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35.急転直下

 正月休みを終え仕事を再開して三日経つが、休み明けはとにかく朝が辛い。


 白い息を吐きながらいつもの場所へと屋台を引きながらシズクは正月休みにベルディエットとエドワルドと共に港町リエインへ数日の旅行を楽しんだことを思い出していた。


 変態作曲家との出会いもあったが、欲しかった食材も手に入れることができた。安定した仕入れルートを確保できなかったのは残念だが、次に行ったときにしっかりと探して交渉しようと思う。

 

 そんなことを考えながら眠い目を擦りつつも、なんとかいつも屋台を出す場所に到着した。


「おはよー」

「おはよう。休み明けは体キツいだろ?」

「ほんとだよ。若い若いと思ってても、こうやって歳をとっていくんだね……」

「若いくせに何言ってんのよ」

「えへへ」


 通りすがりの屋台の仲間達が通り過ぎる度にぽつぽつと挨拶がてら声をかけてくれるのが、眠気覚ましにもなって大変ありがたい。ぼちぼち人も多くなってくるので急いで屋台の準備を始めていると、年末にエドワルドとグリューワインを飲んだバルの女将が大きな声でシズクを呼んだあと挨拶そこそこ、周りには聞こえないように小声でシズクに耳打ちしてくる。


「あのおせちに入ってた例のイケてるイキュア、なんとか融通してもらえない?」


 どうやら年末に抽選で作ったおせちの中に入っていたイキュアの口コミが凄い勢いで広がっているようで、ありがたいことに年明けすぐに通常販売していないのかという問い合わせをすでに何十件と受けた。みんなが食べたいと思ってくれるならと、イキュア普及も兼ねてオイル漬けを作っている工房と話をしてレシピを共有、これから商品化に向けて話し合いをする予定である。


「って言うわけだかから生産体制が整ったら普通に食べられるようになるからさ。もうちょっと我慢しててよ」

「本当かい! みんなにも言ってもいい?」

「いいよ。ばっちり宣伝よろしく!」


 そう伝えると嬉しそうにニコニコとしていたのだが急に何かを思い出したかのように首を傾げた。


「そう言えばさ、あの格好いい彼氏はどうしたの? 最近屋台街で見かけないけど」

「彼氏じゃないってば……」


 年初め、シズク自身は色々ありはしたが、それでもリエインから楽しい気持ちで帰ってきた。

 しかしエドワルドがフロースの事があった後から夕食の時も隣には座らず対角線に座ってみたり、帰りに移動門(マイグレーション)を通った時は、扉を通るとちゃんと肩を抱いて手を引いてくれはしたもののすぐに離れてしまったり……。何か気に障る事でもしただろうかと、少し悩むぐらいにいつもよりも物理的にかなり距離を取られているような気がしたのだ。

 旅の道中思い返してみても、特にエドワルドに対して意地悪をしたこともないしいつも通りに接しているつもりだったのだが、原因は今も分からないまま。

 さらにはリエインから帰って仕事を再開してから三日経つが、エドワルドの顔を見ていない。


 だから心配してるんだと女将にシズクが力説すれば、眉を少し下げため息をついてさらに呆れたような顔で女将は肩をすくめた。


「あんた、それ……」

「ん?」

「あー……。何でもないわ」


 この後数日姿を現さないようならば、直接家に行ってみるかエドワルドの姉であるベルディエット経由で話を聞いてみようと思うと、聞いたことのない男の人の声が自分の名前を呼んだ。

 

「お! いたいた。シズクちゃん」


 警ら隊の腕章を付けている男性がシズクの名を呼んで向かってくるのが見えた。


「おや、バリアンじゃないか」

「女将さんもシズクちゃんの知り合い?」

「屋台街でシズクを知らない人間の方がおかしいわ」


 やりとりからするとバリアンと呼ばれた男は女将の知り合いなのは間違いなさそうだし、どうやらシズクの事も知っているらしい。


「こんにちわ」

「初めまして。オレはバリアン・バリー」


 ぺこりとお辞儀をしてシズクが挨拶すると、バリアンも同じように頭を下げて挨拶し、手を差し出してにやりと笑った。


「さらに、あそこで針子してるデイジーの旦那だ。よろしくな」

「デイジーの旦那さんなんですか?? 初めまして。シズクシノノメです」

「ちなみにエドワルドとは警ら隊で一緒に働いてるぜ」


 バリアンは屋台から見える工房の一つを指差し、シズクの知り合いであるお針子のデイジーと夫婦なのだと豪快に笑った。さらにエドワルドのいる警ら隊の同僚とは二度びっくりだ。


「いつもうちの総菜食べていただいてありがとうございます」

「こっちこそ美味しいもん食べさせてもらえてありがてぇよ。いつもありがとうな。今日はよ、デイジーの奴が徹夜だったもんで外で飯でも食って仕事に行こうかと思って寄らせてもらったぜ」

「じゃ、シズク! イキュアの件よろしく!」

「はーい」


 そう言うなりどかっと椅子に座り、並んでいる総菜を選び始める。

 女将はと言うとイキュアの件を他の人達にも広めるために走って自分の店の隣に行ってしまった。

 

 さて、今日のおすすめは南瓜の煮物とコロとピギー肉の照焼。あとは野菜たっぷり具沢山の味噌汁。おにぎりは今日はシンプルに塩むすびのみ。

 バリアンはおすすめをそのまま朝食として注文すると、そんなにじっと見られるほど凄いことをしているわけではないのにその様子を楽しそうに見ている。


「あれだな、見た目もうまそうだし、匂いなんてめちゃくちゃヤバイ。はむっ。おぉ、これはエドが毎日自慢するのも分かるな」


 急に会いに来なくなってしまった友人の名前が出てきて、どきりと鼓動がはねる。

 バリアンはさらに塩むすびを頬張るとさらに満足した顔をして食べ進めていたが、丁度味噌汁をすするタイミングでついシズクは声をかけてしまった。


「あの、エドワルド、元気にしてますか?」

「あいつな、年初めの休みを取るためにいろんな奴と休みを交換してたからそのしわ寄せで警ら隊の仕事が終わったらその足ですぐに近衛騎士団行ってんだぜ。どっちもで訓練もあるから警ら隊と近衛騎士団の宿舎に泊まり込んで家にも帰れてねぇみたいなんだよ」


 そう言うバリアンの言葉に、シズクは心配が募る。


「まぁ、若けぇしよ。まぁようやく今朝終わったから、仮眠してここにも顔出すんじゃねぇかな」

「そうだと良いですけどね……」

「エドはシズクちゃんに会いたがってたから、来たら労わってやってくれよな」


 凄い勢いで塩むすびを口に入れ、結構熱めの具だくさんお味噌汁を書き込むと嵐のようにバリアン仕事に出かけて行ってしまった。


「女将と言いバリアンさんと言い、今日は朝からめちゃくちゃ濃いなー」


 先ほどまで少しだけあった焦燥感も、バリアンが去り際に言っていた会いたがっていたからという言葉が綺麗に消し去ってくれた。

 案外自分も現金なものだなと小さく笑い食器を片付け始めると、人出が増え始めてきた。


 前世では出勤と言えば満員の通勤電車に揺られる会社員が代表的なイメージだが、この世界ではもちろん満員電車はない。通勤と言えば基本的に自宅か徒歩だ。

 出勤のために増え始めた人が、各々好きな屋台に立ち寄る。もちろんシズクの店でも常連達が弁当箱持参で朝食の為なのか昼食の為のかは分からないが弁当のおかずを選んでいく。


 ようやく朝のピークを終えほっと一息ついたところで、シズクは背中に一瞬だがぞくりと嫌な寒さを感じた。


「休み明けだから疲れでも出ちゃったのかな」


 喉も痛くないし咳も出ない。ただ少しだけ背中がたまにぞくりとするのでもしかしたら風邪の前兆かもしれない。昔は薬を飲んで一晩寝れば良くなったものだが、現世では薬はとても高価だ。おいそれと手を伸ばせる代物ではないので、生姜湯でも飲んで早めに寝た方がいいか。

 考えていれば丁度人の波も落ち着いたし、シズクは念のために今のうちに店じまいする事にした。


「お昼に食べようと思っていた自分用のお弁当は帰ってから食べようっと」


 いそいそと帰り支度を始めるシズクの前で、警ら隊が数人バタバタと門の方に走っていくのが見えた。その中には先ほど朝食を美味しそうに食べてくれたバリアンの姿も見える。

 

「食べてすぐ走ると横っ腹痛くなっちゃうよ」


 独り言をつぶやきながらも片付け終わった屋台と共に家に帰ろうと、シズクが歩き出したその時、目の前をふさぐように知った顔がその道を塞いだ。

 

 この国の近衛隊長アッシュとその副団長のアレックスだ。

 二人共、警戒中の警ら隊と同じようにかなり切羽詰まったような顔をしている。

 その後ろに何故かベルディエットとシャイロが神妙な面持ちで立っている。


 もう一度かすかにぞくりとする。


 あ。これ、覚えてる……。風邪じゃない。


 あの時ほどではないのでもしかしたら凄く遠いところにいるのかもしれない。

 思い出しただけでじわりとシズクの手のひらにも汗が滲み、ついごくりと生唾を飲み込むとそれを見ていたベルディエットがようやく口を開いた。


「ドラゴンらしきものを見たと報告があったの。私達が見たものと同じかどうかは分からないけれど、ドラゴンを見たことがあるのは私とシズクだけ。確認のために……。お願い、一緒に来て頂戴」

「通りすがりの商人の話では、小さな紅い色の鱗がかなり落ちていたようです。現物を見せていただいたのですが去年お二人が遭遇したドラゴンの鱗と同じように見えました。近くには大きな生き物は見えなかったと証言がありましたが目撃証言があったのはリットラビアとルドニア、そしてユリシスの三国の間にある森の中です。たまたま見えなかった可能性も否定できませんが……」


 このわずかに感じるひりついたような感覚は確実にドラゴンでなかったとしても何かがいると言っていいでしょうと、眉間にしわを寄せアッシュが言葉を絞り出した。


 今回目撃情報のあった場所はユリシスからが一番近い。

 近くのシルワ村まで騎士団の移動門(マイグレーション)を使い、そこから数時間ほどだという。

 

「えっと……」

「申し訳ないとは思っている。しかしシズクとベルディエット嬢は我がユリシス近衛騎士団の全力を持って守ると誓おう」


 言い淀むシズクにアシュは申し訳なさそうに答えた。

 一般人を危険なところに連れて行かなくてはいけないアッシュの葛藤がより一層深く刻まれた眉間のしわから滲み出るように分かる。


「じゃぁあれです。帰ってきたらお願いしたいことがあります。それで手を打ちましょう」

「僕にできることかい?」

「アッシュさんにしか出来ないことです」


 何を頼むかは決めている。

 あとは遠くからそっとドラゴンかどうかを確認して、脱兎のごとく死なずに帰るだけだ。


「私、一介の弁当屋なんですけどね……」

 

 誰にも聞こえない独り言は白い息とともに空に消えた。


 寒い朝、最近エドワルドが会いに来てくれない理由をぼんやり考えたり、女将やバリアンと話をしていただけだという何気ない一日になるはずだったというのになんとも急転直下である。

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