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47.たるたるそぅす

今回はロイとアッシュのお話です。若干BL寄りのお話となりますので苦手な方はご注意ください。

 ほかほかとご機嫌な湯気が上がり、いい匂いが部屋に広がる。


「随分と面白いし、便利だね」

「シズクのやつが仕組みは分からないけど、自動で温めることが出来る箱の案を考えてくれたからな。改良の余地はあるが重宝している。パンも焼けるらしいぞ」


 白い四角い箱のようなものの前面が扉になっていてそこから中に温めたいものを入れる。数分入れて置くと中に入れた食べ物や飲み物が温められて出来るという発明品だ。


 ーそもそもそれはいわゆるオーブンレンジというやつだが二人は知る由もないー


 初めてそれをシズクから聞いたときは、変なことを考えるなとロイは思ったのだが……。出来上がってみれば不規則な食生活の中でも簡単に温め直しができるのでロイもかなり重宝している。

 

「それは楽しそうだね。もうパンを焼いたりしたの?」

「オレがそんなこと出来るわけないだろ。シズクが言ってただけだ」

「あの子が案を考えたって言うけれど、そんな突拍子もない事よく考えたものだよね」


 シズク・シノノメという人物は実に分かりやすい。

 色々な人と仲良くなるし、作る料理は絶品だ。人懐っこいし仕事柄か愛想も良い。その愛想に裏がない所も好感が持てる。

 しかし何か事情があってこの国にやってきたようだが、その事情をアッシュは知らない。


「オレが普段ちゃんと食べてないから、せめて置いて行った弁当ぐらいは温めて食べて欲しいって言う事らしいんだけどな。あいつが弁当おいてくことだってそんなにいつもってわけじゃないってのに」

「でもこれの発明品を作ってる間は楽しかったって顔、してるよ」


 普段は武器等のメンテナンスも行っているが、魔道具技師として新しい生活品の開発にも携わることもある。確かに今回の開発は魔力の少ない人でも楽に使えるようにもっと改良すれば、一般家庭でも使えるかもしれない。ロイはそう思うとムズムズとすぐに作業したくなってきたが、今はアッシュが来てくれている。そんなことしている場合じゃないと、不意に目を細めて笑いかけてきたアッシュに心拍数があがりながらもロイは話を続けた。


「こ、今回は趣味みたいなもんだしな。これのいい所は他にもある。何と温め直しの時に時間を設定できることだな」

「時間? 自動で温めが終わるって事かい?」

「その通り。じっと見ていなくても好きなことが出来る。取り忘れがないように、温めが終わってからしばらく扉を開けないと音が鳴る仕組みも組み込んでみた」

「本当に凄いね、これ」


 シズクが持ってきてくれたものを温めて食卓に並べるだけで、豪勢な気持ちになるのは唐揚げがあるからかもしれない。旨いものを置いて行ってくれるのでそれなりに感謝はしているが、今日は物凄く感謝したい気持ちになっている。何故ならば……。


「神の恵みに感謝いたします」


 そっと目を瞑り小さく祈りをささげる目の前の男。アッシュと二人、一緒に食事の準備が出来る日が来るなんて、考えたこともなかったからだ。

 話している会話はいつもと大差ないのだが、同じ台所に並んだり乗せる食器を二人で相談したりと……、そんなのまるで……、と心の中で一人盛り上がる。


「さ、冷めないうちにいただこうよ」

「あぁ、そうだな」


 そっけない返事を返してはいるが、ロイの胸はいつもよりも早く鼓動を刻む。


「これさ、アサリとハマグリがこんなに美味しいだなんて本当に信じられないよ」

「味自体も美味いが、食感一つでこんなにも変わるとは本当に凄いな」


 アサリとハマグリの魚介と野菜の旨味がしっかりと染みこんだご飯は、アッシュもロイも今まで経験したことのない旨味で今まで食べてこなかった事を激しく後悔させるほどだった。


「じゃりじゃりの砂が入ったものじゃどうしようもないが、これならスープに入れてもよさそうだ……。あれじゃないか? ハマグリの場合は直に焼いて食べるのも美味そうだな」

「それはいいね! ほら、塩とかでも美味しそうだけれどシズクの店で調味料に使っているって言うショウユ? とか掛けたら美味しいんじゃないかな?」

「それはやばそうだな。凝縮した旨味が直接味わえそうだ」


 アッシュはロイの手の甲に自分の手を重ねて、今度ぜひお願いしてみようと無邪気に笑った。

 それはロイにとっては……鼓動が跳ねてつい勘違いしてしまいそうになるほどの破壊力を持っていることなど目の前の本人は知ることはない。


 仕事仲間というよりは、友人だと思ってくれているのは分かる。

 最近は随分と気も許してくれて、よく工房にも足を運んでくれるようになった。しかしそれはあくまで友人としてであって決してそう言う対象ではないのだと、目の前にあるカップに入った茶と共にもう一度苦い思いも一気に飲み干した。


「炭で焼こうとか言い出しそうだな」


 つい溢れ出そうになる言葉を飲み込んで何とか絞り出すようにロイが言うと、それは楽しそうだとまたアッシュが笑う。ちょっとどころか浮かれ具合も大概にしろと自分自身に活を入れて、中身のなくなったカップに茶を入れるために席を立つと、同じようにアッシュも席を立った。


「僕も、冷たいのいただこうかな」

「おう、飲め飲め」


 立って移動するだけで取り合ず気持ちのリセットをしたつもりになっていると、台所に一つ残された小瓶が目についた。中には白い何かが入っている。


「そう言えば、あいつなんか置いていくって言ってたけな」

「中は白いね」


 シズクが置いて行ったのならちゃんとした食べ物なのだとは思うが、見たことのない白いものをどう食べていいのか判断に迷う。


「ちょっと開けてみようか。シズクが置いて行ったなら食べ物であることは間違いないし、一緒に食べてというならもしかしたらこの中のどれかにすっごい合う食べ物かもしれないよ」


 と、迷うことなくその瓶の蓋をアッシュが開けると今まであまり嗅いだことのないような少し酸っぱいような、それでいて甘いような匂いがした。

 普段ならそのまま一舐めするロイだが、未知の食べ物となれば話は別だ。スプーンで少しだけ小皿にすくい出す。


「白いね」

「白いな」

「食べ物? だよね」

「多分な」


 先ほどまでの甘酸っぱいドキドキのすべて無に帰すような会話を繰り広げている。


 これをどう食べるのかちゃんとメモにでも残しておいてくれればよかったのにと、壁を叩いて返事をしただけだったことが心底悔やまれる。


「ちょっと舐めた感じだと、ご飯には合わなさそうなんだよね。僕としてはこの酸っぱい感じが唐揚げに合うんじゃないかと思うんだけれど、ロイはどう思う?」

「オムレツにも合いそうではあるが……、片っ端から試していくか?」

「ふふ、楽しそう!」


 まぁラインナップと言っても、パエリアに、唐揚げとスパニッシュオムレツ、キャロッテのサラダだ。

 それぞれに少しずつ白いものをつけてみる。


「俺はやはり米には合わないと思う」

「僕も同感。好きな人はいるかもしれないから否定はしないけど……」


 誰が見ているわけでもないのにアッシュはキョロキョロと周りを見ている。


「どんなに周りを見ても、ここには俺とお前しかいないよ」

「わかってるけど! 一応確認しただけだから!」

「ん゛んっ」


 ロイは堪えきれずおかしな声を出してしまったがアッシュが大きく腕を振り否定しながら可愛い言い訳をするのが悪い。普段の穏やかでいい大人というイメージなのに、このギャップはロイでなくてもやられてしまうだろう。

 ひとしきり自分の中で思う存分大暴れした後さらに平静を装いながら、オムレツには合うと食べる前は二人とも思ったが、思うがこれも好みが分かれた。アッシュは好きだが、ロイは苦手だ。


「これにはポムダムルのソースで食いたい」

「それは普通に美味しいでしょ。絶対に合うと思う!」

「だろ? チーズのってたら最高だな」

「それは……、悪魔の食べ物になってしまうね」


 二人興奮気味に盛り上がりすぎているが、目の前にあるのは白いソースだけ。残念だがポムダムルのソースもチーズもここにはない。次回リクエストするとして、いよいよ唐揚げに白いソースを付けて食べてみることにする。

 遠慮がちにちょびっと付けて食べてみたのだが、唐揚げの脂分が多すぎるので少しでは味が分かりにくい。ならばと意を決したアッシュがたっぷりと上からかけて唐揚げの半分を口に入れる。

 

 勢いよく口に入れたわりに、ゆっくりと口の中で味わうように咀嚼している。

 目を細め『ふふ』とロイに笑いかけると、残りの半分にさらにたっぷりと白いソースをかけて口に入れた。


「旨いのか?」

「ほまひ。ほへはほまひよ」

「そっか。じゃぁ俺も……」


 何を言っているのか良く分かったね? という顔をアッシュはしているが、その顔を見れば誰が見ても旨いと言っているという事が一目瞭然なのだ。

 

 先ほどのアッシュと同じぐらいの量を唐揚げに乗せてロイが口に入れると、少し酸味のあるソースが油をさっぱりとさせ食欲を増幅しているかのように残った半分の唐揚げに手が伸びてしまうではないか。


「これも魔性の食べ物だな。売り物にしたらイキュアの反響を上回るかもしれない」

「それ分かるよ。油の強い肉系の食事にはどれも合いそうだけれど、ピギーの肉とか意外と合いそうじゃないかな」

「それは絶対に合いそうだな……。カリカリに焼いてその上にこのソースかけて食べたら旨いだろうな」

「これ何ていうソースなんだろうね。食べたことない味」


 旨い事だけは間違いないが、今までに食べたことがない味なのだ。名前を知らなければ今後探すことも難しいだろう。ただシズクの手作りのようなので市販されている可能性はすこぶる低いとは思うが一応、である。


 答えは簡単で、よく見なくても瓶に貼ってあるテープにそれらしい名前が書いてあるのをアッシュがすぐに見つけた。しかし……。


「シズクは文字が……、その随分と個性的だね」


 下手だとはっきり口にしないところがアッシュの優しさなのだ。


「本人がいないから気を使わなくてもいいだろ。これは字を覚えたての子供の書く字だろ……」


 アッシュもロイも、シズクがこの世界へ転生した日本人であるという事は知らない。故に今少しずつ文字を習得していることも知らない。話すことは問題なかったが文字は読めるが日本語でもない見たこともない言語を書くことは難しいのだ。そんなことは露とも知らず、言いたい放題である。


「これ……。ぽるぽる……かな。いや、がるがるかな」

「むるむる、でもないな。あー、これ文字の下になんか記号が書いてあるな。意味は全然分からんがどれも言葉の響きは面白いな」


 実際にはこの国の公用語でタルタルソースと書いてあり、その下に日本語でもタルタルソースと書いてあるだけなのだが。


「あ! これもしかして……ほら、たるたるそぅすって読むんじゃない?」

「ん?」

「ほら、これ。絶対だってば。見て、ここ!」


 そう言って瓶を片手に真横に座ってきたアッシュに、内心諸手をあげて万歳している自分とそれを外に出すことは絶対に許さんとしている自分とのせめぎ合いをしていたのだが、見てと言ってきた必死さが尊すぎて、心臓の音がアッシュにまで聞こえてしまいそうだ。

 

 ほんの少しだけアッシュと話せるだけでも十分幸せを感じられるというのに、今日は一緒に台所に立ち同じものを美味しいと言いながら食べて笑い合えるなんて、贅沢極まりない。

 弟子達やたまに来るベルタ夫妻とシズクと食事をするのは楽しい。やはり誰かと話をしながら食事を共にできるのは、不愛想な自分にとっても嬉しいものだとロイ自身も思ってはいる。それが好きな人物とならば殊更である。

 

 贅沢で夢のようで、でもそんな夢のような話は続かないのがわかっているのに、もっと一緒にと欲が出るのは当然で……。

 そう思っているのは自分の方だけだと思うと、折角楽しい気持ちだったのにうつむいた拍子にぽろりと目に浮かんでいた雫が落ちそうになってしまった。

 それを何とかあくびで誤魔化そうとした時だった。


「やっぱりロイと一緒だと楽しいね」


 ロイがうつむいていたからだろう。隣で下から少し覗き込むように視線を合わせたアッシュの穏やかな声がロイの耳に届いた。


「好きな人との食事は楽しくて美味しいよね。だからロイと一緒なら毎日楽しいだろうな」

「やめろやめろ。そんな気を持たすような言い方をするな」


 ハッと思った時には時すでに遅し。

 勘違いしてしまいそうなその言葉は飛び上がりそうなほど嬉しいのに、同時にそう言う意味でないことを理解はしていて……。


 思わず心の声が出てしまいどうしていいかわからず、視線が何度も何もない所を行ったり来たりしてしまう。その何もない視線を何故かアッシュも追ってくる。


「なに? そこに何かいる?」


 聞いていなかったのだろうか。アッシュは気にしていないように視線の先に何かあるのか無邪気に聞いてきた。今回はその無邪気さに救われたが次からは気を付けよう。

 気持ちが漏れ出てしまうのは仕方ないかもしれないが、口から出ないようにしなくては。と固く心に誓うと早くもそれを揺るがすように目の前で微笑む。


「あのね。昔も今も、ロイと一緒にいるのが一番落ち着くし楽しいよ。この先もずっとよろしくね」


 ぽんとアッシュに頭を撫でられた。


 その後自分がどう行動したのかは全く覚えていないが、気がついたら朝だった。

 しっかりと台所もダイニングも片付けられていたし家の中には自分以外はいないのでアッシュのこともちゃんと見送ったのだろう。


 気絶しなかった自分自身を褒め倒したい気持ちで焼いた朝食のパンは焼きすぎて、それを誤魔化すようにジャムを塗りたくる。

 無心で食べているその視線の先に、空になって綺麗に洗われたタルタルソースの入っていた瓶を見つけた。


 ジャムの甘さがロイに昨日の出来事が夢ではなかったと教えてくれて、胸がぎゅっと締め付けられた。

お読みいただきありがとうございます。

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