05.出動要請
「あいつだろ? セリオンの三男とか言うやつは」
「ふーん。思ったより幼い感じだな」
「はっ、どうせ顔がいいだけの七光だろ」
「わざわざ赴任の挨拶するなんて珍しいな。もしかしたらいいやつなのかも……」
「でもよ、見習い期間無視してすぐに近衛に行くと思ってたのに、面倒臭えな」
「気の良さそうな奴だけど、さすがにセリオンじゃ気を使うぜ……」
エドワルドが警ら隊での自己紹介を終えると、持ち場に戻る為に散り散りになっていく隊員たちの声が聞こえる。大なり小なり、悪意を含むような声はなんだかんだと耳に届いてしまうものである。
エドワルド・アブソリュー・セリオン
ユリシス王国の名門 セリオン家の三男で、この春に士官学校を卒業して国王直属の近衛騎士団に配属が決まった氷魔法を得意とする魔法剣士である。
万が一国王一家に何かがあった場合、街の構造が分からなければ敵を追うことが出来ないからと、近衛騎士団に所属する際には警ら隊で見習い期間を過ごす規定があるのだが、それはあくまで建前だ。
なんだかんだ言っても貴族が近衛騎士団に配属される際に本当に警ら隊で見習い期間を過ごすなんてことは、そうそうない。庶民に混じって警ら隊で、しかも見習いとして仕事をするなど、プライドの高い貴族はほとんどいないからだ。
しかし名門貴族の三男であるエドワルドはきちんと見習い期間を警ら隊で過ごそうと心に決めていた。
家の七光りなどと言われない為、市井の生活をもっとよく知るため、そして何よりも大切なものを守る為に必要不可欠だと思ったからだ。
あれからひと月と少し。
あんなに遠巻きに当り障りなく接してきていた警ら隊の面々だったが、今やすっかり旧知の友のような扱いを受けるまでになった。名前もエドワルドではなくあだ名のエドと呼ばれているが、悪い気はまったくしていない。むしろ嬉しいぐらいだ。
「エドー。またあそこの弁当買ってきたの?」
「だって美味しいんだもん」
「屋台街のあそこの弁当屋だろ? シズクちゃんだっけ。弁当も総菜もうまいんだよなー。うちのカミさんもたまに買ってきてるぜ」
昼休憩で一緒になった警ら隊のノルンとバリアンが、エドワルドの食べている弁当を羨ましそうにのぞき込んだ。
「そんなに物欲しそうに覗いたって分けてあげないよ」
「そんなみみっちいこと言うなよ」
「今腹ペコの俺が満たされるか否か、すっごく大事なことだからね」
今日選んだ弁当の中身は鳥つくねのハンバーグのドンブリ。一品追加で南瓜の煮物を選んだ。ドンブリという名前は良く分からなかったが、鳥つくねのハンバーグの下にサラダ菜と焼きピーマンが敷いてあってさらにその下に米が敷き詰められている。鳥つくねのハンバーグのタレがご飯に染みて、一緒に口に入れると美味しさが倍増するのが分かる。鳥つくねを咀嚼するとたまにコリっと不思議な触感がして、美味しい上に楽しい逸品だ。
追加で頼んだ南瓜の煮物はほんのり優しい甘さとほくほくとした食感がたまらない。弁当箱の端に少しだけ盛られているジンジャーのビネガー漬けが口の中をさっぱりさせてくれてなんとも憎らしい。
これではさらに鳥つくねのハンバーグに手が伸びてしまう。
「料理長さんとかに言えば作ってくれるんじゃね?」
「シズクの弁当と同じものはやっぱり難しいよ。まぁ普通の弁当なら作ってくれると思うけど」
「名門家のおぼっちゃまの弁当見てみたいな」
「はは。他家は知らないけどうちはいたって普通だよノルン」
「名門貴族が普通なわけあるかっ!」
ノルンはこのユリシスの城下街から少し離れた街からやってきた、農家の四男だそうだ。農家は基本的に長男が家を継ぐ。ノルンの家もそれにたがわず長男が家を継ぎ、次男がそれを手伝っている。三男と四男のノルンは家を出てユリシスで二人で暮らしているらしい。
「でもエドぐらい優良物件なら、言い寄ってくる令嬢が結構いるんじゃないのか? そう言ったお嬢さんたちは愛情たっぷり弁当作ってくれないの?」
「貴族令嬢にバリアンは夢見過ぎじゃない? 正直ちょっと危なくて受け取れないよ」
「危ない?」
「そ。舞踏会で催淫剤入りの酒を渡されたり、食事に睡眠剤入れられたこともあるからさ……。全員が全員そうじゃないと思うんだけれど、それでもさ弁当を受け取ったら何が入ってるか疑っちゃうだろ?」
「なにそれ、怖い……」
「俺なんかはまだ数は少ない方だけど、兄貴達二人は結構危ない目にあったらしいよ」
「そいつは……、マジであぶねぇし、こえぇな」
「だろ?」
バリアンはユリシスの警ら隊の三番隊隊長で警ら隊一の腕っぷしの強さを持つ。さらに開けっ広げな性格でずけずけものを言う割に、意外に嫌味に聞こえないのは裏表のない人柄のおかげなのかもしれない。ちなみに奥さんは屋台街の裏にある店でお針子をしているそうだ。
貴族として出席するべき舞踏会や茶会にはエドワルドもそれなりに出席をするわけだが、そこであった出来事をあれこれと話すとノルンとバリアンの二人も若干引き気味になってしまった。が、バリアンが合点が言ったようにエドワルドの肩を叩いた。
「あぁ、そっかお前のところ兄二人、姉一人だろ? 兄二人はもう結婚してるから、これから増えるかもしれねぇよな……」
「どういう事っすか?」
「エドだってこんなにいい男だからな。モテないわけがねぇしセリオンの家と繋がりたい貴族はごまんといるってこった」
人当たりもよく愛嬌のある笑顔も好感が持てるし気遣いも充分できる。仕事にも誠実で、セリオン家特有の深めのアッシュブルーの髪色に紫がかった瞳、少し幼く見えるがかなり美形だ。背丈も高いし体つきだっていい。もちろんも中身も相当いい男だ、と短い付き合いではあるが、わりと本気でバリアンはそう思っている。
「ふぅーん。貴族も大変だって事か? 俺は早くパートナー見つけてラブラブな毎日送りたいけどよー」
「ノルンはいいやつだし、素敵なパートナーがすぐ見つかるよ。俺は今は仕事が恋人みたいなものだからさ、当分はいいかなぁ」
最後に残していた鳥つくねのハンバーグとご飯、ジンジャーのビネガー漬けをスプーンに乗せて一緒に口に入れると、全部が混ざってなんとも言えない幸福感がエドワルドに訪れる。
「本当に美味しいんだよなぁ。シズクのご飯。幸せの味がする……気がする」
「わからなくもねぇな。旨い飯はそれだけで幸せってもんだ。でもよ、飯も美味いが、本人も結構人気あるんだぜ? 知ってたか?」
「そうそう、この間は二番隊の副隊長がアタックしたらしいんだけど玉砕したらしいぞ」
「え? 本当に?」
そんな話シズクからされたことがないが、本当にあったんだろうか……。エドワルドは次に店に行くときに絶対に聞いてみようと思ったが、さらにノルンが爆弾を投下する。
「他にも隊の奴ら声かけたりしてるみたいだぞ? エドはどうすんの?」
「え?? 俺はそんなんじゃないって」
「こんなに足蹴く通ってんのにか?」
「確かに胃袋は掴まれてるけど……。そういうのじゃないよ。いい子だし一生懸命で、目が離せないって言うか、力になりたい? あー、友達になりたい感じっ? な? わかるだろ?」
本当にそう思うのだから仕方ない。ノルンとバリアンに同意を求めたが、何故だかなんだか二人ともニマニマ、ニヤニヤした顔でエドワルドを見てくる。
「ちょっと、それどんな感情の表情なんだよ……」
「おじさんちょっとキュンとなっちゃったよ」
「オレも、胸の奥がぎゅってなっちまったぜ。エド」
「二人が何言ってんのか全然分からないんですケド」
ニマニマニヤニヤの意味もわからないまま、その謎の表情に見守られながら食べ終わった弁当箱を軽く水で洗っていると、外から戻って来た警ら隊員がやってきて昼休憩が唐突に終わりを告げた。
「街の外に魔物が出たらしい。近衛騎士団からエドに出動要請が来てるぞ」
魔法で書かれた出動要請の伝令書をエドワルドが受け取り、早急に内容を確認する。
至急、武器を持って合流するようにとそれだけが簡潔に書かれていた。
他の事が一切描かれていないところを見ると、とにかく急いでこいと言うことだろう。
「飯食い終わったところでよかったな。けど魔物ぐらいで近衛騎士団が出るなんてちょっと大げさすぎないか?」
「何が出たかによるぞ。ノルン」
近衛騎士団とは基本的に王族を守るための護衛が主な役割なのだが、一人一人の戦闘力も高く魔法力も高いので、なにか有事があれば軍と共に魔物と戦うこともあるし、人間同士の戦に出ることもある。
「今回のは結構デカい魔物らしいぜ。アッシュ隊長も出張るらしいし」
「そいつはなんか、相当やばそうだな」
「詳しい話は聞いてないけど、ドラゴンらしき魔物が空を飛んでいるって目撃情報があってな」
「ドラゴンだって!?」
ドラゴンとなれば火を吐くものが多い。万が一ドラゴンとの戦闘になった場合を考えると、氷魔法の使い手であるエドワルドに話が来たのもうなずける。
エドワルドは警ら隊で使っている木剣を置いて、待機場所に置いてあった愛剣を手に取り背中の剣帯に収めた。
「合流場所は西門だってよ。気を付けていってこいよ!」
「わかった。あ! 今日は教会の人達が街の外の畑に行くって言ってたからまだ残ってたら行かないように伝えて! それじゃ、行ってきます」
「おう。無茶すんなよ」
これから御伽噺に聞いたドラゴンと戦うかもしれないと少し緊張した面持ちが見て取れたが、それでもしっかりとした足取りで出ていくエドワルドの肝の座り具合に、呼びに来た警ら隊員もびっくりしてしまう。
扉がぱたりと閉まると、エドワルドの足音も遠くなっていく。
「エドのやつ、肝が据わってるっていうかなんというか」
「そもそもドラゴンが近くで出たなんて、御伽噺でしか聞いたことねぇし」
「案外ワイバーンかもしれないけどな」
「いや、ワイバーンだってあぶねぇ事には変わりねぇよ」
成果なんて上げなくても五体満足で帰ってくれば、それでいい。
無理だけはしないでくれと思いながら、エドワルドが出ていった扉をノルンとバリアントは祈るように見つめていた。
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