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60.さっぱりサラダと大葉のおにぎり

 巷で噂のメイスのポタージュの元祖がヴォーノ・キッチンと聞いたゴトフリー商会のガイルは、性懲りもなくパートナーの一人と執事のユニを連れてシズクの店に朝からやってきていた。


「やはりね、目の付け所が違うよ。メイスなんて今まではそう言った業者ぐらいしか購入しなかったのに、美味しい焼き方を開発したばかりか、この至高なる食べ方を提案してくれるなんて……。そして他店にはないラインナップも素晴らしい」


 店にあるメイスを使ったメニューを一通り試した後ガイルは、食後に出されたメイス茶に手を伸ばした。横に並ぶパートナーはクエルと言う名の女性で、初めて見た顔である。お腹がふっくらして見えるのでおめでたなのかもしれない。


「あぁ、シズク殿、すまないがクエルは身重でね。白湯か常温の水があればお願いしたいのだが……」


 ガイルがそう言うと、シズクはさも何でもないような顔で返事をする。


「このお茶はメイスの髭から煮だしているお茶なんで、お腹のお子さんとクエルさんに負担になるようなものは入ってないですよ」


 トウモロコシの髭茶。

 カフェインを含まず、適度な整腸作用、冷え防止で妊婦さんにも安心な飲み物である。

 それをこの世界でのトウモロコシに当たるメイスの髭で同じようにお茶を作って出しているのである。

 

「茶は妊婦には御法度。シズク殿ともあろう方がそれを知らないとは……」

「あの、これ、さっきも言いましたけれどメイスの髭から煮だしているんで正確にはお茶ではないで……」

「ひげ?」


 はい、と最近メイスにはまり気味のエドワルドの為に、メイスの髭茶パックを作成して持っていたのでそれをガイルに見せる。

 お茶パックのようなものがなくざっくり濾しただけなので、たまに髭が浮いているのはご愛敬。


「メイスから出てる髭みたいなのを乾燥させて、乾煎りしたものを煮だすだけですよ。メイスの実も同じように乾燥させて乾煎りしたものをお茶にできますよ」

「ほう……。茶の葉を使わない茶というわけですか」

「ただし利尿作用が強いので、そこだけは注意しなくちゃですけれど」


 一応そう言ってクエルの前にもメイスの髭茶を置くと、にこりと笑って口を付ける。

 

「ほのかに甘みがあって、とても美味しいですわ」

「そうか。してこれはどこで購入すれば?」

「売ってないんで、メイスを買って自分で作ってみてください」


 とても優雅に微笑んで聞いてくるガイルに対して、シズクも負けじと満面の笑みで売っていない事を告げる。


「この私に購入できない商品があるとはっ!」


 売っていない事にびっくりしたクレドの大げさなジェスチャーにも驚くことなく、クエルは全く動じることなくお茶をゆっくりと楽しんでいる様子だ。

 そんなクエルが、並ぶ総菜の中から一つ食べてみたいと気になるものを告げる。


「こちらも体にはいいものかしら?」


 その先にあったのは先日からたまに出しているブロッコリーとアポの実を使ったサラダだ。

 暑い日が増えてきたので、今日はオリンジの実を少し入れてさっぱりとした味わいに仕上げてある。


「もちろんです。栄養満点ですよ」

「栄養?」

「はい。具体的には……難しいんで割愛しますが、お腹の赤ちゃんの成長に必要な栄養素も、母体の健康維持に必要な栄養素もしっかりとれますよ。食べられないものとかありますか?」


 つわりで酷い場合は、炊いた白米の匂いが駄目だと言う人もいるし、甘い物が駄目だと言う人もいる。症状は千差万別だが酸っぱいものを食べると比較的楽になる人も多いと聞くkので、クエルにも念のため聞いてみる。


「実は、最近食べようとするとつわりで吐き気がどうしても……」

「なら試しにちょっとだけ食べてみますか?」


 小皿に小さなブロッコリーの欠片とアポの実にオリンジを乗せ、少し大きめのオリンジの実を潰してその汁をかけてからクエルに出す。

 

 クエルは手に持ってから、少し戸惑いがちに一度鼻を寄せて匂いを嗅ぐと、大丈夫そうだと一度頷いてから恐る恐るスプーンに乗せて一口ぱくりと食べた。

 下を向いていたクエルの顔がぱっと上がり、目を輝かせながらおかわりをお願いされる。

 今までのつわりが結構大変だったのか、他にも同じようにさっぱりしたメニューがないかを聞かれていると、随分と久しぶりにクレドがエドワルドと並んで店にやってきた。


「シズク殿、久しぶりだな」

「クレドさん、お久しぶりです。お忙しかったんですか?」


 魔術師団に所属するクレドは、最近ずっと店に顔を出していなかったように思う。

 一時期は店に入り浸るように来ていたのだが……。


「あぁ、少し立て込んでいる案件があってな」

「うちも結構大変で、魔術師団の護衛に結構駆り出されたりするんだよ」

「お前は護衛任務にきたことなどないではないか。そのくせシズク殿の店に入り浸りおって!」

「そっちの任務は俺向きじゃないだけだし。それに来たければお前も入り浸ればいいだろ」

「なっ!! 何を言う!」


 仲がいいのか悪いのか全く分からないやり取りをしているその横で、二人の会話が気にならないと言うわけではないのだが、シズクはクエルが食べられるものにリサーチをしていた。

 そしてそのクエルの横で紳士的な笑みを浮かべながら会釈をするガイルに、一応会釈をしてからエドワルドとクレドは店の椅子ではなく、シズクを守るように両隣に陣取った。

 

 食べたいけれど、食べると気持ち悪くなってしまう。

 さっぱりしたものなら食べられるが、いつも同じメニューになってしまって食事が楽しくない。

 昔から妊婦に良いと言われている食べ物は、栄養はありそうだが基本的には美味しくないのだという。


「昔からつわりにいいって言われている食べ物はあるんですか?」

「そうですね。つわりというよりはこの地方で昔から妊婦に食べさせて栄養を付けるためのメニューはサルモーが食べられているんです。塩を強めに振れば比較的食べることもできるのですが、脂がのっているものはなかなかどうして……」


 サルモーは鮭に似た魚である。

 最近いくらに似たイキュアはよく食べられようにはなったとは言え、サルモーはそうでもない。

 

 つわりといってもひとくくりにはできず千差万別ではあるが、流石につわりのひどい人にとっては油の乗ったサルモーはしんどいのではないだろうか。


「もし白米の匂いが嫌でなければ、ちょっと試してもらいたいんですけれど……」


 今朝摘んできた大葉を細かく切って、炒りごまとじゃこを共にご飯に混ぜ込む。白米は炊き立てではないが、少し冷ましてからクエルに出す。


「本当は雨があればいいんですけれど、これでも結構さっぱりすると思うので試してみてください」


 大葉で結構さっぱりしてくれるはずだと思ったが、目の前のクエルを見る限り問題なさそうである。


「さっぱり食べられますわ! これでも十分ではありますが……、でも後もう少し酸っぱさがあれば……」


 控えめだが言いたいことは言う。

 流石ガイルのパートナーの一人というわけだ。


 酸っぱいものといえば、梅干しだ。このレシピに梅干しが加われば完璧なのは分かってはいるのだが、この世界ではまだ梅の実に出会っていないので仕方がないのである。

 市場でも見かけたことはないし、いつもの畑のそばにも梅の木を見たことだってない。


「梅があればなー」

「うめ? とは?」

「これぐらいの、完熟してれば黄色っぽい実で、完熟前だと青っぽくて……」

「もしや、ぺスカの事か?」


 横で聞いていたクレドが助け舟を出してくれたが、ぺスカと梅がイコールなのかは今の段階ではわからない。もしかしたら小さい桃かもしれない。


「ぺスカかー」

「エドワルドは食べたことあるの?」

「あるよ。うちの庭にあるし」

「ほんと!?」


 昔々、東の方から来た使者が持ってきたぺスカの苗木をセリオン家がもらい受け育て始めたそうだ。育て方はその時に教わった通り代々受け継がれて今に至るが、綺麗な花を咲かせた後にできた実はその昔は食べていたと言うが、その食べ方は失われたと言う。


「春が来る少し前にさ、小さくて可愛い花を咲かせるんだよ。匂いも控えめだけどいい匂いなんだ。実は今まさに鈴なりになってるよ? 昔から拾って食べる時は注意しろって伝えられているから食べたことないんだよ……」

「ねぇ、それ見に行っても良いかな」


 春が来る前に花を咲かせて、夏の前に実を付ける……。拾って食べる時は注意が必要。


 まさに梅の木なのではないか!?

 

 若干食い気味でシズクが聞くと今からでもいいよと笑顔で快諾してくれるではないか。ただ店を急に終わらせることは出来ないので、次のシズクの休みとエドワルドの休みの日が被る日にお邪魔することに決めた。


「ならば俺も行こう」

「なんでお前も!」

「乗り掛かった舟だからな」

「何にも乗ってないだろ」


 ぎゃいぎゃいと言い争いをするその横で、今まで一言も発さなかったがようやくガイルが急に立ち上がった。あんなに目立つ男がいったいどうしてなにも言い出さなかったのかは分からなかったが、着々と話の流れからその瞬間を狙っていたのだ。

 エドワルドがシズクを自宅に招くその瞬間を。


「では、私も乗り掛かった舟です。ご一緒させていただきましょうか」

「「「えー???」」」

「うちのが口にするかもしれないものですからね」


 先ほどまでやいのやいのと言い合いをしていたクレドとエドワルドが、急に商人の顔で立ち上がったガイルにびっくりしている。


「うふふ。うちの人は、その時を見逃さないのですわ」


 びっくりしていないのは、先ほどのおにぎりを食べ終わりゆっくりとメイス茶を味わっているクエルだけであった。

お読みいただきありがとうございます。

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