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32.港町と海苔

 日本でいう三が日の二日目。

 シズクはセリオン家の移動門(マイグレーション)の前に立っていた。

 その移動門(マイグレーション)は小さい頃から夢にまでみたドアと用途はほぼ同じだが、小さなドアノブのついたピンク色のドアのどこにでも行けちゃう夢の秘密道具ではなかった。

 目の前にあったのはドア全体は茶色く、ドアの周りに豪華な彫刻が施された、申し訳ないけれどあまり素手で触るのが躊躇われるような重厚な美術品のような扉だった。


「ちょっとシズク。なんでそんなにがっかりしたような顔なのよ」

「だって、思ってたドアとあんまりにも違ったから……」


 いや、かなり凄いしなかなか見ることができない細かい彫刻はきっと超国宝級の文化財のようなものなのだと思いはするが、それでも残念なものは残念なのだ。

 ともあれここでいつまでもぐたぐだとしているわけにはいかない。

 ベルディエットが扉を開けると、移動先の屋敷の部屋の中で使用人たちが出迎えの準備をすませたのか数人が並んでいるのが見えた。ベルディエットが一番初めに扉をくぐり、エドワルドがその次。最後にシズクガいよいよ門をくぐる。


「あでっっ!」


 勢いよく門をくぐったが、透明な壁に阻まれシズクは強か頭を打った。

 シズクの体は衝撃で弾き戻されたというのにお昼に食べようと作ってきたお弁当を入れたバスケットは、シズクの手を離れそのまま扉の向こうに落ちる。


「私、この家の子じゃないからこの門をくぐれないとか?」

「そんなことないけどな……。家の従者を連れて行く時も普通に入れるし……」


 セリオン家で移動門(マイグレーション)を使って移動する際、執事以下従者も普通に移動できるそうだ。何故シズクだけ……?とベルディエットが考え込んだ。

 考えられる原因は、もしかしたらとエドワルドが考え至る。


「魔力かな。前にロイがシズクは魔力を外部放出出来ないって言ってなかったっけ?」

「よくわからないけど、そんなこと言われたことあるよ。特に不自由なかったから気にしてなかったけど……、それが原因?」

「原因って言うか、誰でも基本的には微力でも魔力があって、こう言った魔道具は魔力が感知されて勝手に使えるものが多いんだけれど、シズクは魔力が全く外に出ないなら感知できなくって通れないのかもって」


 もしそれが原因なら、このどこにでも行ける扉はくぐれないのでは? せっかく使わせてもらえたのに申し訳ない気持ちになりかけたのだが、エドワルドは気にすることなどないと笑顔でシズクの横に立った。


「魔力が弱くてたまに通れない人もいるんだよね。でも平気だよ。魔力の強い人と手を繋いだりすればくぐれるから!」


 はいっ、元気よく伸ばされた手を躊躇なくシズクがつかむと、エドワルドはさらに満面の笑みを見せる。

 念には念をねと言って、手を繋いだままエドワルドは大事なものを守るようにシズクの肩をそっと抱き寄せて共に扉をくぐると、今度は何かに拒否されることなく今度こそその扉をくぐることが出来た。


「シズク、行きますわよ!」

「行こう、シズク」


 ずらりと並ぶセリオン家の使用人たちの視線は、エドワルドとシズクの繋がれたその手に一瞬注がれたが皆プロというもので、今は顔色一つ変えずにシズクを笑顔で迎えている。三人が屋敷を出た瞬間リエインの執事筆頭がユリシスの執事筆頭へ伝書用の魔法でシズクについてのすぐさま問い合わせをしたのは言うまでもない。


 それはさておき、扉をくぐれないというハプニングはあったが大きな問題とはならずリエインにやってくることが出来た。持ってきた弁当は後でベルディエットとエドワルドと一緒に食べようと、バスケットをしっかり手に持ち階段を下りていく。


「おぉ……」


 リエインにあるセリオン家の屋敷を一歩外に出ると、そこは明るい空が広がっていた。

 ユリシスの城下街とは全然違い、何というか独特の活気のある港町が広い空の解放感と相まってリゾート感満載である。くん、と港町であることを思い出せと言わんばかりに潮の香りが鼻をつく。


「この感じ久しぶりだ〜」

「シズクの故郷は海が近かったの?」


 エドワルドが振り返ってシズクにそう聞く。

 シズクの住んでいたところは海なし県。それでも電車で一、二時間もあれば海沿いに出ることは出来たし学校行事や夏休みに友達と海に行く事は多かった気がする。


「近いって言えば近かったけど、夏休みに友達と海に遊びに行ったりすることもあったよ。小さい時なんか浅瀬で潮干狩りとかして、あさりとかハマグリとかいっぱい持って帰ってー」

「あさりとハマグリ? 二つともリエインでも取れるけどそこそこ美味しいけど、砂が混じってるしあんまり美味しくなくない?」

「あ゛??」


 この世界は食に対しての探求心が本当に低い。とシズクは思う。

 美味しそうなものを何となく調理して美味しくなかったらそれまで、みたいな具合なのだ。何故砂を吐かせるということは誰も試みなかったのだろうかと思ってしまう。


「あさりもハマグリも砂を吐かせて食べたら美味しいよ?」

「砂を? 砂を取り出すことなんてできるの?」


 出来るっ!と断言しようとしたところにベルディエットの声が聞こえた。


「ちょっと、二人とも何をしているの? 来たばかりだけれど早く市場に行かなくては良いものも見れなくってよ!」


 時間はまだ午前中。市場は前世も今もお昼過ぎにはいいものがなくなってしまう。

 今回の滞在は二泊三日だ。

 聞けばリエインは年初め今日からすでに市場が開いているというではないか。これはさっそく足を運ぶしかないと、ベルディエットを先頭にリエインの中央市場に向かった。


 潮の香りがする風が街中を通り抜けると、流石に今の季節は寒い。

 着てきた服の襟を立ててその風をやり過ごしてみるが、冬の海風は身に染みるほど痛く冷たい。こんなにリゾート感満載だというのに、寒さは待ってくれはしないのだ。

 シズクは耳を両手で覆うように温めながら歩こうとして、ようやく気が付く。


 セリオン家の邸宅を出てから今まで、いつの間にか手に持っていたバスケットはエドワルドが持ち、ずっと手を繋いでいたという事に。


 流石に恥ずかしいのでシズクは手を放そうと力を緩めたのだが、逆にエドワルドは力を込めて手を繋ぎなおした。


「リエインは治安も良いし危なくないけれど、万が一って事もあるし、迷子になったら困るから……」

「そうね。初めての街では何かと不安ね。でもエド……。エスコートはそうではないでしょう?」


 ぎゅっと貝殻繋ぎに握っている手を見てベルディエットが注意すると、エドワルドはしぶしぶと言ったように手を離した。


「嫌だった?」


 離したシズクの手の形をどうしても忘れたくなくて手をぐっと握ったエドワルドに、シズクは答える。


「流石に恋人繋ぎは恥ずかしいけど、別に嫌じゃないよ」

「こいびとつなぎ?? 貝殻繋ぎじゃなくて?」

「??」


 同じ動作を差す言葉であることがうまく頭で結びつかない二人は、これが貝殻繋ぎでこっちが恋人繋ぎだと実際再現してみて同じものだと認識を新たにした瞬間、エドワルドが挙動不審になってしまった。


「私の故郷では結構そう呼ばれてただけで、正式名称は違ったかもしれないよ」

「でも恋人同士が、その……、手を繋ぐときは大体貝殻繋ぎをするってことでしょ?」

「そうだと思うよ。私は恋人とかいなかったんで!! 憧れはありましたけど!」


 半ば自棄になりながらシズクが言うと、今度はベルディエットが笑った。

 

「そんなに自慢することなどなくってよ。まぁでも今の話を聞いてしまうと私も夫となる方と……、ほら、行きますわよ!」


 いつか、誰かと。

 ベルディエットも、貴族令嬢である前にいつか誰かと恋をしたいと思う同じ一人の人間なのだと思うと、気恥ずかしさが少し薄れて、どんどん進んでいってしまうベルディエットの手を掴んだ。


「ベルディエットとも恋人繋ぎ! エドワルドもこっち来て!」


 そう言ってベルディエットと左手で、エドワルドと右手で手を繋ぎながら再び歩き出した。

 まだ昼前だがそろそろお腹もすいてくる時間帯だ。

 市場に近づくにつれ、シズクの鼻には潮の香にさらに懐かしい香りがプラスされてる。


「カニか? 海老もありそうだな……」

「急に男前じゃん。シズク」


 ハードボイルドに言ってみたかっただけで、鼻をくんくんと鳴らしながら男前も何もあったものではない。ただすでに注意深く周りの匂いを嗅がなくとも、もうすでに周りは美味しい匂いが立ち込めている。

 カニに海老を焼いているのをそのまま店頭で売っているようだ。

 

 美味しい匂いにかすかに、とある匂いが混じっていることに気が付いた。

 シズクはこの世界ではまだ出会ったことがなく、おにぎりの相棒ともいえる存在。


「海苔が……ある!」


 丁度海苔をあぶって焼いているところに出くわしたシズクは、ベルディエットとエドワルドと繋いでいた手を離し、海苔をあぶって焼いている屋台に一目散に走って向かい、店にいる店主に我慢できないとばかりに聞いた。


「あの、これ……。海苔ですか?」

「のり?? いやいやお嬢ちゃん、これはポルピュと言って海藻を細かくしたものを薄く延ばして乾かしたものだよ」


 こちらでは海苔ではなくポルピュと言うのだなと一度頷いてシズクは話を進めた。


「リエインの特産品なんですか?」

「いやぁ、これは作るのも大変だからポルピュが沢山取れた時だけ作るんだよ。今日らラッキーだな!」


 そう言いながらあぶっていたポルピュを一枚渡される。

 おにぎりに巻くのにちょうどいい大きさだ。味見のために端っこを少し千切って口にすると、磯の香りが一気に広がった。前世で食べていた時よりも味がふくよかな気がする。


「これ美味しいの?」

「好き嫌いは別れるかもしれないけど、私は好き。おにぎりに巻いて食べたら絶対に美味しいと思う」

「なんだいそれは?」


 屋台の店主に持っていたバスケットの中からおにぎりを出して見せ、そのおにぎりに海苔を巻いて渡した。もちろんベルディエットとエドワルドにも同じように海苔を巻いたおにぎりを渡し、最後に自分の分のおにぎりに巻く。


「中身はイキュアです。完成系おにぎり、どうぞご賞味あれ」

「イキュアなんて食べれたもんじゃねぇのに……」


 店主は不信がりながらおにぎりを上から下からと色々な角度で見ていたが、店主の心配をよそにエドワルドが踊りたいように言葉を発したのだが、その手にはもうすでにおにぎりはなかった。


 手に付かないし、一層ご飯が美味しく感じる」


「ポルピュがあるだけで随分と違うのですね」


 ベルディエットも目をキラキラと輝かせながら食べ続けおにぎり一個をすぐに完食したのを見て、店主もようやく一口、二口とおにぎりを口にした。

 その様子にイキュアはやはり美味しくなくて有名な残念お土産の一つだったのだと思い知らされる。今は美味しそうに食べてくれているので、美味しくないイメージは払しょくされたと思う。


「こいつは新しい食べ方だ……。米にこんなに合うとは思いもしなかった! しかもこのイキュアは売れる!」

「今はイキュアより海苔……ポルピュの話だけど」

「ポルピュはあまり沢山は作れないんだよ。いやぁしかしイキュア入りの炊いた米を握ったものに巻いて食べるとポルピュの魅力が炸裂するんじゃが!?」


 イキュアの魅力に取りつかれたのか、はたまたおにぎりに魅了されたのか。

 店主はさきほどから興奮気味だ。

 

「あの、ポルピュは養殖とかしてないんですか?」

「ようしょく?」


 なにそれ、と言った顔を店主のみならずベルディエットとエドワルドもしている。

 この世界は農業はそこそこ進んでいるようだが、水産養殖はまったくもって進んでいないようだ。


 しかし養殖は知っているし、何となく仕組みもわかりはするのだがそれぞれ細かい内容はさすがにシズクも知らない。


「海苔……、ポルピュは確か貝殻で胞子を育てて寒くなったら養殖するための縄に放出させてくっつけて……なんだっけな、なんだっけな……寒くなったら海にいれるんだったけなぁ」


 それでもシズクはうろ覚えの知識を口にしてみる。あまり自信はなかったが店主には何かピンとくるものがあったようで、急に思い立ったようにシズクの手をぶんぶんと握って何も言わずに走ってどこかに行ってしまった。


「シズク。良くそんなこと知ってたね」

「んー、昔本で読んだことがあったようななかったような~」

「シズクはいったいどこでそんな教養を身につけたのですか」


 エドワルドはあまり気にしていないようだったが、ベルディエットはそうはいかない。あまり知られていない知識をうろ覚えであっても口にしたのだから気になるのだろう。


「ほんと珍しい本を読んだことがあって、その中に書いてあったのを何となく覚えてただけだって。料理を作るのに必要な知識は貪欲に学ぶ意思がありますから!」


 インターネットという知識の海で調べたのだとはなかなか言えない。これでなんとか納得してもらえる事を願いながらベルディエットをちらりと見ると、料理の知識を得るためには常に色々な知識と努力が必要なのですねとあっさり信じてもらえたことに感謝した。


「そ、そうなんだよー。えへへ。あ! あっち、あっちに美味しそうなカニとエビが!」

「本当だ! シズク、行こう。姉様も」


 ポルピュと言う海苔を見つけることが出来た。ただなかなかにレアなだけに定期的に手に入れることは難しそうだ。ただ、養殖がうまく行った暁には是非独占させてもらおうと密かに誓った。


 朝市独特な活気に、真っ青な空と海。

 潮風が身体を優しく撫でて過ぎていく。


「よっし! 美味しい食材わんさか見つけるぞ!」

「おー!!」

「見つけますわー!」


 三人で腕を振り上げ、ざわざわと楽しげな雰囲気の市場に足を踏み入れたのであった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

次回は年明け一月七日更新です。

みなさま風邪などひかれないよう、良いお年をお迎えください。

また新しい年もよろしくお願いします!!

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