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40.金貨

 リエインの街の端にあるとある娼館。

 そこに目指す人物がいるのをアッシュは早々に突き止めた。


 シルワ村の近くの森で見つけた証拠を持ち帰り、時間がある限り魔力の残滓を追いかけること三日目。

 近いうちにロイとの食事時間をなんとか捻出できそうだと安堵しつつも、この大事な細い糸が切れぬよう、ゆっくり手元に手繰り寄せながらこちらの気配を悟られないようにと慎重に居場所の把握を続けていたのだが、昨日の四日目の夜、ぶっつりと糸が切れたように手応えがなくなってしまったのだ。

 見つけたその時は、喜び勇んでリエインにあるこの娼館に向かう算段を整えていたというのに……。

 巧妙な首謀者が少しでも自分に繋がる可能性のある実行犯達を野放しにし続けたりすることはないだろうとは思っていたが、やはり足がつかないうちに見限ったのだろうかとアッシュの頭に嫌な考えがよぎった。


 二人が娼館の建物に辿り着いたときには、派手に遊んでいたくせに急にその客が失踪したらしい、とい噂を聞き付けた多くの野次馬が入口を塞いでいた。


 本当に失踪なのか?


 考えたところで今答えは出ない。

 とりあえず人垣をどうにか分け入ってアッシュとアレックスが中に入ると、自警団の男に支配人に要請した実行犯たちと面識のある娼婦達と男娼達が集まっているところだった。

 聴取はこれから始まるようなので、話が重複しないでよかったとアッシュはほっとして挨拶をする。


「近衛騎士団のアッシュ・グリフィン・ライトと申します。とある事件に関わっている人物を探してここまで来たのですが……。皆さんのお話を一度お伺いしてもよろしいでしょうか」


 店にアッシュとアレックスが店に入ってきたことに全員が気が付きその声を聞くと、さらに二人の身なりに上客が来たと喉を鳴らしたが、すぐにユリシスの近衛騎士団の制服だと気が付いて違った意味でまた喉が鳴った。


「今回探していた人物たちは国家転覆に加担しようとした……かもしれない人たちなので、思い当たることがあれば皆さんすべて吐き出すように」


 物腰柔らかなアッシュに続きアレックスの低く響く声に、違う意味で娼婦と男娼達がぞくりと背中を震わせるが聴取は始まる。


 すると話はすぐに調子づき始めどんどんと声も話口調も早い、ハイテンポな会話が繰り広げられ始めた。


「半月ぐらい前に来てさ、羽振りだけは良かったよね」

「なんか大きな仕事が入って、死ぬまで遊んで暮らせるって言ってたっけ」

「そうそう! でもあっちのほうはてんで駄目でさ」

「ほんとそれー」

「あ、でもあの時はさー、お呼ばれした全員にチップ弾んでくれたよ」

「うそー!! いいなぁー」


 昨日まで相手をしていた連中が娼館からいなくなったというのに、娼婦達と男娼達店主のさらにあけっぴろげで取り留めのない会話が続く。


「だからさ、うちの子達を散々抱いておいてお代も払わずに消えるなんて、腹が立っつったらありゃしないよ。早く捕まえてよね」

「いや、それはそうだけど、今はそうじゃなくてだな、例えば身元が分かりそうなものは置いてあるのか、とかそう言うことが聞きたいんだよ」


 業を煮やして、自警団の男がなんとか機関銃のような会話の合間に分け入るように声を上げた。

 すると初めからそう言ってくれたらいいのにと言いながらも皆一応に考え始めたが、すぐに男娼の一人がゆっくり首を振った。


「着替えとかはあるんだけれどさ、身元なんか証明できそうなものなんもないの」

「一応部屋はそのままにしてあるから、確認してみる?」

「そうですね、魔力を追うことが出来るものがあればいいのですが……。案内をお願いします」


 娼館は三階建て。一階にエントランスホール。二階は普通の客の部屋で、三階は連泊客や太客の部屋だそうだ。今回追っていた男達の居た部屋は三階の角の大きな部屋だそうだ。


 部屋に入ると、部屋の隅に荷物が一つだけ残されていた。


 失礼、と言いながら自警団の男が鞄の中を改めてさせてもらうと、何故かぎゅうぎゅうに真っ白いタオルが詰まっているではないか。あまりにもぎゅうぎゅうに詰め込まれ過ぎており、取り出すことも一苦労だったが摘まめるところからゆっくりとタオルを引き抜いていく。


 次第に、ジワリと染みる薄い赤が目に入る。


 あまりいい予感がしなかったのだろう。自警団の男があまりにもその先を躊躇しすぎて手が停まってしまったので、アレックスが交代する。

 中から出てきたものは、人の手のひらほどある大きさの先の尖った大きな鋭いもの。それをアッシュは見たことがあった。以前各国との情報交換の際に証拠品として提出した白い硬い石のようなものと質感がほとんど同じだったからだ。


「ドラゴンの爪か……」

 

 大きさからすると大人ではなく子供のものかもしれない。

 先日は分からなかったが、鉄の槍で刺されていたばかりか爪までも……。


 持ち歩いていたのは首謀者の指示なのか、それとも実行犯たちの独断なのか判断は出来ない。


「持ち物はこれだけでしたか?」

「そうね。特に持ち物を持ち歩いている風でもなかったし……。半月ぐらい前にふらりとやってきて、でもこの前数日帰って来ない日が続いてね。帰ってきたと思ったらハイテンションで遊びまくってた」


 金も払わず遊ぶだけ遊んでおいて許せない。連泊客の会計の仕方を考え直さなくては、とまた店主がブツブツと言い始めてしまったのを自警団の男がなんとか宥めるが、湧き上がる怒りを押さえきれず……


「見つけたら×××を××で××××してやるわっ! はーっはーっ」


 一息で支配人が、男性が聞いたら痛そうな台詞を血走った目で言い放つと、横にいた娼婦の一人に脇腹を突かれはっと我に返った。


「あ、僕ったら怒りが頂点に達してしまって別人格が降りてきちゃったみたい。アッシュさんの前ではしたない事言っちゃいましたか?」


 急にきゅるんとした笑顔でアッシュに近寄ると、あまりにも変わり身が面白かったのか、アッシュは満面の笑みだが隣にいるアレックスは少々複雑そうな顔である。


「可愛らしい皆さんでも、まぁそういう気分の時はありますよね」

「そうなんですぅ〜。さすがアッシュさん」


 アッシュのこの人たらしは時と場所を選ばずに発動することが多いが、今だけはやめて欲しかったとさらにアレックスは口をへの字に曲げたまましばらく天井を仰ぎ見た。アレックスがちらりとアッシュを見るとまだ満面の笑みで絶賛人たらし中である。


「でも皆さんの中でいなくなった方々の私物を何かしらの方法で手にした方はいらっしゃるのでは?」


 誰かの魔力の痕跡を辿るならば私物から。

 あれば上々、ぐらいの気持ちでアッシュは聞いてみる。


「全部持って行っちゃったんじゃないかと思うのよね」

「でもこの変なのだけ置いていくっていうのも良く分からなくない?」

「確かにー」


 やはりないのか……。

 またもや話が違う方向に広がっていきそうなところを、男娼の一人が少しだけ優越感溢れる表情で手を上げたことで止まった。


「僕ね、あのこれいただいちゃったー」


 あどけなさが残る面差しだがきっちりと成人してからしばらく経つこの娼館ではベテランの男娼が、手のひらを開けて見せてくれた。

 それは一般的に出回っているものとは一味も二味も違うなかなかに珍しい金貨だった。

 そして一般的に出回っているものとは大きさもその価値も段違いに違う。


「いや金貨なんてあんまりみたいこないけど、でも大きいんじゃない!? なにあの客ガリュにだけこんなチップあげてたの!?」


 ガリュと呼ばれた男娼は得意げに鼻を鳴らして説明する。


「ふふふん。これはそんじょそこらの金貨とはわけが違うんだって。ほら、ここに紫の宝石がはめ込まれてて綺麗でしょう? たまたま依頼主の家に行った時に掠めとったらしいんだよね。毎回毎回あんまりにも自慢するからさー、ほら、ねぇ」

「何よ。盗品じゃない! それでも金貨自体はあたしらにとっては特別だけどね」


 それを目にしたアッシュとアレックスは、目を見開いた。価値が高いからと言う理由からではない。今逃げているであろう実行犯ではなく、わずかではあるが直接首謀者に辿り着ける手がかりを見つけたのだから。


「これはね、五年前の収穫祭でかなり豊作だった土地の領主である貴族達に褒美として作られ、国王陛下から直々に賜った世界に十数枚しかない大変貴重な金貨なのです」


 純正の金。そしてユリシスでも希少とされる澄んだ朝焼けを思い出すような紅玉が中央にはめ込まれている特別なものだ。


 アッシュも同じものを実家が賜っていて、普段は厳格なアッシュの父が今でも一家の誉と大事に保管しているほどだ。


 しかし掠め取った輩の腕が良かったのか、それともそんな貴重なものを首謀者がわざと盗ませるために隙を作ったのか。前者であれば突き止めていけばいいだけだが、後者であった場合は魔力の痕跡を辿ってくる者への罠である可能性もある。


「盗品だからと言って、咎めるつもりはありませんよ。ただ、証拠品ですのでね」


 アッシュがちらっとアレックスに目配せすると、心得ましたとばかりに懐から騎士団の紋章入りのウォレットを取り出し、その場を見渡して言う。


「残念ですが、いくらお気に召しているとは言えその金貨は陛下より賜った記念のものです。おいそれとその金貨を使用すれば、我々としても盗品として捜査しなければなりません。ですので出来ればこちらと交換していただければありがたいのですがね」


 アレックスの優しい表情からはまったく想像できないような腹に響く低い声に、男娼も支配人の体の一部が縮み上がる。


「も、もちろんです!」

「本当ですか!? ご協力感謝いたします」


 せめてもの謝礼を、とアレックスは言いつつも有無をも言わせない素早さでその記念の金貨と通常流通している金貨を交換してすぐにアッシュに手渡した。


「その他に何か気が付いたことなどありますか?」


 記念の金貨だけでもかなりの収穫だが、他にも手がかりになるものがあればとアッシュが金貨を手のひらに包み軽く魔力感知を始めながらダメ元で聞いてみる。


「あ、あれ! あの茶色い髪の人はお尻にホクロが三つあった!」

「眼帯してた人はファッションらしいよ? 目は普通に見えるって」

「背が一番低かった人は最近銅貨ハゲが出来て気にしてるって言ってたっけなー」


 あっちの男は早くてダメ……、あっちの男は長くて……。


 アッシュも男である。もちろんその意味は分かっているつもりではあるが、あまりの言われように若干実行犯たちを不憫に思っていると、握る金貨からごくごくわずかだが手ごたえを感じた。


「さて、お話聞かせていただいてありがとうございました。僕達はこれで失礼させていただきますね。重要な証拠品のご提供ありがとうございました」

「何かほかに思い出すことがありましたら、リエインの自警団経由で近衛騎士団へ連絡をするようにお願いします」


 言われようが不憫ではあったが身体的な特徴が少しだけわかっただけでも儲けものだろうか。

 実行犯たちが見つかった場合に参考にはさせてもらおう。


 ただ生きて会えるかは分からないが……。


 今度こそ焦らずに実行犯に感づかれたりする事なく、この薄く細い糸を必ずこの手に手繰り寄せて見せる。


 強く思いながらリエインを後にした。

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