表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/102

65.アイスクリームソーダ

「あらあらいらっしゃい。シズクから聞いてるわ。今日はお友達もご一緒にブラシを見に来たのよね?」

「こんにちは。エリスさん」


 リグの工房の扉の前で綺麗なカーテシーで挨拶をするのは、ベルディエットだ。

 その隣。

 夕日に煌めく銀髪、少し薄めの菫色の瞳の女性が同じく綺麗にカーテシーを行う。


「はじめてお目にかかります。わたくしフェリスと申します」


 フェリスの母はリットラビアに嫁いだマリエットの双子の妹とのこと。よくよく見れば目元などが少しマリエットに似ていて繋がりを感じさせるとエリスは思った。


「こちらこそ、しがない街の工房までよくいらっしゃいました」

「何もないなどと、とんでもないです! ベルディエットに櫛を借りた時にわたくしとても感動したのです。この世にこんなに絡まらずに髪を綺麗に整えられる櫛があるのだと」


 ベルディエットに同じものが欲しいから売っている職人を紹介して欲しいとお願いしたら、職人は知り合いだと。フェリスはすぐに紹介して欲しいと願い出たのだった。


「リットラビアにはこのような秀逸なものはございませんもの」

「ユリシス広しと言えど、この工房だからできるのです。最近はアウラ商会が扱っていますけれど、やはり直に見れるのはいい事なのですわ」


 胸を張るベルディエットの顔は何故か自分の事のように自慢げで、エリスはなんだかそれが可愛らしく思えてくすっと二人から見えないように笑った。


「ブラシはいくつかストックがあって、好みの持ち手を選んでもらえればすぐに作れるから、ゆっくり選んで頂戴ね」


 そう言うとエリスは持ち手部分を十数個持ってフェリスの前に置く。

 注文の大半が貴族からである。大体フルオーダーで持ち手の細工までこだわって作る貴族が多いが、すぐに使いたいと言う客の為に出来上がるまでの間に一本すぐに欲しいと言う要望にこたえる形で、比較的細工の凝った持ち手部分もストックとして置いているのだった。


「ベルディエットのものは結構シンプルよね」

「あまり優美なものよりも、手になじむシンプルなものの方が私は好みなのですわ」


 ベルディエットの使っているブラシの持ち手部分は、セリオン家の紋章をさりげなく、それでいて丁寧に彫り込んだ逸品である。


 思い出しながらフェリスは出された持ち手を一つ一つじっくりと手にする。

 これは彫りが素敵。これは木目が素敵。あらこちらは手の馴染み素敵。あぁこちらは……。

 一周回った後ももう一度、もう一度、何度も何度も何回も持ち手をじっくりと選んでいた。


 微笑ましく見てはいたが、しばらく同じことを繰り返すフェリスを見ていると、これは思ったよりも時間がかかりそうな予感がしてエリスは一旦席を立った。


 その間も延々と同じものを同じような感想でなかなか選びきれないフェリスが、大きく息を吐きだして持ち手をそっと置いた。


「ダメ……ですわ。こちらも、こちらも、こちらも……。どれも、素敵で、決められません……」


 その一言一言に、選びきれない悔しさが滲み出すぎていて申し訳ないことになんとも笑える。

 ベルディエットは表情をコロコロと変えながら、また持ち手に手を伸ばすフェリスを見てつい声を出して笑ってしまった。


「笑い事ではないのです。一生大事に使いたいと思っているものを自分の手で選ぶと言うのはとても難しい事なのだと、今日思い知りました」

「予備にもう一つ買うと言う選択肢は?」

「ありません。これから唯一無二の相棒として大事に使って参りますので」


 途中の話を聞いていたのか、リグがブラシ部分を持って部屋に入ってくるなりフェリスに質問するとすぐに返事が戻って来た。

 一つのものを大事に手入れをしながら長く使うのが教えなのだと笑顔で答えるフェリスと、その横で感慨深く頷くベルディエットである。


「耐久性には自信はあるし愛着持って何年も使ってもらえるのはありがてぇけど、経年劣化もあるからよ、その内また買いに来てくれよ。さ、ブラシ付けるか! 手持ちは決まったか?」

「全然決まらないのです。すぐにでも手にしたいのですが、なかなか決められなくて。やはりフルオーダーにした方がいいかしら」


 ブラシ部分を前にするとさらにその手持ち部分を合わせて選び始めてしまいそうなのを、エリスが持ってきたとあるものにより手が止まった。


 しゅわっしゅわっと心地よいその音で。


「まぁまぁ、少し煮詰まりすぎじゃない? ちょっと休憩にしましょう」

「お! あれかあれか!」


 リグが急いで席に着くと、ふふっと笑ってエリスがその前にグラスを置いた。


「これ……。今物凄く流行っているミーロンの?」


 シズクはリグとエリスの三人でアイスクリームとアイスキャンディーを作った翌日、たまたま遊びに来ていたシュシュリカマリルエルにもアイスクリームソーダを出したのだが、いたく感激した彼女は色々なところで美味しいものをシズクのところで飲んだ!食べた!と自慢しまくった。

 するとその噂を聞いた人達がアイスクリームソーダが飲みたいと屋台にやってきた。

 その噂を聞きつけてもちろんエドワルドとクレドがやってきて、その後別にロイ、アッシュもやってくるとあの噂に嘘はなかったと貴族間でも話題になっていく。


 噂が噂を呼んで、膨れ上がるアイスクリームソーダ目当ての客をどうにもさばけなくなくなってしまったシズクは近くのジュース専用の屋台で代わりに出してもらったのであった。


「シズクの考えたあいすくりーむがこれまた最高にうめぇからよ。で、しゅわしゅわとめちゃくちゃ合うだろ?」

「ミーロンはジュースもあるしどちらでも楽しめるのがいいわよね。今日はジュースよ。さぁ、どうぞ」


 市場でミーロンワインの美味しい何かが流行っていると貴族の間でも話題になっていたのだ。


 エドワルドも誇らしげに『シズクが作った物だから美味しい事には間違いないけれど、あれは世界を変えるね』と大真面目にベルディエットに話をした時から、シズクの家に行く時は絶対に飲ませてとせがむつもりだったのだが、それが何も言わずに目の前に出てきたことは嬉しい誤算だ。


 ミーロンのジュースと白く輝くアイスクリームの間にはとても細かい氷が薄く敷かれているのが見える。アイスクリームが溶けてジュースに届いたところが少し白く粟立っているように見えるので、間に敷かれている氷は、ジュースが泡立たないようにする工夫なのかもしれない。

 

 ベルディエットはその中にそっとストローを入れてミーロンのジュースを飲む。

 程よく冷えて、ほんの少しシュワシュワと気泡が喉を刺激するのが楽しい。


 そしてその横に置かれたスプーンであいすくりーむなるものをそっと掬うと、グラスに氷が当たってカラン、カラン、と心地よい音が鳴った。


 それを見ていたフェリスはどうにも我慢できなくなったようで、同じようにミーロンのジュースにストローを刺して一口こくりと飲んだ。


「ミーロンのジュースは普通ですわね……」

「ふふふ。それはそうよ。これはミーロンのジュースの上にこの白いあいすくりーむというものが乗っているのが大事なのですわ」


 さも自分が発明したかのような物言いのベルディエットであるが、シズクがいても同じことを言うので間違いではない。


「さもなければ泡立って飲めなくなってしまう可能性がありますからね」

「あら、よく知っているのね。シュワシュワしているものと混ざると泡でいっぱいになってしまって飲めなくなってしまうから、シュワシュワの泡を抜く? っていうのかしら……。混ぜておくのよ」

「泡が出ても結構面白いんだけどな」


 がははっとリグが笑うと、別のコップに少しだけミーロンのジュースを入れて、スプーン一匙のアイスクリームをそちらに入れてアワアワにしている。

 食べ物で遊んではいけませんっとベルディエットが言おうとしたのだが、その泡を掬って美味しそうにリグが食べているのを見ると、何というか試してみたくなると言うのが人間の性という物で……。


 ぱくり、とあくまで控えめにベルディエットは泡を食べてみた。


「何というか、甘くてふわふわしていて泡を食べているような……」

「ふふ、間違いなく泡を食べていてよ? ベルディエット」

「そうですわね」


 ただ思ったよりも泡の密度がしっかりしていて、しっかりと食べているという感覚があると聞いたフェリスも思い切って口に入れると、本当に『食べている』感覚にびっくりする。


「なんとも面白い口当たりですわね」

「えぇ。かなりしっかりとした泡だと言うのに口の中でふわりと溶けます」

「これが甘くなければ、料理の盛り付けなどにも使ったら面白そうですわ……」


 ベルディエットとフェリスの二人が泡の面白い感触をあれこれ話しながらミーロンのアイスクリームソーダを飲んでいると、家の玄関のドアが開いた。


「ただいまーっ、あ、ベルディエット! 来てたの? あと……」

「えぇ、お邪魔してますわ。あとこちら従妹のフェリスです」


 ベルディエットに紹介されたフェリスが、突如と現れたにも関わらずシズクを見るなり立ち上がり握手を求めるためにその手を取った。


「私、私、フェリス・ディ・ベアトリスと申します。」


 キラキラと弾けるような笑顔を向けながら、そっとシズクの手を取るフェリスは、なるほどベルディエットの従妹と言うのは間違いないのだろう。目元が似ている。マリエットとはさらに似ているような気がするので母方の従妹なのだろう。


「こちらこそ、初めまして。シズク シノノメです。よろしくお願いします」

「ミーロンのあいすくりーむそぉだを考えたのも、このブラシを考案したのもシズク シノノメのアイディアだと聞き及んでおります。話はベルディエットとエドワルドから聞いておりまして是非お会いしたいと思っておりましたの!」


 そんな、照れますね……、とシズクがベルディエットに助けを求めると、ニヤニヤしてこちらを見ているではないか。助けろってんだ!と思わずにはいられないが、初めてお会いする方を前にそんなことは言えずにもじもじしていると、机の上にたくさん並べられたブラシの持ち手が見えた。


「あ、持ち手を選んでいたんですね。沢山あるんで迷ってしまいますよね」

「そうなのです……。使って行くうちに沢山愛着を持て長く使えるものをと思っているのですが……」


 どれも好きだけれども決定打に欠けるのだろうし、オーダーメイドで作った場合は時間もかかるし出来上がったもの自体に納得が出来るのかも不安なのかもしれない。

 

「あ、そっか! ならば自分で作ればいいんだよ!」

「「は??」」


 ベルディエットとフェリスは貴族らしからぬ間の抜けたような声を発した。


「あぁ、ごめんごめん。えっと、例えば自分で好きなように持ち手部分に色を付けたり何か張り付けたりしてもいいんじゃないかなって思って……。あ!! 誕生日に小さな宝石を一つだけつければ、十年後とかには自分だけのブラシになるのも良くない??」


 職人が丁寧に作り上げた綺麗な細工のものもいいに決まっているのだが、自分好みにカスタマイズすると言うのはまた違った愛着を持って使えるはずだ。

 自分の考えがどこかにけてしまわないように一気に言葉に出して吐き出し、シズクは満足げにガッツポーズをとったのだが、その点につきだした手をフェリスにがしりと握られてびっくりする。


 シズクの手を握ったままフェリスは、キラキラしている瞳をさらに大きく開けてシズクに詰め寄る。


「それですわ! 自分で作る自分の為の自分らしい、私だけの世界でただ一つですわ!」


 そうですそうです、そう言うのがしてみたかったのです!と何度も頷いて、中央部分に装飾を施すために少しくぼみがあるタイプの持ち手を選び出してリグにブラシ部分をつけてもらうよう、笑顔でお願いしている。


「あんなに笑っているフェリスを見るのは久しぶりです」

「そうなの?」

「普段はおしとやかで口数が少ないのですけれど、とても嬉しいのか今日はかなり饒舌ですわ」

「あれよ。欲しかったブラシを手に入れて、持ち手は自分で少しずつ作るって言うのが嬉しいんだよ」


 ベルディエットの従妹であれば貴族だとわかっているはずだ。それでも貴族に対するような態度でもなく、貴族同士のような腹の探り合いもない。

 ただ友人の友人を優しく招き入れてくれて、友人のように話してくれる。


「私ももう一つ自分で作る用のブラシを作りたくなってきましたわ」

「いいねいいね! 新しいの一本買ってお互いで一年に一度ここにつける飾りをプレゼントし合おうよ!」

「あら、それは素敵! エドワルドに焼きもちをやかれてしまいますわね」

「じゃぁ、エドワルドにおそろいのをプレゼントしよう!」


 リグとエリスがそれを聞いていいねと声を上げて笑う。

 フェリスも素敵ねと、いい笑顔だ。


 貴族同士のやり取りのような腹黒い探り合いはここにはない。


 そう言ったものが伝わって、年相応にいることを許してくれる空間が心地いいのだとはベルディエットはシズクには言わない。


 ミーロンのアイスクリームソーダに残っていた氷がコロン、コロン、と笑っているように軽快な音を立てた。

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ