64.アイスキャンディ
夏と言えばかき氷。
昨年作ったかき氷機の内一つはセリオン家現当主のロイルドに持っていかれてしまった。
その後改良型にさらに改良を重ね、今年出来上がった「かき氷機(改)」はさらにふわふわの触感を楽しめるように改良に改良を重ねた自信作である。
この世界のなかなか溶けない氷だが、口に入れるとふわりと口の中で淡雪のように儚く溶けるぐらいまで薄く削ることに成功したのだ。夏本番までに完成して良かった。
そして今年はもう一つ隠し玉を準備しているのだ。
「こんなんで本当にいいのか? いったい何に使うって言うんだよ……」
一度にたくさん作るのにも限度があるが、趣味で作るにはいいだろう。
一回で八個作ることが出来るものと、そこの少し深いとある型をリグに作ってもらったのだ。
「ふふふん。かき氷もいいけど、こっちも良いと思うんだよね。お風呂上りとかに食べたらまた違った美味しさがあってね」
「新しい氷菓か? かき氷だってうまいだろ?」
「かき氷はかき氷、これは新しい氷菓」
「んー???」
この世界には氷菓と言えば氷の中に花などを入れて凍らせ、それを浮かべたり飾ったりして食べたりする事なく愛でるだけ。その常識を昨年の夏にかき氷で覆したわけだが、しかしロイルドがかき氷機を披露してからというもの、どうやら貴族や上級階級と言われるような人達がお抱え鍛冶職人などにかき氷機を作らせて社交に勤しんでいるらしい。
それは置いておいて風呂上がりにかき氷も贅沢ではあるが、お風呂上りに作るのもおっくうだしいくら溶けないとは言っても削ってからそのまま何時間も放置するのはなんだか……。だったら数時間かけて凍らせたものを食べようと言う逆の発想もあり……。そんな二つの理由から、シズクは今年二つの氷菓を作ることにしたのだった。
「美味しく食べれるように固める? みたいな?」
「でもそれって結局氷を食べるって事じゃないの?」
リグとシズクが堂々巡りになりそうなところで、エリスが買い物から戻って来てとある瓶をテーブルに置いた。ミーロンという林檎に似た味の発泡ワインだ。
「お、それ最近よく出てるシュワシュワ泡が弾けるやつじゃねぇか」
「シズクが欲しいって言うから買ってきたのよ。あとボルスミルク。何かに使うの?」
そう言われながら、シズクはそのワインの蓋を開けて香りを嗅ぐ。
コップに少しだけ入れて味見をしてみると、少し甘みの強い林檎のようなごくごくアルコールの低いジュースのような感じで、思った通りこれを使ってみようとシズクは思う。
「さっき言ってた氷菓をコレで作るんだよ!」
「このワインで?」
「そう! 今から作って、明日の夜一緒に食べよう!」
まずはワインに少しだけ砂糖を足しつつしばらく炭酸が抜けるまで混ぜる。
炭酸が抜けるまで混ぜる理由はちょっと覚えていないのだが、もしかしたら固まった時に崩れやすくなるからかもしれない。
出来れば水あめなんかもあればよかったのだが、今回は手に入らないので諦めた。
「そろそろ混ぜ終わりか?」
微発泡とはいえまだ炭酸が抜けきっていないように見える。
「もうちょい。シュワシュワがもうちょっと消えるまで頑張って。リグ」
「地味なんだよ、この作業……」
「地味でも大事な仕事はたくさんあるの知ってるでしょー?」
そりゃそうかと自分の仕事を思い出したのか、しっかりと無言で混ぜ始める。
エリスは中に入れる果物を切ってもらうことにした。
シズクはと言えば、氷を少しだけ追加したいなと思いつつももう一つの作業も進めておく。
かき氷、アイスキャンディー、とくれば、もちろんアイスクリームも作らなくてはならない。
作らねばならない!
大事なことなのでしっかりと心の中で、シズクはもう一度力強く繰り返した。
用意していたボルスのミルクの三分の一と卵をしっかりと混ぜて砂糖を適量加える。
この世界のミルクは前世で飲んでいた時のものよりも少し甘みが強いのだが、気にせず砂糖は入れてから鍋に濾しながら残りのミルクを足してヘラでしっかりと最後まで濾す。
ゆっくりと混ぜながらとろみが出るまで焦げないように十分ほど加熱したあと、粗熱を取ってから別の容器に入れ替えた。
「シズク、これは何?」
「こっちはね、アイスクリームって言うんだよ」
「あら、意味は分からないけれど、なんだか魅惑的な響きね……」
エリスは何となくその響きに良いものを感じているようだ。
さて、この世界の冷凍庫では限度もあるので、氷に塩を入れてしっかり冷やし固めることにする。
金属製のバット容器に氷を入れて塩を振る。その中に先ほどの容器を入れて匂いが移らないようしっかりを蓋をする。
「おーい、シズク! こっちはもういいのか??」
「あ、ごめん忘れてた! もう多分大丈夫! リグに作ってもらった型に溶かしたのを入れて……」
作ってもらったのはアイスキャンディーの型。固まり始めてから棒をさすタイプだと面倒くさいので初うまく自立できるような形を作ってもらった。
「こんな簡単でいいのか?」
「これじゃ全然棒を刺した意味がないんじゃない?」
「これはね、また全然固まっていないから」
そう言ってシズクはアイスキャンディとアイスクリームになるものを入れて置けばあとは朝には出来上がりである。
「固める!? これを?」
「魔法で固めた方がいいんじゃないの??」
それは魔法で冷やし固めた方が早いのかもしれないが、それでは一般的に作ることは出来ない。
そもそもシズクは魔法なんて使うことが出来ないし、リグとエリスだって生活魔法を使って多少の氷を出したり火をつけたりすることは出来るが、冷やし固める、となると難しいのだ。
「誰かにお願いするんじゃなくって、じっくり冷やし固めるのが良いの。出来上がったら好きな時に食べていいんだもん」
「俺達じゃぁ確かに氷結させることは難しいしな」
「時間をかけて食べ物を冷やして、それを凍らせるー……、なんてなかなか考えないわよ」
そう、この世界。考えないのである……。
もっと食に貪欲になって欲しいと願っているわけだが、まだまだ先は長そうだ。
「しっかし、凍らせるとなったらいったいどれぐらいの時間がかかるんだ?」
前世では手作りの場合でも冷蔵庫で一晩ぐらいは凍らせていた。
アイスキャンディーもアイスクリームも明日の朝には比較的凍っているとは思うのだが、前世で使っていた冷蔵庫とは冷え具合がかなり違う。もしかしたら明日の昼ぐらいまではかかるかもしれない。
この後アイスクリームは舌触りをなめらかにするために、一時間または二時間ほど開けて数回かき混ぜて様子を見るので、そこで凍り具合を確認しようと思う。
「多分昼には行けると思うんだけどね」
「結構かかるな」
「そりゃそうだよ。魔法で一気に冷やしたりするわけじゃないからね」
「でもわざわざゆっくり凍らせるなんて……」
なんともエリスにしては珍しい物言いである。
あまり時間を気にするようなタイプではないはずなのだが、どうしてなのだろうと思ったのだが、その答えはいとも簡単に聞く前に返ってきた。
「美味しいなら、早く食べれる方が嬉しくない?」
そういう事ね。とほっこりとしてしまったシズクであった。
「そう言う考え方もあるけれど、出来るまでの時間を楽しむのも美味しく食べる秘訣だよ。どんな味かなーとか、いつどのタイミングで食べようかなーとか考える時間も楽しいと思わない」
「正直すぐ食べたい派なんだけどな、俺は」
「私は食べたい時に食べることが出来ればいいけれど……」
待つ過程の時間を楽しみながら、美味しく食べるその瞬間がやってくるのを待つ楽しみを是非今回二人にも味わって欲しいものである。
「さて、今はねまだどっちも液体で、まだ美味しいっていう段階じゃないけれど明日の朝にはかなりいい感じになってると思うから楽しみにしておいてよ」
「ねぇ、シズク。このミルクの方はこのあと何回かかき混ぜるでしょ?」
そうなのだ。先ほども二人に言ったのだが、口当たりをよくするために二時間おきぐらいに三回ほど混ぜたいのだが既にもう夕飯前。この後食事をした後に一回、寝る前に一回の計二回のかき混ぜになるかなと思っていたのだが、やり方を教えてもらえればエリスが夜中に一度かき混ぜてくれるという提案がなされたのである。
「今日は月末で、請求書の整理とか支払いの準備とかあるからちょっと遅くなっちゃうのよ。丁度良かったわ! 面倒くさい作業の先に、美味しいものがあると思えば頑張れちゃう!」
前向きな考えのエリスに、アイスクリームのかき混ぜ方を教えると案外簡単なのねと笑った。
別に難しいことはないのだ。
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「……」
「何かいう事はないの?」
「面目次第もない……」
現在夜。
夕飯を食べ終わった後、それぞれお風呂にも入りさっぱりしたところであった。
アイスキャンディーとアイスクリームのどちらを食べるかどうか、ほくほく顔でシズクが冷凍庫を開け、それを手にしたのだがどうにもおかしい。
キッチンで夕食の後の片づけをしていたリグとエリスの肩がぴくりと揺れた。
ぱこっと開いた音に、今度は二人の肩がびくりと大きく揺れる。
おかしいとは思わずシズクがアイスクリームの蓋を開けると、それなりに大きな入れ物に作っていたはずのそれが、半分以下になっているではないか。
はっと我に返ってアイスキャンディーを手に取ったのだが、もぬけの殻……。
アイスキャンディー型はあまり大きくはないが四本作れるものだったというのに。
「仕方なかった……。仕方なかったんだよ。シズク」
「そうよ、私達だって抗ったのよ……。でもあれに抗う事なんてできなかったわ」
「いい大人が、二人して、何言ってんのかな!」
夜中にかきまぜた時に結構な固さになっていたので、出来心でスプーンでひと掬いして食べてみたところその美味しさに夢中になってしまった、一緒に作っていたアイスキャンディーは申し訳なさそうにカモフラージュされていた。
「だって美味しそうだなって、味見したらびっくりするほどおいしかったんだもの……」
「一口食べたつもりだったんだけど、こっちの型で固めたやつが気がついたら無くなってて……な」
「そうなの」
三人で食べようと思って楽しみに一日働いてきたと言うのに、しゅんとし過ぎる二人を前に怒る気は失せてしまった。目の前で見たことがないほどしょんぼりしすぎな二人をシズクがすぐに許してしまうのは仕方のない事。
「次は絶対につまみ食い禁止だからね!」
「氷菓のつまみ食い、ダメ、絶対!」
「約束する!!」
「絶対だからね!」
謎標語のような誓いを立てる二人に笑いかけると、シズクはミーロンのワインを少しだけ細長いグラスに入れ、細かく砕かれた氷をアイスを乗せても沈まない程度に敷き詰め、その上にかろうじて残されていたアイスクリームをスプーンで丸くしながら三等分ぐらいにしてそれに乗せた。
アイスクリームソーダの出来上がりだ!
後の氷菓つまみ食い禁止の約束を、この夏リエインの市民ならず貴族の話題をも総なめにするミーロンワインのアイスクリームソーダ風の飲み物で乾杯しながら約束したのであった。
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