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50.粉々

「これをもう一本」


 他にも沢山用意したというのに、レインのおかわりは先ほどからこればかりだ。


 あれほど自信たっぷりに美味しくなるはずがないと言っていたエビとイカ。

 すぐに食材を用意してくれたレインには感謝している。自分が知っているエビとイカよりも大ぶりなこと以外は前世と変わらないことに安堵して何を作るかを考えに考え抜いた結果、お弁当にも使えそうなエビマヨ、エビフライ、イカとコロの煮物、イカリング、海鮮春巻きというラインナップを揃えてみたのだが、レインのハマりっぷりは半端ない。


 もう一本、と言って所望したのはまたもやエビマヨである。


 大ぶりのエビを使用したエビマヨを大胆に串に三個刺した代物だ。

 弁当箱に入れるならばもう少し小振りの方が良いので、自分の店で出せる日がやって来たならもう少し工夫が必要そうだ。

 シズクはそんなことを思いながらマヨソースを絡めて串にさし、レインに渡す。


「これでもう準備していたエビマヨは終わりなんで……」

「そんなっ!! ではえびふらいにします」


 始めはエビもイカも、見た目が多少変わっただけで美味しいはず等ない。いくら揚げたり違う味を足したとしても、上書きされるほどの感動があるはずがない!と力説していたのだが、一通り口に入れるとおかわりが止まらなくなってしまったのだ。


 先日の流れで今日も一緒にいるエドワルドは、何というか物凄くご満悦な顔をしている。


「こんな隠し玉をまだ持っていたなんて、凄くない?」

「隠し玉って……。エビとイカがあるなんて知らなかったからね」

「私はイカとコロの煮物がお気に入りです。やっぱりシズクの作る茶色い食べ物は信用できますわ」


 そしてその横にしれっとベルディエットが座っていた。

 エドワルドから今日の試食会の話を聞いて、お茶会の誘いを断ってこちらに意気揚々とついてきたそうだ。


「お茶会を断っても平気なものなの? 貴族令嬢社会であるまじき行為なんじゃない?」

「平気、というわけではありませんが交換条件として今度エドワルドも連れて行くと言ったら二つ返事で了承を頂けましたもの。問題ございませんわ」

「ちょっと! 何変な交換条件だしてんの?」


 エドワルドもベルディエットもシズクには取り繕ったり飾ったりせずに話すので忘れそうになるのだが、二人共名門貴族のご子息ご息女である。

 こんなところで茶色い食べ物を口いっぱいに頬張って、頬を膨らませている場合ではないのではないか。


「それにしてもやはりシズクの作る茶色い色の食べ物は何にも増して美味しいのですが、この食材自体が元々我が国あったというのは驚きですわ」

「そうなんだよね。バンブーもアスパルもこの国にはずっと在ったのに存在自体知らなかったし……。イキュアも百日芋も甘芋だってあんなに美味しく食べられるなんて俺感動したもん」

「は? ちょっと待ってください。イキュアは最近まぁ流行っているので美味しくなったのは知っていますが、百日芋も甘芋も何がどうなったら感動できるほど美味しくなるのですか?」


 エビフライを食べて静かにしていたレインが、エドワルドとベルディエットの会話を聞いて、目を真ん丸にして質問をする。

 するとベルディエットが良く聞いてくれましたと言わんばかりに、上品に頷く。しかし次にその口から出てきたのは昨年の収穫祭でどれぐらいの人達が百日芋に熱狂したかという事であった。さらにかき氷の話までし始めると、さらに目を真ん丸にてレインが驚いている。


「というか、姉様、あの場にいなかったのに……なにさもそこで一緒に売ってましたって顔してるんです」

「だってあなたが自慢気にずっと話すから覚えてしまったのですわ」

「ちょっと、またなんでそう言う事いうのっ」


 別に何を恥ずかしがることがあるのだろうか。

 大盛況で猫の手も借りたいという状況で現れた天使は、てきぱきと屋台にやってくる客をさばくその姿は大貴族のご子息とは思えないほどの客さばきを見せた。去年の収穫祭ではエドワルドが手伝ってくれたから乗り切ることが出来たのだ。


「もっと自慢してくれてもいいんですぞ?」

「いや、ちょっと流石にさ……、凄く楽しかったしためにもなったけど、ただの手伝いだし」


 手伝いを褒められただけなのに恥ずかしそうに謙遜するその姿も、貴族のご子息とは思えないほどである。


「まぁね、別に百日芋も甘芋も特別なことなんてしてなくて、元々美味しいけれど美味しく食べる術を知らなかったってだけ」

「しかしそれを知っていたと言う事ですよね? それが凄いことだと思うんです」


 やたら誉め殺してくるじゃんとシズクが思っていると、ベルディエットがエビフライを特製タルタルソースをたっぷりとつけてぱくりと食べる。

 この店にいる時は、郷に入っては郷に従えよろしく自由に食事を楽しむ。無論エドワルドもである。


「レインさん、エビもイカもいかがでしたか?」


 一応口に入っていたものをしっかり咀嚼した後にベルディエットが聞くと、エドワルドも気になるのかレインを見る。するとレインは興奮したように話し始めた。


「それはそれはもう何というか、全然違う食べ物でしたよ。歯ごたえよし、臭みなし、味よし。無限の可能性を秘めた食べ物であることは確かですが、至高の一品としてはエビマヨ一択ですね」


 呼吸を置かず一息で話し終えると、最後になったエビマヨを名残惜しそうな表情で口に運んだが、口の中に入れた瞬間満面の笑みに変わった。表情が目覚しく変わってびっくりするが、それほどまでにエビマヨがレインの味覚を虜にしたという証拠だろう。


「私はエビフライが一番ですわね。このソースはイカリングにも合いましたが断然エビフライに付けて食べるのが良いと思いました」

「俺はね、全部美味しかった。全部弁当に入ってたら嬉しいし、白いご飯にも合う!」


 ベルディエットもエドワルドも大変満足そうな笑みを浮かべてシズクに感想を伝えられると、シズクもそれはそれは嬉しくなるではないか。嬉しくはなるが、なんともくすぐったいような気持にもなるのはエドワルドが次に言い放った言葉のせいかもしれない。


「ね? シズクの作るものは世界で一番美味しいでしょう?」


 背中から後光が差すかと思うほどの笑みを浮かべてレインに言う。

 自分の事を褒められたのに、レインに向けた笑みの流れ弾に被弾した本人のシズク。

 

「いや、ちょっと……嬉しいんだけど、なんかめちゃくちゃ恥ずかしいな」


 別に単純に美味しかったことに対する賛辞であって、他意はない。と思うのに、優しく笑いかけるその奥にもっと違う感情が見えてくれたらいいと思ってしまった自分に困惑してしまって、シズクはその言葉を返すだけで息も絶え絶えである。


「これだけの腕を生かすために、もっと違う働き方も考えてみては?」


 色々な人達に言われて来た言葉だ。

 貴族のお屋敷で、大きな店で。

 そう願われること自体、ありがたいことにだと思うし、腕を買ってもらえていると思うと嬉しい気持ちもシズクにだってもちろんある。

 しかし……、とシズクが声を出そうと息を吸い込むと同時にエドワルドが先に話し出した。


「他にもたくさん美味しいものはありますけれど、俺は彼女が作る食事が大好きです。正直どこでだってやっていけると思うけど……」


 エドワルドはちらりとシズクを見て、眩しそうに細めた。


「彼女は今はここで好きなことを仕事にしています。いずれどこかに行くとしても、それは彼女の意思で新しい場所に向かうはずです。誰かに敷かれた道の上を、決してシズクは歩かない」


 シズク本人ではなく、他人であるエドワルドがキッパリとそう言い切った。

 自分ではない人の言葉だけれど、不思議とそれは間違いなく自分で発した言葉のように思えた。


「そうですわね。まぁ彼女に何かしようものならセリオン家が黙ってはありませんわよ?」

 

 先ほどまでエドワルドの言葉を聞いていただけのベルディエットが続く。しかしその言葉にレインはとんでもないと目を見開いた。


「美味しいものを広めるために弟子を取ったり、見聞を広めるために旅に出たり、そう言ったことですよ。先日の弁当といい、今日用意してもらったものといい、自分をこんなに虜にしてくれたこの料理の数々をもっと広まって欲しいんですよ!」


 思っていたことと違った言葉が帰って来てぽかんとする三人にぐっと拳を握りこみ力説していたレインがさらに続ける。


「自分の仕事はアウラ商会の商人です。シズク・シノノメの作る弁当の為に食料を仕入れるのもやぶさかではありませんね……もちろんしっかりと下処理を施して」

「それはありがたいですね! リエインの魚介類の加工を考えると仕入れが難しくって……。しっかりとした下処理してもらって冷凍加工して出荷までお願いできれば……。どうでしょう!」

「いいですね!」


 力説していたレインの熱気に当てられたわけではないが、それが本当になるならばこの街でも可能であれば店で出せる総菜の種類がもっと幅が出る。

 そう思うとシズクも多少食い気味になってしまうのも仕方がないだろう。


「ふん。シズクの食事をそこまで言うならば悪い人ではないのかもしれませんわ。まだまだ様子見ですけれどね」

「ちょっとなんで上から目線なの」

「だって、シズクをどうこうしようとするような輩かと思ったのですもの。これからシズクの食事をさらにスケールアップすために尽力なさいな」


 さらに上から目線じゃない?とシズクは思いはするが、レインを見ると別に気にするでもないようでニヤリと笑ったのが見えた。


「そうそう。このシズクの作る食事に美味しさの前では無意味だ。ね」

「いやいや、それは言い過ぎ。でもありがと」


 ちょっと褒め過ぎではないかと思いはするが、悪い気はしない。

 この国の食に関する固定観念を少しずつでも覆せるきっかけにもなると思うと、寧ろワクワクするではないか。


 目の前でさらにおかわりを要求するレイン。

 イカリングを優雅に食べるベルディエット。

 

 そして、春巻きを本当に美味しそうに食べるエドワルドがシズクに微笑みかえる。


 何でもないその微笑みに、なんだか胸がぎゅっとした理由を探すシズクであった。

お読みいただきありがとうございます。

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