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66.ポルダルムのパスタ

「それめちゃくちゃ大事にしてんのな」


 川で弁当箱を洗っていたエドワルドの後ろから、ロッサムが声をかけた。

 現在ユリシスから東に二日ほど離れた辺りで、ドラゴンの鱗らしきものが見つかったという報告があり、騎士団が足を運ぶことになったのであった。

 残念ながら目的地近くに移動門(マイグレーション)がないことから、今回は十人編成で馬での移動である。

 あと半日もせずに目的地に到着予定だが、無論馬だって疲れたら人間と同じよう休息が必要で、今は二日目の昼休憩の最中である。


「まぁね。シズクに貰った弁当箱だし……。あ、あれだよ? 綺麗に洗って持っていけば次はちょっとおまけしてもらえたりするからさ」

「なんだよ。そんな急にとってつけたみたいな説明なんてしなくっていいってば」


 君の気持ちは全部わかってますよー、みたいな顔をして口元がニヤついているロッサムの脇を一度小突いてエドワルドは綺麗に拭き上げた弁当箱を大事に自分の遠征用バッグに入れて立ち上がる。


「取ってつけたって……。今は親代わりのリグの工房で弁当箱作ってるって言ってたから、もし気になるなら作って貰えばいいよ」

「今は、ってエドワルドが持ってるそれは違うってこと?」

「故郷から持ってきた最後の一つを俺が貰った。他のはリグが似たようなのを見て作ってるって言ってたよ」


 とても遠いところにあって、もう帰ることが叶わないと言っていたシズクの故郷。

 いつか連れて行ってあげることが出来たらいいなと思っているのだが、その故郷がどこにあるのかは教えてもらっていない。


 何か事情があるのだとは、エドワルドも察している。


 教会のそばにいたところリグとエリスが見つけ保護したのだと聞いた。

 理由は分からないが、二人が見つけた時には息も細く浅く、気息奄々の状態だったようだ。それからリグとエリスの献身的な看病により一命を取り留め今に至る。


 ユリシスに来る前の事は基本的には話したがらないが、年の瀬の頃におぶって家まで送る際に父と母と妹がいるという事を寝言で知った。さらに正体不明のエリなる人物については未だに解明されていない。というか、聞こうと思ってはいるのだがなかなか踏み込めずにいる。


 半年近く前の、酒を飲んでエドワルドの背中でくだをまいていた時の話なんてシズクも覚えていないだろうし、今さら蒸し返されたくなどないかもしれないからというのは建前で、エリなる人物がもしシズクの想い人であった場合、自分がどんな反応をしてしまうのかが怖かったからだ。


「そっか。でも凄いよな。腕っぷし一本で見知らぬ土地で生きていこうって思うなんてさ」

「本人は手に職があってよかったー、なんて笑ってたけどね」


 いったい彼女が何を抱えてこの国にやって来たのか……。

 あまり普段から辛い表情など見せない彼女のその過去に、いずれ自分が寄り添いたい。


 そう思いながら、ウォレットについている根付の雪の結晶をくるくると回すと、陽の光に反射してキラキラと輝いた。アッシュブルーの雪の結晶のモチーフと茜色の梅結びの根付は、シズクがエドワルドにだけくれた大事なプレゼントだ。基本的に外出時は肌身離さずウォレットに付けて持ち歩いているが、ウォレットには実はお金は何も入っていない。入っているのはこれまたシズクからもらった弁当券だけなのは内緒だ。


「そういえば、今晩の野営の食事はエドワルドが当番だったっけ」


 先ほどまで少しだけ思い耽るっていたエドワルドだったが、今日の野営の食事当番の話になるやいなや、急にやる気をみなぎらせたような大きな声をロッサムに向けた。


 「うん。俺が当番」


 騎士団で遠征に行く場合、専用の料理人が付いてくることはまずない。宿があれば宿屋で食べるが、野営となれば基本的に自分たちで料理を作るしかないのだ。

 普段料理をする人は美味しく作れるし、そうでない人は独創的な味を披露するしかないわけで。今までエドワルドは可もなく不可もなく……、ごくまれに特大の独創的な味を披露するタイプの賄いを作って来たのだが今日は違う。

 

「誰でも美味しくなる料理を作るから、今夜は期待しててよ!」


 実はシズクから誰でも美味しく作れる夏にぴったりの料理を伝授してもらってきたのだ。

 そんなに難しい準備は必要がなくて、ボリューム満点で美味しいもの。

 今回の遠征は人数があまりいないけれど、大皿でババンと出せる。


『夏だと辛いものとかどうかな?』

『苦手な人もいると思うんだけど……』

『そしたら辛いのと辛くないのを二つソースを作って……。上にね……』

『うわ! それめちゃくちゃ美味しそう!!』


 シズクが教えてくれたレシピであれば、そこまで大きな失敗などすることなく作れるはずだ。

 基本的には茹でて混ぜればいいだけで、さらに遠征前の食糧準備の際にあらかじめ下準備したものを温めて乗せれば完成という簡単なものだがきっとみんなも満足してくれるはずである。


 時間は流れて夕方。


 深い鍋に湯を沢山沸かす。

 その間に炒めたケーパとポルダルムを潰して塩と胡椒とシズクからもらった魔法の粉で味付けしながら二つの鍋で煮込む。二つのうち一つには刻んだ赤のあばれ帽子を一緒に入れてある。

 煮込んでいる間に、フライパンに多めの油を敷き一口大に切ったソラムを揚げ焼きにする。


「おぉ! 随分といい香りですね」

「アッシュ団長。今日は期待しておいてください。シズク直伝のレシピで作る食事なんで、美味しいはずです!」

「美味しいはず?」


 はいっ!と大きな声で返事をしてみたものの、少しだけ不安になってきた。

 というよりも、シズクが作ってくれたものを食べたことはあるが何せレシピを教えてもらってほぼ一から作るのは今日が初めてだったからだ。


 美味しいはずなんです!と言い直しつつ、ポルダルムを煮込んでいた鍋に冷凍していた鶏肉にケーパとニンニクを刻んで混ぜ込んだ特製肉団子を投入してさらに煮込む。

 肉と混ざった事で、さらにいい香りが漂うとアッシュがニコニコと楽しそうに鍋の中を覗き込んだ。


「この匂いだけで十分美味しそうなことだけは伝わってくるね」

「はい」


 大きな返事を再度返すと、湯を沸かしていた方の鍋がぐらぐらと沸騰しているのを見つけてエドワルドは慌てて麺を投入し、吹きこぼれないように刺し水をしながら茹でる。


 それをアッシュは興味深そうにその鍋を観察している。


「なんか……凄い手際がいいね」


 今まで何回か遠征時の食事当番になったエドワルドを見てはいるのだが、段違いに手際が良くなっているのが分かる。


「慣れないうちはイレギュラーなことがあると慌てちゃうから、手順のイメージトレーニングするといいよってシズクが言っていたんです。だから稽古の合間に少しずつですけど手順を確認したりして今日に備えたわけですが……」


 そこで麺が茹で上がったのか一気にザルにあげて水を切ってから、二つある鍋に半分になるように麺を入れてざっと混ぜ合わせて火からおろした。


「様になっていたら嬉しいですね。はい! ポルダルムのパスタ出来上がりです! みんなー! こっちが辛いのでこっちは辛くない方。自分のお皿持ってきてくださーい!」


 大きな声で出来上がりを告げると、作業のために少し散らばっていた騎士団の面々が戻ってくる。


 ポルダルムがふんだんに使われたソースにソラムの素揚げをたっぷり乗ったが食欲をさらに掻き立てる、肉団子を乗せたボリューミーな一品になった。


「こっちとこっち、半分ずつな」

「オレは辛いの少し食べてみたいからちょっと入れてくれよ」

 

 辛いのが苦手な人には少し辛すぎるかもと思ってあばれ帽子が入っているものと分けたのだが、注意したにもかかわらず皆どちらも食べてみたいようだ。


 レシピを聞いたときに、ハマれば癖になるあばれ帽子の辛みがポルダルムを合わさって二倍にも三倍にも美味しくなるという事に気が付いたシズクは本当に天才だと思った。


「あ、あとね。コレを……」


 手にしていたのは遠征用の固いチーズ。

 チーズ自体は人気のある食べ物だが、遠征用のものは水分を少し少なめに作ってあり味が濃いめのかなり固めのチーズである。栄養補給にもなる遠征用チーズではあるのだが、そんな理由からぶっちゃけなくてもあまり人気がない。


 遠征用なので基本的にはそのまま口にすることが多いのだが、塩味が濃すぎて酒の当てぐらいにしかならないこれを、おろし金で削りながら上からぱらぱらと雪のようにかける。


 いつもはあまりいい香りだと思えなかった遠征用チーズが、削ることによって控えめにチーズの香りをアピールしながらパスタに降り注ぐ。


「待って、待って待って待って! これ、溶けるんじゃない?」

「そう。遠征用のチーズがパスタの熱で溶けちゃう」

「チーズが溶けちゃうとソースとパスタにより絡んで、はーっ……美味いじゃんよ」

「そう、美味しくなっちゃうんだよ!」

「高級店にも劣らない旨さ……」


 ロッサムとエドワルドの漫才のようなやり取りではあるが、あまりにも美味しそうに見えたのだろう。次々に並ぶおろし金待ちの列をさばき終えると、残念なことに鍋の中はすっからかんになっていた。

 洗わなくてもいいのではないかと思うほど綺麗に空になった鍋を見て、エドワルドは満足したとばかりに拳をぐっと握りこんだのだが、その時間抜けな音が自分の腹が大きく鳴ったのが聞こえた。


「あ、俺自分の分取り忘れてた……」

「え? ほんとに??」


 あんなに美味しかったのに、自分自身で食べられないなんて残念極まりないとロッサムが心底悔しそうに地団駄を踏んだのだが、エドワルドはこの事態を想定済みだったのだ。正しくはエドワルドではなくシズクが、であるが。


『作った後の配膳で色々世話を焼いたら、エドワルドの事だから絶対に全部配っちゃいそう。もしね、食べるものがなくなったら……』


 といざという時のことまで考えられており、作り方が途中まで同じで少量で作れる少し味の違うレシピをシズクから伝授され済みである。


 使うのはパスタなので茹でる様の湯を沸かしながらケーパとピーマンを食べやすい大きさに切り、少しだけ拝借したベーコンをフライパンで炒める。ある程度炒めたらポルダルムを潰しながら混ぜて塩と胡椒と砂糖、そして魔法の粉で味付けして一煮立ちさせる。


「なんかさっき食べたのよりもちょっと甘い? 匂いするね」

「うん。あばれ帽子が入ってないからかな。シズクは俺はこっちの方が好きかもしれないって言ってたけど……。あ、お湯沸いたな」

「やっぱこれもシズクさんの愛のレシピなんだ」


 ロッサムの小さな呟きは茹でたパスタの水切りで聞こえることはなかった。

 水を切ったパスタを直接フライパンに入れて、もう少しだけ炒めながら塩と胡椒で味を調えたら出来上がりである。


「なんかあれじゃない? そっちの方が若干豪華じゃない?」

「そんなことないと思うけどな。さっきと匂いが違うからそう見えるだけじゃないか?」


 ロッサムの疑いの眼を尻目に、エドワルドは出来たてほやほやのパスタを皿に盛り付けるとおろし金でたっぷりとチーズをかける。

 フォークでぐるぐると巻いて口に入れると、独特の甘いソースとチーズの相性が抜群すぎて夢中で咀嚼してしまう。


「エドワルドが食べているのは、僕達とはちょっと違うのかな?」

「あ、なんかさっき作ってたのはみんなで全部食べてしまったので、シズクさんに教わったレシピで作ったみたいです!」


 口の中がいっぱいで喋ることが出来ないエドワルドの代わりに、隣にいてずっとつまみ食いする機会をうかがっていたロッサムがアッシュに答えると、アッシュはやれやれと少しだけ呆れたみたいな声を出しつつもなんとも嬉しいものを見たように穏やかに口角が上がっている。


「まぁあれは恋だよね……」

「ですね……」


 ぽつっとアッシュとロッサムが、幸せそうに自分だけのメニューを独り占めして味わいながら頬張るエドワルドをみて小さく頷きながら微笑んでいるのが見えた。


 今日はエドワルドの耳にはちゃんと届いている。


 彼女を思う時、彼女と一緒にいる時、何かの拍子に温かくじわりと体中に広がるこの思いがなんなのか。

 その思いの名前を、エドワルドはもう十分理解していた。

あばれ帽子→鷹の爪 です。

お読みいただきありがとうございます。

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