんどいのだろう。
「ロイ、目はうるんでいたのに手がとても冷たかった……」
ぽつりとアッシュが呟いた言葉で、シズクは作るものが決まった。
目が潤んでいたという事は熱があるという事。そして熱があるのに手が冷たかったという事はまだロイの熱は上がり切っていないと言う事だ。そういう時はしっかりと温めることが大事なのだ。
「では、劇的効果を生む食べ物を作りましょう」
シズクはかけてもいない眼鏡をクイっと上げるようなしぐさをしてアッシュとエドワルドを伴って台所に歩を進めた。
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「ロイ、起きてる?」
ノックをして声をかけたのだが返事がなかったので、アッシュはそのまま寝室を少し除くと、ごそりと体を起こすロイが見えた。
「いいよ。そのままちょっと待って」
「まだ、帰っていなかったのか」
こんな状態のロイを置いて帰れるわけなどないというアッシュの気持ちを少しも分かって欲しいのだが、ロイはロイでアッシュにうつらない様に最善の注意をしてくれたことも分かっているのでそれすら愛おしく感じる。
「とりあえずこれを食べてくれたら帰ることを考えてもいい」
アッシュが手に持っているのは、小さめの鍋だ。
蓋を開けるとほこほこと湯気が上がって、ほんのりと甘い香りがロイの鼻に届いた。
「もしかしてミルク粥か?」
「ふふ。ロイはミルク粥苦手だって言ってたろ? これはお米だけで作ったお粥だよ」
「米? オートミールじゃないのか?」
ロイは昔からミルク粥が少し苦手だった。
甘くて腹持ちの良いミルク粥なら体調が悪い時よりもおやつなどで食べる方が好きだったし、熱がある時はもっとあっさりとしたものがいいなと思っていたからだ。
「体調が悪い時のミルク粥が苦手なはずだってシズクに伝えたら、粥はシンプルに白米の粥にして具は好きなものを少しずつでも食べることが出来るように用意しようって提案されて」
真っ白なお粥が入っている鍋の横にポワロ味噌、鶏そぼろ、ほぐしたサルモーとペスカ干が添えられている。
というよりも提案されてと言うのはいったい何のことなのだろうかとロイが聞こうと思ったその瞬間、目の前に信じられない光景が広がった。
「ふー……。出来立てだから熱々だし。少し冷ますね。マナー違反だけれど許して」
そう言ってアッシュはニコリと微笑みながら粥をスープスプーンに掬って、ふーふーと数回息をかけてから少し考えて粥の上に取りそぼろを少々乗せてロイの口元に持ってくるではないか。
「あ……え??」
ロイは自分自身でびっくりしてしまうほど、自分の声とは思えない程間抜けな声が喉から出てきたことにびっくりしてしまった。
「ほら、遠慮しないで。シズク監修のもと、僕が愛情をたっぷり込めて作ったお粥です。じっくり堪能してください」
「!?」
新たな展開に動揺を隠せないロイだったが、ずいっともう一度口元にスプーンを近づけられると反射的にロイの口が開く。そっと口にいれて食べさせることに成功したアッシュから満面の笑みがこぼれた。
「ふむ……うまいな……」
「僕だって遠征の時に料理ぐらいするし、ずぶの素人ってわけでもないからね」
「ふふ。まぁ、そうだな」
「どう? これなら食べられそう?」
ロイが頷くと満足そうに次から次へと口元に運ばれる。少し小さめにほぐされたぺスカ干しは口に入れると、丁度良い酸っぱさに食が進みそうだと思った。ほぐしたサルモーも食べやすいし、ポワロ味噌はポワロのすっきりした味わいと味噌のまろやかさが調和した一品で粥によく合った。
作ってくれた粥を全て食べる頃には、少し寒いと感じていた体が不思議と温まってきた。温かいものをしっかりと腹に入れるとこんなにも体が温まるものなのだと、アッシュの手元を見ながら考えていると、体が温まって少し眠いのにじんわりと汗が出てきた。
「アッシュ、すまないが身体を拭きたい……。タオルを」
と完全に眠くなる前に身体だけ拭こうとロイが湯をお願いしようと思ったところで、ノックの音がして寝室のドアが開いた。
シズクとエドワルドだ。
「そろそろ汗が出てくる頃かと思って」
「おぉ。気が利くな。丁度身体を拭きたいと思ったところだった。みんな外に出て……」
「何言ってんの。アッシュ団長に身体拭いてもらえばいいじゃん」
「は!??」
若干食い気味に反論してきたシズクに、そんなの自分でできると慌てふためき立ち上がろうとするロイの肩をアッシュがぐっとベッドに押し戻し、珍しく鋭い視線だけで何かを訴えるようにエドワルドとシズクをじっと見た。
「他人には見せたくないってことかな?」
ぽつりとエドワルドが呟くように答えると、アッシュの口元が少しだけ上がって『正解』と口パクで返したのがシズクからも確認できた。
え? あ、そういう事。
「あ……っと、あの、あとはお若いお二人で……」
「シズクが一番若そうだけど……。俺達これで失礼しますね。副団長には予定通り今日は休みのままと報告しておきましょうか?」
「うん。そうしてもらえると助かるよ、エドワルド。シズクもお粥の作り方を教えてくれてありがとう」
そう言うアッシュはいつも通りの穏やかな顔をしていたが、並んで立つエドワルドはそう思えなかったようで、急いで寝室を出るようにシズクを促す。ぱたりと閉まった寝室から、がたっと何か音がした。
何というか大人な雰囲気が染み出るような気がしてエドワルドは急いでシズクの肩を抱いて足早に家を出たのであった……。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
後日……。
店にやってきたエドワルドに、あの日の翌日のアッシュはロイを伴ってご機嫌で城に出勤してきとシズクは聞いた。
ロイはすぐに仕事で城の中に向かって行ったらしいが、珍しくタートルネックを着たロイを謎のドヤ顔で見送っていた……らしい。
お読みいただきありがとうございます。




