59.爆ぜるあいつ
イチャイチャするなと言われた後、否定も出来ない二人を置いてベルディエットは台所から戻っていった。直後えへへ……とお互い照れを隠すような笑顔を交わすと、何となくいつもと同じような空気感に戻ることが出来たのがありがたかった。
出来上がったコーンポタージュをを持っていくと、ベルディエットが思った通りの反応を返してくれる。
「メイス……」
しかしシャイロは違った。
メイスであることは確かにびっくりはしていたが、メイスがかなり美味しいことに驚きを隠すことが出来ず、やや興奮気味で作り方を聞いてきたのだ。
思ったよりも簡単に作れることを知ると、目を爛々と輝かせ何度も頷く。
「メイスはリットラビアの特産ではあるのですが、食用として生産している数に対して販売自体は半分……言いすぎました。ほぼ売れていません……。でもこれならばまず見た目が違うのでメイスと言っても入りやすいかもしれません。これは、これはいけます!」
早口で興奮気味でシャイロが語ると、うんうんとその隣でベルディエットが大きく頷きながら、残っているコーンポタージュを口にする。
「確かにメイスのイメージはかなり変わりますわね。こんなに甘くて美味しいのですから、いつもの乾燥した状態でないところからイメージ戦略を練って展開していくのがいいのではないかしら」
「そうですね。今の時期が収穫のピークなので今年はこのぽたーじゅ? を展開していきたいのですが……、あ……この料理レシピは……」
心配そうにシズクを見た。
何を心配しているのか、何となくわかる。
「別に、好きにしていただいて大丈夫ですよ? 門外不出でもないですし、他のレシピと合わせて作り方はお教えします」
昔から普通に作られてきたものであって自分で開発したメニューではない。エドワルド、ベルディエット、さらにシャイロの口にもあったのであればこの世界の人達にも受け入れてもらえるだろう。
美味しく食べてもらえるならば、否やはない。
「作り方はどうやって教えれば? そんなに難しくないですけど……」
「うちの料理人をシズクさんのところに修行に行かせたいのですが、いつならいいですかね」
「いやいや、そんなに難しいものじゃないですよ!?」
レシピを渡して終わりかな、ぐらいの気持ちだったのに修行だなんて大げさすぎるというと、これから国を挙げての戦略になるかもしれないのだからと、料理人の修行を譲りそうにない。
「国を挙げての戦略って、大げさすぎない??」
「そんなことはありません。大きな産業になるかの第一歩ですから!」
そんなやり取りの末、一度家に来てもらってレシピを渡した後簡単にレクチャーして終了とすることになった。メイスというあまりイメージが良くないものがこんなに美味しくなるのだと感動してその料理人の方もお帰り頂くことに成功したシズクは、見かけた際には仕入れして簡単にメイスポタージュを店でも提供するようにしたのだった。
「シズク! 今日はメイスのぽたーじゅ、ある?」
「あるよ? 冷たいのだけど飲む?」
朝食を食べにやってきていたエドワルドは、メイスのポタージュにゾッコンである。
お味噌汁を食べていく時もあるのだが、そういった時でも最後のお茶代わりに飲んでいくこともしばしば。かなりハマっているようであった。
「今日の朝食は、メイスの実を使ったおにぎりもあるよ?」
「実の方?」
すりおろしたり焼いたりして形がなくなったものに対しては抵抗がなくなったようだが、形があるものに対しては警戒心が強い。
「お醤油とバターで味付けしてるから、多分好きだと思うよ」
「バター? ご飯に合うの?」
人によるとは思うがエドワルドは好きだと思うと伝えると、なんだか口元が緩んで嬉しそうだ。美味しいものを食べられる喜びは確かに何物にも代えがたいのである。
「今が旬だからね、コーンクリームコロッケもお惣菜で準備しているから、お弁当に入れる?」
「そうしようっかな。じゃぁ朝食は……」
選ぶエドワルドを横目に見ながらおにぎりを握る。
と言っても、粒にしておいたメイスの実を白米に混ぜて握ってから醤油とバターを溶かしたものを捌けで塗ってフライパンで焼くだけだ。
「ねぇシズク。これもメイス使ってるの?」
焼いている最中だがエドワルドが一つの総菜に目を付けた。
メイスのかき揚げだ。
「そうだよ。メイスの実に小麦粉を混ぜで揚げただけだけど、甘くて美味しいよ」
「じゃぁこれと、その揚げたやつ!」
もう一つ選んだのは卵とアボカドに似たアポの実とブロッコリーのボリュームサラダだ。アボカドもこの世界であるんだなーと見つけた時には思ったものだが、店主曰くどちらかと言えば食材と言うよりは薬に近い使われ方をしているから生で食べる人はあまりいないと言われたのだ。
一般的には薄切りにしたものを乾燥させて、サプリのように何かの時に数枚食べると言っていたが、店主がなんといっていたのかはアボカドを見つけた喜びであまり聞いていなかった。
試しに食べた感じは前世で食べていたものと同じ味だったので、アボカドと同様肥満や美容にも良いと思われる。
こちらの世界の女性は美意識が高いので、味噌の時のようにすぐに取り入れるかもしれない。
「これ、食感面白いし美味しいね」
「お? エドワルドの好みに合って良かった。これは森のバターって言われてて生活習慣病の予防とか、栄養が豊富で若返りのフルーツ、なんて言われてたりもするんだよ」
そうなんだーと言いながら次にメイスのかき揚げを一口、大きな口で頬張る。
香りを堪能するかのように鼻から息を吐きだしてからゆっくりと味わいながら咀嚼を始める。十分堪能した後もう一口ぱくりと食べると、満足そうに目尻が下がった。
「これも甘くて美味しいね。おやつでもいいかもしれないよ! 収穫祭で出したら売れそうじゃない?」
そう言ってもらえるのはありがたいが、今出回っていることを考えると恐らくこの世界でのメイスの旬は夏の辺りだろう。去年の収穫祭で食材を探している時は見ることがなかったし、残念だがそれは叶いそうもないと告げると、エドワルドは面白いぐらいに眉をハの字にして残念がっている。
「この揚げたやつは、一口サイズにしてさ。ぱくっと口に入れたら幸せだし……。あ! 焼きメイスとか絶対いい! もーっ! なんで年中食べられないんだろうなぁ」
元々トウモロコシは夏野菜で初夏に出回るイメージだが、北のほうでは九月の下旬頃まで美味しかったと記憶している。ユリシスから北に位置するリットラビアはメイスが特産だと言っていたから、こちらよりも少し寒い地域であれば、もしかしたら秋いっぱいぐらいまで収穫が可能かもしれない。
「リットラビアってこっちよりも寒い?」
「そうだね、ユリシスよりは寒いし雪も結構降るみたいだよ」
「それならいけるかも! あれだ! シャイロさんに聞いてみようよ」
行ったそばから、ヴォーノ キッチンに向かってシャイロが手を振りながら歩いてきた。
横から走ってきた子供とぶつかりそうになりながらも、なんとも晴れやかな顔である。
「おはようございます。先日はメイスの件で大変お世話になりました!」
「丁度いい所に……、あのメイスの事なんですけれど」
するとシャイロはパッと明るい表情で報告してくれた。
「実はね、今年の秋に向けて食用を少しずつ増やして入荷してもらえるように交渉中なんですよ! 品種は全部で四種類です。急に大きな取引はさすがにまだ出来ませんけれど、それでもメイスが広がる足掛かりになりそうです」
「は? 仕事はやすぎない?? っていうか今年の秋??」
「はい」
食用と飼料はやはり品種が違うようで、食用は元々作っている規模が違うようだ。
様子を見ながら少しずつ広げていく算段のようではあるが、シャイロの表情からは自信のほどがうかがえる。
しかし手に持っていた袋をシズクに見せると、先ほどの自信満々な表情から一転困り果てた表情で意見を求められた。
「もし知っていたら教えていただきたいのですが、この固いメイス……使い道はあると思いますか?」
手のひらと同じぐらいの袋の中身を確認すると、乾燥したメイスの実が入っていた。
乾燥させてあり色は濃い目で、触るとかなり固い。
「昔からとある地域にだけこれが一定数できるのですが、生でも調理しても固いんですよね。ボルスミルクで煮れば、まぁ食べられない事もないのでいざという時の為に備蓄にしているのですが……」
話をするシャイロの表情はすぐれない。
しかし、これはあれだ。見た目といい濃い色といい、爆ぜるあいつかもしれない。
表情のすぐれないシャイロとは裏腹に、こんなところで出会えるなんて、とシズクは出来上がった焼きおにぎりをエドワルドに出しながら満面の笑み答えた。
「ちょっと試したいことがあるので、少し貰ってもいいですか?」
「え? それはもちろん……。あの……」
こんなに簡単に使い道が分かるはずはないと、自分から相談を持ち掛けたというのに物凄く訝しがりながらも承諾してくれたシャイロだったが、出来上がってエドワルドの目の前に出された焼きおにぎりの匂いとその中にメイスが入っていることに気が付いて食べたそうにしている。
メイスの醤油バター焼きおにぎり。
醤油とバターは少し控えめにしているが、メイスのおにぎりと相性抜群でいい匂いがエドワルドとシャイロの食欲を刺激しにかかる。
「もしよかったら、半分どうぞ?」
「もしかして?」
「メイスの実を入れて作ったおにぎりですよ」
ほぉ、と興味深そうに上品に一度二つに割ってから片方を一旦皿に置き、もう一つを食べやすいようにさらに半分にしたものをもう一度半分にしてから、さらに半分にして口に入れる。
おにぎりなんだからばくっと食べてもらっていいのだが、こればっかりは性格も出るのかもしれない。同じ貴族でもエドワルドは直接ばくばくと食べるのだから。
「シャイロさんも、よかったらこっちも食べながら待っていてくださいね。メイスのかき揚げです」
「ちょっとシズク、それそのままフライパンに入れるの?」
おにぎりとメイスのかき揚げを食べながらシズクの作業を見ていたエドワルドがびっくりするのも無理はない。
固くて食べることもできず、どうしてもという時にしか使えないような備蓄のメイスを、シズクが熱したプライパンにざらざらと豪快に入れ始めたからだ。
「そうだよー。多分エドワルドも好きだと思う。バタフライかマッシュルームかは出来上がってからのお楽しみって事で……。お!? そろそろかな?」
メイスが熱を帯びて少し実が白っぽくなってきたところで蓋をして、シズクはじっとその時を待つ。
おにぎりをお上品に食べたあとかき揚げを堪能しながらシャイロも良く分からないがエドワルドが釘付けになっているフライパンを一緒にじっと見つめた。
ぽんっっ!
「わっ!」
ぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽん!!!!!!
「わわわわ! 何これ!」
楽しそうなエドワルドの笑い声と目をまん丸にしているシャイロに、してやったりとシズクの笑みが溢れる。
フライパンの蓋を閉めているので中の様子は全く見えないのだが、ぽんぽんとメイスが弾ける音と蓋に当たる音が景気良くそして小気味よく鳴り続けると、道行く人たちがちらちらと気にしつつも通り過ぎていく。
ぽんぽんぽ……
音があらかた鳴り止んだところで蓋を開けると、メイスのほのかな甘みを感じられる優しい香りがふわりと鼻を掠める。そして出来上がったのはマッシュルーム型の方だった。チョコやキャラメルなどでコーティングするのが合う、外はカリッ中はふわっとした食感を楽しめるタイプである。
しかしコーティング出来るようなフレイバーが今はないので、塩をさっとまぶして二人に出す。
「シズクさん……。これ、本当に先ほどのメイスの実ですか?」
「そうですよ。こういう固い実のやつでしか作れないんですけど、よくこの品種がありましたね」
「随分と昔に品種改良の途中で出来たものらしいんです。逆にシズクさんがこれの食べ方を本当に知っていたことにびっくりなんですけれど……」
「たまたま、たまたまですって」
何とかごまかそうとするシズクだったが、そんな話はどうでもいいからとりあえず一口食べてもいいかというキラキラした瞳のエドワルドからの圧が凄いので、まずは食べてもらう事にする。
どうぞと促すと、エドワルドは一つを手に取りそのぬくもりと香りを堪能してからそっと口に入れた。シャイロも同じように香りを確認してから、こちらは恐る恐ると言った風に半分齧った後すぐに残りを口に放り込む。その後は、無言である。無言でむさぼっている。
「えっと……」
ポップコーンに伸びる手が止まらない。エドワルドの横から伺いながらシャイロが手を伸ばし、さながら餅つきのつき手と返し手のようだ。
ひょいぱくひょいぱく。
初めて食べたそれを、迷いなく口に入れたはいいが全く止まることなく作った分がすぐになくなってしまった。
指をぺろりと舐めて、びっくりするほど大きな声で「おかわり!」というエドワルドの声が響いたが残念だがおかわり分のメイスの実はない。
「これはさ、俺は蜂蜜とか甘い物とかかけたら美味しそうって思うんだけど」
「そうなんだよ! 蜂蜜とかチョコとかキャラメルとかあると最高かも!」
「きゃらめる?」
「あとはチーズとかも良さそう!」
「チーズは合いそう!!!」
「これ通年買えるようになるんですよね! 収穫祭の時の目玉なもの使えそう!」
シズクとエドワルドが次はいつ作るか、どんな味にするかを楽しそうに話しているその横で、一度シズクの質問にこくりと頷いた後、後ろを向いて小さくわなわなと震えながらシャイロが息を詰まらせていた。
「これは……我が国の特産品が、ようやく本当の意味で特産品と呼べる物になれるかもしれない……」
自国で作っていたどこの国にもあまり見向きもされなかったメイスと言う特産品が、もしかしたら多くの人に受け入れてもらえる可能性を、一人誰にも聞こえない程小さな声で噛み締めたのであった。
お読みいただきありがとうございます。




