48.あく抜き
春を感じる食事と言えば色々あるが、なにせ異世界。自分の作りたいなと思うメニューを作ろうにも食材を揃えるところから難題なのだ。市場に行けばある程度は揃いはするが、お目当てのものは見つからない。
日本人が春が来たなと思い浮かべるものは多々あれど、連想する上位にランクインするのは桜だろう。あとはイチゴ。春キャベツや新玉ねぎなども思い浮かべるだろうか。
桜はシズクの行動範囲内で見かけたことはなかったし、キャベツは同じ名前であるし、玉ねぎと言えばケーパもあるのだが、残念ながらどちらも旬は秋だ。
ベイリがそろそろ出回るのだが、甘さが強いフルーツなのでお菓子には使えるかもしれないが流石に食事には使いにくい。
「うーん」
新鮮だよー!安いよー!
青果市場に勢いのある声が響いているのだが、どうにもピンとくる食材に出会えないまま。そろそろ留守番をしてくれている隣の店の人と交代の時間はまだあるが、今日も目新しい食材の収穫なしで帰ろうとしたその時、目の端に知っている食材が目に留まった。
「タケノコとアスパラ??」
タケノコもアスパラも、前世であれば春の食材だ。去年はまだ引きこもりから脱したばかりで食材の選定は今ほど貪欲ではなかったから見落としていたのかもしれない。
ふらふらとその店の前で足を止めると、やはりそこにあった。
「バンブーとアスパルに興味があるの?」
「ありますねー。これは春の野菜ですか?」
「そうそう、良く分かったね。春野菜だけどバンブーはえぐみがあるし、アスパルはふにゃふにゃの触感が人気ないのよねー」
タケノコはあく抜きをしていないのだろうし、アスパラは火を通し過ぎなのだろう。
どちらも美味しい食材だというのに、本当にこの世界の料理人たちは探求心がない。まぁそれ以外にも美味しい食材がごまんとある中では、未知の食材への興味はあまりないのかもしれない。
「バンブーはあく抜きをしないと……」
「ん? なんて?? 何か抜けるの?? あ、アスパルは焼くのはオススメしないけど茹でてスープに入れるとまあまあ美味しいわよ」
なんでやっ!!タケノコは収穫した時からえぐみが発生するのだから、新鮮だからしなくていいという事にはならんっ!アスパラは焼いて食べたっていいじゃない!
地団駄踏みながらそう思っていたはずなのだが、心の中の声が出てしまっていたようで、目の前にいる店主は目を真ん丸にしてシズクを見ているではないか。声に出てしまっていたなんて自分でもびっくりしてしまって、すぐに平謝りすると、店主は不思議な顔でシズクに質問をしてきた。
「あく抜きってのをすると、バンブーも美味しくなるのかい?」
「もちろんですよ。炊き込みご飯にしても良いし煮物も幅が広がります! おせちにも入れられるし、あ……春巻きにも最適じゃ……」
最後の最後に、自分が食べたいものが頭を掠めた。しかしユリシスの城下街の話題を掻っ攫ったおせちという単語と、店主への質問への回答が尻切れになってしまいそれがさらに気になる要因となったようだ。
「バンブーもアスパルもあまり食べられていない食材なんだけどさ、昔は美味しく食べる術がちゃんとあったって聞いたことがあるのよ。もしかしてお嬢ちゃんそれを知っているの?」
どれぐらい昔から食べられていて、どれぐらい昔に廃れたのか……。
アスパラに関してはどうして廃れたのかは分からないが、バンブーはあく抜きの手間が端折られていき、美味しくないと言われてしまうようになったのかもしれないと想像がついた。何せこの世界の人達、美味しいものが好きなくせに探求心があまりないからだ。
「もし知ってるならさ、教えて欲しい。もちろんタダでなんていわないわ。うちも代々これを作ってはいるけど売れないんじゃしょうがないからやめようかって話してたところなのよ」
「え?」
「細々と続けてはきたけど、アスパルは少し売れることもあるけどバンブーは全然売れないし。長く伸びると筒みたいになるから、炭にして売ってはいるんだけどあんまり長く燃えないから売れやしない。食べられないし売れないし、どうしようもなくってね」
確かにタケノコがあるならば竹が、この世界にあるという事だ。
しかも炭として売られているにもかかわらず消臭効果や湿度調節、洗浄効果に美肌効果が知られていないのか売れていないときている。折角先人の知恵があったにもかかわらず廃れていってしまうのは、やはり食べる人が少なくなってそのものへの興味が薄れてしまったからか。
「わかりました。では、まずは糠を扱っているところを探すところから始めましょう」
「ぬか?」
「えっと、お米を精米する時に出る粉みたいなやつですね」
え? といつも通りの表情をそこに見た。
パンも食べるというのに不思議な世界だなといつも思うが、穀物的なものを食べるのに微妙な拒否感があるのだ。パンは加工されて見た目が変わるから大丈夫なのかもしれないが、米は店で出している時にも若干微妙な反応をする人もたまにいる。ただ米は食べればそれが杞憂であったと気が付いてくれるので今は気にしていないのだが、精米した時に出る粉と言われればさらに穀物感がでるのか、この表情も仕方ないかもしれない。シズクも初めて糠が何からできているかを知った小さい頃は驚いたものだ。
「米は白い部分は美味しいですけれど、栄養は外側の方が圧倒的に多いんです。その栄養のうちの一つがバンブーのえぐみを取って美味しくしてくれるんですよ」
「そ、そんなカスみたいなもので?」
「そう、そんなカスみたいなもので煮ると、それはそれは美味しくなるんです!」
そうだ!糠が手に入ったあかつきには糠床を作って色々漬けてみよう。野菜は日本とあまり変わりはないが変わり種も挑戦して新しい味を探求してもいいかもしれない。キュウリかナス、蕪あたりがあると個人的には優勝だ。街外れの畑をもっとくまなく探してみることにしようと心に強く誓ってシズクは一度拳を握りしめた。
一人凄い勢いで思考を巡らせてしまったが不信に思われないうちに話を進めなくては、と握りしめた拳をゆっくり開き精米してくれている所に確認してみるので、また後日伺いますとその場を離れた。
精米してくれているところはユリシスには数店舗しかない。
むしろよく精米して白米を販売してくれているとありがたい気持ちでいっぱいだが、その内の一件がよくお世話になっている養鶏農家さんだった。
顔を合わせた時に相談してみると「ありますよー」と気の抜けたような返事と共に翌日卵と一緒に持ってきてくれたのだが、先日バンブーとアスパルを売っていた店の人と使うのだと話をしたら、そちらに持って行ってくれるというではないか。いつもながら痒い所に手が届く、サービス満点の養鶏農家さんである。
さて、タケノコのあく抜き実演に関してはあちらの店に顔を出して、お互いの開いている時間を確認しようと考えながら開店準備をしていると、遠くからガラガラと荷台を引いてバンブーを売っている店の店主がやって来たではないか。
「養鶏のとこの奥さんがさ、あの子ならここで屋台やってるって言ってたからさ、早く教えてもらいたくって来ちゃったよ」
「えー!?」
びっくりさせちゃってごめんねー、と言う割にはいそいそと共同の水場に水を汲みに行く準備を始めるではないか。
隣の店の店主には、すでにバンブーの店の店主から話をしていたらしくすんなりと隣に陣取った。
「そういえばちゃんと名乗ってなかったね。うちはリウ・ムウっていうの。ちょっと変わった名前だけどリウって呼んで頂戴。よろしくだよ」
そう言うとリウはバンブーの皮を剥ごうとし出した。慌ててそれを止めると、どうにも納得いかない顔をする。それもそうか。皮のまま茹でる、なんて考えてないかもしれないからだ。
「全部剥ぐと良くないので、頭のここら辺をザクっと斜めに切って……真ん中に二センチぐらいの切れ込みを入れてですね、鍋に入れて……糠はこれぐらい」
とバンブー三本に対して、一カップ程度の糠を上から振りかける。鷹の爪に似た辛い実を入れ水を注ぎ入れて火にかける。沸いてきたら弱火にして落し蓋を落とす。
「これ、何のために?」
「落し蓋をすると、浮かんでくるのも防げますし熱が均一に回るんです」
落し蓋をすることは、色々な効果があるが不意に聞かれると上手く説明することが出来なくて一瞬不安になってしまった。
「で、このバンブーは結構大きいので今からだと昼の刻の少し前ぐらいまで茹でた方がいいかもしれないです」
昼の刻の少し前。今は朝の九時頃なのでお昼の少し前の十一時頃まで二時間程茹でる。
「そんなに!?」
「そうなんですよ。それぐらいは必須なんですけど、その後も粗熱を取ってしばらく置いておくとさらにあくが抜けるので出来上がるのお昼過ぎですよ」
「は???」
リウは本当に飛び跳ねてびっくりして、目を真ん丸にしている。
時間をかけて下ごしらえすることはなかなか理解できないのだろうか。いや、職人気質の人達は時間をかけて作業するのだし、育てている野菜だってじっくり時間をかけて育てているはずだ。
この世界の人達は、美味しいものは好きなのに本当に食に対する探求心が少ない。昔は美味しく食べられていたバンブーやアスパルも、今の反応を見れば手間がかかって面倒だからその食べ方が廃れていってしまったのだと想像できる。
「全部が全部時間をかけたらいいってわけじゃないけど、やっぱり手をかけてあげると美味しくなりますよ」
「あー、でもうちはバンブーを売るけど、調理するわけじゃないからね……」
「確かに! でもやっぱり食べ方を伝授出来た方が絶対いいからね!」
ただ食べ方が分からないものを売っているよりも、食べ方が分かっていた方がいいに決まっているのだ。さらに、すでに下ごしらえが終わっている物が置いてあれば買って行く人も増えるかもしれない。
なのでバンブーの切り落とす場所、切り込みを入れる場所、バンブーに対していれる糠の量と茹で時間。最終的に二時間程度茹でた後バンブーに竹串がすっと通ったぐらいで火から上げて粗熱を取ること。すべてしっかりと覚えて欲しい。
「簡単と言えば簡単だけど、面倒くさいと言えば面倒くさい」
「バンブーを美味しく食べるには大事なことです」
煮物、炊き込みご飯、青椒肉絲、春巻きはこの世界の人にもウケそうではある。かといってレシピをばらまいても意味はない。
タケノコとアスパラを広める運動か。
どうしようかなと頭をひねるシズクに、リウはバツの悪そうな顔を向けて頭を掻いた。
「そうだよな。自分ちで売ってるんだから自分ちで料理とか考えなくちゃいけないね」
そう言われると嬉しくなってしまう。
美味しいものが好きなはずなのに、どうしてか探求心の少ないこの世界の人達の食文化が一歩前進したような気持になったからだ。まだまだ道のりは遠いと思うが、ここから遠い未来で美味しい食文化が花開くのかもしれないと思うと、勝手に気持ちが盛り上がってしまったシズクは拳を空に突きあげた。
「ちょっとー、急にびっくりするじゃない」
「いやぁ、嬉しくなっちゃって」
「なんだいそりゃ」
素直に嬉しい気持ちを言葉すると、リウも弾けたように笑い出した。
「じゃぁこの後は昼前まで茹でて、その後冷ます! その間はアスパルとバンブーの美味しい食べた方を教えて頂戴ね。商売だから貪欲に教えてもらうわよ」
「おー? こっちも商売ですから見返りはばっちりもらいますよー」
するとぐつぐつと噴きこぼれそうな音が聞こえてきて、リウが慌てて火加減を確認する。
リウとシズクの二人が顔を見合わせてまた弾けたように笑いだした。
お読みいただきありがとうございます。
私はたけのこ好きなんですけど、好きアク抜きがしっかりされていないと喉がイガイガするんで、残念ですが好きなんですけど基本あまり食べれません。




