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62.食堂にて

 ミョンの鳴き声が随分聞こえるようになった。

 先日セリオン家で漬けたぺスカが出来上がるまではと半月ほど。


 あの日、エドワルドとシズクのやり取りの中にやはり自分は立ち入れないと、クレドは自分の中にあるこの気持ちと決別するためにどうしたらいいか考えながら、一人街に出ていた。


 一目惚れしてからというもの、彼女を思う気持ちが少しずつ育っているのは分かっていたが、エドワルドと二人でいるところを見れば見るほど横槍を入れたりすることがためらわれるようになっていった。

 特にあきらめなくてはいけないわけではないとは思う。

 しかし、この思いを抱えながら二人のそばに居続けることは、出来ない。


 ぼんやりとそんなことを歩きながら、クレドは城の食堂に向かってる。


 魔術師団で働くクレドは、魔術開発の為一週間ほど城の魔法研究棟で缶詰状態となっており、気晴らしに外に食べに行く事も出来ず余計に思考が重たくなってしまっていたのだが、食堂奥で珍しい二人組を見かけて、少しだけ落ち込んでいた気分が上向きになった。


 アッシュとロイの二人だ。


 アッシュは近衛騎士団団長として城の食堂にいてもおかしくはないのだが、ロイは普段自分の工房で仕事をしており城の食堂にいることは珍しいのだ。


 聞きたいことが山とあるのか、魔術師団の団員がロイを囲んで質問攻めにしているのが見えた。


「アッシュ団長、ロイ殿。お久しぶりです」

「クレド君、お久しぶりですね」

「おぅ」


 にこやかに返事を返すアッシュとは違うが、相変わらずぶっきらぼうなロイの挨拶に何故だか安堵感を覚えると、まだならば一緒に食事をしないかとアッシュがクレドを誘う。


「とはいえ食堂のこのテーブルですけれど」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えてご一緒させていただきます」


 食事を取って来てからまた戻ってくる頃には、先ほどまでいた魔術師団の面々がテーブルのそばからは居なくなっていた。

 別に一緒に食事を取る話をすればいいのにと思ったのだが、そばに寄れば寄るほどその考えが浅はかだったのだと知る。


 ロイは、まぁいつも通りアッシュが近づいたら少し離れると言うか、常に一定の距離を保っている。いつもであればそれ以上は踏み込まずににこやかに会話をするのだが今日はどうにも様子がおかしい。

 ロイが離れたら、離れた分だけアッシュが近寄り、またロイが離れ、アッシュが後を追いかけるように近づく。


 何というか、アッシュからほのかに花が飛んでいるような、甘く漂う空気というか、兎に角いつもと違う雰囲気を感じながら、クレドは二人の前に座りなおした。


「遅かったな」

「会計が少し混雑していたもので……」


 二人の追いかけっこを見ていて、とは口が裂けても言えない。


「お昼時間だものね。あぁ、今日の日替わり定食頼んだのかな?」

「はい。最近こちらの食堂でもチーズカレーコロッケが出始めたと聞いたので、今日はそれを」


 どうやらシルワ村でとある宿が出していたチーズカレーコロッケが大流行しており、ようやく城の食堂でも出し始めたと聞いたのだ。元をたどればシズクが考案したもので、騎士団が帰った後残りを店で出していたのが人気になりすぎて、結局シェフがシズクにレシピを聞きに行ったという代物である。


「シルワ村で僕もいただいたけれど、中のチーズがとろりと溶けて美味しいんだよね。ロイは食べたことある?」

「どうだろうな。思っているものと同じかは分からんが、アッシュがシルワ村から帰って来たころにシズクガ持ってきた弁当の中に入っていたような気もするな」

「それはかなり羨ましい限りですね」


 先ほどからかすかに漂う甘い空気のようなものが一瞬だけ薄まって、すぐさまより濃くなったような気がする。


「あの時は、ちょっと大変だったからね。まぁあれがあったからなんて言うか、良かったなって僕は思うんだよね」


 そう言ってアッシュはロイに優しく微笑みかけた。

 ロイはというと、あまりいつもと変わらないように見えるのだがほんのり頬に朱がさしているような気がしないでもないような……。


「こういうところではやめろと言っているだろう」

「なんで? 別にいいじゃないか……」


 クレドに聞こえないように小さな声で話をしているつもりなのだろうが、流石に聞こえてしまったその会話がいったい何を差しているのか……。察しが悪くともこれはなんとなくわかる。が確証が持てないクレドは、聞いていいのか迷いはしたがその理由を聞くことにした。


「あの、そう言う話、とは……」


 周りに座っていた人たちが一瞬だけざわっとして、すぐに波が引くように静かになる。

 腫れ物に触る……とは少し違ってどう扱ったらいいのかわからないと言ったような雰囲気を感じたクレドは、この会話のチョイス自体が良くなかったのだとようやく気が付くが時すでに遅しである。


 しかし周りの雰囲気とは裏腹に、アッシュは上機嫌だ。


「聞いてくれましたね! ようやく聞いてくれましたね。みんな聞いてくれないからなかなか話す機会がなくてね!」

「アッシュ。だからそう言った話はあまり大きな声でするものではないと言っているだろう」

「どうしてです? 別に悪い事ではないはずですよ」

「だから、そうじゃなくてだな……、受け止める側の話だって言ってる」


 ロイのその言葉を聞くとアッシュはなんとも残念そうな顔をして、大きく息を吐いた。

 そしてすぐに気を取り直したかのように話し出す。


「ロイ。どうして君はそう後ろ向きなのかな。今の世の中、そんなに珍しくもなんともないって君も知っているだろ?」

「それはそれ、これはこれだ……」


 確証が持てなかったがその会話できっとそうなのだと、鈍いクレドでも気が付いた。


「もしやお二人は……?」

「えっと、やっぱりわかってしまう……かな」


 するとアッシュの表情がみるみる明るくなって、恥ずかしそうにしかし嬉しそうに頭を掻くではないか。百戦錬磨と言われている近衛騎士団団長のこんな可愛らしい表情、お目にかかれる機会などそうそうないだろう。


 一方のロイは……、とそっとその顔を見て見はしたが、あまり表情が動かないのはいつも通りだ。


「実はつい先日からお付き合いさせていただいていてね」

「そうでしたか。それはおめでとうございます」


 近頃では多様性社会で同性パートナーも増えてきている。

 クレドも自分の職場でも、同性のパートナーを持つ同僚がいるの数組はいるのでそこまで珍しいと言うわけではない。


 しかし、押しも押されぬ近衛騎士団団長のアッシュと、この国きっての魔法技師のロイがパートナーとなったとなるとかなりの大物同士だ。実際なんとかお近づきになろうと二人の事を狙っていた紳士淑女の皆様方としては心中穏やかではないかもしれない。


「まぁ、まだ正式に婚約はしていないけれどじきに一緒になるつもりなんだよ」

「は!?」


 照れながらもアッシュが言うその言葉に、ロイが一番びっくりしていた。


「そ、そ、そんな、そんな大事なこと、聞いて、ない!」

「そうだった? でも僕はずっとそのつもりで色々準備を始めてるんだけれど」

「なっっ? そう言った事はちゃんと、話し合ってだな……」


 元々仲は良さそうで、たまに見かける二人の印象としてはロイが若干控えめにアッシュに接しているイメージだったが、嬉しい気持ちと若干混乱する頭で考えながら遠慮しないで言い合いをしているのが、何というかクレドにしてみれば物凄く新鮮に見えた。


「アッシュ団長。そろそろお時間が……」

「待って! 僕はまだ数分ぐらいしかロイと一緒に食事してないんだけれど」

「そんなわけないでしょう……。もうとっくに食事休憩は終了していますからね。クレド殿がいらしたから譲歩したものの、もういい加減午後の仕事に戻ってください」

「アレックスが言うなら間違いないだろう。アッシュ、そろそろ仕事に戻った方が、いい」

「ロイまで……。つれない……」


 近衛騎士団副団長のアレックスにロイと引き離され、さらに引きずられて仕事に戻っていくのを、ぽかんとした表情で見送った後、残されたロイが申し訳なさそうにクレドに謝る。


「すまなかった。いや、すまないと言うのもおかしな話だが、俺も初めて聞く話もあってだな……」

「嬉しくはないのですか?」


 少し眉間にしわを寄せて、ロイは口元に手をやって考える。


「嬉しいに決まっている。が、慣れないな」


 ややあって、呟くように慣れないと言いながらも、じわりと口元が少しだけ上に上がっているのが見て取れた。

 あぁ、嬉しいという気持ちがにじみ出ているようでこちらも優しい気持ちになれる。


「しかし意外でした。お二人共そう言った話はあまり聞きませんでしたから……」

「オレも言うつもりなんてこれっぽっちもなかったんだけれどな。なんかな、タイミングみたいなものがな、丁度良かっただけでな。周りはありがたいことに理解あるやつらばかりで助かってはいる。ただ、一定数の、なんだ、そう言った口さがないことを言ってくる連中もいるからな」

「今時ですか?」

「アッシュは何というか、ユリシスの貴族と言う他にも、騎士団団長としての人気も高い人物だからな。同性パートナーだと……」

「ロイ殿の魔法技師としての知名度は抜群です。同性パートナーだからというよりはお二人がお似合いすぎることへのやっかみなのでは?」


 クレドに向かってありがとうと言うと、珍しくロイの頬がほころんだ。


 が次の瞬間、何か思い出したようにロイが勢いよく立ち上がった。ロイの弟子と思われる数人が、そろそろ時間です!と書かれたボードを持ってロイにアピールするようにカスタネットのようなもので音を立てながらじりじりと近寄ってきたのが分かった。


「すまん。つい話し込んでしまって。俺はこれから仕事に戻らねばならん。これで失礼するが、何かいい機会があればまたゆっくり話でもしよう」


 食堂で食べている時にたまに聞こえていた打楽器のような音は、ロイの弟子たちがロイ本人を迎えに来た時のアピールの音だったのだと初めて知ったクレドであった。

 何故そんなアピールが必要なのかは分からないが、お弟子さん方も天才肌の師匠を持つと大変だろうなと思いながらロイの事を見送る。


 打楽器の音が遠ざり、ふと考えてしまう。


 二人の間にいったいどんな心境の変化があってパートナーとなったのだろうか。

 どういった物語があったのだろうか。


 しかし、以前の二人の雰囲気とは随分と変わった気がした。


 以前からアッシュもロイも友人関係ではあったし仲も別に悪い感じではなかった。

 たまにロイがアッシュと物理的に距離を取ることがあった事を不思議に感じていたのだが、その場面を思い出せばロイは昔からアッシュの事が気になっていたのかもしれない。そして今はその距離を傍から見ていても感じることはない。


 思いのその先を、お互いに思いやるような関係性に変化することがパートナーになるという事なのだろうか。


 折角二人の話を聞いてなんともめでたいと思ってはいるのだが、幸せそうな二人の姿が何故かシズクとエドワルドと重なってしまって……。


「クレド、そろそろ時間だよ」


 同僚が一人、クレドにそろそろ時間だと知らせてくれた。


 クレドはなんだか自分の鼻の奥がツンとするのを感じながら立ち上がって仕事に向かったのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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