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42.撃退

 ユニの言葉を聞いたベルディエットは激高し持っていた扇を高速でぱちぱちと鳴らし相手を威嚇、クレドはすでに詠唱を終え炎の高位攻撃魔法を今にも繰り出せるよう待機中である。


「ガイルですって? 少し面倒ですわね……」

「うむ、そうだな。ベルディエット、おれはいつでも行けるが」

「ちょ、ちょっと待って待ってクレドさん、こんなところで魔法なんて危ないです! ベルディエットもそんな怖い顔しちゃ綺麗な顔が台無し!」


 またおかしな理由で連れ去られそうになったことがあることを忘れさせてくれるほどの二人の激高っぷりに、逆に冷静さを取り戻させてくれて感謝である。どうにか二人をなだめすかすことに成功はしたものの、二人がユニに向ける視線は真冬に刺さるように吹く風のように冷たい。


 ガタガタと震えが止まらないユニ。

 別に自分に向けられた敵意ではないのに、それに当たられてシュシュリカマリルエルもぶるぶると震えている。


「シュシュ、大丈夫だよ。シュシュに変なことしたらちゃんと私が怒るから!」

 

 ぽんぽんとシュシュリカマリルエルの肩を叩きながら落ち着かせ、クレドとベルディエットにも怖がらせないように厳重注意してからユニにもきっぱりと断りの言葉をかけた。


「ユニさん、申し訳ないですが私は誰かの専属の料理人になる事は考えていませんので、お引き取りください」

「いえ、引き下がるわけには参りません。このユニ、ガイル様の願いの為ならば一肌も二肌も脱ぐ所存でございます。どうしたら一緒に来ていただけるのでしょうか」

「ユニさんとおっしゃいましたか。ガイルは何故そこまでシズクを?」


 しつこいユニに、ベルディエットが一睨み。

 泣く子も黙る、とはこれかと言わんばかりのプレッシャーでユニに詰め寄ると一緒にいたクレドも同じように一睨みして威嚇する。


「取り次いでやるつもりは毛頭ないが、話ぐらいは聞いてやってもいい」


 シズクに怒られたからか、クレドも声色だけならば柔らく感じるが言っていること自体は大変物騒だ。


 ベルディエットとクレドに睨まれながらも、ユニはその理由を口にした。


「セリオン家が真っ先に手を挙げたというあの祝い膳をガイル様も手に入れました。もちろん年初めにそれをご家族でいただきました。あれからひと月ほど……、大変なことが起こっているのです」

「大変なこと?」


 祝い膳の中身は、一の重にたたきごぼう、黒豆、伊達巻、錦玉子、栗きんとん、きのこの甘煮、イキュア。二の重には大根とキャロッテの酢の物、菊花かぶ、キャナールのロース、牛肉のローストビーフ、コロとユリシスで取れる野菜の煮物、クリームチーズの生ハム包み、ヤム芋とゴボウの豚肉巻きをした。一の重にはもちろん縁起がいいとされるもの入れているし、二の重だって何かおかしなことが起こるような内容ではないはずだ。


「どういうことですの?」

 

 ベルディエットが早くおっしゃいなさいと扇子をパチンパチンと鳴らしながらその答えを待っている。


「ベルディエット、悪役令嬢っぽいからやめた方がいいって、それ」

「あくやくれいじょう? それはどういう意味なのかしら」

「いや、意地悪な貴族令嬢って事なんだけど、ベルディエットがそうなんじゃなくってそれっぽく見えるからー」


 うふふと先ほどの鋭い顔つきが柔らかくなって、いつものベルディエットに見えなくもないがユニを見る目つきは相変わらず凍えるようなまなざしである。


「祝い膳は、縁起物を多数入れたものと聞きました。イキュアが子孫繁栄の縁起ものであると知ったガイル様は奥様方へ食べるようにすすめました。そして今月に入って四人が懐妊の兆しがみられると報告を受けたのです。まだ食べてからひと月ほどしか経っていませんから確定ではありませんが、ガイル様は今までお子を授かった事がなく大変喜ばれまして……」


 いつもと同じように生活をして、九人もいる妻との夫婦の夜の営みについても今までとは特に変わったことなどしていないのに、祝い膳を食べてすぐにそういった兆しが見えたことに驚いたそうだ。


「さらに、このひと月で大きな商談が二つもまとまり、この先も以前から手掛けてきた商談がまとまりそうなのです。こんなにいい事が続きまして、これは祝い膳の効果なのではないかと……」


 とユニが話をしていたのだが少し離れた道に馬車が停まるのを確認すると話が中断して、その馬車に向かって走って行ってしまったのだ。


「おい! 急に話を止めてなにを……」


 と、クレドが言うがユニは止まらない。

 ユニは馬車の窓に頭を寄せて何かを頷いた後、全員がそちらの馬車に目を向ける。

 しっかりとこちらに向かって投げキッスを投げて降りてきたのは『派手』と『伊達』が滲み出ている男だった。


 光沢のある明るいネイビーの生地に少し感覚が大きめのペンシルストライプのスリーピーススーツを着こなし、そのスーツ自体が広背筋をしっかり鍛えているであろう見事な逆三角形の体型をより一層際立たせているのが分かる。派手な自分の見せ方も知っているのだろう。

 目力も強く、少し離れているシズク達に視線を向けたその瞳が光っているのではと錯覚したほどである。

 

 ユニに何かを聞いて、その返事を聞いたのかベルディエットとクレドをしっかりと確認した後確かな足取りで向かってくる。

 見事なブロンドの髪に彫りの深い顔をした派手で色気がムンムンの男が、周りの男女問わず投げキッスをしながら……。


「なんていうか、濃いね」

「あたしも生もの初めて見た。めっちゃくちゃ濃いぃね。色気?」

「わからん。くっ、イタリア伊達男の上をいくのか……。これぐらいの距離で私もうお腹いっぱいなんだけど……」

「いたりあだておとこがなんなのか知らないけど、お腹いっぱいなのはあたしも同感……」


 今までに出会ったことがないタイプの人類に対して、若干引き気味のシズクとシュシュリカマリルエルとは対照的に、何でもないような涼しい顔をした貴族が二人、ガイルが来るのを迎え撃つように立っている。


「猛者じゃん。ベルディエット」

「当たり前ですわ。私、こう見えてセリオン家の長女ですもの」


 うふふと扇で口元を隠すベルディエットだが、目は明らかに臨戦態勢と見てとれるほどぎらりと光る


「これはこれはセリオンの姫君ベルディエット嬢にサライアス家の御曹司クレド様ではございませんか。お久しぶりにございます」

「相変わらず暑苦しいな」

「これはこれはクレド様、いつも手厳しい……。さて、そちらのお嬢さん、シズク・シノノメとお見受けいたします」


 ぐいっと前に出てこられると、むわりとムスクの香りが沸き立つような気がしてシズクはつい一歩下がってしまった。


「驚かせてしまって申し訳ない。しかしあなたの作った祝い膳、とても感動したことを伝えたくてユニに伝言を伝えていたのだが、やはり自分で伝えたくなったもので探していたのだよ」


 ウインクを繰り出すガイルが、指をパチンを慣らすと急に目の前に大きな赤い花束が現れた。よく見ればユニが花束を持っているだけなのだが、その上半身が全く見えない程大きな花束だ。


「これは心ばかりのお礼だよ」

「私は自分が作った物を美味しく楽しく食べてもらうことが仕事です。しっかりとお代も頂戴していますのでお礼を頂くわけにはいきません」


 ……と言われましてもこんなに大きな花束なんて家における場所はない。花には罪はないので大変申し訳ないのだが、シズクも負けるものかと速攻できっぱりとお断りする。

 するとガイルはまんざらでもない顔をしてシズクをじっと見た。


 何が繰り出されてもいいように、ベルディエットとクレドの間に並び立ち次の衝撃に備える。


「なかなかいい心構えです。職人気質な感じもいいですね。クレド様、シズク・シノノメとは恋仲なので?」

「えぁ? 何を言っている! シズク殿とおれは友人で……」


 諦めたくはないのに、シズク自身はあまり意識していないかもしれないが、シズクの中でどちらが優先されるかと言えば悔しいかなクレドの友人アッシュブルーの髪に紫の瞳を持つあいつなのだ。多少クレドの語尾に力がないのは致し方ない。


「クレドさんはとてもいい友人です。変なこと言わないでください」


 屈託なくきっぱりと言われると若干傷つきもするが、偽りのない気持ちでいい友人だと言ってもらえる事にクレドの心は少し痛いが嬉しくもある。


「ほぅほぅ。それは大変失礼。しかしあんなに絶品でしかも魔法で望みを叶えてくれるメニューを作れるとなると他の貴族や商人も黙ってはいないと思いますよ。早くしっかりした嫁ぎ先か婿を貰う事をお勧めします。まぁうちに嫁いでもらえれば大変ありがたいわけですが」


 おせちはただの験担ぎですからー!!

 

 いや、確かにそうなれるよう願いを込めて食べるけれども、ささやかな自分自身や家族にとってのおまじないのようなものだ。魔法などでは決してない。

 だから栗きんとん食べただけで金持ちになれるわけではないし、いくらを食べただけで子供ができたりもしない。

 

「私は外部魔法が使えないし使ったことだってありません。祝い膳はあくまでゲン担ぎでですよ。物を食べただけで願いが叶ったりなんかしませんから」

「しかし、現に妻たちとの間にずっと子供が出来なかったのだ。それが急に四人も懐妊傾向があるのだぞ。これを魔法と言わずして何とする」

「それはタイミングが良かっただけじゃ……」


 そう言うと、ガイルがシズクにずいっと近づいた。


「タイミング……。何か知っているのか」

「知ってるも何も……」


 なに重大な秘密を知っているなら全部言言ってもらおうか、みたいなとても真剣な表情で聞くことではないだろう。誰もが知っている……。いや知ってるのか?この世界の人達は……。


 そう思いながらずんずんと距離を詰めてくるガイルから頑張って距離を取りながら、どうにかこうにかクレドの後ろに隠れた。


「シズク、何か本当に知っているのか?」

「知ってるも何も、基本的には規則正しい生活と適度な運動。それとタイミングってだけだよ」

「タイミング?」


 保健体育でも排卵するタイミングで愛を深める夫婦の夜の営みがあれば妊娠しやすい。諸説あるがそのタイミングはおおよそ月のものが始まってから十四日前後である。正確に月のものが来ていればよりタイミングを図りやすい。


「そんなことが……。魔法でも難しいとされていることをシズク殿はどこで?」

「え?」


 やっちまったのか。別に難しい知識を披露したつもりなどシズクには毛頭なかった。色々なところから入ってくる知識や、もちろん興味があって調べたりもした知識の中の一つだったというのになんだかこの世の大発見をしたかのような顔を向けられても困る。


「えっと、私の故郷では比較的当たり前に考えらている方法で、諸説あるので絶対それで子供を授かるかって言うとそうでもないんですが確率が若干上がるって言うか……」


 言えば言うほどガイルの目が爛々として興味をいだいているのが分かる。自分で作り方や原理は知らないが、簡易検査できるものがあったなどとは口が裂けても言えない。

 シズクはそれ以上は何も言わないぞと口を噤むと、ガイルがこれまた濃い笑顔を浮かべて手首を掴んで引っ張り始めた。


「シズク・シノノメ。やはりあなたはその知識を生かし私の妻となって生きるべきだ」

「いや、私一介の弁当屋なんでっ!」


 追いかけてくるガイルに速攻断り入れて走って逃げていると、シズクの前にクレドが仁王立ちになってガイルを止めた。さらにベルディエットがシズクの横に立ち高らかに宣言する。


「シズクはセリオン家の大事な友人です。いずれはもっと強い絆で結ばれる予定がありますの。ですのであなたが入る余地なんて、これっぽっちもありませんのよ」

「ちょっと待って、そりゃ大事な友人だけど、私それ初耳だよ!?」

「うっそ! シズク、セリオン家に養子に入るの? あ、エドワルドさんと結婚決まったって事!?」

「なんだと! ベルディエット! ちゃんとしっかり聞かせろ!」

「シュシュ、ちょっと混乱するようなこと言わないでー!」

「うふふふ」


 満面の笑みでベルディエットが放った謎の宣言にクレドもシュシュリカマリルエルも、もちろんシズクも目が点になって浮足立ってしまうが当の本人はどこ吹く風で、引き続きガイルに向き合っている。

 

 これが丸く収めるための方便だったとしても、それで引いてくれるのだろうか。


「そうでしたか……。それはとても残念です。うちもセリオン家に刃を向けるほど馬鹿ではありませんからね。ではその時が来ましたらどうぞ我が商会をご贔屓に。あぁ先ほどのタイミングの話、近いうちに時間を取ってじっくりお伺いさせていただきますよ」


 以外にもあっさりと手を引いてくれたようで少しだけ安心したのも束の間、顎に手を当て不敵にそして何かを含んでいるかのように笑って、ガイルは綺麗なお辞儀を披露した。


「ユニ、帰ろう」

「はっ! では、皆さんごきげんよう」


 そしてこちらの挨拶は聞かずに、ガイルはまたもムスクの香りを撒き散らしながら帰っていってしまった


「全く騒がしいったら……、でも上手く撃退できてよかったですわ」


 自分の手柄よ、褒めてと言わんばかりの笑顔を向けられる。確かによく今日のところはではあれが撃退してくれて感謝の気持ちもあるにはあるが……。


「さて、ベルディエット。先ほどの話ちゃんと説明してもらおうか」

「それな!」


 クレドにシズクも完全同意である。

お読みいただきありがとうございます。

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