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57.焚き火

「本日はお越しいただきありがとうございました」


 音楽会終了のアナウンスが流れ会場は、来場者からのあたたかい拍手に包まれている。この後は場所を移して、貴族同士が集まる茶会である。


 エドワルドがこの音楽界に来たくなかった理由はいくつかあるが、家がパトロンになっている面倒くさい男が出ている事がまず第一にあげられる。全く見知らぬ他人であったならば何とも思わないが、シズクを事もあろうか拉致監禁した張本人。先日のロイの家でのやり取りを見ればシズクももう気にしていないようではあるが、エドワルドにとってはいまだに腹の底では許せないままである。


 もう一つは、この茶会自体が貴族の社交や事前見合いのような場であることだ。

 夜会や舞踏会とも違う。比較的カジュアルな催し物ではあるのだが、国王主催のほぼ貴族しか集まらない音楽会。その後に茶会は社交という名の腹の探り合いに、交際の申し込みがひっきりなし。それがエドワルドとベルディエットがこのような音楽会を好きになれない理由でもある。


「別に時間を指定されているわけじゃないけど、あんまり遅くなりたくないな……」


 ぼんやりと多数の男性貴族に囲まれる、姉 ベルディエットをどこか他人事のように見ていたエドワルドであったが、会話をしようと近づいてきた男女に捕まってしまった。士官学校で一時期同じクラスになっていた男性とその双子の妹だった。

 派手に遊んでいてあまり良いイメージのない兄弟だったように思う。あまり親密に話をしたり同じ課題に取り組んだりすることもなく、剣の稽古も一緒にしたこともなかったのになんとも親し気な様子で話しかけてくるのが逆に不思議でならなかった。


「久しぶり。エドワルド」

「え……っと、久しぶり」


 何となくそうだったかな、と、うろ覚えで呼んだ名前は当たっていたらしく上機嫌で意気揚々と妹とその友達にエドワルドを紹介し始めた。


 いったい何をしたいのかさっぱり分からないエドワルドは、折角シズクに家に招いてもらえたのだから粗相のないように早くお邪魔したいと思っていたのに、とんだ足止めを食らったなと、表情には出さずに話をとりあえず聞く。 


「だからこの後一緒に食事でもどうだ? 楽しい夜にしようぜ」


 何が『だから』なのか、聞いていなかったにしても大して仲の良かったわけでもないエドワルドを、わざわざ妹とその友人達と一緒に食事に誘う理由など、分かり切っている事だ。


「申し訳ないけれど、俺今日はこの後行くところがあるから」

「それでは別の日に、お誘いしてもよろしいでしょうか」


 妹の方がエドワルドにしおらしく身体を寄せてしなだれかかりそうなところ、エドワルドは笑顔で丁寧に断りながら軽くかわし、ゆっくりと首を振る。

 こういった事は勝手に約束を取り付けただけでもおかしな噂が流れる世界だ。こういった下心がありありと見える輩たちは、一服盛って既成事実をでっちあげることも厭わない。


 貴族間ではありがちなことではあっても、とても気分のいいものではない。

 向こう側ではまたベルディエットも同じように誰かに足止めをされているのが見えた。


 いち早くシズクのところに向かいたいのになかなかそれが出来ないのは、ひとえにこの場所がただの音楽会ではなく、国王主催の音楽会であり他家との交流の場として設けられているからだ。ある程度は見合いの側面も含めているのだろうが、自分にはとにかく関係ないので早くこの場を去りたい気持ちでいっぱいなエドワルドに、また誰かが声をかける。


 ようやくお開きのアナウンスが流れるとともに、まだ人に囲まれているベルディエットに申し訳ないと思いながらもエドワルドは会場を飛び出した。

 馬車では待っている間にまた誰かに捕まってしまうかもしれないと、エドワルドはそのまま歩いたり走ったりしながらシズクの家へ向かう。


「来た来た! こんばんわ。思ったより早かったねー……。あれ、ベルディエットは?」


 家に入るより前に、本人が玄関から出てくるではないか。


「こんばんわ。あぁ、ちょっと面倒くさい茶会みたいなのがあって姉様はそれに捕まっちゃったんだ。俺だけ逃げてきた」

「お疲れ様。これね、ちょっと工房の庭で美味しくしちゃうから一緒に来てくれる?」


 手には大きめのバケツを二つ持ち、一つには薪が入っているようだ。もう一つのバケツにはあまり見たことがないものが入っている。葉っぱにしては固そうだし、木の幹にしては細すぎるし青すぎる。


 そんなに距離がないとはいえ流石に二つも大きなバケツを持って歩かせるのはいけないと、エドワルドはさりげなく薪の入っているバケツをシズクの手から掬うようにして持つ。

 シズクはびっくりした顔をエドワルドに向けたが、ありがとうと一言告げてそのままリグの工房の裏にある中庭のような場所に向かった。


「ここらでいいかなー」

 

 リグの工房横にあらかじめ準備していたのであろう焚き火台を持ってきてバケツから薪を取り出し、丁寧に薪を並べてそれに着火した。


「し、シズク?」

「大丈夫大丈夫。ここで焚き火するのリグとエリスにちゃんと許可取ってるから」


 許可を取っているなら大丈夫かもしれないが、急に焚き火とは……。

 一体何をするのか全く想像がつかない。

 

「国王様主催って言ってたし、終わった後に夜会でもあるかと思ってたけど早めに逃げられてよかったね。でもベルディエットはモテモテかー」

「音楽会自体は結構楽しめたんだけどね」

「あー。フロースはちゃんと出来てた?」


 他愛のない会話をしていたが、ふと気になる事があった。

 こんな面白そうなことを始めたというのに、リグとエリスの気配がしない。

 流石にこの時間にいないのはどうかと思ったが、理由を聞いて納得である。


「あ、リグとエリスはね、このあたりの職人さんたちの寄合で出てるんだよね」


 家の敷地内ではあるが、月の明かりが穏やかに降り注ぎ、目の前にはパチパチと音を立てて赤い炎が燃えている。これは少しムードがあると言うやつではないかとエドワルドはちらりと隣のシズクを盗み見たが、そろそろ良いかな、とぽつりとつぶやくと先ほどの青い何かをトングでつかんでその薪の中に入れ始めた。


 何度か来たことがあるがその度いつも沢山の人がいる賑やかなこの家が、今はシズクと二人でいることがとても不思議だ。


「ねぇシズク。それはなに?」

「これは! メイスです!」

「メイス?」


 メイスとはトウモロコシの事である。

 実を乾燥させて家畜などの飼料に使われているので、普段見るそれは正直美味しそうに見えない。知っているがゆえに食べるとなるとエドワルドも二の足を踏んでしまう


「また穀物……」

「またって何! 穀物でも美味しいものは美味しいって知ってるでしょ? 氷の時もそう!」

「シズクの事は全面的に信用しているけど、ちょっとメイスはなぁ」

「絶対美味しいんだって」


 微妙に拒否してみるも、シズクは全く気にすることなく火の中のメイスを見ながら、焦げないように転がしたりしている。というか皮ごと焼いても平気なものなのだろうか。

 エドワルドが知っているメイスと言えば、この葉っぱみたいなものをめくった先にはバンブーのような形で黄色のブツブツが付いたものが入っている。焼いたことによりあのツブツブが取れないのではないかと、どうでもいい不安が込み上げてくる。


 しばらくすると、いいタイミングだったのだろう。シズクがメイスを火からおろし、少しだけ別の場所においてから軍手をして皮を剥ぎ始めた。

 すると、中から黄金かと思うほどまばゆく光る黄色いものが見えた。


「え? これ、まさかメイスなの?」

「ふふ。さっきから言ってるけどー?」


 美味しそうに見えたことが嬉しかったのか、心なしかシズクの機嫌も良くなったようだ。明らかに機嫌がいい。


「で、これをね、もう一度火で軽く炙って……。はい、どうぞ!」


 一度皮をむいた後火で軽く炙る。

 そして満面の笑みでシズクにはいっと手渡されたメイスをじっと見る。


「これはどうやって食べたら……。あ、シズク!」


 食べ方を聞こうとシズクを見ると大きな口を開けてメイスにかぶりつき、頬に手を当てながら目を瞑って咀嚼しているではないか。


「ほほーっ、あまー。ほら、エドワルドも食べてみて食べてみて!」

「かぶりついていいの? 実はちゃんと取れる?」

「え? とれるよー。どうやって食べたって美味しいんだから」


 ナイフもフォークもないのだから、本当にかぶりつくしから道は残ってないのだ。

 意を決して、エドワルドはがぶりとかじりつく。

 思ったよりも浅く、歯が芯に当たってびっくりしたがもう一度慎重にかぶりつき、その実だけを食べることに成功した。


 あまっ!


 じゅわりと広がる甘さ。適度な水分を含み、一度火であぶったからか鼻から抜ける香りに若干の香ばしさもある。普段デザートに出てくるケーキのような甘さではなく、さらりとした甘さの先にぎゅっと凝縮されたような豊潤さも持ち合わせている。


「メイスがこんなに甘い物だったなんて……。俺すっごく損して生きてた」

「いや、ユリシスの人達みんなそう」


 食べるところ食べるところすべてが同じように甘く、いや、たまに物凄く甘い所に当たってびっくりする。甘いのに、しつこくないのがまたいい。

 気が付くと一本丸々食べてしまったではないか。そんな自分にエドワルドがびっくりしていると、シズクは次のメイスを焼き始めた。


「また焼くの?」

「うん。焼くけどその後これはスープにする」

「焼くけどすーぷに?」

「うん……」


 火の中にメイスを入れて、シズクはその火を見ながら焦げないように集中し始めた。

 ころころと転がして向きを変えて、またじっと火を見ては転がすことを繰り返す。

 集中しているシズクに引っ張られる様に、エドワルドもその炎をじっと見ていると、ふと二人の肩が触れた。


「あ、ごめんね。集中しすぎちゃったよ。火傷とかしてない?」

「大丈夫。こっちこそ全然見てなくってごめん」


 スープに使うメイスは三本のようで、ゆっくりと器用に三本の様子を見ながらじっくりと焦げないように気を使っているのが分かる。

 周りがある程度焦げたところで火から上げ、先ほどと同じように皮を剥いでからもう一度火で炙る。


「よっし! これで少し冷ましてからスープ作るぞ! おっとその前に火もちゃんと消しておかないと……」


 この後室内に戻って調理するために、一度火を消すために皮を剥いだメイスの入ったバケットを置こうとしたシズクが、何かに躓いてぐらりと焚き火の方に傾いた。


「わわっ!」


 足元には先ほどの焚き火がまだ燃えている。

 エドワルドはとっさに水と氷の魔法でその炎を消した後、その上に踏み込んでシズクが焚き火側に倒れないようにしっかりと抱きこむ。焚き火に足を踏み込んだ時に、じゅっと音がしたがそこまで熱くはない。火傷には至っていないが上がる煙に交じる靴底の焦げた匂いとがシズクの鼻につく。


「エドワルド! ごめん。大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。熱くないし、ちょっと靴底が焦げちゃっただけ。それよりシズクは大丈夫?」

「うん。倒れるの支えてもらったから」


 シズクはもちろんの事、幸いにしてメイスも地面に落ちず無事だ。

 自分の腕の中でほっとした笑顔を浮かべるシズクを見て、ようやくエドワルドも安心することが出来た。


「ねぇ、本当に大丈夫?」


 服の端をぎゅっと掴んで少し不安そうにする仕草が、いつもとは少しだけ違って新鮮に感じる。

 同時に、胸の奥からじわじわと何かが込み上げてきて、エドワルドは急に堪らない気持ちになってしまう。


 安心させるために頭をぽんぽんと叩いてしまった。

 決して子供扱いしたわけではないと言い訳をしようと、シズクと視線を合わせようとしたのだが、ふいっと目を逸らされてしまった。


「俺も本当に大丈夫だから……。ほら、そろそろ焚き火片付けてさっきの続き作って欲しいな」


 どうして視線を合わせようとしないのかは分からないが、エドワルドは自分の火照る耳の赤さがシズクにばれないように体を離して焚き火をしっかりと消した後、誤魔化すように先を促す。


「おぉ、そうだなっ!」


 いつもと変わらない笑顔に戻ったシズクにほっとしたような少し残念な気持ちを抱えながら、抱いた肩の暖かさを忘れないように、エドワルドはその手のひらをぐっと握ったのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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